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今日ボクが見た風景

キリスト教反ユダヤ主義

Category: 日本国民の心得  

 F・バスキエーリ・サルバドーリ/ピエール・ロレンツォ・フローリオ「神はまた言われた。『地は生き物を種類に従っていだせ。家畜と這うものと、地の獣との種類に従っていだせ』。その様になった。神は見てよしとされた。『創世記』によれば、天地創造は第五日目の出来事であった。したがってその後、方舟をでたノアに神が与えた言葉は、これとはいささか異にしていた。しかし、決して動物に有利な言葉ではなかった。

『生めよ、増えよ、地に満ちよ。地の全ての獣、空の全ての鳥は恐れおののいて、あなた方の支配に服するであろう』

 疑うことなくノアの子孫達は、神の言葉を確実に守った。人が増えるにつれ、動物は減っていった」(『滅び行く野生動物』)

*攻撃的普遍宗教

 旧約聖書にもとずき、神の戒律に従い、信仰によって絶対神と契約したユダヤ人のみが、正しき心を持った選ばれた人である。

 『旧約聖書』「私は主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である。あなたには、私をおいてほかに神があってはならない。あなたは如何なる像も造ってはならない。」(『出エジプト記』第20章)

「あなた[イスラエル]に仕えない国も王国も滅び 国々は全く廃墟となるであろう(イザヤ書60章12節)……他国の人々が立って貴方たちの為に羊を飼い……貴方たちは国々の冨を享受し(イザヤ書61章5~6節)」

 新約聖書にもとずき、神の愛に目覚め、信仰によって絶対神と契約したキリスト教徒のみが、神の子として死んだ後に魂が神の国に行ける。

 『新約聖書』「あなた方がわたしを選んだのではない。わたしがあなた方を選んだ」(ヨハネによる福音書第15章16節)

 「見えるものは一時的であり、見えないものは永遠につづく」(コリント人への第二の手紙)

 コーランにもとずき、神の掟に従い、信仰によって絶対神を称えたイスラム教徒のみが、殉教者としてその魂は72人の聖なる乙女が待つ天国に行ける。

 『コーラン』「かくして彼らは恥と惨めさを負わされ、アラーの怒りを招いた。これは、彼らがアラーの啓示を信じず、預言者達を不当に虐殺したからである。それは彼らの不服従と罪のせいである」(2章61節)

 いずれの普遍宗教も、排他的差別主義から、一神教として絶対神を信じない異教徒は獣と決めつけていた。

 異教徒は、人ではなく邪悪な存在とされた。正しい心を持った人間は、万物の支配者として、神に愛された人に害をなす自然の脅威を破壊して屈服させ、神の愛を拒否し従わない邪な心を持った異教徒を聖なる火で生きたまま焼き殺した。

 白人至上主義者は、排他的な名門主義者であり、閉鎖的な血縁重視主義者として、キリスト教徒白人以外の有色人種を動物同様にあつかった。信仰による人種的優越感により、人としての心の弱さや痛さや脆さを持たず、強者としての卓越した強靭的精神を誇示していた。ゆえに、彼らは地球上の覇者として世界を支配した。

 ちなみに、反宗教の無神論者は、宗教を憎悪する共産主義者同様に死生観、死後観を持たない。ゆえに、彼らは死後の世界を完全否定し、魂の救済や癒しや安らぎなど心の平安を認めない。つまり、彼らにとっての絶対的価値観は「生」であり、「死」とは絶望であり消滅であり漆黒の虚無にすぎない。それゆえに、彼らは全ての宗教を敵視して弾圧を加え、宗教そのものを破壊しようとしている。彼らは、嬉々として「神殺し」を行っている。

 マルクス「人間が宗教をつくるのであり、宗教が人をつくるのではない」「宗教は抑圧された生きものの嘆息であり、非情な世界の心情であるとともに、精神を失った状態の精神である。それは民衆の阿片である」(『ヘーゲル法哲学批判序説』)

