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今日ボクが見た風景

開かれた欧州王家対閉ざされた天皇家・皇室

Category: 日本の病原  

☆開かれた王家

 西欧キリスト教(カトリック教及び新教・プロテスタント)文明圏の最上階の上流階級は、絶対神から与えられた支配するという「神聖なる権利」を重視した、一つの家族であった。

 「神聖な権利」をキリスト教会から承認された者が、国籍に関係なく国王に即位した。

 キリスト教会は、個人的な能力や実力を有した者を優れたリーダーシップとして讃え、異国人でも国王として認めた。

 国民は、他国の人間でも、キリスト教会が認めた国王を支配者として受け入れた。

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 ヨーロッパ文明は、古代ギリシャ・エーゲ文明を胚芽として古代ローマ帝国時代を経て発展・成長した。

 世界基準の多くが古代ギリシャと古代ローマで生まれ、全ての国も民族もこの基準を受け入れている。

 この世界基準を拒否し、独自の基準で生きている国も民族も存在しない。

 日本はもちろん、中国もまた同様である。

 中華文明の価値観は、世界では通用しない、時代遅れである。

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 ローマ帝国は、中国王朝と同じく、周辺地域を侵略し、領土を拡大し、富を略奪し、奴隷を獲得して繁栄を得ていた。

 元老院や貴族などの支配階級と地主や商人などの富裕層は、軍団の指揮官として帝国に勝利をもたらした。

 ローマ皇帝は、勝利者には名誉と権力、広大な領地と奴隷を報酬として与えた。

 兵士にも、奴隷を所有する権利が与えられる為に、兵役はローマ市民権を持つ者に制限されていた。その為に、軍団の正規兵はイタリア半島の農民が主力であった。

 帝国領が拡大すると、軍団は遠隔地の戦場に派遣され、兵士は占領地を維持する為に定期交替まで駐屯させられた。

 農民出身兵士は、度重なる遠征と駐屯の長期化で故郷を離れる事が多くなり、働き手を奪われた農家は困窮し農耕地は荒廃した。戦場で負傷して農作業ができなくなった農民は、土地を支配階級や富裕層に売り、ローマなどの都市部に流れて契約労働者(プロレタリア)となった。契約労働者は、金の対価で雇用主に労働力を売る自由なき大衆として、市民権を持つ自立したローマ市民と区別され諸権利が剥奪された。

 地主は、没落農民から土地を安値で買い取って大規模農地とし、安価で買い取った異民族の逞しい奴隷を農地で働かせた。当初は奴隷に家族を持つ事が禁止していたが、奴隷の子供が商品として売買できるとわかるや家族を持つ事を許した。

 土地にこだわる農民は、農地を守り、家族を養う為に兵役に付く事を嫌った。

 皇帝は、帝国に富をもたらす軍団を維持する為に、兵士への報酬を上げるべく、市民への税金を増やした。

 多少のゆとりがあった農民も、徴兵と重税で土地を放棄してより豊かな都市部に流れた。 大地主は、放棄された農地を獲得してさらに領地を拡大させた。 

 農村部は、市民権を持ったイタリア人農民が減少し、かわりに異民族奴隷が急増した。

 農業生産を維持する為に、農民保護より農地保護が優先され、異民族が農産物の生産に従事した。

 西ローマ帝国が滅んだ時、農地の大半がイタリア人農民ではなく、ローマ市民権を持った異民族出身者の所有となっていた。

 都市部のローマ市民も、相次ぐ重税で貧困化した。

 富裕層と貧困層の格差は拡大して、社会不満が拡大した。

 意欲ある者が、農地解放と貧富の格差を緩和する改革は行うが、特権階級の反対に遭い全てが失敗した。改革者は、保守派に暗殺されて悲惨な末路を辿った。

 ローマ経済は、生産ではなく大量消費で支えられていた。東方の香辛料や絹などの贅沢品を購入する為に、金や銀を貨幣に鋳造して払った。輸入はあっても輸出がなかった為に、貨幣は代金として国外に流失して戻る事がなかった。帝国内で、硬貨に鋳造する金・銀が不足するや流通量を増やす為に貨幣の質を下げた。貨幣の劣化で通貨としての信用がなくなるや、帝国は悪性のインフレに襲われ、ローマ市民の生活は貧困化した。

