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崇神天皇 祭神の詔

Category: 日出処ノ天子  

崇神天皇 祭神の詔


崇神天皇の「祭神の詔」と,天武天皇の「帝紀編修の詔」(後述)

「祭神の詔」は日本書紀 巻第五にある.

崇神天皇といえば,第10代天皇であり,ハツクニシラススメラミコトと称される日本史史上重要な天皇である.

漢風諡号の「崇神」が示すように敬神の念の厚い天皇様であった

ご皇室は,神代から今上陛下に至るまで無私の精神で祭政一致を志し,高天原の理想を実現する「知らす」統治をされている

常に天ツ神の大御心を伺いそのままに政治を行うというご姿勢を感じることが出来る.



崇神天皇 山邊道勾岡上陵

祭神の詔 (崇神天皇七年)

昔,わが皇祖,大いに鴻基(こうき)を啓(ひら)き,その後聖業いよいよ高く,王風うたた盛んなり.意(おも)はざりき,いま朕が世に當りて,しばしば災害あらむとは.恐らくは朝に善政なく,咎を神祗に取るか.盍ぞ神龜に命(うらな)ひて,以て災を致せる所由(ゆえん)を極めざる.

  • 王風・・・王とは天皇を指し奉る.ここでは神武天皇から開化天皇までの間の皇威.
  • うたた・・・はなはだしく,いよいよ
  • 災害・・・崇神天皇5年には国中に疫病が流行して,国民の大半が斃れた.6年には天下の人々の多くが土地を捨てて四方に流浪し,中には朝廷の命を奉じない者も出てきた.
  • 神龜・・・龜の甲を焼いてその割れ方によって吉凶禍福を判断する方法を龜卜(きぼく)といい,この方法で神意をうかがうので神龜と称した.

※前述のように「祭神の詔」は日本書紀卷第五の七年春二月丁丑朔辛卯に書かれている.

注釈にあるように,崇神天皇5年・6年と疫病や混乱が続いていたようである.

※この”災害”に対して,崇神天皇は「朝に善政なく,咎を神祗に取るか.(少しも善政を行わないというので,天地の神々のお咎めをうけているからに違いない.)」と詔されている.

※そして,これに対処するために「神龜に命ふ(神龜の卜いによって神意を伺う)」としている.

これは,神様の御心(御意)のまにまに,という事を示しているようだ.

先ず神事

  • 禁秘御抄(順徳天皇)

凡(およそ)禁中(きんちゅう)の作法は,神事を先にし他事を後にす. 旦暮(たんぼ)敬神の叡慮(えいりょ),懈怠(けたい)なし.あからさまにも神宮ならびに内侍所(ないしどころ)の方を以て御跡となしたまはず.

神事次第

まず神事.次にその他のこと.

これが皇室の古来からのお姿である,と順徳天皇は説いていることを学んだ.

※※政治利用問題として騒がれた平成21年中国の習近平副主席が来日の日(12月15日)は元々「賢所御神楽の儀」という祭祀の日だったそうである.

「まず神事」という皇室のご姿勢.これを理解出来ない人間に日本の政治を行う資格があるだろうか.

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