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放影研予算を削減方針 米エネルギー省が伝える

Category: 原爆  

放影研予算を削減方針 米エネルギー省が伝える
日米共同で広島、長崎の原爆被爆者の健康を長期追跡調査している放射線影響研究所(放影研、広島市南区)に対し、運営資金を拠出する米国エネルギー省(DOE)が2005会計年度(今年10月-05年9月)で予算を削減する方針を伝えていたことが1日、関係者の話で分かった。
放影研の予算は年間約37億円。このうち約28億円を厚生労働省とDOEが折半し、残る約9億円を厚労省が単独で負担している。削減率は不明だが、原爆傷害調査委員会(ABCC)時代を含め半世紀以上続く研究は大幅な変更を迫られる可能性も出てきた。
削減の理由としてDOE側は「国家の安全保障政策への重点配分」などを挙げたといい、イラク戦争やテロ対策、財政赤字が背景にあるとみられる。(共同通信 2004/04/01)

捕虜になり広島で被爆死 米兵の遺影が平和祈念館に
大津の中村さん 当時姿を目撃「母国の爆弾 気の毒」

太平洋戦争末期、搭乗機が撃墜され捕虜となり、広島で被爆死した米海軍兵レイモンド・ポーターさん=当時(24)=の遺影が12日、米ウィスコンシン州在住の遺族の申請に基づき広島市中区の国立広島原爆死没者追悼平和祈念館に登録された。米兵捕虜の遺影登録は、3月に続き3人目。
ポーターさんとみられる米兵の姿は、当時中学生だった無職中村明夫さん(72)=大津市=が被爆前日、父親が勤務する中国憲兵隊司令部の独房で目撃した。その様子を自らの体験記につづっていた。
原爆で父親を失った中村さんは、遺影登録の知らせを聞いて「米国は憎かったが、母国の爆弾で死んだ捕虜は気の毒だった。米兵も原爆による無差別虐殺の犠牲者だ」とあらためてポーターさんの冥福を祈っている。
広島市西区の歴史研究家森重昭さん(67)の調査によると、ポーターさんの爆撃機は1945年7月28日、対空砲火を浴び瀬戸内海に墜落。ほかの捕虜とともに爆心地から約400メートルの中国憲兵隊司令部に拘束された。
中村さんの話では、同司令部幹部だった父重雄さん=当時(38)=に「捕虜が見たい」と頼み、同年8月5日、同司令部を訪れると、5つ並んだ独房にそれぞれ米兵が入っていた。
ポーターさんとみられる男性は、中村さんの目の前で憲兵に「ポーター」と名前を呼ばれ「イエス」と立ち上がった。下着のシャツにパンツ姿で、華奢(きゃしゃ)な体格とおびえた表情が印象に残ったという。(中日新聞 2004/04/13)

原爆:遠距離被害者ら924人に急性症状 被団協調査
日本原水爆被害者団体協議会(被団協、東京都港区)が昨年5月から、会員らを対象に実施していた被爆実態調査で、「遠距離被爆者」と原爆投下2週間後までに爆心地から2キロ以内に入った「入市(にゅうし)被爆者」の計924人に、原爆放射線との因果関係が高い「急性症状」やがんなどの疾病があったことが22日分かった。被団協が同日、広島市中区の広島弁護士会館で発表した。東京、大阪、広島など計11地裁で係争中の原爆症認定集団訴訟では、入市・遠距離被爆者が原告計138人のうち7割近くを占めており、被団協は調査結果を意見書として提出する。
調査では、2297人が回答。被団協が把握している限りでは、80年代後半以降の国の基準で「入市・遠距離被爆者」が原爆症と認められたケースは、85年と88年の2例だけという。
同訴訟の全国弁護団連絡会事務局長の宮原哲朗弁護士は「国の厳しい認定基準に対し、被爆による実態を事実として突きつけたい」と話している。【遠藤孝康】(毎日新聞 2004/05/22)

