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ヒットラーとホロコースト①

Category: 歴史  

ヒットラー の真実、ホロコースト の真実

西岡昌紀氏が「『ガス室』の真実」第一章 を阿修羅に投稿されたと、反ロスチャイルド同盟 掲示板で見た。

それに関連していくつか関連記事を紹介します。

●「日本人が知らない恐るべき真実」 より

ホロコーストはなかった!?

12月11日から2日間、テヘランでナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)について検証する国際会議が開かれましたね。

さて、1995年、雑誌『マルコポーロ』(文藝春秋社)にアウシュヴィッツ のガス室に疑問を投げかける記事が載りました。

この記事に米国のユダヤ人組織「シモン・ヴィーゼンタール・センター(SWC)」が抗議し、『マルコポーロ』は廃刊となります。

この事件の経緯は『日本に圧力をかけるシオニスト 組織「SWC」』を参照していただきたいのですが、問題となった記事「戦後世界史最大のタブー、ナチ『ガス室』はなかった」をご紹介させていただこうと思います。

オーストリアやドイツなどの欧州諸国では、今尚、ホロコーストを疑問視するだけで犯罪になります。しかし、疑問視するだけで犯罪ということ自体がどう考えても異常でしょう。(^^)

私の知る限り、西岡氏の記事に誤りはないと思います。

このホロコーストを口実に、イスラエルの建国が正当化され、ユダヤ人は悲劇の民として擁護され、もしユダヤ批判をすれば「ネオナチ 」「反ユダヤ」として弾圧される。

「ホロコーストは、シオニストが国際社会で権力を持つために使っている神話である」というアハマディネジャド 大統領(イラン)の指摘は的を得ていると思います。


戦後世界史最大のタブー。ナチ「ガス室」はなかった。


                text by Masanori Nishioka

一月二十七日、アウシュヴィッツ収容所は「解放」五十周年を迎える。だが、ここには戦後史最大のタブーが秘められている。

実は「ホロコースト」=ナチスによるユダヤ人虐殺説には、今、大きな疑問が投げかけられ始めているのだ。

ユダヤ人が悲惨な死を遂げたことは、間違いない。しかし、ガス室で、計画的に殺されたという話には証拠が少ない。

戦後、西側に属した収容所にはすべてガス室が存在しなかったことが証明された。あったとされるのは東側の収容所のみ。

しかも、ガス室は密閉機能に欠け、使用されたガスは科学者の目から見ると、とても大量殺人には使用できぬものであった。

実は、欧米では、この種の疑問が、ジャーナリズムを賑わしている。当のユダヤ人学者さえ、疑問を呈しているのだ。

なぜ、日本のマスコミだけが、この問題を書かないのか。若手の医師が、個人で調べあげた驚愕の新史実!

獣をいけにえとして捧げ、火で焼くというユダヤ教 の儀式を「ホロコースト」と言った。これが転じて、「ナチスのユダヤ人虐殺」を意味するようになったのは、ナチスドイツがアウシュヴィッツなどの強制収容所にガス室を作り、毒ガスを使って計画的に虐殺、さらにそれを焼いた――という恐ろしい話とイメージが重なったからだ。

ところが、このホロコーストが作り話だったという説が、今、欧米で野火のように広がりはじめている。

戦後五十年近くもの間、語られてきたこの「毒ガス虐殺」が作り話だといわれて、驚かない人はいないだろう。私自身、この話を六年前に英文で読んだ時には、驚天動地の思いをしたものである。

私は一医師にすぎないが、ふとした機会に、この論争を知り、欧米での各種の文献を読み漁るようになった。そして、今では次のような確信に達している。


まず、日本の新聞やテレビが言っていることは全部忘れてほしい。


それから『シンドラーのリスト』も一旦忘れてほしい。

「ホロコースト」は、作り話だった。アウシュヴィッツにも他のどの収容所にも処刑用ガス室などは存在しなかった。現在、ポーランドのアウシュヴィッツ収容所跡で公開されている「ガス室」なるものは、戦後ポーランドの共産主義政権か、または同国を支配し続けたソ連が捏造した物である。アウシュヴィッツでもどこでも、第二次大戦中のドイツ占領地域で、「ガス室」による「ユダヤ人大量虐殺」などは一度も行なわれていなかったのだ。

こう断言する理由は後述するが、その前に二つのことを言っておきたい。まず、第一に私は、第二次世界大戦中にドイツが採ったユダヤ人政策を弁護するつもりは全くないということである。たとえ「ガス室による大量虐殺」が行なわれていなかったとしても、ドイツが罪のないユダヤ人を苦しめたことは明白な歴史的事実である。私はその事実を否定する者ではないことをここで明白にしておく。

