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今日ボクが見た風景

べトナムで韓国に対する感情が悪化

Category: 韓国・朝鮮  

ソウルからヨボセヨ ベトナム・エレジー


2011.6.4

趣味の渓流釣りで韓国の田舎によく行く。田舎の町や村の道路沿いに宣伝用の横断幕が出ていて、結婚相手に外国人の嫁を世話するというのをよく見かける。民間人がビジネスでやっている場合が多く、近年は嫁候補としてベトナム女性の仲介が目立つ。

 韓国でも農家には嫁の来手がないため外国人嫁が増えているのだ。ところが嫁にきたベトナム女性が、家庭内での感情のもつれから殺されるなど、べトナム女性が被害を受ける“事件”が相次いでいる。

 その結果、べトナムで韓国に対する感情が悪化しているといった話も伝わっている。

 田舎では昔ながらの男尊女卑的な雰囲気が残っているせいか、外国人嫁は苦労が多い。とくに韓国男性はすぐ手を振り上げるようで、家庭内暴力としてよく問題になっている。東南アジアや中国に進出した韓国企業でも「従業員を叩(たた)く」ことがしばしば問題になっている。

 韓国は1960~70年代のベトナム戦争で延べ30万人以上を派兵し企業も特需で潤った。そのツケ(?)で数千人の混血児を残したのだが、それだけに韓国でのベトナム人嫁の事件はいっそうまずい。

 外国人嫁の急増で“多文化共生”の必要性がしきりにいわれているが、差別意識は依然、強いようだ。(黒田勝弘)




ソウルからヨボセヨ 国際社会は謝らない


エリザベス英女王のアイルランド初訪問に韓国のメディアは高い関心を示している。アイルランドは昔、100年以上にわたって英国に併合・支配され、双方には独立をめぐる紛争と対立の厳しい歴史がある。独立は1937年だが、北アイルランドは今でも英国領でもめている。

 韓国も日本に併合・支配(1910~45年)された歴史があることから関心が高いのだが、とくに公式晩餐(ばんさん)会での女王の発言が注目された。結果は期待に反し(?)、女王は過去についてはやはり謝らなかった。

 発言は、過去の歴史で苦難に遭ったすべての人びとに「心からの配慮(sincere thoughts)と深いお悔やみ(deep sympathy)を表する」というものだった。日本の天皇陛下も韓国の大統領を迎えての晩餐会では過去について「痛惜の念」を表されたことがあるが、国際的にはこうした間接的な言葉が通り相場ということだろう。

 しかし韓国は不満で、いつも直接的な「謝罪と反省」を要求する国際的な異例を繰り返し、日本も「謝罪と反省」を言葉や文書で繰り返すという異例の対応をしてきた。その結果、日韓間では「謝罪と反省」は軽くなってしまった。国際的にはきわめて“特殊な間柄”ということか。(黒田勝弘)




ソウルからヨボセヨ 拒否された謝罪


韓国の初代大統領、李承晩(在任1948~60年)は近年、建国の指導者あるいは北朝鮮の侵略から国を守った自由主義愛国者として再評価の声が高い。しかし「4・19学生革命」といわれる不正選挙糾弾と独裁反対の反政府デモで政権を退いたという経緯があるため、これまで左右あるいは保守・革新の間で評価が分かれてきた。

 「4・19学生革命」は民主主義の発露として憲法の前文にも盛り込まれ、ソウル市内には国立の記念墓地と記念塔があり毎年、記念式典が行われてきた。「何でもデモで解決」といった感じの韓国現代政治史の原点みたいなものだ。

 今年も19日、首相出席で記念式典があったが、今年は故李大統領の息子の李仁秀氏が当時のことを「謝りたい」と、保守派の李承晩記念事業会などとともに参拝に訪れた。李承晩には子供がなかったため彼は養子で80歳の老学者である。

 ところが「4・19」顕彰派や犠牲者遺族会などが「今さら何だ」「謝罪には心がこもっていない」「李承晩の再評価は認められない」などと反発。現場でもみあいとなり力ずくで追い返されてしまった。

 日韓間の“謝罪”をめぐる風景とどこか似ている。現実の政治的理由から謝罪される方が「まだ謝罪は受け入れたくない」のだ。(黒田勝弘)

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