原爆データベース完成 記事や写真をHPで公開──広島大原医研/広島
◇「核兵器廃絶発信を」
広島大原爆放射線医科学研究所(原医研)が所蔵する原爆・被ばくに関する資料のデータベースが完成し、2日からホームページで公開を始めた。
利用は調査・研究目的に限られ、事前審査もあるが、原医研は「被爆者が高齢化する中、データベースが原爆体験の風化を食い止め、世界に核兵器廃絶を発信する役割を果たしてくれれば」と期待している。
公開されたのは「原爆・被ばく」をキーワードとする67~79年の新聞記事(中国・毎日・読売)約3万1500点▽米国陸軍病理学研究所(AFIP)が収集した被爆直後の広島の写真や病理学写真約1200点▽原医研付属国際放射線情報センターが所蔵する原爆・被ばくに関連のある図書や雑誌のリスト約6200件──の3種類。同大は03年度に日本学術振興会の補助金で、データベース化に取り組んだ。
川野徳幸・原医研助手は「広く研究者に公開することは、59年前に投下された原爆とは何かをあらゆる分野で解明する手がかりになる」と話している。
利用できるのは(1)教育、研究機関に所属する者(2)原爆・被ばく、平和に関する調査を行う者(3)データベース作成協力新聞社、広島大図書館長または原医研所長が認めた者。
広島大図書館のホームページ(http://www.lib.hiroshima-u.ac.jp/abdb/)にアクセスして申請し、ID、パスワードを受け取る。写真や書籍リストのみの申請も可能。【牧野宏美】(毎日新聞 2004/06/04)

米の出資削減に反対声明 約束違反と放影研理事会
被爆者の健康を日米共同で調査している放射線影響研究所(広島市)のバートン・ベネット理事長は24日、理事会終了後に記者会見し、米国政府が打ち出した出資金削減の方針に対し、日米の科学者ら計9人で構成する理事会が「一方的削減は運営資金折半の日米合意に反する」との反対声明をまとめたことを明らかにした。
同理事長によると、声明は「放影研の研究にはまだ長い時間が必要だ」と研究継続の重要性を訴えている。米エネルギー省、国務省、連邦議会に近く郵送する。
理事会初日の23日、複数の理事から「理事会として態度を表明すべきだ」との意見が出て、急きょ取りまとめた。
放影研の予算は年間約37億円。うち日本独自の研究分として約9億円を厚生労働省が負担。残る約28億円を米エネルギー省と厚労省が折半している。
3月中旬、エネルギー省の予算担当者が来日し、出資金削減の方針をベネット理事長らに伝えた。(共同通信 2004/06/24)

神戸への「模擬爆弾」投下 エノラ・ゲイ参加
広島に原爆を落とした米軍のB29爆撃機「エノラ・ゲイ」が約2週間前の1945年7月24日、他の爆撃機3機とともに神戸に4発の「模擬原爆」を投下していたことが23日までに、市民団体の調査で明らかになった。神戸への模擬原爆投下は米軍記録などから判明していたが、エノラ・ゲイが参加していたことで市民団体のメンバーは「かなり重要な事前訓練だったのでは」と推測している。
「春日井の戦争を記録する会」(愛知県春日井市)が、国会図書館に所蔵されている米軍資料を詳細に調べ、エノラ・ゲイの神戸への模擬原爆投下が分かった。
米軍は当初、新潟▽京都▽広島▽小倉の四都市を原爆投下の候補地として検討していた。このうち、上部の命令で京都が外されて長崎が入った。原爆の巨大な衝撃波に巻き込まれないよう、米軍は模擬原爆を使った投下訓練を米国内と日本で繰り返した。
同会によると、日本国内では45年7月20日から8月14日の間に、17都府県30都市へ計50発が投下され、少なくとも400人が命を落としたという。
模擬原爆は通常の火薬爆弾だが、長崎に落とされた原爆と同じ形状。外観から「パンプキン」と呼ばれ、重さは約4.5トンもあり、B29でも1発しか積めなかった。
神戸への投下は、京都攻撃を想定した訓練と考えられ、4機が三菱重工、川崎車両、国鉄鷹取工機部、神戸製鋼所を目標に1発ずつ投下。計8人が亡くなった。
資料ではエノラ・ゲイは神戸製鋼所を狙ったとされるが、詳しい記録は残っていない。他の3発は社史などから落下地点が確認されており、同会の金子力さんは「落下地点が海などにそれたのではないか」と推測する。
同会は模擬原爆の被害実態を確認するため2年前から、各地の記録や社史などを基に犠牲者の氏名を収集。現在、約280人分を集めており、「ある程度まとまれば何らかの形で公表したい」という。金子さんTEL0568・52・6184

