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今日ボクが見た風景

五百旗頭真 防衛大学校長

Category: 反日  

五百旗頭真氏とは今の防衛大学長です。


田母神氏は五百旗頭真氏のことをWillの2月号でこのように書いています。

五百旗頭さんは学校長就任前、毎日新聞にイラク派遣反対の意見を載せています。(2003年2月9日)就任後にも「小泉内閣メールマガジン」(2006年9月7日)で「私はイラク戦争が間違った戦争であると判断し、筋目の悪い戦で米国と一緒してもきっと後味悪い結果になると憂慮した」と語っています。
さらに同じ号で、小泉総理の靖国参拝に「靖国参拝一つで、どれほどアジア外交を麻痺させ、日本が営々と築いてきた建設的な対外関係を悪化させたことか」「積み立てられた信用という対外資産は、小泉首相が靖国参拝にこだわったことによって、大きく損なわれた」と書いています。それこそ国の政策に真っ向から反対している。

国会で決定されたイラク派遣に反対の意見を持っているものが防衛大学校長に就任し、就任後に総理のやっていることを批判しても、何のお咎めもなし。防衛大学長は「防衛教官」という特別職国家公務員であり、自衛隊員。私と同じような立場ですよ。私は制服を着ているから、歴史観を述べただけで2時間で更迭。五百旗頭さんは2年たってもお咎めなし。おかしいでしょ。これは差別じゃないですか。 





五百旗頭真 防衛大学校長



文民統制の重要性

田母神俊雄航空幕僚長が、戦争の過去について政府見解と異なる主張を公募懸賞論文に展開し、政府によって更迭された。制服自衛官は政治的問題につき政府の決定に服する責を負う。もちろん制服を含め、誰しも自らの意見を持つことができる。しかし個人の思想信条の自由と、職業に伴う義務とは別問題である。

軍人が自らの信念や思い込みに基づいて独自に行動することは、軍人が社会における実力の最終的保有者であるだけに、きわめて危険である。それ故にすべての民主主義国にあって、軍人は国民によって選ばれた政府の判断に従って行動することが求められている。これがシビリアンコントロール(文民統制)である。

航空幕僚長が官房長に口頭で論文を書き応募することを伝えたのみで、原稿を示すことなく、政府見解に反する主張を発表したことが明らかになったとき、防衛大臣は即日幕僚長の解任を決定した。

これに関連して想起するのは、1928年の張作霖爆殺事件である。関東軍の河本大作参謀は、上司と政府の指示なく、独自の政治判断に基づき、現地政府のトップを爆殺した。それ自体驚くべき独断専行であるが、それ以上に重大であったのが軍部と政府がこの犯行を処罰しなかったことである。そのことが、軍人が国のためを思って行う下克上と独断専行はおとがめなしとの先例をなした。軍部にブレーキが利かないという疾患によって、日本は滅亡への軌道に乗った。シビリアンコントロールがいかに重要かを示す事例である。

それを思えば、このたびの即日の更迭はシビリアンコントロールを貫徹する上で意義深い決断であると思う。制服自衛官は、この措置を重く受け止めるべきである。


一部には解任措置だけでは不十分との主張もある。そうした新聞の一つは、筆を伸ばして「防衛大学校での教育」への疑念にまで言い及んだ。幕僚長が防大の卒業である以上、そうした疑念にも無理からぬ面もあろう。防大教育の実情について報告する義務を負っているものと解したい。

防大の創設は、このたびの論点となった戦争の過去と密接に関係している。ダレス特使の再軍備要求に抵抗した吉田茂首相であったが、防大の設立にはなみなみならぬ意欲を示し「下克上のない幹部」をつくることを求めた。

これを受けて槙智雄初代校長が民主主義時代にふさわしい幹部自衛官育成の精神とかたちを築いた。その教育方針は「広い視野、科学的思考、豊かな人間性」培わんとするものであった。