 帝国は、市民が兵役への義務を拒否するや、徴兵を諦め市民権を持つ者の志願制とし、軍規を緩めて戦場での自由を認めた。

 食い詰めた貧困階層や居場所のない犯罪者が、兵士に志願し、上官の命令を無視する者が増えるや軍隊の統率も緩み、戦場は勝利より略奪が優先されて虐殺が頻発した。

軍団の指揮官は、戦争の勝利を優先して、戦闘能力のある異民族に市民権を与える事を条件に契約して傭兵とした。市民権を獲得した異民族集団は、戦争に勝利するにつれてさらなる権利を要求して叛乱を起こした。将軍達は、皇帝からの叱責を恐れて、異民族の叛乱を別の異民族を使って弾圧した。

 金持ちは、大金で官職を買って権力を得るや、自分の利益が増える様に法律を作って行使した為に、不正や横領が蔓延り公共心や道義心は廃れた。

 権力者は、ローマ市民を籠絡して人気を得る為に、無料で小麦を配り、サーカスやコロッセオでの剣闘を見せて楽しませた。

 大衆は、最低限の生活が保障されるや、あくせく働くという労働意欲を失い、生きる気力をなくし、楽しませてくれる気前の良い有力者を支持した。大衆は、個人的利益の為に帝国や皇帝ではなく人気のある有力者に忠誠を誓った。

 ネロ皇帝は、大衆の暴動を抑える為に「パンとサーカス」を与えるべく、重税を課した。「どんどん課税しよう。誰も何も持っていない状態になるまで」

 皇帝の権威が衰退するや金を持った者が権力を手にして君臨し、財政を支配して、軍団を自由に動かした。金持ちが、個人益の為に政治を壟断した為に政府内部に腐敗が蔓延り、人々は無気力・無責任となり社会は退嬰的となった。金の力で法秩序が崩壊するや、都市部で金を獲得する為の犯罪が横行して治安は悪化した。

 各地に駐屯していた軍団は、本国からの送金が滞り始めた為に、兵士への報酬を賄うべく侵略戦争を繰り返して略奪を行った。ローマ市民では経費がかかる為に、安い報酬で地元の異民族を契約兵士として雇った。

 戦争の勝利で名誉と権力を得ていた野心的な将軍は、皇帝位を狙って叛乱を起こした。叛乱を起こした将軍は、傭兵に大金を払って忠誠心を買い、食糧と金銭を得る為に占領地での略奪を許可し、抵抗すればローマ市民でも容赦なく殺害する事を許した。

 各地の軍団による叛乱によって、皇帝の権威は地に落ちて統率力をなくし、ローマ帝国は急速に衰退して行った。

 皇帝位は、名門・名家の血筋ではなく、個人的な能力・実力でなるものとされた。

 ディオクレティアヌス帝は、帝国を効率よく統治する為に四分割した。当然の事ながら、四つの行政府が誕生して官僚数も四倍となり、経費は急増して財政を圧迫した。

 コンスタンティヌス帝は、経費を大幅に削減する為に帝国を再統合した。

 テオドシウス帝が死亡するや、帝国は統一を維持できずに東西に分裂した。

 中国・漢の攻撃を受けて敗走したモンゴル・トルコ系遊牧民・匈奴の一部である北匈奴・フン族は、300年頃から西に移動した。

 中・東欧地方のゲルマン民族は、300年後半からフン族に圧迫され、400年頃に地球規模の異常気象で生活が出来なくなり、ローマ帝国領への大移動を開始した。

 ローマ帝国は、病人や老人の移住を禁止して、フン族の殺戮に任せて見殺しにした。屈強な男は鉱山や石切場で重労働を強制し、健康な女は奴隷として売った。

 ローマ人は、蛮族を獣の様に扱って、飢餓と病気で死滅するように仕向けた。

 周辺の異民族は、安い労働力として帝国内に移住し、労働意欲をなくしたローマ市民にかわってローマ市民の生活を支えた。

 西ローマ帝国内に移住していた異民族は、ローマの弱体化に伴い人としての権利を要求し、各地で暴動を起こした。

 平和で豊かな生活に安住していた西ローマ市民は、自ら動く事を嫌い、生産活動はおろか国防さえも異民族の移住者に任せた。ローマは少子化により人口を減らした為に、食い詰めた蛮族に市民権を与えて大量移住を奨励した。ローマ市民は、無気力と無関心と無責任で帝国と市民の将来を憂えず、平和主義で武器を取って自らの帝国を守ろうという気概がなかった。

 395年に分裂した東ローマ帝国であるビザンツ帝国は、祖国防衛の為に蛮族の侵入を撃退した。異民族の移住を拒み、1453年に帝都コンスタンティノープルが陥落するまで帝国を維持し続けた。帝位は、ロシア帝国のロマノフ王朝に受け継がれた。

