FC2ブログ

今日ボクが見た風景

明治天皇 「海の日」と東北御巡幸

Category: ブログ  
script_topilog,http://jss.afpbb.com/mbsv/sdata/medianewsdelivery/msnsankei/ameba/js/utf8/110080000/c40ef2172cc282c11f1d532ad858da7f_e0d54613f58abd90a3b67322eb5ed0bb.js

先般、この度の大震災に対して、天皇陛下は異例のビデオメッセージを発表された。多くの被災者はどんなに励まされたことだろう。この時、筆者はお言葉を拝しながら、遠き明治の御代の或(あ)る出来事を思い出した。

 それは、平成7年制定の「海の日」にまつわる史実である。現在、この祝日は7月の第3月曜日に移されているが、制定当初は7月20日に定められていた。

 もともとこの日は、戦前の一時期に設けられていた「海の記念日」であり、明治9年に東北・北海道へおよそ50日に及ぶ御巡幸に臨まれた明治天皇が、明治丸で横浜に帰港された日に因(ちな)んだものだった。

 その目的は、戊辰戦争に敗れて以降、艱難辛苦(かんなんしんく)の日々を送っていた人々を天皇みずから慰撫(いぶ)し激励するためにほかならない。出発は6月2日、馬車で福島から仙台、岩手、青森と北上、次いで明治丸で津軽海峡を渡り、函館を経て三陸沖を海路戻るというコースを辿(たど)っている。

この間、東北の人々は御巡幸の先々で奉迎した。天皇も各地で開墾や産業の振興に尽くした功労者をねぎらわれている。郡山では、荒野を拓(ひら)いてできたばかりの桑野村まで分け入り、開拓者の苦労話に耳を傾けられ、5万円を下賜された。

 弘前の東奥義塾では外国人教師による英語教育が行われていて、生徒10名が英語による発表を披露。天皇はその進取の気象に感心され、ウェブスター辞書を買う代金にと一人につき金5円を与えられたという。

 また或(あ)る時は、小学生が献上してくれた蛍一籠を嘉納され、岩手では太布半纏(ふとのばんてん)と呼ばれる農民の仕事着まで買い上げられた。東北の人々との間に親しく絆を結ぼうと努める君主の面影が偲(しの)ばれる。

 このような由緒を持つ記念日がハッピーマンデーなる不見識な制度によって不明となりつつあるのは返す返すも残念でならない。

 東北に生きる人々への激励に心魂を傾けられた若き明治天皇-。今上陛下のお言葉とともに謹んで心に刻み、被災地復興への支援に臨みたいものと切に思う。(中村学園大学教授 占部賢志)





日本の物語
日本人が言い伝えるべきことはきちんと残したいものです
関連記事

Comments

« »

08 2020
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
NASA Visible Earth
Web page translation
Flag Counter
free counters
xxx
全記事表示リンク