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世界史の分水嶺となった日露戦争

Category: 歴史  

世界史の分水嶺となった日露戦争

1、日本の運命を決めた「イメージの力」

「黒船に乗った白人は世界中に行った。しかし、黒船を見た途端に、自分達で黒船を造ったのは日本人だけだ」

と司馬遼太郎氏も書いておられますが、黒船が来たのを見て、自力で黒船を造った藩は、島津の薩摩藩、鍋島の佐賀藩、伊達の伊予宇和島藩がそれで、黒船来航から、わずかの期間で蒸気が動く船を造ってしまいました。
特別に、白人の指導を受けたわけではありません。

この当時の日本人は、すでに西洋の文物は、あらかた書物で読んで知っていましたし、すでに根底には、「自分達だって造ろうと思えば造れないことはない」という自信があったからです。

江戸時代に話を戻しますと、関孝和とその門下生の数学においては、西洋とは独自の方法で、「微積分の概念」に達しております。

それは、幕府に、政治的に禁じられていた「物理学」や「化学」の実験に、微積分などの数学的発見が応用されることがありませんでしたが、開国を経た後、「数学」という分野においては、西洋から学ぶものがなかったといいます。

加えて、「”本場”シナを凌いだ徳川時代の儒学研究」「帳簿の発明」「為替手形」や「世界初の大阪堂島における先物取引所の開始」等、江戸時代、日本は鎖国をしていたにも関わらず、近代西洋に劣らず、独自の発展を遂げていた証明になります。

白人の”手の内”も理解できた日本人の知的レベルの高さが、明治維新を成功し、国家としての独立を守り得た理由だと思います。

2、日露戦争は「コロンブス以来の大事件だった」

ビスマルクでさえ敬遠した、”世界最強の軍事国家、ロシア”と日本が戦うというのでありすまから、これは正気の沙汰ではありません、もちろん誰も日本が勝つとは予想していませんでした。

しかし、日本の立場から言えば、戦わざるをえない事情がありました。
それは満州に南下するロシアの脅威でした。
1903年、韓国から北朝鮮の龍岸浦(りゅうがんぽ)を手に入れました。

そして、日本の全海軍に近いトン数に膨れあがった、ロシア艦隊の極東勢力は、朝鮮海峡に面した馬山浦や鎮海の港を目標とし、ついで対馬の竹敷港を狙っていました。

日本が危ない。
ここに至って日本はロシアとの外交交渉を続行するのを諦め、

ついに戦争の腹を決めざるをえなくなりました。

日露戦争が開戦すると、世界の国々の思いとは裏腹に、日本海海戦はパーフェクト・ゲームであります。
さらに、圧倒的に不利と言われた日本陸軍は、機関銃を中心とした秋山の騎兵集団は、世界最強と言われたロシアのコザック兵を壊滅し、勝利を収めました。

そして、これは単にロシアに日本が勝ったというだけの戦争ではありませんでした。
この戦争の結果は、じつに絶大なる影響を世界に及ぼしたのです。

それは、有色人種の国家が最強の白人の国を倒した」という事実

日露戦争の敗北から12年後、ロシア王朝は革命によって倒れました。
これも日本に負けなかったら、事情は変わっていただろうという事実であります。
世界史の大きな流れからすれば、コロンブス以来の歴史的大事件であったということです。

コロンブス以後、この400年間に、世界史で何が起きたかといえば、白人が有色人種の土地にやってきては、それを植民地にするという事実につきるのです。

日露戦争がなかったら、あるいは日露戦争に日本が負けていたならば、この白人優位の世界史の流れはずっと変わらず、21世紀を迎えようとしている今日でも、世界中、植民地と人種差別に満ちていたであろうということは、疑いの余地がありません。


逆説の歴史学

”人類最後の大戦争”で最後に勝った国は?

太平洋のような広大な戦場で、大機動部隊を用いた戦争を数年間も続けるということは、

当時の日本とアメリカのみがなしえたことでありました。

すでにイギリスの国力は往年のものではなかったし、当時のソ連の海軍は三流のレベルでありました。
ドイツも海軍は問題になりませんでした。

結局、当時の二大海軍国はアメリカと日本でありました。
その二大国が正面からぶつかったのが、あの戦争でした。
われわれは、いわば千秋楽で負けたほうは横綱でした。

その後、歴史における逆説を、日本は実現したのです。
この現象を、逆説という視点こそ持ち込んではいませんが、私と同じ結論に達している人に、

アメリカの経済学者のP・F・ドラッカーがいます。

彼は、『新しい現実』のなかで、次のように言っています。
すなわち、

「しかし、結局のところ、最後に勝ったのは、日本だった。
日本のとった道、つまり自らの主権のもとに、近代化すなわち西洋化をはかるという道が、結局西洋を打ち負かした。
日本は、西洋を取り込むことによって西洋の支配を免れた。

軍事的には、日本は第二次世界大戦において、歴史上もっとも決定的な敗北を喫した。
自ら植民地大国たらんとする政治的な野望は達せられなかった。

しかし、(逆説が起って)その後の推移では、政治的に敗
北したのは西洋だった。
日本は、西洋をアジアから追い出し、西洋の植民地勢力の権威を失墜させることに成功した。
その結果、アジア、ついでにアフリカの西洋化された

非西洋世界に対する支配権を放棄せざるをえなくなった」

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