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権力にしがみついたある夫婦

Category: 政治  

権力にしがみついたある夫婦


2011.7.31

 迷走と暴走を重ねる国家指導者を誰も辞めさせられない-。そんな時代がアメリカにもあった。

 ウッドロー・ウィルソン米大統領といえば、第一次世界大戦の戦後処理構想を示した「平和原則14カ条」や、国際連盟の創設提案で有名だ。ノーベル平和賞も受賞している。

 だが、残る任期1年半の段階で、2つの強敵が襲った。1つは自身の健康問題、もう1つは国際連盟加入に抵抗する上院の存在である。

 自らパリ講和会議に乗り込んでベルサイユ条約をまとめたウィルソンは、休息もとらずに全米遊説に乗り出し、国際連盟加盟の重要性を国民に訴え続けた。その途上の1919年10月、脳卒中で倒れ、重度の左半身マヒと言語障害に陥った。

 ところが、イーディス夫人は侍医と腹心の補佐官に命じて大統領への面会を謝絶させ、病状を極秘のベールに包み隠してしまったのだ。

 大統領決裁を求める閣僚らのメモや起案書は夫人が全て検閲し、何事も「大統領はこう言った」とする夫人のメモを元に決裁されるようになった。米政治史上にいう「ペチコート政権」(女性の下着。転じて妻が牛耳る政権の意)である。

 当時最大の問題が国際連盟加盟問題だったことはいうまでもない。ロシア革命への対応などの緊急課題も山積していた。それなのに、夫人の回答は「今は判断できない」「後日検討を」などと先送りを命じるものが多かった。そのくせ、「副大統領に職務を代行させるべきだ」といった提案は一切、ハネつけられた。

 「大統領は本当に職務を遂行できる状態なのか?」。副大統領は2カ月、ランシング国務長官に至っては約半年も大統領に面会を許されず、国民や議会の疑問が渦巻いた。国政の停滞を心配した国務長官は閣僚らを集めて協議したが、「無断で閣僚会議を開いた」との理由で罷免を申し渡されてしまった。


大統領の声も姿も見えない中で、条約批准は上院で2度否決され、米国は自ら提唱した国際連盟に加盟できずに終わった。その原因は、連盟規約によって「米国の主権が拘束される」と懸念した共和党の修正要求に対し、ウィルソンがあくまで譲歩を拒否したためとされている。イーディス夫人は「夫の意思だ」と説明したが、本当に本人の意思だったのかどうかは定かでない。

 米国不在の国際連盟は国際政治に深い傷を残し、英経済学者のケインズは、批准失敗について「大災害に匹敵する愚かな判断」と指摘した。

 何よりも、ウィルソン夫妻の行動が米国憲政に投じた最大の問題は職務遂行能力に疑問が生じた大統領をどうするかだった。1年半もの間、米国の政治・外交そのものが機能不全に陥ったにもかかわらず、誰もそれを止められなかったからだ。

 イーディス夫人は自らの回顧録で「ウィルソンは最愛の夫であり、合衆国大統領はその次だった」とも記している。「賢夫人」という見方もなくはないが、歴史家の間では「国益を損なったファーストレディー」という負の評価が多いようだ。

 職務不能に陥った大統領の処遇を定めた憲法修正第25条が成立したのは第二次大戦後だ。その契機はウィルソン時代の反省だったという。

 権力にしがみついて国益を損なった夫婦には、フィリピンのマルコス夫妻などの例もある。日本がそんな災厄を避けるにはどうしたらよいのだろうか。(論説副委員長・高畑昭男)



http://sankei.jp.msn.com/world/news/110731/amr11073102530000-n1.htm




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