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ヒトラーは原爆を持っていた=ドイツ歴史家が主張

Category: 原爆  

ヒトラーは原爆を持っていた=ドイツ歴史家が主張
【ベルリン6日】これまでの定説とは違って、ナチス・ドイツは第2次大戦終結前に原子炉を建設し原爆を保有していたとの新説をドイツの歴史家が今月半ばに発刊する著書「ヒトラーの爆弾」で発表する。歴史家ライナー・カールシュ氏は同書で、原子炉は1944-45年には稼働し、核兵器の実験が親衛隊(SS)の監督の下にバルト海の島やドイツ中央部のテューリンゲン州で行われていたと述べている。
「ヒトラーの爆弾」を出版するDVA社は6日出した出版案内の中で、ナチス・ドイツがあと少しで、世界初の実用的な核兵器の開発競争で勝てるところまできていたものの、空中から投下できるほどには開発が進んでいなかったと指摘している。カールシュ氏は、ドイツ初の原子炉がベルリン近くで稼働していた事実や、プルトニウム式の爆弾製造に関する41年以来の文書を発見したと主張している。
カールシュ氏によれば、ナチス・ドイツの原爆の破壊力は米国が広島、長崎に投下した原爆の足元にも及ばなかった。しかし、連合国のサボタージュと資金難にもかかわらず「汚い爆弾」の製造には成功し、テューリンゲン州での実験では捕虜数百人が死亡したという。〔AFP=時事〕(時事通信 2005/03/07)

「ナチスが核実験」独歴史家が新説 メディアは根拠不足指摘
【ベルリン=熊倉逸男】ナチス・ドイツが核兵器開発を実用化直前まで進め、核実験も実施していた─との新説を紹介した本「ヒトラーの爆弾」が14日、ドイツで出版され、信ぴょう性をめぐり論議を呼んでいる。
著者のベルリン・フンボルト大学講師の歴史家ライナー・カールシュ氏によると、ナチスは1944年から45年にかけベルリン近郊に原子炉を設置し、濃縮ウランを使った小型核兵器を開発。45年3月3日、ドイツ東部チューリンゲンで核実験を行った。被害は半径約500メートルにわたり、近くの強制収容所の収容者ら約500人が犠牲になった。開発は、ヒトラーらナチス指導層も承知していたいう。
新たに発見された旧ソ連軍の史料や証言記録、実験場所とされる土壌から放射能が検出されたことなどを「核実験説」の根拠としている。
ドイツでは1930年代から核開発が進められたが、ナチスは兵器化に熱心ではなく、ナチスの核兵器保有を懸念した科学者らの訴えを聞いた米国が先んじて、原爆を開発した─というのがこれまでの定説だった。
独メディアは新史料発見を評価する一方、「核実験説」の説得力不足を指摘している。(東京新聞 2005/03/16)

米加州で原爆展 被爆者写真に涙ぐむ女性も
【ロサンゼルス18日共同】原爆被害の悲惨さを世界に伝えるため広島、長崎の両市が続けている「原爆展」が18日、米カリフォルニア州ロサンゼルス郊外のコンプトン市で始まった。
「コンプトン・カレッジ」図書館の一角に、焼け野原になった被爆直後の両市の写真や、焼け焦げた衣服など約50点が展示された。訪れた女性の1人は、男女の区別もつかないほど顔が焼けただれた被爆者の写真を前に涙をこらえきれない様子だった。
写真を見た学生のモーリス・ドスさん(29)は「米国はこれまでにもひどいことを数多く行ってきたが、中でも原爆投下は許されない。このような非人道的な行為は二度と起きてはならない」と話した。(共同通信 2005/03/19)

米国で「原爆の絵」紹介 MITのダワー教授ら
【ボストン29日共同】米マサチューセッツ工科大(MIT)のジョン・ダワー教授らが、被爆者が描いた「原爆の絵」を使い、被爆の実態を伝えるサイトを作成し4月中旬、月50万件を超えるアクセスがある同大のホームページで公開した。
ダワー教授は「被爆者の絵には原爆の真実に目を向けさせる力がある」と話している。
広島の原爆資料館が保管する「原爆の絵」と、著書「敗北を抱きしめて」で知られるダワー教授の解説を組み合わせ、「1945年のグラウンド・ゼロ(爆心地)」で何が起きたのかを効果的に伝える画期的な試みだ。
ダワー教授は「地獄の火」「幽霊」「希望」などの項目に沿って、原爆投下後の広島を約40枚の絵を通じて紹介。大やけどを負い、列になって歩く被爆者の姿や、家族や友人を救えずに逃げた罪悪感などを詳細に記述している。
サイトを使って、中高生向けに原爆を教える教材も作成中で、9月の新学期から米国の200校が採用する予定。
サイトのアドレスは、http://visualizingcultures.mit.edu

マサチューセッツ工科大のジョン・ダワー教授の話 米国で原爆の悲惨さを伝えるのは非常に難しい。愛国心だけではなく、人間は自分が犯した過ちを直視できないからだ。個人的な体験が迫ってくる被爆者の絵には心理的な覆いを取り去る力がある。米国では9月1日のテロの現場を「グラウンド・ゼロ」と呼んだが、20世紀の大国が一般市民を戦争の標的にしてきたことが忘れられている。1945年のグラウンド・ゼロ(爆心地)に立ち戻り、暴力や戦争の悲惨さを見つめ直さなければならない。(共同通信 2005/04/29)

NYタイムズに反核広告 NPT会議前に広島の団体
【ニューヨーク29日共同】5月2日にニューヨークで開幕する核拡散防止条約(NPT)再検討会議を前に、広島市の市民団体「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」は29日付の米紙ニューヨーク・タイムズに、核廃絶に向けた明確な計画の策定を求める意見広告を掲載した。
「ヒロシマとナガサキはブッシュ大統領と米国民に訴えます」と題する意見広告は新聞半ページの大きさで、原爆が投下された翌日の1945年8月7日の広島市内の写真を掲載。「苦しみが終わることのない戦争被害者のことを考えてください」と呼び掛けた。(共同通信 2005/04/29)

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