今日ボクが見た風景

スポンサーサイト

Category: スポンサー広告  
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

旧日本軍の略奪などを白黒で淡々と描いた「南京!南京!」都内で初上映 「日本人に見てほしい」

Category: 歴史  

旧日本軍の略奪などを白黒で淡々と描いた「南京!南京!」都内で初上映 「日本人に見てほしい」[08/21]


 旧日本軍による「南京大虐殺」(1937年)を題材に苦悩する日本兵を描き、中国で賛否両論を
呼んだ話題作「南京!南京!」が21日、東京都内で初めて上映された。

 作品は国際的に高い評価を受けたが日本では配給元が決まらず、市民グループによる1日限り
の自主上映がようやく実現。会場周辺には警官が配備されたが混乱はなかった。来日した陸川
監督(40)は共同通信の取材に「多くの日本人に見てほしい」と語った。

 日中間では犠牲者数などに大きな議論がある事件だけに、資料研究に4年を費やし、元日本兵
の日記や手記を基に旧日本軍の略奪などを白黒で淡々と描いた。

ソース   西日本新聞 2011年8月21日
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20110821-OYT1T00495.htm
上映後、映画「南京!南京!」について観客と意見交換する陸川監督=21日午後、東京都中野区 
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/culture/20110821/201108210003_001.jpg



歴史を振り返るとき、常に私たち日本人の心の傷としてとらえざるをえないのが南京事件である。

戦後教育を受 けた私は、長いあいだ、日本人は南京で虐殺行為をしたのだと思っていた。報道の分野で仕事をするようになって初めて南京大虐殺説に疑問を抱くようになった。かといって特に南京事件の調査をしてきたわけではないが 外交問題の取材などに関連し幅広く書籍や資料を読むようになった。
その結果、中国側のいう30万人虐殺はありえないことなどは、比較的すぐに納得できた。
問題はそこから先である。南京での虐殺はなかったとする書籍や資料を読んでも、私にはなかなか、

それは認められなかった。30万人よりはずっと小規模ながら、一般市民の虐殺はあったのではないかとの見方をぬぐい去ることができないできた。


 そんな私の目を大きく開かせる書籍が出た。

 
 『「南京事件」の探究』(文春新書)である。

著者の北村稔氏は立命館大学教授で団塊の世代、中国近・現代史の専門家だ。

北村氏はできうる限り、イデオロギーを排除して客観的事実を掘り起こすことで南京事件を見詰めようとした。
 南京虐殺が存在したと確定されたのが東京と南京で行なわれた戦争裁判の判決書によってであることから、北村氏は2つの判決書がどのような資料と証言によって作成されたかを調べ、それらを逐一、調査する手法をとた。その結果、驚くべきことが分かったのだ。

 南京事件を最初に世界に知らしめたのは、オーストラリア国籍の記者、ティンパーリーの書いた 
What War Means:the Japanese Terror in Chinaという書籍である。
南京事件の翌年の1938年に早くも出版された。 ちなみに彼は英国のマンチェスター・ガーディアンの中国特派員だった。 一流紙の特派員で、中国とも日本とも関係のない第三国の人物による書籍との触れ込みで、
彼の書籍には信頼が寄せられ、残虐行為の有力な証拠ともなった。
南京大虐殺の日本断罪は、この書物から始まったともいえるのだ。
 北村氏が発掘した事実は、ティンパーリーの隠された素顔に関するものだ。じつは彼は公平なジャーナリストなどではなく、蒋介石の国民党の対外宣伝工作に従事していたというのである。
 上の事実は『新「南京大虐殺」のまぼろし』(飛鳥新社)を書いた鈴木明氏も指摘しているが、北村氏はさらに調査を進めてさらなる新資料にたどりついた。
 そのうちの1つは国民党中央宣伝処の曾虚白処長の自伝だ。自伝のなかで曾は次のように書いている。
「ティンパーリーは都合のよいことに、我々が上海で抗日国際宣伝を展開していた時に上海の
『抗戦委員会』に参加していた3人の重要人物のうちの1人であった。(中略) 我々は秘密裡に長時間の協議を行い、国際宣伝処の初期の海外宣伝網計画を決定した。
我々は目下の国際宣伝においては中国人は絶対に顔を出すべきではなく
国際友人を捜して我々の代弁者になってもらわねばならないと決定した。
ティンパーリーは理想的人選であった。 かくして我々は手始めに、金を使ってティンパーリー本人とティンパーリー経由でスマイスに依頼して、
日本軍の大虐殺の目撃記録として2冊の本を書いてもらい、発行することを決定した」 こうして極めてタイムリーに日本断罪の書が出版されていった。

 公平な第三者の著作のはずが、じつは国民党宣伝部の資金を受けていた人物によって書かれたものだったのだ。それが元になって南京大虐殺説が生まれてきた。となれば、南京大虐殺は存在しなかったのだ。
 詳しくはこの書を読み、そのうえで、何が歴史の真実に近いのかを一人ひとりが考えてみてほしい。

事実は目前に見えている。まさに歴史を見直すべき時なのだ。


(週刊ダイヤモンド:平成13年12月1日号]


http://www35.atwiki.jp/kolia/m/pages/12.html




関連記事

Comments

« »

05 2017
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
NASA Visible Earth
Web page translation
Flag Counter
free counters
xxx
全記事表示リンク

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。