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震災では米軍などの支援に助けられたが関東大震災の時はどうだった?

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震災では米軍などの支援に助けられたが、関東大震災の時はどうだった?


東日本大震災の発生後、米軍は最大約16000人、空母など艦艇15隻、航空機約140機を投入して支援活動を続けてくれましたが、実は、今から90年近く前の大正12年(1923年)9月1日に発生した関東大震災は、軍隊による世界で初めての国際災害援助活動として記録されています。

 相模湾を震源とするマグニチュード7・9の関東大震災。死者・行方不明あわせて10万人を超す大惨事となり、今回の自衛隊と同じように、当時の日本陸軍と海軍は大部隊を動員して全力で救援活動に当たりましたが、米軍やイギリス軍、フランス軍などの各国も救援に駆けつけています。

 なかでも米軍は、震災から4日後の9月5日には米海軍の太平洋艦隊が東京湾に入港し、救援物資を届けたり、避難民の輸送を支援したりしています。米陸軍も駆けつけ、東京や横浜に救護所を設けて医療活動などに当たっています。

 もちろん彼らにとって、日本に住んでいる米国人の捜索活動も目的の一つでしたが、震災で痛手を負った日本国民は米国の支援に深い感銘を受け、大正デモクラシーの時代を背景に、親米感情がいっそう深まったといわれています。それが証拠に、震災後、東京・丸の内のビル街の復興には、公園や街路を取り入れた米国流の都市計画が採用されています。

 ただし、救援活動にあたる米軍の中には、日本各地を回って写真撮影する部隊もいて、東京湾にあった要塞や各地の軍需工場などの情報を収集していたということも指摘されています。また、木造家屋が密集していてすぐに大火災が発生しやすいという都市の脆弱性を見抜き、後の太平洋戦争で米軍が日本本土の空襲に使った焼夷弾の製造や改良に結びつけたという説もあります。 (編集委員・勝股秀通)

2011年8月1日 読売新聞)





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