第二は、近年、アメリカやヨーロッパで、「ホロコースト」の内容に疑問を抱く人々が急速に増えつつあるのに、日本の新聞、テレビが、そのことを報道せず、結果的にはそのことを日本人の目から隠しているという事実である。最近は、論争を断片的に伝える報道もでてきたが、そうした報道は、「ホロコースト」に疑問を投げかける者は皆「ネオナチ」か「極右」であるかのような「解説」を加えている。事実は全く違う。「ホロコースト」に疑問を投げかける人々の中には政治的には明白に反ナチスの立場を取る知識人やユダヤ人さえ多数含まれているのだ。

例えば、プリンストン大学 のアーノ・メーヤー教授は子供の頃ナチスの迫害を受けアメリカにわたったユダヤ人の一人で、日本でも有名なきわめて権威ある歴史家である。彼は「ガス室」の存在そのものまでは否定しない「穏健な」論者だが、それでもユダヤ人の大多数は「ガス室」で殺されたのではないという「驚くべき」主張をしている。このことは一九八九年六月十五日号のニューズウィーク日本版でも取り上げられている。

また、同じくユダヤ系アメリカ人のもっと若い世代に属するデイヴィッド・コウルというビデオ作家がいる。彼は、ユダヤ人であるにもかかわらず、「ガス室によるユダヤ人虐殺」は作り話だと、はっきり主張しているのである。「ネオナチ」の中にも「ホロコースト幻説」を取り上げる人間はいるだろうが、ユダヤ人の中にも「ホロコースト」はなかったと主張する人間が現われていることは注目に値する。

とにかく、まず、日本の新聞やテレビが言っていることは全部忘れてほしい。それから、『シンドラーのリスト』も一旦忘れて頂きたい。映画は、歴史ではないのだから。

そこで皆さんにまず、何が真実であったのかを先に言ってしまおう。欧米の幾多の研究を一口に要約し結論を述べ、証拠はあとから示そう。そうした方が、皆さんにとって後の話が理解しやすくなると思うからである。

1.ナチスがその政策においてユダヤ人に不当な差別を加え、様々な圧迫を加えたことは紛れもない事実である。そして、アメリカとの戦争に突入した後、ドイツ本国及びドイツの支配下に置かれたヨーロッパ諸国ではユダヤ人に対する圧迫が強まり、ユダヤ人を強制収容所に収容する政策が全ヨーロッパ的規模で開始された。この点について、従来の説明は大筋で正しい。

2.しかし、ヒトラー及びナチスの指導部は、収用したユダヤ人達の「絶滅」を計画したことなど一度もなかった。ナチス指導部が計画したことは、強制収容所に収容したユダヤ人達を戦後、ソ連領内などの「東方地域」に強制移住させることであった。彼らはこのユダヤ人強制移住計画をユダヤ人問題の「最終的解決(Endlo"ung)」と名付け、東部戦線でソ連を打倒した後、実行するつもりでいた。

3.ナチスドイツが、アウシュヴィッツなど、ポーランド領内に建設した強制収容所は、戦後ドイツがソ連を打倒、占領した後に実行する「最終的解決」のためのユダヤ人強制移住計画の準備施設であった。すなわち、ナチスドイツは、アウシュヴィッツをはじめとするポーランド領内の収容所に収容したユダヤ人達を戦争中は労働力として利用し、戦後、ドイツがソ連に勝利した暁には、ソ連領内ほかの「東方地域」に強制移住させる計画であった。従って、この計画とは両立し得ない「ユダヤ人絶滅」などをドイツ政府が計画、実行したことは、一度もなかった。

4.ところが、ソ連戦線でドイツが敗退した結果、「ユダヤ人強制移住計画」は頓挫する。そして、戦争末期の混乱の結果、ユダヤ人達がいた収容所の衛生状態が悪化し、チフス等の疾病の爆発的発生が起きた。その結果、多くの罪のないユダヤ人達が収容所内で死亡した。

5.戦後、それらの収容所で病死したユダヤ人らの死体を撮影した連合軍は、そうした病死者達の死体を「ガス室」の犠牲者であるかのように発表した。

読者の多くは、こんな話をすぐには信じられないに違いない。当然である。すぐに信じられる方がどうかしている。私も最初は信じることが出来なかった。読者と同様、私も物心ついてから、あの恐ろしい「アウシュヴィッツのガス室」についてくりかえし教えられ、聞かされてきた者の一人であって、あるきっかけから真実を知るまでは、「ガス室による大量虐殺」を疑ったことなど、ただの一度もなかったのである。

しかし、ある機会から「ホロコースト」について実は論争が存在することを知った私は、この論争に関する文献を買いまくり、読みまくった後、「ホロコースト」が作り話であるという確信に至ったのである。

「ホロコースト」に疑問を投じる人々は、自分達のことを「ホロコースト・リビジョニスト(Holocaust revisionist)」、すなわち「ホロコースト見直し論者」と呼んでいる筆者は、一医師であり歴史学を専攻したわけでは全くないが、六年前(一九八九年)に、ふとした機会に彼らの存在と研究を知り、その後、複数の大学教授に手紙などを書いて意見を求めてみた。その結果、有名な国立大学教授を含めた日本の学者たちがそれらホロコースト・リビ ジョニストたちの主張を全く論破出来ないことを知り、日本のアカデミズムのあり方に疑問を抱かずにはいられなくなったのである。