 476年 差別的待遇に不満を持っていたゲルマン人傭兵は反乱を起こし、大虐殺と大略奪をおこなった。

 ゲルマン人傭兵隊長オドアケルによって、帝位が廃止され、西ローマ帝国は滅亡した。

 異民族には、皇帝はもちろん帝国への忠誠心はなかった。

 帝都ローマは灰燼に帰して、高度な文化は消滅し、紀元前27年から続いたローマ帝国は異民族によって内部から滅ぼされた。

 如何なる国家・帝国でも、内部からの崩壊にはもろかった。

 大移動してきたゲルマン民族によって、旧西ローマ帝国領は分割支配され、異民族を奴隷として酷使してきたローマ市民は虐殺された。生き残ったわずかなローマ人は、下層階級として、異民族の奴隷となった。

 かっての帝国領には、異民族の諸王国が乱立して、戦乱が続き、殺戮が繰り返された。

 建国以来の純粋なローマ人は、大量に移住してきた異民族によって消滅させられた。

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 サリー族・メロヴィング家のクローヴィスが、481年に北部ガリアでフランク王国を建設し、486年に全ガリアを統一した。

 511年にクローヴィス王が死亡するや王国は分裂し、各王国は統一の為に戦争を繰り返した。

 東部王国の宮宰であったカロリング家が混乱を鎮め、751年にローマ教皇の同意を得てメロヴィング朝を廃して、自ら王位に就いた。

 771年 カール1世が、全フランク王国を再統一し、領土拡大の為に周辺諸国へ侵略してイタリア・ローマまでも領土とした。

 ローマ教皇は、800年に西ローマ帝国の復活と布教の為に、カール1世にローマ皇帝の冠を授与した。

 814年に、カール1世が死亡するや王国は、後継者により3分割された。西フランク(フランス語圏)、中部フランク(イタリア語圏)、東フランク(ドイツ語圏)。

 欧州諸王国は、ヨーロッパの正統な統率者となる為に、ローマ皇帝の後継者の座をめぐって血みどろの争いを続けていた。

 各地の戦場で活躍したのが、血に飢えた残忍な契約兵士・傭兵であった。彼等は当然の権利として、占領地で虐殺と略奪を行った。

 ヨーロッパの大地に、契約兵士によって大量の血が流された。

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 600年中頃 ユトランド半島から北ドイツのユルベ川で生活していたアングロ族、サクソン族、ジュート族は、旧ローマ領ブリタニア(イングランド)に侵入し、先住民のケルト人を追い出して20以上の小王国を造って、領土拡大の為に戦争を続けた。

 西洋の各王家や上級貴族達は、領土拡大や後継者問題で血みどろの戦いを繰り広げていた。各陣営は、戦いに勝つ為に、政略結婚や養子縁組を繰り返し「血の結束」を固めた。

 血族を形成した彼らは、「血の絆」から戦いに敗れても殺される事は滅多になかった。

 彼らにとって、戦争・殺し合いは知的ゲームか娯楽的スポーツにすぎなかった。

 他民族他部族からの略奪は退屈しのぎの気晴らしであり、住人への虐殺は罪悪感を持つ事がなかった。こうして、多くの民族や部族が死滅した。今では、多くの動植物が死滅し、そして死滅しようとしている。

 各王国政府は、領土や交易をめぐって戦争を続けていた。偽善者は、領民を使い捨ての兵士として戦場に狩りたて、多くの犠牲者の上に自分の名誉と地位と爵位を獲得した。商人は、戦争で莫大な利益を得た。

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 王侯貴族は、俗事を成り上がり者に任せ、戦争とは関係なく、領民から搾取した金で華やかにして自堕落な宮廷生活を楽しんでいた。彼らは、貧民達のを単なる所有物として命に価値を認めず虫ケラ同然に扱ったが、信仰への義務感から自己満足的に貧民に食べ物や衣服を恵んでやった。だが、芸術や文学と言った文化を持てるのは、王侯貴族の特権であるとして独占した。

 下層階級には、教育は反乱を誘発するとして受ける事を禁止した。

 キリスト教会も、聖書を独占する為に、読み書きを覚えるよりも働く事が信仰の証しであると説教した。

 欧州全土の下層階級は、例外なく、搾取され、虐げられ、戦争に狩り出されて惨めな生涯を送っていた。貧民は、教会との関係の深い王侯貴族には尊敬と愛着を抱いていたが、成り上がり者の偽善者や商人には敵意を剥き出しにしていた。