 「民衆の幻想的幸福である宗教を廃棄する事は、民衆の現実的幸福を要求する事である」

*ローマ帝国でのディアスポラ

 非キリスト教のローマ帝国は、帝国の存続の為に、ローマ市民にローマ神話信仰と皇帝崇拝を強制していた。ローマ市民の信仰を守る為に、拒絶するユダヤ教徒を弾圧し、否定するキリスト教徒を虐殺した。ローマ市民の宗教性を尊重し受け入れた、ギリシャ神話・エジプト神話・ペルシャ神話・北欧神話などの民族宗教には寛大な処置を執った。多民族・多宗教のローマ帝国は、帝国の崩壊を避ける為に柔軟な共存の宗教政策を行っていた。

 カリギュラ帝「お前達は神々の敵である。余の神格を認めない唯一の臣民だ。そのうえ、言葉では言い表せない名の神をたてまつっている」

 タキトゥス「ユダヤ人は、他の民族に憎悪と敵意しか感じない」

 アピオン「ユダヤ人が市民であるなら、どうして我々が信じる神々を信じないのか」

 ローマ帝国皇帝は、神聖な血筋ではなく、実力で勝ち取るものとされた。その為に、夥しい血が流されたが、1000年以上続いたパックス・ロマーナが実現し、ローマ文化が花開いた。ローマの栄光は、周辺地域への侵略による略奪によってもたらされていた。ローマ市民のゴージャスな生活は、ローマ市民以上の奴隷の数によって保証されていた。

 歴代の皇帝は、人気を気にし、ローマ市民の歓心を買う為に無償で「パンとサーカス」を与えてた。ローマ市民は、飼いならされて無気力となり、自己犠牲的にローマ帝国を守る気概を無くした。ローマ帝国の滅亡は、こうして始まった。

 ローマ市民は、最低限の生活が保障され、帝国から食糧が支給されていた。その為に、帝国の配給に依存して働かず、サーカスや剣闘士を見て普通の生活を送っていた。資産を増して豊かな生活を求める者は、商人として軽蔑されながら働いた。

 ローマ皇帝は、ローマの多神教信仰を拒絶するユダヤ教徒を放置しては帝国の崩壊につながるとして、狂信的宗教撲滅の為に軍隊を派遣した。ローマ軍は、ユダヤ教の聖都エルサレムを攻撃し、ユダヤ教の神殿を破壊し、ユダヤ教徒ユダヤ人を聖地パレスチナから追放した。

 各地に散ったユダヤ教徒は、キリスト教徒が異教徒から弾圧されても助ける事はせず、見て見ぬ振りをして金儲けを優先した。閉鎖的なユダヤ教徒は、異民族への布教をしなかった為にユダヤ人以外の信者を増やすことが出来ず、異民族との雑婚で民族人口が減り信者も激減した。キリスト教徒は、人種・民族に関係なく布教活動をした為に、弾圧されても信者を増やしていった。

『ソロモンの書』「借りる者は貸す者の奴隷なり」

 イエス「わたしの家は、祈りの家と呼ばれるべきである。ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にしている」(マタイによる福音書21.13)

*キリスト教公認

 キリスト教は、イスラム教同様にユダヤ教からわかれた一神教であり、唯一絶対神と個人の「信仰と魂の救済」という集団契約を拒否した個人契約で成り立っていた。

 313年に、ローマ帝国皇帝コンスタンティヌス帝は、帝位を目指す内戦による混乱状態にある帝国を再興し、競争相手との皇帝権争奪戦に勝利する為にミラノ勅令でキリスト教を公認した。帝位は、家柄や出身ではなく実力ある者が敵とその支持者を皆殺しにして即位した。

 325年のニケーア公会議(宗教会議)で、ユダヤ人の貧しい大工ヨゼフとマリアの子でパリサイ派の伝道師であるイエス・キリストを、生身の人ではなく創造主と同じ神性を持った「神の子」として復活した奇跡を不動にする為に、ユダヤ教徒ユダヤ人に「神(キリスト)殺しの民」という大罪の烙印を押した。

