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今日ボクが見た風景

第2時世界大戦

Category: 戦争  

第2時世界大戦

ドイツでは、第一次世界大戦の戦後処理がずさんで、ベルサイユ条約による1981年まで続く賠償金を戦勝国に請求された上、世界恐慌の影響で70パーセントとも言われる失業率に達し、空前絶後の大不況に見舞われていた。この情勢下でヒトラーのドイツ労働者党が台頭し、230議席の大政党となった。ヒトラーは失業者に職とパンを与え、類稀なる演説の才能を発揮し、民衆の心を完全に掴んだ。そして秘密裏のうちに陸海空軍を強化、気づいた時には手におえないほどの軍事独裁体制になっていた。ヒトラーはスペインのフランコ将軍の内戦に力を貸し、オーストリア進駐、チェコスロバキアからズデーデン地方を割譲させ、本格的に動き始めた。ナチスドイツは共産主義(社会主義の急進思想)とユダヤ人を最大の敵として迫害し、ソビエト総書記スターリンを罵倒し続けていたにもかかわらず、突然ソ連と不可侵条約を結び、世界を驚愕させた。日本政府は「欧州の情勢誠に不可解」と頭を抱えた。そしてドイツはソ連と水面下でポーランドの分割を決定し、直後国境線を越え、陸と空からポーランドへ殺到。新戦術である電撃戦(BLITZKRIEG)を採用し、圧倒的戦力差の前にポーランド軍は壊滅、一ヶ月でワルシャワは陥落する。イギリスとフランスはドイツに宣戦布告し、第二次欧州大戦が始まる。ドイツはフランスもたった6週間で降伏させ、イギリスをも降伏させそうな勢いであった。


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一方ドイツの快進撃を見た日本では全ての政党が解散し、大政翼賛会が結成され、ドイツを真似た全体主義体制をとりはじめる。アメリカとイギリスの蒋介石援助体制はますます本格化し、フランスがドイツに破れると日本は当時のフランス領インドシナ(ベトナム)に進駐し、援蒋ルートと呼ばれる補給路を遮断した。これに対しアメリカは激怒し、石油を含む資源の全面禁輸を断行、周囲の国々もこれに習い、日本に一滴の石油も入ってこなくなった。日本はアメリカと外交交渉を開始し、妥協案を重ねた。場合によってはインドシナから撤退しても良いとまで譲歩に譲歩を重ねた。しかし、アメリカはかの有名なハルノートを突きつけ、日本を更に追い詰めた。アメリカの狙いはただ一つ、日本と戦争し、ドイツと戦争したい、それだけであった。アメリカは今でこそ考えられないが、他国の内政には徹底不干渉のモンロー政策をとっており、国民は圧倒的に戦争不支持だった。そんな中どうしても戦争したい時の米大統領ルーズベルトが日本に初めの一手を撃たせて、合理的に戦争に参加しようとしていたのである。それで日本を追い詰めるだけ追い詰めて戦争に誘い込もうとしたのである。しかももっと悪いことに、ハルノートを作成した米財務省高官はソ連のスパイであったことが最近明らかになった。日米戦争、日中戦争ともに、日本はソ連にもいっぱい食わされたのである!
 ハルノートとはインドシナ、支那からの全面撤退を要求したもので、要するに「中国に降伏しろ、そうすれば石油をまた売ってやるかもしれない(やらないかもしれない)」といったもので、あまりにも横暴で無茶苦茶な要求であった。日本政府はこの要求に絶望し、多年練磨の陸海軍を持ちながらむざむざアメリカにやられてなるかと、開戦やむなしと決定する。天皇もこれを承認するしかなかった。
 そして、1941年12月8日ハワイ基地の米太平洋艦隊を、南雲中将率いる機動部隊が奇襲。18隻もの艦船を撃沈し、死者行方不明者4000人を超す大戦果を記録し、以後大東亜戦争が勃発する。アメリカ世論は「リメンバーパールハーバー!」の掛け声で一つになり、昨日までの反戦世論が嘘のように戦争支持に傾いていった。

 日本軍は真珠湾奇襲と時を同じくしてフィリピン、マレー、コタバルに進撃し、緒戦で電撃的に勝利を治め、1942年2月には要塞シンガポールが陥落、ビルマなどでも米英蘭連合軍を打ち破った。現在の歴史教育では「日本はアジアを侵略した」と教えられるが、日本軍は現地人に武器を与え、戦闘法、戦う意味、独立の意義を教育し、アジア人全員で白人の不当な支配を跳ね除けるように期待した。事実、戦後、独立戦争が激化し、東アジアの国々は差別主義者の白人を跳ね除け、次々と独立を果たした。その独立戦争に力を貸した日本人も数多くいた。ビルマでは今でも建国記念日に日本の軍艦マーチが演奏されるという。
 しかし一方で日本軍は南方に石油を取りに行くことを第一としたことも間違いない事実で、あれは何も慈善事業ではない。そのことについて批判する人もいるし、現地住民を虐待したという逸話もちらほらと聞こえてくる。しかしその中には誇張されたものも少なからずあるようである。


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その後日本軍は快進撃を続けるも、真珠湾で撃ちもらした米機動部隊による東京初空襲に驚愕し、暗号を解読されているにもかかわらずミッドウェー島攻略をあせって惨敗、正規空母4隻、歴戦の兵員3000名以上を失う。時を同じくしてドイツ軍もソ連軍の反撃にスターリングラード攻略に失敗、歩兵主力の第6軍、30万が降伏した。これを境に独軍は東部戦線において勝機を失い、占領地を一つ一つ奪還されていき、西部戦線に置いてはシチリア島上陸、ノルマンディー上陸を許し、ナチスは破滅へと向かっていく。そして、日本は独軍の劣勢からアメリカとの早期講和の道も閉ざされ、ガダルカナル島、マリアナ諸島、硫黄島、沖縄と悲惨な玉砕を繰り返し、2発の原爆と、ドイツとの戦いを終えて余裕を持った極東ソ連軍の参戦から、急速に破滅することと相成った。以後、日本は国体を護持すること、つまり天皇陛下を守るために武装を放棄し、廃墟の中から新しいスタートをきることとなった。日本はアメリカ型民主主義を徹底的に教育され、ほとんど日本人としての自覚を失うまでに精神が荒廃した。軍事面でも世界中からアメリカの保護国と見られても仕方がない状況である。日本は敗戦したことによってもはや二度と立ち直れないかもしれないほどの文化的、民族的な大打撃を受けたのである。
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