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上田藤兵衞・同和団体会長が山口組若頭を告訴するに至った理由

Category: 在日・パチンコ  
日本最大の暴力団ナンバー2を"刺した"男が沈黙を破った---というサブタイトルのもと、『週刊ポスト』(12月24日号)に、「山口組と同和運動と自民党---私の30年史をお話しする」という形で登場、私のインタビューに答えたのは、同和団体会長の上田藤兵衛氏(65)である。

 上田氏は、高山清司若頭を告訴、恐喝容疑での逮捕、恐喝罪での起訴にまで持っていった。山口組の組織的反発が予想され、その重圧はハンパではない。現に、京都府警が24時間体制で重要証人としてガード。そうした危険を冒してまで告訴した理由は何なのか。


そこには、捜査当局と意見を同じくする上田氏の危機感があった。


「弘道会壊滅作戦」を指示していた安藤隆春・警察庁長官は、そのトップである高山清司会長を京都府警が逮捕した11月18日、記者会見でこうぶち上げた。

「山口組を実質支配している若頭の逮捕で、組に多大な打撃を与えると評価している。今後も弘道会の壊滅を目指して、取り組みを一層強化したい」

 弘道会にこだわり抜いたのは安藤長官である。弘道会本部(名古屋市)のある愛知県警に徹底的な取り締まりを命じ、今年4月には「弘道会特別対策室」を設置させた。

 成果は着々と上がり、この1年で弘道会関係者の逮捕は1000名に及んだ。その集大成が山口組ナンバー2の若頭で弘道会会長を務める高山清司被告の逮捕だった。

 当初、4000万円の「みかじめ料」の要求は、本人ではなく、窓口となった淡海一家(滋賀県大津市を拠点とする山口組直系組織)の高山義友希総長らの口から出たもので、高山被告は「よろしく頼む」と言ったに過ぎない。従って、「罪に問うのは難しく、起訴すらできない」という希望的観測が、山口組内部に広がった。

 しかし高山被告は、12月8日、起訴された。その最大の理由は、「みかじめ料」を要求された上田氏側に、山口組の「両高山」から激しいプレッシャーを受けた痕跡が残され、その重圧を跳ね除けたいという強い意思があったためである。

 上田氏は、1986年、同和団体の立ち上げに参加、以降、京都府本部の中心となった。同和運動へのかかわりは30年近くに及び、その間に「政・官・財・暴」といった表裏の権力にパイプを築き、京都では知らぬものとてない。

 高山被告は、銃刀法違反で服役中の司忍(本名・篠田建市)山口組6代目組長から若頭として留守を預かる間に、山口組を強権支配した実力者である。

 直系組長に月曜日から金曜日までの「山口組本部(兵庫県神戸市)詰め」を命じて勝手な行動を許さず、上納金もシビアに徴収、反発し離反する組長は、後藤忠政・後藤組組長などのように除籍処分にした。

 その剛腕で高山被告が京都へ進出する時、実力者の上田氏を抑え込みにかかるのは、ある意味で当然といえた。上田氏を"傘下"にすることで、中央政界にも、京都府や京都市といった行政にも、ゼネコンや地元土建業者にも太いパイプが築けるからだ。

 だが、同和団体や他のNPO法人などの要職に就き、傘下に建設組合や建設、警備、メンテナンス会社などを抱える企業人でもある上田氏は、「山口組の配下」となることはできなかった。それが圧力をかわして告訴に至った理由だが、山口組周辺からの反発はハンパではなかった。


 因果関係がハッキリしないために詳細は記せないが、事務所や車などへの発砲事件があり、脅迫はもちろん軟禁状態に置かれたことも一度や二度ではない。結局、「みかじめ料」の支払いを累計で4500万円まで我慢したのは「会社と従業員と仕事や築き上げて来た社会的な信頼関係を守りたい」という一心からだったという。

 だが、「ヤクザに領収書はない」とは、よくいったもので、09年10月に500万円を脅し取られ、「これは延滞料じゃ!」と、凄まれた事や仕事の現場や従業員にまで、組織を上げて脅しに入られ、もうこれ以上は持たないと、山口組との対決を覚悟した。

 起訴を機に、上田氏が私のインタビューに応じたのは、巷間(既に京都の事情通の間では告訴したのが上田氏であるのは周知の事実だった)伝えられている次のようなシナリオを否定するのが目的だった。

 上田氏は、山口組5代目の渡辺芳則組長と親しいことが、同和利権を牛耳っていると錯覚を与えていた。その渡辺氏が05年に引退、京都が空白になった。その間隙を縫って京都を抑えにかかったのが高山若頭で、渡辺氏に代わって上田氏を支配しようとした---。

 上田氏はこう反発した。

「私は、同和団体から暴力団やエセ同和を排除しようという目的で運動を始めたんです。私が個人的に渡辺さんと親しいのは事実ですが、同和運動にも事業にもタッチさせたことはないし、渡辺さんもそれをわかってくれた。

 渡辺さんだけじゃなく、他の暴力団幹部や右翼大物も理解してくれたから、私はフリーハンドで動けたし、誰とでも会えた。特定の暴力団の庇護を受けるなんて、そんなんで私らの同和運動は成り立ちません」

 もうひとつ上田氏が強調したのは、「被害者」という自らの立場だった。

「私に広い人脈があるのは事実です。そこで、京都選出の大物政治家の事務所と結託、口利きをしてもらったうえで、私が高速道路などの工事を仕切り、それを献金するといった情報が流されたことがある。

 利権構図のなかにいるというわけですが、公共工事への関与は、そんな甘いものじゃない。反対運動とか嫌がらせとか、いろんな問題を解決するなかで実績を作り、それを工事受注に結び付けていく。そんなメカニズムがわからず、弘道会は『みかじめ料を寄こせ』と。堅気の私を子分扱い。無茶苦茶です。

 なのに『親しいから脅された』と受け取る人がいる。違うんです。親しいから、我慢に我慢を重ねて説得したんです。しかし無理でした。また、公共工事のメカニズムを知らないから弘道会は私を誤解した。どこまでいっても、私は被害者なんです」

 「同和のドン」という立場の上田氏に反発、反上田情報を流す人がいるが、上田氏が日本で最大の暴力団最高幹部を逮捕起訴に追い込んだ事実は重い。

 安藤長官が恐れたのは、弘道会が警察=国家秩序との対決姿勢を鮮明にし、マフィア化する姿だった。そこに上田氏は同調、捨て身で告発、重責を担った。それは確かな事実なのである。




2010年12月16日(木) 伊藤 博敏

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