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今日ボクが見た風景

戦場カメラマンの渡部陽一さん

Category: ブログ  

好奇心が自身を導く~戦場カメラマンの渡部陽一さん

2011.07.24

米軍の兵士たちを取材する渡部陽一さん(右)=昨年9月、アフガニスタン南部のカンダハル(渡部さん提供)

 ゆっくりとした語り口に、誰とでも仲良くなれそうな穏やかな人柄-。戦場カメラマンの渡部陽一さん(38)は、その独特のキャラクターで人気を集めています。テレビのバラエティー番組出演で、お茶の間にもおなじみの顔ですが、世界の数々の紛争地域で取材を続けています。学生時代に訪れたアフリカでの壮絶な体験が、報道の世界を志すきっかけとなりました。(草下健夫)

   ■法学部に入ったが

 「弁護士や検察官など困っている人を助ける仕事に就きたい」。これが大学の法学部に入った動機だった。ところが、一般教養課程の生物学の授業に出たことで、その夢は大きく変わってしまう。

 「先生がアフリカの(狩猟民の)ピグミーの話をしてくれた。弓ややりでの生活なんて信じられなかった。会いたくなった」。気楽な旅行者気分で、ピグミーが暮らすザイール(現・コンゴ民主共和国)へ。ある日、行商人のトラックに乗せてもらいジャングルを進むと、不意に20人ほどの子供の一群が姿を見せた。

「若い人には、安全第一でどんどん海外に飛び出して行ってもらいたいですね」と語る渡部陽一さん(荻窪佳撮影)



今日ボクが見た風景



 子供たちは銃を乱射し、近づいてきた。ゲリラの少年兵だったのだ。所持金やカメラなど一切合切を差し出す。撃たれなかったのが不幸中の幸いだった。

 周辺集落も被害に遭い、女性や子供たちが少年兵に連れ去られていた。「残った村の子供たちは泣き叫んで、『助けて』と僕の服を引っ張る。でも何もできませんでした」

 帰国し、大学で友人に体験談を話しても信じてもらえない。「戦ったり、拉致されたりしている子供たちのSOSを世の中に知らせる方法は」。もどかしさが募る中、気付いたのが大好きなカメラのこと。「写真なら子供たちの叫びが伝わるのでは。戦場を撮るカメラマンになろう」

   ■悩んだテレビ出演

 大学在学中からフリーのカメラマンとして活動。2003(平成15)年に勃発したイラク戦争では、初めてビデオカメラを使ってテレビの仕事をこなした。フリーアナウンサーの大村正樹さん(44)とバグダッドで知り合い、帰国後も交流を深めてテレビに出演するきっかけをくれたという。

 テレビとの接点が深まると、平成21年の年末にはバラエティー番組で、戦場カメラマンの仕事について、インタビューを受けた。ゆっくりと語りかけるような独特な語り口。そのキャラクターが注目され、年が明けるとさまざまな番組に出演を重ねるようになった。「お呼びがかかることが、何とも不思議であり、ありがたいことでもあります」

 しかし、テレビ出演には葛藤もあったという。「あくまで戦場の真実を伝えるのが僕の仕事。バラエティー番組はいかがなものか」

 悩み続けた末、指導を受けていた報道写真家の山本皓一(こういち)さん(68)に相談した。山本さんのアドバイスは「やってみたらいい。ただ条件として、どの番組でも少しでも撮影した写真を使っていただき、自分で何が起こっているかを伝えること。これさえ守れれば、何を言われても静かにしていなさい」。この言葉が、背中を押してくれた。

 バラエティー番組に出たことは、今では良かったと思っている。「子供から年配の方にまで、イラク、アフガニスタン、レバノン、パレスチナ、スーダンといった世界のことを伝えられ、少しでも『アフガニスタンってどんな国なの』と思ってもらえるようになるのが、一番うれしい」。学生時代に訪れたザイールの「助けて」と服を引っ張ってきた子供たちの声が、日本の子供たちの耳に伝わる機会が増えることにつながるからだ。

   ■原点は剣士の心

 「真実を伝えたい」という思いから、カメラのファインダーを通じて世界を見続けている。その原点は少年時代にまでさかのぼる。

 剣豪小説が好きな父親の影響で小中学時代の9年間、剣道に明け暮れた。「礼節を保って自分を律し、目上の人を敬うことをたたき込まれました。今でも僕のカメラマンの仕事には、少年剣道時代がルーツにあると思う」。戦う相手にも敬意を払う剣道で培った心は、時に「サムライジャーナリスト」を名乗る精神にもつながる。どんなことも新鮮な感動として受け止めるおおらかな態度、そして好奇心が自身を導いてきた。

 「将来、何十年先かもしれないが、世界から戦争がなくなり、戦場カメラマンの仕事がなくなって、学校カメラマンになること。世界中の学校を撮影し、写真集やドキュメンタリー番組などで、伝えていきたい」

 世界を見つめてきた真摯(しんし)なまなざしが、そのまま未来にも向けられている。

 ――戦場写真の心がけは

 「駆け出しのころ、ほかの戦場カメラマンから『1枚で戦争を仕掛ける側と、やられている側、それぞれの思いが伝わるように』『報道機関向けに配信するときは、どこの国の新聞に載っても分かりやすいものを』とアドバイスをいただき、生かしています」

 ――戦場は怖くありませんか

 「危機管理をしっかりすることで、恐怖は和らぎます。その絶対条件はガイドさん選び。現地で生まれて人脈を持ち、危険が分かるガイドさんの言うことに必ず従います。生きて帰ることが絶対条件です」

 ――どうしてそんな話し方を?

 「小さいころから友人に『渡部は話し方が変だ』と言われました。外国に行くようになり、言葉が通じない国で単語を正確にゆっくり伝えると、理解してもらえるんです。そんな生活を続けて、もともとの話し方に拍車がかかったと思います」

渡部陽一「こだわり写真館」を見る




今日ボクが見た風景渡部陽一

〈わたなべ・よういち〉昭和47年、静岡県生まれ。明治学院大学法学部卒業。紛争地域を中心に、130カ国以上で取材。イラク戦争では米軍従軍(EMBED)取材を経験した。著書に「世界は危険で面白い」(産経新聞出版)、共著に「報道されなかったイラクと人びと」(新風舎)。昨年12月、写真集「MOTHERTOUCH」(辰巳出版)が発売された。

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