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韓国歴史教育、驚愕の捏造!

Category: 韓国・朝鮮  
日韓併合の真実「韓国歴史教育、驚愕の捏造!」
日韓併合前後 朝鮮半島写真館http://photo.jijisama.org/index.html

             

韓国国定中学校国史教科書

○日帝は李完用を中心にした親日内閣に対して日帝に合併するよう条約を強要しつ
 いにわが民族の国権を強奪した。

○日帝の支配下で、わが民族はとくに経済的な収奪によってひどい苦痛を受けるようになった。
 この中でもっとも大きな被害を被ったのが土地の侵奪だった。

○日帝は韓国 の土地を略奪すると同時に、わが民族の産業活動を様々な点で制約し、
 あらゆる手段を尽くして資源を略奪 した。



民族抹殺統治

わが民族は日帝の内鮮一体、日鮮同祖論、皇国臣民化のような荒唐無稽なスローガンのもとで、わが国の言葉と歴史を学ぶことができなかった。また、皇国臣民の誓詞暗唱、宮城遥拝、神社参拝はもちろん、はなはだしくは、われわれの姓名までも日本式に変えるように強制した。、日帝はこれを拒否する人に対しては投獄、殺傷までも躊躇せず、このような政策に従わない宗教系統の学校は閉鎖された。

(国定韓国高等学校歴史教科書より)


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


【日清戦争】

下関条約締結の結果、「戦勝国」日本は、清朝から、

1、清朝の朝鮮に対する「宗主権」放棄
 (朝鮮独立の承認)

2、遼東半島・台湾・澎湖諸島の割譲
3、庫平銀(賠償金)、2億両(テール 約3億円)の支払
4、新通商条約の締結と最恵国待遇条款
5、沙市・重慶・蘇州・杭州の開市・開港
6、条約履行の担保として山東半島の威海衛の一時占領





キムワンソプ(金完燮)はこう言っている
『親日派のための弁明』

・現代韓国人が知らない日本統治以前の奴隷社会

 死亡当時、すべての朝鮮人にとって呪いの対象だった閔妃が、今になって自主独立の殉教者として
華麗に復活した現象は、韓国人が直面しているアイデンティティーの混乱を端的に示すものだ。

 韓国人が朝鮮王朝を慕い、日本の統治を受けず朝鮮王朝が継続したなら、もっと今日の暮らしが
良くなっていると考えるのは、当時の朝鮮の実態についてきちんと分かっていないためだ。

 特に子供と青少年は、きれいな道ときれいな家、整った身なり、上品な言葉遣いのテレビの
歴史ドラマを観ながら、朝鮮もそれなりに立派な社会で、外勢の侵略がなかったならば、静かで
平和な国家を保てたろうと錯覚する。

 しかし日本が来る前の朝鮮は、あまりに未開で悲惨だったという事実を知らねばならない。



                 Seoulの韓国人

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朝食後に農作業が始まるが、どんな仕事でも正午には終わり、再開は決まって翌朝である。
昼食を済ませると、男達は昼寝をするか、あるいは街頭に繰り出し、長いキセルをくわえながら
互いの間で、あるいは通行人と話を交わしつつ夕食まで時間を過ごす。
ガリーナ・ダヴィドヴナ チャガイ 『朝鮮旅行記』

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当時日本が彼らのために用意した教科書 ハングルですね

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姓名の変更も強制してはいない

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1942年(昭和17年)3月の御幸森国民学校の卒業アルバム
この頃の日本では貧しさ故に食えぬ者が居た
学校にも通えず卒業アルバムも無い日本人はたくさん居た




 

1)

 先ず、併合は韓国側の請願によって合法的に進められた。
 また、原因は朝鮮王 朝に国家を運営する能力が無く、日本との信頼関係を裏切り、国際的な信用を無くしたあげくの併合であった事実を忘れてはならない。
 国を治める力が無く、陰謀と裏切りと変節の果てに国を失った朝鮮王朝の自業自得である。

 

