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今日ボクが見た風景

今日は、会津の英雄「柴五郎陸軍大将」の生まれた日

Category: 日本国民の心得  

今日は、会津の英雄「柴五郎陸軍大将」の生まれた日


柴 五郎(1860年6月21日 - 1945年12月13日)日本の陸軍軍人。
軍事参議官・台湾軍司令官・東京衛戍総督・第12師団長を歴任し、
階級は陸軍大将勲一等功二級。義和団の乱の防衛戦で賞賛を受ける。



コロネル・シバ~1900年北京での多国籍軍司令官義和団に襲われた公使館区域を守る多国籍軍の中心となった柴五郎中佐と日本軍将兵の奮戦。


日本兵の勇気と大胆さは驚くべきものだ

王府防衛の有様を柴中佐の指揮下に留まっていたイギリス人義勇兵の一人B・シンプソンは次のように日記に記した。

数十人の義勇兵を補佐として持っただけの小勢の日本軍は、王府の高い壁の守備にあたっていた。その壁はどこまでも延々つづき、それを守るには少なくとも5百名の兵を必要とした。しかし、日本軍は素晴らしい指揮官に恵まれていた。公使館付き武官のリュウトナン・コロネル・シバ(柴中佐)である。・・・

この小男は、いつの間にか混乱を秩序へとまとめていた。彼は部下たちを組織し、さらに大勢の教民たちを召集して、前線を強化していた。実のところ、彼はなすべきことをすべてやっていた。ぼくは、自分がすでにこの小男に傾倒していることを感じる。(中略)

イギリス公使館の書記生ランスロット・ジャイルズは、次のように記している。

王府への攻撃があまりにも激しいので、夜明け前から援軍が送られた。王府で指揮をとっているのは、日本の柴中佐である。・・・

日本兵が最も優秀であることは確かだし、ここにいる士官の中では柴中佐が最優秀と見なされている。日本兵の勇気と大胆さは驚くべきものだ。わがイギリス水兵がこれにつづく。しかし日本兵がずば抜けて一番だと思う。(中略)

後に体験者の日記を発掘して「北京籠城」という本をまとめ上げたピーター・フレミングは本の中でこう記述している。

戦略上の最重要地点である王府では、日本兵が守備のバ ックボーンであり、頭脳であった。・・・ 日本軍を指揮した柴中佐は、籠城中のどの士官よりも勇敢で経験もあったばかりか、誰からも好かれ、尊敬された。

当時、日本人とつきあう欧米人はほとんどいなかったが、この籠城をつうじてそれが変わった。日本人の姿が模範生として、みなの目に映るようになった。

日本人の勇気、信頼性、そして明朗さは、籠城者一同の賞賛の的となった。籠城に関する数多い記録の中で、直接的にも間接的にも、一言の非難も浴びていないのは、日本人だけである。 




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