FC2ブログ

今日ボクが見た風景

痛み記憶ないが刃まだ触れぬ 重傷男児は今

Category: ブログ  

script_topilog,http://jss.afpbb.com/mbsv/sdata/medianewsdelivery/msnsankei/ameba/js/utf8/110091000/dd1703c86169e9d75f3bc0dc8ae7f9a9_e0d54613f58abd90a3b67322eb5ed0bb.js


痛み記憶ないが刃まだ触れぬ 重傷男児は今
2011.6.1

平成13年6月、児童8人が死亡、教員を含む15人が重軽傷を負った大阪教育大付属池田小学校(大阪府池田市)の児童殺傷事件は8日で丸10年を迎える。友達を失い、自身も重傷を負った男子児童は今、将来の夢を語る高校2年生になった。自分を成長させた歳月は一方で事件を過去のものにしていく。だからこそ「命の重さを知った僕たちは、絶対に事件を忘れたらあかんと思う」と心に誓っている。


「先生と知らん人が相撲を…」


 小学1年だった当時に比べ、倍近く伸びた身長は179.6センチに。府内の私立高校2年の山崎裕也君(17)は毎日、生徒会長の活動に忙しい。子供のころから「目立ちたくて」友達と漫才コンビを作ったりしたムードメーカーで、事件に巻き込まれたことを後で知った教諭が驚いたこともある。

 当時の記憶は断片的だ。事件を家族や友達と話すことはめったにない。だが、今も包丁の刀身を見ると「気持ち悪くなって吐きそうになる」。素手で刀身を触れない。

 あの日は音楽の授業が終わったころだった。教室にある自分のロッカーのそばにいたとき、「何か」が起こった。

 「先生と知らん人がお相撲を取ってた」。小さい自分には最初、そう見えた。自分の方に向かってきた男の顔は「逆光で黒くて、よく覚えていない」。腰にあったポーチのようなものだけが鮮明な映像として焼きついている。刺された瞬間の痛みは、なぜか記憶になかった。

実際には肋骨(ろっこつ)を折り胃と肝臓を損傷、胆嚢(たんのう)を失う大けがだった。搬送される救急車の中、隣にはもう動かない友達がいた。窓越しにぼんやりと眺めた空は青かった。痛みや恐怖心はなかった。

 40日ほどの入院中、両親は事件のニュースが続くテレビを見せないように、病院は痛みを感じさせないように懸命に治療を続けた。「みんながとても気を使って優しくしてくれたおかげで、今こんなに楽天的で明るくなれた」と話す。

 しかし、学校に戻るには時間がかかった。教室に入るのが怖くて、しばらく母親と一緒に外から授業を聞いた。しんどくなれば図書室や保健室で過ごした。

 どんな状態でも父親の厳さん(38)は「ようやったな」と褒めた。徐々に教室で過ごせる時間が増え、2年生の秋ごろから「普通」に戻った。ただ、包丁がある台所に入るには4年近くかかった。

 進学先には大教大付属中とは別の学校を選んだが、毎年6月8日に行われる追悼行事には参加するようになった。その都度、亡くなった友達を思う。今年は修学旅行と重なるので事前に行くつもりだ。

 将来を考え、今年から塾にも通い始めた。生物や科学に興味があり、研究者、先生…と夢は尽きない。小学校卒業前に「お医者さんになって、しんどい子を助けたい」と語った夢の根幹には、ずっと大切にしている思いがある。

 「ああいう事件があって友達が亡くなり、僕らは命の重みを知った。そのことを絶対に忘れたらあかん」

                ◇

 【用語解説】大教大付属池田小の児童殺傷事件

 平成13年6月8日午前10時すぎ、包丁を持った宅間守・元死刑囚=1審大阪地裁判決が確定した約1年後の16年9月、大阪拘置所で執行、当時40歳=が、開いていた自動車通用門から校内に侵入。教室にいた2年の女児7人、1年の男児1人の計8人を刺殺し、1、2年の13人と教師2人に重軽傷を負わせた。







死刑が廃止された場合 
この生きる被害者たちの恐怖を継続させる事になるのでは?
被害者を苦しめ続ける事になるのでは?

死刑は解決策ではなく救済策なのでは?

「奴はもうこの世に居ない」

その「事実に救われる者の立場を」無視してはいけない


「成熟した社会で死刑が不要になる」




残念ながら人間も社会も世界も成熟なんて致しません

総て何時でも「過程」を継続しているだけです



何をどーしたいのか


明確なものが見えない限り


何も動かせません





「本来、人生はその人だけのものではない」



そうです多くの場合、死刑囚にも身内がありますでしょ?


被害者にも家族がいますよね?




人を殺すと云うことは本来、贖うことの出来ない罪です


成熟しようがしまいが「やってはいけないこと」なのです


これが固定観念ですか?


いいえ、「人の道」 というものです



殺された側は 殺した人間の幸福を願いますか?


「はい」なら、それは偽善です


人間は思うほど複雑でも単純でも無い


法律とは「無用な争いを避ける為」「その時代の多数派の都合のいいように決まる」


であるなら 人類の悠久の歴史に必ず存在し続けた「死刑」は


肯定されるべきなのではありませんか?



実際、女子監禁強姦暴行撲殺コンクリ詰めの殺人者は


被害者の母親までをも発狂させた


社会復帰後、やはり又同じような事件を起こし逮捕された



成熟した社会と云うのはこんな人間を守る社会のコトなんですかね?



「喜怒哀楽や不平不満等の感情の原因は100%それを感じる人の持つ固定観念にある。

観念に強く執着すればそれだけ湧いてくる感情も強くなる」

攻撃性が強く 様々な強迫観念に毒され

人を殺めたり傷付ける事を正当化するどうしようもない凶暴な人間も存在する

と云うことですよね?

 そんな愚か者の為の社会や法なら要らないでしょう


関連記事

Comments

« »

08 2020
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
NASA Visible Earth
Web page translation
Flag Counter
free counters
xxx
全記事表示リンク