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今日ボクが見た風景

『外国人参政権』ハワイ原住民の悲劇

Category: 歴史  

ハワイ王朝

 カメハメハ大王は実在の人物である。ハワイ諸島を初めて統一して1810年にハワイ王国を建国、初代国王となったカメハメハ一世は、優れた外交手腕で西洋諸国との友好関係を維持してハワイの独立を守り、伝統的なハワイの文化の保護と繁栄に貢献した。また彼が作ったママラホエと呼ばれる法律は、戦時における非戦闘員の人権を保護するものであり、今日では世界中で受け入れられている先駆的なものであった。
 まさに、南の島の大王は、その名も偉大なカメハメハであったのだ。
 
 その後、第5代国王カメハメハ5世の死去により、カメハメハ家による統治は終わる。ハワイ王国の司法府は国王選挙の実施を宣言。ハワイは選挙によって国王を選ぶ選挙君主制に政治体制を移行した。
 
 第6代国王カラカウアの時代、ハワイにはアメリカ合衆国からの入植者が大量に存在しており、彼らはサトウキビ栽培や輸出などによって経済的に力をつけていた。その彼らが1887年に『ハワイ連盟』を結成しクーデターを起こす。白人市民で編成された民兵部隊の後ろ盾を得て、国王カラカウアに退位を迫ったのだ。ハワイ連盟は退位要求を受け入れられないのならば、新憲法を受け入れいれるよう王を脅迫する。カラカウア王は、交換条件として新しい憲法を受け入れざるを得なくなってしまった。

 ハワイ連盟が要求したのは、実質的に富裕なアメリカ系移民に参政権を与える憲法を作れ、というものだ。いわゆる『外国人参政権』をアメリカ移民が求めたのである。この憲法によりカラカウア王は実質的な権力の多くを失い、ハワイの原住民よりもアメリカ系移民の方が強い状況となる。ハワイ王国の滅亡はこれより始まった。

 アメリカ人が参政権を持つとなれば、当然ハワイ政府内にアメリカ人議員が誕生することになる。アメリカ人議員達は政府内での共和派となり王政派と対立していく。
 
 最終的に、共和派は1893年に政権の転覆をはかり、ハワイにアメリカ海軍を引き入れる。第8代女王リリウオカラニは幽閉状態となった。ハワイ司法部の判事でもあったサンフォード・B・ドールが仮の政府を打ち立て、王政の廃止を宣言。ハワイ王朝は滅亡したのであった。

 1898年8月12日、当時のアメリカ合衆国大統領ウィリアム・マッキンリーはハワイのアメリカ合衆国領への編入を宣言。同日、宮殿に掲げられていたハワイ王国国旗は降ろされ、星条旗が揚げられた。この時、古来のハワイ住民らは悲しみの声をあげたという。

・・・・以上、『外国人参政権』によって始まった、アメリカによって行われた国家乗っ取りの顛末である。外国人参政権を推進する方々はこの話を知っているのだろうか?


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