 中小の商人や零細手工業主は、従業員や工員などの貧困労働者の憎悪を王侯貴族に向ける為に、共産主義者や無政府主義者を支援して革命運動を煽っていた。

 1000年以上をかけて姻戚関係を幾重にも築いてきた結果、イギリス王家にデンマーク王家やフランス王家やドイツ王家の血が混じり、ドイツ王家はフランス王家やローマ教皇やロシア皇室やポルトガル王家に身内の者を送った。

 国家や国民には国境が存在するが、王侯貴族の間には国境は存在しない。

 ヨーロッパの上流階級は一つの家族である以上、身内の移動に国境などは意味をなさなかった。

 革命や戦争で政府が敗れ、国家が消滅すれば、皇帝や国王は退位し財産を持って他国の親族のもとに亡命した。彼らは、踏みとどまって、国民と共に辛酸を嘗め、国家を復興しようという気概はない。帝位や王位は、異民族他部族の祖先が武力で占領して即位した借り物にすぎずない以上、こだわる事がなかった。

 また、国民も落ちぶれた彼らに愛着もなく忠誠心も持たず、退位して他国に亡命しなければ家族諸共に虐殺した。フランス革命やロシア革命が、良い例である。

 王子や王女のおとぎ話は、しょせん作り話である。

 開かれた王室とは、こうした王室の事をいう。

 女王と他国の王族や上流貴族が結婚しても何ら不思議ではなかった。その場合、女系王室ではなく、純然たる男系王室である。地球上で女系王家は存在しないし、歴史上においても女系女王が即位した事はない。

 女系女王が即位した時は、その王室の滅亡である。

   ※   ※   ※   

☆閉ざされた天皇家・皇室(直系長子相続)

 閉鎖された天皇家・皇室(直系長子相続)には、歴史的事実として、日本以外の他国で姻戚関係にある帝室・王室はない。もしあったとするなら、それは満州国皇帝と李氏朝鮮国王のみである。だが、その直系の子孫はいない。もしいれば、皇位継承権が認められたかも知れない。

 天皇家・皇室は、頑なに「神の裔」としての血筋・血統を神聖視し、宗教的皇統を守る為に即位の条件を純粋な日本人としている。真の開かれた皇室を遮っているのは、天皇神話にもとずいた万世一系の男系天皇制度(直系長子相続)という原理原則があるからである。古代人は、日本の支配を他国出身者に奪われない為に、宗教権威否定の女系天皇を拒否してきた。

   ・   ・   ・   

 「神の裔」に連なる者だけが、正統な天皇に即位できた。

 「神の裔」でない者は、天皇に即位できなかった。

 「神の裔」ではなく、個人的な実力・能力で天皇になろうとすれば日本社会から排除された。

   ・   ・   ・   

 原理原則を変更して女系天皇制度を認めれば、他国の王族から反神道系の男子を受け入れることができる。非日本人男子から生まれた親王が即位した時、本当の意味で世界常識的な開かれた皇室となる。

 現代の女系天皇擁立派は、この事実を充分に認識した上で、男女同権・男女平等の原則を掲げて市民運動を指導している。マスコミも、歴史的変化が起きることを承知した上で、女系天皇の即位を促す啓蒙宣伝を行っている。こうした賛成派の市民運動の効果として、どういう結果をもたらすかを理解した上で女系天皇の即位を支持する国民が急増している。

 つまり、国際化の時代において、天皇位はもう日本人だけが即位する必要はないとする国民が増えている。それが、国際派日本人による天皇不要論である。

 日本独自の天皇制度を守るのは、男子即位を優先とする直系長子相続のみである。歴史的事実として、直系女性の天皇即位は排除すべきではない。

   ※   ※   ※   ※

*自然破壊の大陸文明と自然保護の島国文明 

 日本文明は、島国特有の補完共生の精神で、森林や河川などの恵みを得て、自然に負担をかけない様に、貧相に近い、慎ましやかな生活を送っていた。

 日本文明とは、島国という閉鎖された空間で生まれた、逃げ出せない文明であった。

 対して。

 世界文明は、大陸気質として、森林を乱伐し河川を征服し、自然を破壊し略奪する事で、贅沢でゴージャスな生活を、誰はばかる事なく自由気ままに満喫していた。

 世界文明とは、大陸という開放された空間に生まれた、逃げ出す事が出来る文明である。

 ヨーロッパ文明や中国文明は、紛れもなき大陸の世界文明である。朝鮮も、また大陸文明に属している。

 安田喜憲「今日のヨーロッパの都市の森は、激しい自然破壊の結果生まれた苦しい体験と反省の産物なのである」(『森林の荒廃と文明の盛衰─ユーラシア大陸東西のフィールドから』)