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日本は思いやりの態度で韓国に接していると思う。今度 こそ、韓国を 中国からの呪縛から解放しようとしているようだ。韓国国民に平和と 繁栄と文明開 化をもたらすことによって、力の弱い隣国韓国を安定し た独立国にしようと考えている。こうし た日本の動機は韓国知識層で ある官僚の多くが歓迎している。アメリカにも異存はないと思われる。
 1904年10月4日 ロンドンタイムズ紙


 

「十二月八日- 日本が米英に宣戦布告した1941年、昭和十六年十二月八日 大東亜戦争勃発の日(後世、太平洋戦争と呼称されている)
1910年、日本が韓国を併合したのは(韓国の)新皇帝が 「請願」したからであっ た。パールハーバー以前は、日韓関係について語る歴史家は、日本が欧米列強から 教 わった国際関係の規則を、実に細かいところまで几帳面に守っていた、といってほめるのだ。トリート教授によれば、日本は「一つ一つの手続きを外交的に正しく積み上げていた。そして、・・・宣言ではなく条約で、最終的な併合を達成したのである。」
事実、列強の帝国建設はほとんどの場合、日本の韓国併合ほど「合法的」手段を踏んでいなかった。
アメリカの鏡・日本 ー ヘレン・ミアーズ


 

朝鮮の王室と政府は腐敗堕落しきっており、、頑迷な朋党は、人民の財を略奪している.その上、人民はあまりにも愚昧である。これでは国家独立の資格はなく、 進んだ文明と経済力を持つ日本に統治させなければ、ロシアの植民地になるだろう。
伊藤博文総監の施策は、朝鮮人にとって有益で、人々は反対していない。

アメリカ人の朝鮮外交顧問  ドーハム・スティーブンソン

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2)

土地調査令

全錫淡他著、梶村秀樹他訳『朝鮮近代社会経済史』の記述によれば、日本は耕地面積のうち13万4千余町歩を国有地とし、未墾地とされた土地、90万余町歩も接収した。
当時の課税地総面積286万7千余町歩に対して考えると、耕地面積として約5%。未墾地を含めた接収分を入れると約40%の土地を収奪した計算になる。
だが、実は土地調査事業により課税地総面積は424万8千余町歩と確認された。
これは、李氏朝鮮末期の政治の混乱により正確な統計が行われていなかったことに由来する。
この計算だと未墾地を含めても26%となり、未墾地を統計に入れるのは適当でない と考えればさらに少なくなる。
さらに、日本人地主に有利だったとされるが、実際には日本人入植者の開墾により、耕地面積が1.4倍に増加したという統計もある。(東畑精一 他『朝鮮米穀経済論』( 日本学術振興会))
参考URL
http://www.jiyuu-shikan.org/frontline/sugimoto/kyoukasho.html

 

3)

朝鮮会社令
朝鮮会社令とは1910-1920にかけ て施行された、朝鮮半島における会社設立の届け出・認可制度のことである。
李氏朝鮮末期、朝鮮半島には産業と呼べるものは全く存在せず、無慈悲で無能な支配階級と搾取される貧民しかいなかった。
貧弱な商業基盤しか持たず、そもそも貨幣経済が機能していなかった。
そのような状態で資本化が 進行すればどうなるか?ということについて、19世紀の同時期に実例がある。
三国協商時のロシアに於いては資本化が他の西欧諸国よりもさらに急速に行われたために貧富の差が拡大し労働者はいっそう搾取され、後の共産革命の遠因ともなった。
日本に於いても明治時代の都市住民の貧窮についての記録は多い。
もし、朝鮮半島で無制限に資本化が行われれば、たちまち未発達な商業基盤しか持たない朝鮮産業は壊滅し、資本家と労働者の貧富の差はさらに広がったに違いない。
朝鮮会社令の目的も、経済の知識がない朝鮮人による利権目的の会社乱立など、詐欺的な行為から一般の朝鮮人を保護する目的であったとされている。

上記の通り日本による「収奪」の事実はなく、韓国歴史教育は明らかに間違った内容を教育している。


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