 「神の子・キリストの復活」「救世主(メシア)による魂の救済」「死後、神の愛により天国への再生」という「救世主による『愛』の救済」教義を信者に信じ込ませる為に、作為的に「神殺し」を全ユダヤ人(ユダヤ民族)に擦り付け、ユダヤ人を闇の手先と決めつけ、悪魔の邪悪な陰謀に加担する全人類の敵と告発した。

 宗教問題である以上、唯一の解決策は、ユダヤ人が選民思想に基ずく排他的な民族中心主義的民族宗教・ユダヤ教を棄教して、非民族性の普遍宗教であるキリスト教に改宗する事であった。

 キリスト教会が、ユダヤ教を恐れそして赦さなかったのは、共通の聖典である『旧約聖書』による絶対神と基本教義とモーセの十戒(律法)でイエス・キリストの神性を否定した以上に、人を生まれ変わらせる為に神から許された「魂の救済権」を譲らなかったからである。

 『新約聖書』「ユダヤ人達は、主イエスと預言者達を殺したばかりでなく、私達をも激しく迫害し、神に喜ばれる事をせず、あらゆる人々に敵対し、……神の怒りは余す所なく彼らの上に臨みます」(テサロニケの信徒への手紙・1 第二章15節)

 391年に、博識な宗教指導者に導かれた敬虔なキリスト教徒は、言われるがままに、人類の知的遺産の宝庫であるエジプトのアレキサンドリア図書館を邪悪な異教異端の巣窟として焼き払った。異教徒の偶像を一体も残さずに破壊し、キリスト教以外の教義を一切認めず地上から抹消し、そして猫や蛇を異教の守護神とし狼や梟を悪魔の化身として殺した。

 異教徒が住んでいた土地の上に、贅を尽くした豪華絢爛たる人を威圧する大礼拝堂を持った神の家・教会を建てた。

 キリスト教は、永年にわたって下層民や奴隷の宗教と特権的上流階級から軽蔑され、ローマの神話的社会秩序を破壊する危険宗教として弾圧されたが、皇帝によって公認された国の宗教となるや、他宗教への報復を繰り返す不寛容で不自由な独善的宗教に変容した。

 一つの絶対的価値観しか持たない民衆の思考は、合理的であるが単調で画一化され、その価値基準を逸脱する事は神への大罪として恐れた。そして、宗教的指導者が発する意図的宣伝や歪曲され捏造された情報を盲信し、「神の名」で示された方向のみを真理と確信して、夢遊病者の如く意志を持たずに暴走した。

 金銀財宝の独占の為に詐欺と暴力と略奪を正当化する排他的現世利益追求型宗教の出現は、人類史の悲劇の始まりであった。

 392年 テオドシウス帝は、キリスト教を国教とし、それ以外の異教の信仰を禁止して弾圧した。ローマのカトリック教会は、正統派として従わない教派を異端として撲滅し、皇帝の支持を受けて各地に教会を中心にして都市を建設した。

 中世キリスト教会は、数千年の歴史を持つ民族宗教のユダヤ教を捨ててキリスト教徒に改宗したユダヤ人に対し、神から与えられた権限により、信者として神の家である教会に入る事を許し、心正しき文明人としての品位・品格を認めた。

 だが、機知に富んだ才能あるユダヤ人商人は、嘘も方便として、キリスト教世界での商業活動を有利にし利益・売り上げを上げるべく上辺だけで改宗した。

 信仰を死んでも守る事を誓った厳格なユダヤ教徒は、機略に富んだ改宗ユダヤ人の行為を唯一絶対神と迫害を受ける定めの民族に対する裏切り行為と軽蔑し、彼とその家族を呪われた卑怯者として仲間内から追放して差別した。

 改宗ユダヤ人商人は、ユダヤ教徒から裏切り者と差別され、キリスト教徒からは寝返った薄汚いユダヤ人と軽蔑され、誰からも一人前の人として相手にされない為に、それを逆手にとって違法すれすれのきわどい手口で大金を稼ぎ資産を増やした。