   ・   ・   ・   

 欧州の王族や封建領主は、狩りを行う為に公園としての森林を保護し、公園内への一般人の立ち入りを禁止した。狩猟を行う時は、獲物を追ってどこまでも追跡し、公園を出て農地を踏み荒らすことさえあった。農民が農地と作物を守る為に行く手を遮れば、反逆罪で公開処刑した。

 高貴な上流階級にとって、身分の低い領民は権利を持った人ではなく、牛馬と同等の価値にしか見ていなかった。

 各地の司教や司祭も、特権階級の一員として君臨し、貧困層が虐待を受け、殺害されようとも、餓死しようとも見捨てた。

 農民や市民の生殺与奪の権は、領主や僧侶が持っていた。

 ミシェル・ドヴェーズ「16世紀前半の歴代の王、すなわちフランソワ1世(在位1515ー47年)とアンリ2世(在位1547ー59年)は、ルイ14世(在位1643ー1715年)以前の諸王のなかで最も精力的にフランスの森林資源を守ったという事ができる。これらの主権者はいずれも狩猟に熱心で、その点で、諸侯と配慮をともにした。換言すれば、広大な林野の防衛に執着していた」

 アシル・リュシェール「ボルドー大司教エリー1世(1187~1206年)は、ヘンリー2世やリチャード獅子心王がよく使用したガスコーニュ人傭兵隊長の弟で兵士達に囲まれて彼の司教区から金を搾り取っていた。……下層階級は単に犠牲者であるばかりではなく、嘲笑の対象でもあった。貴族達にとっては、下層民は劣等な人種で、一切が取るに足らない存在で、その生命もまた何ら考慮を払う必要のない生き物なのである」(『フランス中世の社会─フィリップ=オーギュストの時代』)

   ・   ・   ・   

 森林破壊は、ギリシャの昔から行われていた。

 ギリシャの都市国家は、オリーブとブドウの樹を植える為に森林を切り開き、下草を刈る手間を省く為に大量の山羊を狩った。痩せた土地は、さらに栄養をなくして岩だらけの大地となって、穀物や野菜の生産が不可能となって食糧自給率を下げた。

 ギリシャ人は、贅沢品であるオリーブ・オイルと高級ワインを輸出して、穀物などの食糧を大量に輸入した。

 ギリシャの自由民は、特権階級として、同数の奴隷に生産活動を押し付け、政治談義や哲学や演劇やスポーツを満喫していた。古代ギリシャの民主主義は、奴隷の犠牲の上で維持されていた。

   ・   ・   ・   

 大陸文明は、例外なく大量の奴隷を所有していた。

 ローマ帝国は、銀の精錬と鋳造そして公開大浴場の燃料の為に大量の木材を必要とした。イタリア半島の森林が枯渇するや、材木を求めてガリアやイベリア半島遠征繰り返した。

 中世ヨーロッパは、外洋航路の巨大帆船と、金銀財宝をちりばめた豪華な宮殿と、ステンドグラスで埋め尽くされた壮麗な教会の建材にする為に、広大な森林を乱伐した。

 近世ヨーロッパは、建築用レンガを生産する為に森林資源を消費した。

 森林資源が乏しくなったヨーロッパは、石炭を利用して産業革命を起こし、新たな資源を求めてアジアやアフリカに略奪するだけの植民地を、武力を使って獲得した。

 森林破壊に恐怖したヨーロッパ人は、燃料を化石資源に依存して、自然保護を訴えて植林事業を本格化させた。自然破壊の元凶を、開墾して農地を広げ、放牧して下草を食い尽くす家畜を飼う農家に押し付けた。

   ※   ※   ※

 GHQ・フェラーズ覚書「天皇に対する日本人の態度は一般に理解されていない。キリスト教徒と異なり日本人は語り合う神を持たない。彼等の天皇は祖先の美徳を内包する民族の生ける象徴である」

「もし天皇が戦争犯罪で裁判にかけれるなら政府機構は崩壊し全面的叛乱は避けられないであろう」(1945年10月2日)

 イギリス外務省報告「天皇制を廃止すれば日本人の誇りに大きな打撃を与える。アメリカ人には国旗、イギリス人には王国がシンボルの役割を果たしている。日本で彼は国旗を天皇に取って代えようとしたが失敗したと語った。天皇は今後も日本人のシンボルであり続けるだろう」(1949年1月13日)    

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