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今日ボクが見た風景

主権を守る覚悟 危機管理も危うい日本

Category: 日本国民の心得  
主権を守る覚悟 安全保障・危機管理も危うい日本
2011.6.13

先日、自衛官OBの総会に出席してがっくりした。駐屯地・基地を抱える来賓・地元首長の次のような挨拶(あいさつ)のためだった。

 「東日本大震災は、安全保障も大切だが、命の大切さを教えてくれた」


今日ボクが見た風景

フォークランド紛争で、アルゼンチン機の攻撃を受けて爆発炎上する英フリゲート艦「アンテロープ」。この後、沈没した。だが、犠牲をいとわぬ覚悟なくして主権奪還はならなかった=1982年5月24日(AP)



命が大切なことは言をまたない。だが、比較的自衛隊を理解するこの首長ですら「安全保障・危機管理」と「命」の相関関係を理解できていない。そもそも、多くの日本人が「安全保障・危機管理」が確立できていて初めて「命」が担保される真理・現実に気付いていない。国防問題に精通する政治家でさえ「社会保障と安全保障は国家の両輪」などと、寝呆(ねぼ)けた演説をぶるお国柄であるから、それも宜(うべ)うべし。社会保障は、安全保障という「船」の上に乗っていて「船」が沈没すれば、社会保障は雲散霧消するのだ。


「鉄の女」の決断


 わが国は大東亜戦争(1941~45年)という大戦(おおいくさ)に負け、イデオロギー色の異常に強い「エセ平和主義」に毒され続けてきた。その結果「起きてはならぬことは起きない」「起きてほしくないことは起きない」と信じ、安全保障に関し思考停止したまま、反省も回復もせぬまま、今に至った。東日本大震災という超弩級(ちょうどきゅう)の厄災を被るに至った、のである。「エセ平和主義」の毒性はすさまじく、日本人から、国家主権を守るという民族の根幹をも喪失せしめた。


しかし、まともな国家は主権侵害されれば、これを奪還する。「鉄の女」と呼ばれた英国のマーガレット・サッチャー元首相(85)は、南大西洋の英領フォークランド諸島をめぐるアルゼンチンとの戦争(1982年)において、戦端を開く決断を下した瞬間をこう振り返っている。

 「われわれは、国としての名誉、そして全世界にとっての基本的に重要な原則、すなわち何よりも国際法が力の行使に勝たなくてはならないという原則を守ろうとしていた」

 他国の主権を侵し、国際秩序を乱した国には「武器をもって立ち上がる」(下院演説)と明言したのだ。

 アルゼンチン軍が島を急襲・占領したのは4月2日。もっとも、アルゼンチン海軍の大演習実施に警戒感を持った英陸海空軍は前もって策定していた作戦計画に基づき3月29日、空母機動艦隊の出航を準備。占領された翌日の4月3日には、艦隊派遣を臨時閣議で正式決定した。

 一方で、4月1日には米国と国連安全保障理事会に紛争仲介を要請。平和解決への姿勢もアピールし、国際社会を味方に付ける工作にも抜かりはなかった。当然、NATO(北大西洋条約機構)にも働きかけ、アルゼンチンに一致して外交攻勢を加えるよう根回ししている。

 斯(か)くして、早くも5日には、機動艦隊の半数近い兵力を出港させた。最終的には総兵力2万9700人、艦艇111隻、航空機117機を投入している。



エリザベス2世号も徴用


 ロンドン支局長時代、総司令官だったジョン・ウッドワード退役海軍大将に取材し、機動艦隊に支援船なる「艦種」が含まれていたことを初めて知った。平時は、民間乗組員が運用する2万~3万トン級商船だが、有事には海軍に徴用され燃料・物資補給任務に充たる、いわば海軍予備艦艇である。アルゼンチン軍の島防衛がより堅牢(けんろう)にならぬうち、燃費の非効率を覚悟してでも、全速で1万3000キロの波頭を越えるには、洋上での大量給油を可能にする、こうした補助艦艇の伴走が不可欠だった。

 さらに、4000人近い陸上戦闘兵力を島に投射すべく、徴用されたのは何と超豪華客船クイーン・エリザベス2世号。客室・レストラン内の華麗な家具が取り外され、兵員輸送用に改装されたが、作業は10日ほどで終了し、出港を果たしている。建造段階で有事に改装できる構造にしていたことで、ヘリ甲板3カ所の艤装(ぎそう)以外に大規模工事の必要がなかったのだ。

 他にも客船を病院船や兵員輸送船に改装したが、いずれも一定の「強制力を伴う徴用」であった。災害関係法はもとより、有事法にさえ民間の車両・燃料を「民間側拒否権を伴うお願いベースの拝借」と規定する日本とは、危機管理意識において雲泥の差がある。実際、2世号は13日間の地中海クルーズを中止して、軍役に就いている。



「血を流しても領土奪回」


 英国は戦争当時、未曽有の大経済不況に見舞われ、ゴミ回収といった社会福祉もままならず、ロンドンの街角は臭気が蔓(まん)延(えん)していた。それでも、英国は平時より危機管理を怠らず、有事に際しては持てるすべての力を振り絞って主権を回復した。米国は当初、アルゼンチンとも同盟関係にあったことで洞ヶ峠(ほらがとうげ)を決め込んだ。ところが、サッチャーが「英軍将兵の血を流しても領土を奪回せん」と宣言したことで武器・弾薬・燃料・衛星情報の提供を断行する。

 サッチャーの宣言通り、256人もの英軍将兵が祖国に殉じた。このほか負傷者は777人を数え、駆逐艦等艦艇6隻が撃沈され、航空機34機に損害を出したが、この「覚悟」無くして、主権奪還は成らなかった。

 日本有事でも「覚悟」なき同盟国のために、米国が自国の若者の血を捧(ささ)げることなど、絶対に有り得ない。(九州総局長 野口裕之)


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