また、英字紙マイニチ・デイリー・ニュースの投書欄で一九九三年五月に大論争をやったことがあるが、その時もリビジョニズムの正しさを確信する経験をしている。

気の早い読者は、「ホロコースト・リビジョニスト」達は、「ネオナチ」かそれに似た人間だと思うかもしれない。実際、「ネオナチ」の中にも「ホロコースト」の虚構を強調するグループはいる。だが、「ホロコースト・リビジョニスト」の中には、明らかに反ナチスの立場を取る個人やユダヤ人も多数含まれているのであって、「ホロコースト・リビジョニスト」を「ネオナチ」や「反ユダヤ」などという枠でくくることは余りに事実と懸け離れている。

その反証として最も明らかなものは、最初の「ホロコースト・リビジョニスト」とも呼べる歴史家が、フランスのポール・ラッシニエ(Paul Rassinier)という大学教授で、彼が、戦争中、フランスのレジスタンス運動に参加して、戦後、そのレジスタンス活動の故にフランス政府から勲章まで授与された人物だったという事実ではないだろうか?

このラッシニエという学者は、元は地理学者で、左翼思想の持ち主だったため、反ナチスのレジスタンス運動に参加したのであるが、そのレジスタンス活動の故に、ナチス占領下のフランスでゲシュタポ に捕らえられ、強制収容所に入れられたという人物なのである。

ラッシニエは、ドイツ西部の収容所に収容され、戦争末期には、そこでチフスにかかるという苦難まで味わっている。

そのラッシニエが、「ホロコースト・リビジョニズム(見直し論)」の「開祖」となった理由は、単純である。ラッシニエは、戦争中、反ナチス活動の故にドイツ西部の複数の強制収容所に入れられていたのであるが、彼は、それらの収容所の何処でも「ガス室」など見たことはなかったのである。

ところが、戦後、ニュールンベルク裁判や欧米のマスメディアが、戦争中ラッシニエが収容されていたドイツ国内の収容所に「ガス室」が存在し、多くの人々が殺されたと言い始めたためにラッシニエは驚き、彼自身の左翼という政治的立場とは別に、「ドイツの強制収容所にガス室などなかった」と、声を大にして主張し始めたのであった。

しかし、フランスのマスコミは、ラッシニエがレジスタンス活動家として、ドイツの収容所を実際に目撃した人物であったにもかかわらず、彼を非難し、その証言を無視した。

ラッシニエは、その後もこのことについて語り続け、さらには学者として、ナチスの収容所政策全体を調査、研究し続けるが、その主張を無視されたまま、一九六七年に死去している。しかし、彼に触発されたフランスの知識人の間から、もちろん「ネオナチ」等とは全く無関係に、「ガス室はあったのか?」という疑問が上がり始めるのである。

このように、学術研究としての「ホロコースト否定論(または見直し論)」は、第二次大戦後、ドイツではなくフランスで誕生したものなのだが、「ガス室による大量虐殺」に疑問を投げかけた最初の歴史家が、いわゆる「ネオナチ」などではなく、フランスの左翼知識人で、戦争中レジスタンスに参加してナチの弾圧まで受けた人物であったという事実は重要である。

そして興味深いことには、この最初の「ホロコースト否定論者」ラッシニエの個人的体験の中に、後年、「ホロコースト」論争の焦点となるいくつかの問題が、集約されていたのである。

そのひとつは、ラッシニエが収容されたのが、アウシュヴィッツやマイダネックなどのポーランド領内のナチス強制収容所ではなく、ドイツ国内に作られた強制収容所であったという点である。これは、極めて重要なことであった。

どういうことかというと、ナチスドイツが大戦中ヨーロッパに建設した強制収容所のうち、ドイツ本国に作られた強制収容所については、戦後十五年経った一九六〇年に、「公式見解」に驚くべき変更が加えられているのである。これは少しややこしい話なので、じっくり説明しよう。

今日、「ホロコースト」に関するいわゆる「定説」は、以下のようになる。

〈ナチスドイツは戦争中、ドイツ本国及び、占領したポーランドなどに大小多くの収容所を建設し、ユダヤ人や政治犯、ジプシーなどを収容した。それらの収容所には二種類があった。一つは、ユダヤ人などを単に収容し、労働を行なわせただけの収容所であったが、もう一種類は「絶滅収容所」で、そこにはあの恐ろしい「ガス室」があって、人々は強制労働をさせられただけでなく、「ガス室」によって計画的に殺されていた。アウシュヴィッツ収容所は、この後者の代表である。ナチスが、自国ドイツの領土内に作ったのは、前者の「ガス室」のない収容所だけで、「ガス室」を持った「絶滅収容所」は、占領したポーランド領内だけに作られ、そこで六百万人のユダヤ人が、計画的に殺された……〉


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