エノラ・ゲイ 1945年8月6日、世界で初めて、原爆を実戦で投下した爆撃機。2003年12月、完全復元された機体が米国のスミソニアン航空宇宙博物館で公開され、広島の被爆者が渡米して抗議するなど波紋を呼んだ。(神戸新聞 2004/07/24)

「急性症状」80%以上 原爆症訴訟原告アンケート
共同通信社は1日、原爆症認定を国に求め全国11地裁で係争中の被爆者146人を対象にしたアンケート結果をまとめた。回答を寄せた92人のうち、脱毛や嘔吐(おうと)など急性放射線障害とみられる症状を被爆当時に発症したケースは、爆心地からの距離に関係なく、80%を超えていることが分かった。
被爆後に捜索や救援などのため、爆心地近くに入った原告は71人(77%)に上る一方、放射性降下物である「黒い雨」を浴びた人も43%を占めた。
急性症状は1グレイ以上の高線量の放射線を浴びた場合に発症するとされる。爆心地近くに出入りしたことで、爆発時の初期放射線に加え、放射性降下物や誘導放射線に多重被ばくしていた可能性がアンケート結果から浮かび上がっている。
回答者のうち64人は広島で、28人は長崎でそれぞれ被爆した。平均年齢は72.4歳。
脱毛や嘔吐などの症状があったのは、2キロ以内で被爆した54人のうち44人。2キロ以上の遠距離被爆者33人のうち28人を占め、その大半が爆心地付近に入っていた。
このほか、救援活動などで原爆投下後の市街地に立ち入り被爆した「入市被爆者」の5人全員が「発症した」と回答した。
2キロ以内で被爆した人の83%が爆風や熱線などで負傷。遠距離被爆者の負傷率は36%だった。
一方、全体の約40%が焼け跡に残っていた水や食べ物を口にし、28%が爆心地付近で救援活動や後片付けに従事した。
被爆後に「健康状態が全く変わった」とする人が64%。被爆直後から体調悪化に苦しめられているとした人が39%おり、40年以上、症状に苦しめられている人が70%を占めた。
原爆症認定申請の理由は「病気が原爆によるものだと国に認めてもらいたい」が84%。「医療費や健康手当のため」の17%を大きく上回った。
国の認定基準については、約90%が「厳しい」と回答。裁判に踏み切った理由をみると、「国への憤りや怒りから」「原爆の恐ろしさを訴え、核廃絶につなげたい」が約60%を占めた。

<原爆症認定> 原爆投下時に広島、長崎両市や周辺地区にいて直接被爆したケースや、2週間以内に爆心地付近に立ち入った場合(入市被爆)などに被爆者健康手帳が交付される。このうち原爆の放射線による病気や治癒力低下のために治療が必要な場合は、厚生労働省が原爆症と認定し、月額13万7840円の医療特別手当が支給される。2003年度末で全国の被爆者手帳所有者約27万人のうち、原爆症認定は0.82%の約2270人。「認定基準が厳しすぎる」と批判がある。(共同通信 2004/08/01)

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