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エノラ・ゲイ展示に抗議 被爆の説明ないと被爆者ら

Category: 原爆  

エノラ・ゲイ展示に抗議 被爆の説明ないと被爆者ら
【ワシントン29日共同】原水爆禁止日本国民会議(原水禁)のメンバーら約30人が29日、米国ワシントン郊外の米スミソニアン航空宇宙博物館新館を訪れ、広島に原爆を投下したB29爆撃機「エノラ・ゲイ」の展示に抗議した。
展示には被爆状況の説明がなく、メンバーらは「核兵器による悲劇を伝え、戦争のない世界を創造するのに意義がある展示となるよう求める」とテッド・マクスウェル館長補佐に要請した。
マクスウェル館長補佐は「現在の説明が十分だとは思わないが、米国ではエノラ・ゲイについて非常に強い感情を持っている人たちがいる。私たちはバランスの取れた展示をしなければならない」と答えた。(共同通信 2005/04/30)

反核集会:国連に届け、被爆地の声 NPT再検討会議を前にデモ──NY
【ニューヨーク遠藤孝康、小山内恵美子】2日から米ニューヨーク市の国連本部で始まるNPT(核拡散防止条約)再検討会議を前に、同市内で1日(日本時間2日未明)、核兵器廃絶を求める大規模なデモや集会があった。
被爆から60年。被爆地の声を国連に届けようと、同会議に合わせて渡米した広島や長崎の被爆者約40人を含む4万人(主催者発表)が参加し、核兵器や戦争反対を訴えた。
米国のNGO(非政府組織)が主催した。デモは「すべての核兵器の廃絶を」と英語で書かれた横断幕を持った被爆者や被爆地・広島市の秋葉忠利、長崎市の伊藤一長両市長を先頭に国連本部近くを出発。約2時間かけて市中心部約3.2キロを行進した。
セントラルパークでの集会では、世界942都市が加盟し、2020年までの核兵器全廃を求める反核NGO「平和市長会議」の会長、秋葉市長が「世界の多くの市民が核兵器はいらないと考えている。人類の未来のためにも核兵器の廃絶を決定しよう」と呼びかけた。
また、長崎で10歳の時に被爆した下平作江さん(70)=長崎市=もステージに上がり、「母と姉、兄の3人を原爆で亡くした。多くの被爆者が今も病に苦しんでいる。被爆者は、死ぬことによってしか苦しみから逃れられないということを知ってほしい」と訴えた。(毎日新聞 2005/05/02)

核兵器開発で被曝、元職員ら160人が補償要求 南ア
南アフリカの原子力公社(AEC、現在は南ア核エネルギー公社)で80年代、極秘裏に進められた核兵器の開発製造に携わった元職員らが最近、相次いで作業中の被曝(ひばく)による健康被害を訴えていることがわかった。これまでに約160人が支援団体を通じて名乗りを上げ、政府に補償を求めている。公社は朝日新聞の取材に文書で回答し、「専門家らによるチームを早急に立ち上げ、調査に着手する」との方針を明らかにした。
元職員らの健康被害については、南アで反核運動に取り組む非政府組織「アースライフ」が昨年春から関係者の証言をもとに聞き取り調査を始めた。肺がんや白血病などの診断を受けたとする元職員らから問い合わせが相次ぎ、これまでに計160人が何らかの健康被害を訴えて、政府への補償要求を前提に、情報公開法に基づく就業時の健康管理記録などの開示請求を依頼した。
すでに死者5人を含む元職員24人の記録が開示されたが、20人については検診結果など本来あるべき記録がなかった。医師の診断では生存者のうち現時点で少なくとも2人ががん、5人が肺に障害を持っているという。
診断に当たったマレークーム医師(47)は「作業と健康被害の因果関係を明確にするのは時間がかかるが、政府が職員の健康管理をおろそかにしていたことは明白だ」と話している。(朝日新聞 2005/05/05)

原爆展:米シカゴの平和博物館で開幕 被爆地の惨状訴える
【シカゴ小山内恵美子】国が主催する初めての原爆展が6日夕(日本時間7日午前)、米イリノイ州のシカゴ平和博物館で開幕した。シカゴは、世界初の核分裂連鎖反応実験が行われた土地だが、展示物を見た市民から驚きの声も上がった。8月14日まで、被爆地の惨状を訴える。
長崎市の国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館(丸田徹館長)が主催。黒焦げになった遺体や大やけどを負った少年少女、きのこ雲の写真パネルなど41点、被爆資料23点を展示している。
開幕式で、丸田館長は「米国で被爆60年の年に原爆展を開催できることは、非常に意義深い」とあいさつ。メリッサ・マグワイア館長も「米国では『原爆投下は正しかった』と教えられているが、それは悲惨さを知らないから。広島や長崎で起きたことを伝えなければ」と話した。
会場の一角では、13歳の時に爆心地から850メートルの地点で被爆した吉田勝二さん(73)=長崎市片淵=が被爆体験を語った。顔や手に大やけどを負った被爆直後の写真も今回、海外で初展示した。吉田さんは「悲惨な様子を知ってもらおうと思ったから。平和の原点は、人間の痛みが分かる心を持つこと」と訴えた。
講演終了後、当時の吉田さんの写真を見た環境コンサルタントのティム・ハリントンさん(58)は「まさかこの子が生きているなんて」と驚いた様子。「広島に原爆を投下したエノラ・ゲイ号の搭乗員を知っているが、彼は戦後、感情がなくなった。大きな悲しみを感じていたのだろう。彼も犠牲者だ。戦争はいけない」と訴えていた。
広島、長崎両市は96年から海外で原爆展を行っているが、国の機関が主催するのは初めて。「被爆国として原爆の惨禍を海外に伝えてほしい」という被爆者の要望が強かった。(毎日新聞 2005/05/07)

「ナチスの核兵器 図面あった」 独の歴史家らが発表
【ロンドン=岡安大助】第2次大戦中にナチス・ドイツが開発した核兵器の図面を発見したと、ドイツの歴史家らが1日発表した。粗いステッチのため実際に組み立てられたか不明。実用化の段階に達していたとはいえないが、「これまで考えられていたよりナチスの研究は進んでいた」としている。
発表したのは、ベルリンに拠点を置く歴史家ライナー・カールッシュ氏ら。英科学誌「フィジックス・ワールド」6月号に掲載された論文によると、図面はドイツかオーストリアの科学者が1945年5月のドイツ降伏後、個人的に書いたとみられる文書の中から見つかった。
この文書は核開発に関するリポートだが、タイトルや執筆した日付は記載されていない。カールッシュ氏らは「水爆研究に取り組んでいたことは明らかだ」と指摘している。
同氏は今年3月、旧ソ連軍の史料などを基に著書「ヒトラーの爆弾」を出版。「ナチス・ドイツが核実験をしていた」という新説を主張し、信ぴょう性をめぐって論議を巻き起こした。これまでは、ドイツの核開発は30年代から進められたが、ナチスは兵器化に熱心でなく、米国が先んじて原爆を開発したとされている。(東京新聞 2005/06/03)

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