旧軍が、自国愛に満ちて独善に陥り、国際的視野を見失った過去、「大和魂さえあれば」とか、「竹やり三千本」の言葉に示される観念論・精神主義の過剰のなかで成り立たない戦争にのめり込んだ過去、戦争への没頭の中で政府・大本営が他国民への惨禍と自国民への犠牲に鈍感となり、人間性豊かな自省を弱めてしまった過去、こうした過去の克服を期する指針であることは容易に解されよう。

私が感心するのは、過去への反省に立つ指針が、同時に戦後の新しい時代への洞察とも結びついていた点である。

「広い視野」は国際化が急速に進む戦後世界に、「科学的思考」は科学技術革命の爆発する時代に、「豊かな人間性」は民主主義社会において国民との共感が不可欠な時代に、それぞれ予言的なまでに適合しており、それゆえに今なお妥当性を失わないのである。


槙校長の事跡と思想を展示する記念室をたまたま先日防大資料館内に開設したが、その中に「服従の誇り」という不思議な言葉がある。通常、服従は奴隷的であり、屈辱的である。個性の確立と自主自立こそが誇りであろう。槙校長は、国民と政府への自衛官「服従」が、自発性に基づく積極的なものであり、それが国と国民に献身せんとする大義に発するものであるならば、立派に「誇り」たり得ることを、創立期の防大生に対して説いたのである。言い換えれば、槙校長はシビリアンコントロールを外力への服従としてではなく、自らの信条として内面化することを語りかけたのである。

このたびのことがあって、私は防大における歴史教育の内容がどのようなものであるか、改めて調べてみた。あの戦争を賛美するような講義内容は、一般教授の「政治外交史」や「日本近現代史」にも、また制服の先輩教授が教える「日本戦史」などにもまったく見あたらなかった。すべてが資料根拠に忠実な実証研究のスタイルであった。むしろ実証を踏まえつつも、もう少し意味づけや斬新な解釈を打ち出していいのではないかと感じるような着実な傾向であった。

私自身も歴史家であるが、世界の中の日本を全体的に見れば、千年前に源氏物語を生み、非西洋世界の中で真っ先に近代化を成功させて西洋諸国と並び立つ国となり、戦後もまた、格差の最も少ない豊かな民主主義社会を築くなど、卓抜した能力を示してきた立派な国民だと考えている。その中での遺憾な局面が、あの戦争の時代であり、今なお誤りを誤りと認めることが出来ずに精神の変調を引きずる人のいることであると考えている。

毎日新聞 2008.11.9(日)





五百旗頭氏の本の内容はわかりません(読む気もしません)が、だいたい見当はつきます。毎日の書評委員であり、毎日べったりの五百旗頭が毎日の書評賞を貰うそうです。下記に毎日への五百旗頭氏の書いたものを載せておきます。日本は悪いと言って賞を貰い、誰から咎められることなく防衛大学長を続けられる今の日本。田母神さんの言うとおりですね。


復興構想会議議長の五百旗頭真は菅直人と同様に社会主義に毒された

左翼バカであり、日本をダメにする人物。

震災復興と日本人のためにも、一刻も早くこのふたりを辞めさせ

なければならない。


反日偏向教授、学者とそのコメント五百旗頭(いおきべ)真

http://ameblo.jp/hinoeuma-v/entry-10891014828.html



【震災復興会議】外国人雇用に積極姿勢=五百旗頭真議長
http://ameblo.jp/hinoeuma-v/entry-10891019045.html







福島原発事故の情報

武田邦彦 (中部大学)

http://takedanet.com/


日本自立のために、私たちができること

中野剛志 京都大学
http://trans.kuciv.kyoto-u.ac.jp/tba/index.php/fujiilab/nakano.html

三橋貴明 新世紀のビッグブラザーへblog
http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/

北野幸伯 ロシア政治経済ジャーナル
http://archive.mag2.com/0000012950/index.html

青山繁晴 ホームページ
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日本文化チャンネル桜
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戦後日本と歴史の真実 東アジア共同体の危険な幻想
http://ameblo.jp/nothinjapan/entry-10844111566.html







http://ameblo.jp/nothinjapan/day-20110414.html

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