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今日ボクが見た風景

【日本は家族国家】

Category: 日本国民の心得  
「日本の心をつたえる会」より転載します。
國家主導者の不在から大震災後の復興計画が纏まらない現状が続きます。民主党の西岡参議院議長による超党派議員連「増税によらない復興財源を求める会」は不気味な存在と為りそうです。

管直人に「NO」と突き付けた形ですが、是に國家國民の賛同が得られるのか今後の動向が注視されます。
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【日本は家族国家】

今回の震災で、誰の目にも明らかとなったのが、大多数の国民の期待を担った民主党政権の無能ぶりです。

そして、いまの日本国がもつ様々な病理というか、戦後政治、戦後体制、あるいは戦後思想の脆弱ぶりが、人々の目に明らかとなったと言えます。

震災前には、ある大臣が、「自衛隊は暴力装置だ」と発言しました。震災前には、「自衛隊は、日本にあってはならないもの」。「日本は戦争を放棄したのだから、自衛隊なんていらない」などという議論がまかりとおっていました。

テレビの画面に映る被災地は、津波のあとといいながら、なぜか道路にだけはガレキの山がなかった。テレビでは、そのことについて何の説明もありません。まるで津波が、道路にだけはガレキを残さなかったのだといわんばかりです。
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けれどその道路は、そこにだけ津波が来なかったわけではありません。震災後、すぐに出動した自衛隊が、山と積もった瓦礫を撤去したのです。だからそこに道ができていた。

震災前、日教組の教師は、日本は平和主義なのだから自衛隊なんていらないのだと子供たちに教え込もうとしていました。

けれど被災地にいちはやく乗り込んだ自衛隊の隊員たちによって、どれだけ多くの日本人が助けられたか。いまでは避難所にいる多くの子供たちが「大きくなったらボク、自衛隊員になる」と胸を張って答えます。そんな子供たちに、さしもの日教組教師も、何も言えない。

小理屈、屁理屈ばかりの左翼が、戦後65年かけてつきとおしていたウソというメッキが、ことごとくはがれおちて行っているのも、今回の震災後の大きな出来事のひとつです。

戦後日本は、あらゆる面で、いま、行き詰まりを見せています。景気は一向によくならない。日本の活力も日本人の生活力も、もはや地に落ちています。思想的にも、もはや戦後体制の思想では、日本の先行きの展望は語れなくなっている。

そこで申し上げたいのは、「困った時は原点に還る」ということです。

日本国という国家の原点は、どこにあるのか。日本人は、何を根本に生きてきたのか。そういったことを、日本国の原点にいちど立ち返ってみる。これは大切なことだと思います。

その日本国の原点といえば、日本国の建国の理念です。これは、紀元前660年の皇紀元年2月11日の神武天皇即位の詔にあります。そこには次のように書かれている。
~~~~~~~~~~~
上(かみ)は則(すなわ)ち乾霊(あまつかみ)の国を授けたまいし徳(うつくしび)に答え、
下(しも)は即ち皇孫(すめみま)の正(ただしき)を養いたまいし心を弘(ひろ)めん。
然して後に六合(りくごう)を兼ねて、以って都を開き、八紘(あめがした)を掩(おお)ひて宇(いえ)と為すこと亦可(よ)からずや

(口語訳)
上は天神の国をお授け下さつた御徳に答え、下は皇孫の正義を育てられた心を弘めよう。
その後、国中を一つにして都を開き、天の下を掩ひて一つの家とすることは、また良いことではないか。

(原文)
上則答乾靈授國之徳 下則弘皇孫養正之心
然後兼六合以開都 掩八紘而為宇 不亦可乎
觀夫畝傍山東南橿原地者 蓋國之墺區乎 可治之
~~~~~~~~~~~~~
これを意訳すれば、

(1)この日本という国は、神々から授かった国である。
(2)そのことに思いをいたして、正しい道を進もう。
(3)日本という地域をひとつの国になった。
(4)だから、日本人みんながひとつの家族となろうではないか。

となります。

すなわち、日本という家族。「家族国家」の建設こそ、日本建国の原点といえます。こうした感覚は、戦後65年経ったいまでも、多くの人々の心にしっかりと根付いています。

たとえば多くの中小企業の経営者にとって、社員は家族です。いまでも多くの社長さんたちは、その家族を養うために必死です。自分がいい思いをしたからではない。多くの中小零細の社長さんたちは、社員という名前の家族をしっかりと養っていこうという明確な意思を持っている。

社員も同じです。自分さえよければ、なんて考えるような社員は、多くの場合、それだけで社員失格です。みんなが頑張っているから自分も頑張る。そして会社を支える。だって会社は、自分にとっての家族そのものだからです。

地域でも、昔は、近所の悪ガキが悪さをしていると、町内の頑固おやじが「コラァ!!」とやったものです。なぜならそれは、ただオヤジが頑固ジジイだったからではなくて、大人たちにとって、近所の子供たちが、みんな我が子同然の家族そのものという意思があったからです。

日清、日露、第一次大戦、支那事変、大東亜戦争で戦った日本の兵士たちにとっても、守るべき祖国にいる人々は、みんな自分の家族だった。

大東亜戦争の前も最中も、日本は本当に現地の人々のために尽くしています。なぜならそれは、日本が統治することになったその瞬間から、その地にいる人々は家族だったからです。

近所の商店街の八百屋さんや魚屋さんだって同じです。毎日買い物に来るお客さんの主婦たちは、自分の家族そのものです。

たいせつなことは、いかに儲けるかではない。お客さんという名前の家族に、ちょっとでも新鮮で良いものを届けようと、毎朝、暗いうちから起きだして寒い中を仕入れのために市場に出かけている。そば屋さんも、食堂のかみさんも、飲み屋のおばちゃんも、お客様は神様というより、家族そのものという感覚です。

「お客様は神様です」は、三波春雄が言い出して戦後の流行語になった言葉だけれども、いまにして思えば、どうも違和感がぬぐえなかった。お客様は、手を合わせて拝むものではありません。お客様は、家族そのものなのです。家族にちょっとでも喜んでもらう。そのために芸を磨いて努力する。それが芸人というものです。

学校教育においても、教師にとって生徒は、単に生活の糧を得るための道具ではありません。教師にとって、生徒は自分の家族そのものです。我が子です。だから叱るときも真剣に叱ったし、ときにほっぺたをぶつときも、涙を流して手をあげた。昔はどこの学校でも、教師はみんなそうだった。

だから、
「うちの家族」
「うちの会社」
「うちのお客さん」
「うちの町」
「うちの学校」
「うちの社員」
なのです。そして、日本人が外国に行くと、祖国日本は「うちの国」です。「うち」は「内」であり、「家(うち)」でもある。

以下は、高千穂神社の宮司であられる後藤俊彦さんのお話です。是非、ご一読いただければと思います。
 ↓
≪日本建国の理想は「家族国家」の建設にあり≫
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1182.html

【日本は家族国家】



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