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今日ボクが見た風景

靖国神社

Category: 歴史  

東條由布子さんのHPからご紹介いたします。

靖国問題についてのお話です。

先ほど述べた『戦犯』について、と絡めて考えていただきたいと思います。

まず、先の大戦では216万人もの日本国民が亡くなりました。このかたがたが靖国神社には祭られています。

実は、小学生まで祭られているのをご存知ですか?沖縄から集団疎開してくる小学生を乗せた輸送船が、連合国による攻撃で沈没しました。この時犠牲になった小学生が祭られているのです。もちろん、小学生を乗せた輸送船を攻撃することは当時も今も、国際法で禁じられていることですが、このことはあまり誰も指摘しません。

さらに、各戦線で犠牲になった兵士の皆さんや、空襲や原爆によって犠牲になった無辜の国民まで、実に多くの方々があそこにいらっしゃるわけです。

そして、ここが肝心な点なのですが、こういった方々を、靖国神社に祭るから、戦争を戦おう、という約束を、日本の政府と国民が交わした、ということです。

兵士や国民の皆さんも、死んだら靖国で会おう、とそれぞれ約束して戦っていたのです。

その約束を破ってよいものでしょうか?

先に述べたとおり、すでにAもBもCも、戦犯というものは存在しません。そういった方々の犠牲の上に今を生きている私たちが、勝手な都合で分祀することは、国家としていかがなものか。私はこのように考えています。

国家が国民と、国民が国民と交わした大事な約束を守らないようでは、国として頼るに値しないのではないでしょうか。

靖国問題とは、今の政治状況だけで考えるのではなく、当時の国民の想いと、これから待ち受ける日本の将来まで見据えて行くために避けては通れない道です。

そして、それを総括することが、先の大戦を総括し、過去から学び、日本の将来を考えることにつながるのではないでしょうか。

ぜひ、皆さんにも私の考えをわかっていただきたくここまで述べてまいりました。

ご覧いただき、ありがとうございました。

英霊の皆さまへ

『22年の一生、個人の力にあらず。母の温情偉大なり。その母の恩の中に生き、また亡き父の魂醜は宿せり。我が平安の22年、祖国の無形の力による。今にして祖国の危機に殉ぜざれば我が愛する平和は来ることなし。我はこの上もなく平和を愛するなり。我はまた戦争を憎む。戦争を憎むが故に、戦争に参加せんとする我等が若き者の純真な心を知る人の多きを祈る。すべては自然のままにうごく。すべては必然なり。

さらさらと吹きくる春の風なれば、花の散るのも懐かしきかな。

さらさらと吹きくる春の風なれば、花の散るのも懐かしきかな。

朝風にはためくをみたしかの地より平和日本の日の丸の旗』

戦没学徒兵 古川正崇

皆さまが残してゆかれた尊い遺書の中から、私たちは国のあるべき姿、人間としての生きる道、家族愛など、平和な時代に私たちが忘れかけている大切な日本民族の心を学んでいます。皆さまが出撃までのわずかな時間をさいて参拝された靖国神社は、今も変わらず静かなたたづまいを見せ、尽きぬ思いで仰ぎ見られた鳥居は、今日も紺碧の空に雄々しくそびえています。春になれば皆さまが愛された桜の花吹雪が舞い玉砂利を美しく彩り、その上に群れる白い鳩が愛らしい姿をみせています。

生き残られた戦友がたは、燃えるような熱い夏の日も、寒風に凍える冬の日にも、皆様に逢いに靖国神社にやってこられます。

「靖国で逢おう」と皆さまと誓い合った声が、顔が脳裏から離れないと言われます。

皆さまが命がけで守られた祖国日本は廃壇の中から奇跡的に復興しアジア諸国も、西欧の植民地からやっと開放され次々と独立し繁栄の道を歩んでいます。

しかし、残念ながら、隣国への配慮を最優先する日本政府は、戦争中への謝罪を繰り返し、終戦記念日の慰霊祭にも首相は靖国神社に参拝しません。世界のどの国も、国に殉じた英霊には、国民も国家も崇敬の念をもち最高の慰霊の誠を捧げています。

この平和で豊かな日本の大地から、皆さまがたが学問も、青春も、恋人も、家族も振り切って、国家の危急に際して戦場に散って逝かれたのは僅か50年前の出来事でした。

「国破れ山河美しく甦れど国人(くにびと)の心かわり果て帰るすべなき祖国よ!」と英霊がたの嘆きの声が聞こえてくるように日本人の心は大きく変わりました。

海よ語ってくれ 若者が命をすて 守ろうとしたものが何であったかを

海よ叫んでくれ 今もなお海底深く 己れの生命の価値を問いつづける者が横たわることを

だが海よ 汝の声は小さくて 多くの人に聞こえていないようだ

平成2年7月の靖国神社の「みたままつり」に座光寺一好さんが奉納された詩ですが、人々はこの詩に心を打たれ、英霊のみなさまに思いを馳せる人々が増えているのは嬉しいことです。

いまだ紺青の海の底に、南海の孤島に、極寒の凍土に、大陸の荒野に数多の英霊の御遺骨が眠っておられることも、また皆さまの尊い犠牲の元に今の平和な時代が築かれているということも、私たちは決して忘れていません。生き残った戦友がたは、戦後50年たった今も、孤島の洞窟や異国の山野に遺骨を探しにゆかれています。

私たちは、国に殉じられた英霊の皆さまがたと、祖国のために勇敢に戦ったアジアの国々の英霊を等しく祭るために、熱海市伊豆山に魂の殿堂である「アジア鎮魂と平和の杜」を建設することにいたしました。

日本精神は古来から『和』の文化を持っていますが、勝敗決してもなお敵国将兵の武功を称え永遠の菩提を弔う「彼我慰霊」の心で「アジア鎮魂と平和の杜」を守って参ります。

祖国の繁栄と愛しい家族のために勇敢に戦い散華されたアジアの戦没者たち、そして世界の平和に一身を捧げた先人たちの御霊に真向かい敬度な祈りを捧げる聖地でもあります。

民族、国家、宗教に拘らず彼我怨親を超えて、先人たちへの崇敬の念と鎮魂の心を捧げる心を、新しい世紀を担う青少年たちに継承してゆくことは、戦後に生きる私たちの務めであります。また、悠久の歴史と高遭な東洋思想を共有するアジア諸国の久遠の平和を、異国の人々と心を一つにして祈念する場にしたいと思います。

皆さまがたが命をかけて守られた祖国日本が、一日も早く健全な日本精神を取り戻せますようお力をお貸し下さい。私たちは「アジア鎮魂と平和の杜」建設にみなで力を合わせて遭進いたします。

私たちが英霊がたに捧げる熱い祈りの心を、憂国の士である足羽雄郎さまに託してお届けいたします。





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