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「子孫が独立運動家でも親日派の財産は国に帰属させるべき」判決

Category: 韓国・朝鮮  

「子孫が独立運動家でも親日派の財産は国に帰属させるべき」判決







ほう、完全に敵国扱いだな。

こりゃあもう一度懲らしめねーと理解できないらしいな。







これは

「子孫が日本国籍を希望していても大韓民族の国籍は韓国であるべき」

に変化しかねませんねwktk




それいい(*°∀゜)!



なんかさ、いまだこんな事やってる国と友好親善をするとか、ありえない。



在日韓国人の財産も没収すべきですよ。
韓国人を名乗りながら、祖国に帰らないし徴兵に応じない。
日本語を上手に話しながら、ハングルを話せない。
韓国に税金を払わずに日本で財産を増やすもの多数。
韓国に帰るとパンチョッパリと言われて差別されると吹聴。

在日韓国人は親日派です。







韓国マトリクスw

死ぬまで目覚めるなww




これが現代の資本主義国家で行われてる裁判とはとても思えないw









日本でもあるよね。
生まれてもいない時代のことを謝らせようとすることがw広島の高校とかで。
あれすごい不思議なんだけど、帰化した在日がその高校に通っていたとして、
謝らせられるんだろうか?



韓国人にとって在日は裏切り者なんだと
強制連行で連れて行かれた、というのは日本に対する攻撃理由というだけで、実際には違う事は判っている
朝鮮戦争時に日本に逃げ、徴兵からも逃げている
実際政府としても棄民政策とっている

だから、在日は被害者ではなく加害者に区分されるそうだ



おっと、そういう意味じゃなくて広島のとある高校では
修学旅行で韓国に土下座しに行くよね。で、何故謝らなければならないのかと言うと
日本人だからという理屈なんだ。変な話だがアカの教師には道理らしい。
では帰化済みの在日韓国人は教師からみた場合、どういう扱いになるのだろうか。
日本人として謝罪させられるのか、韓国人として謝罪しなくていいのか。
教師からみて戦時中の罪が、「日本国籍」にあるのか「民族の血」にあるのか。
そこが疑問なんだ。





日本の存在がなければ今頃はロシア人のくせに。
阿呆だ。



ロシア人の方が彼等には幸せだったかもしれん。





親日罪ってどうとでもできるからね
いちゃもんレベルで財産没収可能だし
遡ることも可能で、究極「お前、日本に旅行行っただろ。親日罪だ!」も可能だしな・・・。
この親日罪は在日の金に手を伸ばす法律にもなりえるということ



日本に来て「日本が好きニダ」なんて言ってるチョンドルは、

全員が親日罪で逮捕だなw


これが裁判所の判決だっていうんだから驚きだな



数年前南朝鮮は”親日法”なる物を作った。
「とにかくチョッパリと関わって財を成した者は私財一式没収するニダ!」との事だが、
「但し日本陸軍に米を卸して財を成したサムチョン等朝鮮財閥は省くニダ」
と文章の最後には読めない様な小さい文字で書いてある。



凄い国だなぁ

こんな国の音楽やドラマを見て喜んでる日本人が居るとか笑えてくるなw




反日で結束した国家だもんな。













何これ、今時何なの韓国って民主主義国家じゃないの?

有り得ない、親日派の考えや思いを沢山聞きたいよ

やっぱり韓国政府って 正常じゃないよ、信じらなれ無い

日本人はみんな知るべき、こんな事は許されない

▲小説『林巨正』の作家ホン・ミョンヒ。

父は親日派だった。その子と孫は独立運動をした。
では、この親日派を反民族行為者の範囲から除外するべきだろうか。

裁判所の判断は厳格だった。清州(チョンジュ)地裁は14日、親日派・洪承穆(ホン・スンモク)の子孫ホン氏(67)が「忠清北道槐山郡(チュンチョンブクド・クェサングン)にある田畑や林野など51万7000平方メートルを国に帰属させたのは不合理だ」として法務部長官を相手取り起こした親日財産国家帰属決定取り消し請求訴訟を棄却、原告敗訴判決を出した。

清州地裁は「洪承穆は1901年の韓日強制併合以後、朝鮮総督府で勤務し、1918年に日帝から該当不動産を取得した点については争うことはない」とし「親日反民族行為者の財産の国家帰属に関する特別法が定めた反民族行為者に該当する」と判決した。

「子と孫が独立運動をしただけに洪承穆を反民族行為者から除外するべきだ」というホン氏の主張に対しても、清州地裁は「子孫が独立運動をしたとしても当事者が独立運動をしなかったとすれば反民族行為者から除外できない」と判決した。
特別法は親日行為をした当事者が後で独立運動に積極的に参加したり、日帝から受けた爵位を拒否・返却した場合、反民族行為者の例外にすると規定している。

清州地裁は「洪承穆の不動産は日露戦争開戦(1904年2月)当時から1945年8月15日までの親日行為の見返りとして取得したもので、すべて国に帰属させるべき」と付け加えた。

洪承穆は1901年10月、朝鮮総督府中枢院参議(諮問委員)に任命され、1921年まで活動した。
1909年3月には帝国実業会の会長を務め、一進会の併合請願運動に加わった。
1914年には日本軍人後援団体の京城軍人後援会に寄付をした。こうした点を日帝から認められた洪承穆は1918年に忠清北道槐山の土地を受けた。

しかし洪承穆の息子のホン・ポムシクは錦山(クムサン)郡守として在職した1901年8月29日、韓日併合に反対しながら自決した。
洪承穆の孫である小説『林巨正』の作家ホン・ミョンヒは1913年、海外独立団体の同済社で活動、1919年3月に槐山で独立宣言書を作成し、万歳運動を主導した。
子孫のホン氏らはこうした点を取り上げながら洪承穆を反民族行為者の例外にするべきだとして、昨年9月、清州地裁に訴訟を起こした。

判決が出ると、光復会忠北支会のソ・サングク事務局長は「親日行為で形成された財産を子孫が取り戻そうと訴訟を起こしたこと自体が誤り。裁判所の判決を歓迎する」と述べた。
ホン氏は「私有財産の侵害だ。直ちに控訴する」と話した。

ソース:中央日報日本語版 2011年07月15日08時31分
http://japanese.joins.com/article/824/141824.html
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