 そして、個人の命と財産を守る為に、教会の権威に反発する有力な封建領主に大金を払って保護を求めた。

*キリスト教は、未開の民族宗教を殲滅する為の聖戦を始める。 

 普遍宗教の絶対神は、「寛容な神」として信仰を契約した者のみが地上に満ちあふれる事を認めたが、同時に「不寛容な神」として信仰を拒否する異教徒の生存は認めなかった。

 バチカンは、唯一の創造主が7日間で創りたもうた全てを白人キリスト教徒の所有物とする為に、スペインとポルトガルが締結した1494年のトルデシリャス条約と1529年のサラゴサ条約を認めた。

 キリスト教価値観を持つ白人至上主義の彼らは、神に似せて創られたという絶対的優越感のもと、白色人種以外の有色人種を反抗しない家畜として動物同様に扱った。

 絶対神が認めた神聖にして絶対不変の差別的階級が、唯一の秩序として全世界を支配した。

 そして、1648年に、「先占の原則」と「内政介入の原則」などを持ったウェストファリア条約が結ばれた。戦争は、人間の営みの一つである以上、善悪では判断できないとされた。そこで、民衆の保護ではなく国家の存続の為に、平和を求めるという理想の追求ではなく戦争のルールとして国際法が作られた。

 普遍宗教キリスト教による、陰湿で陰惨な暗黒時代の始まりである。

 マルクス(ユダヤ人)「宗教はアヘン」

 レーニン(母方はユダヤ人)「宗教は、民衆のアヘンである」

 「集団」ではなく「個」を大事にする大陸の世界史は、憎悪の中から高度な精神文化を生み、殺し合いの中から洗練された哲学や思想を模索し、自然環境と社会の破壊から新たな科学と技術を発明し、キリスト教徒白色人種(神に愛された本当の人間)とそれ以外の対象(食べられる動物とその同類の人間・有色人種)による地球規模の黄金時代を築いた。

*東アジア世界では、社会に害をなす宗教を大弾圧するのが常識であった。

 マルクス「ドイツ人、中国人そしてユダヤ人は行商人や小売店主と同じに見なされるべきだ」「明らかにこれは、幾つかの弱い国家を押し潰す事なしには満たされないだろう。しかし歴史上、暴力と無慈悲なしには何事も獲得できない」

 後年、中国で起きたプロテスタント系キリスト教徒中国人の反乱である太平天国の乱(1851~64年)では、人口約4億3,000万人中1億6,000万人以上が殺害されたという。大陸世界では、宗教を巡る戦争や暴動が絶えず、信仰をめぐる殺戮に次ぐ殺戮が繰り返されていた。

 ちなみに、中国ほど宗教に関する内戦・反乱・暴動が多発した国はなく、全てに共通するのは数百万人数千万人規模の大虐殺を持って収束した。

 数多くの王朝や王国は不寛容な宗教戦争の中で滅亡し、権力者一族は宗教への徹底を欠いた妥協的政策の失敗ゆえに死滅した。

 中国は、世界一の犯罪が多発する無法地帯であり、その殆どが残虐で陰惨な凶悪犯罪であった。

 日本とは違って血筋や血統を神聖視せず、個人の実力や能力を重要視して行動した為に、日本以上の大流血を伴う大虐殺を平然と行っていた。

 朝鮮も、実力至上主義として中国に近い行動をとっていた。高麗は新羅人を、李氏朝鮮は高麗人を、同じ民族にもかかわらず勝者は敗者を大虐殺した。その残忍な民族性は、中国同様に、現代にも受け継がれている。

 清王朝(1616年~1912年)後期だけでも、仏教系白蓮教徒の乱(1796年~1804年)では600万人以上が、東トルキスタン(新疆ウイグル自治区)・イスラム教(回教)徒の反乱(1864年~1878年)では1,000万人以上が大虐殺された。

 チベットなどの民族悲願である分離独立運動も、中国人から大弾圧を受け続け、度重なる大虐殺の末に人口を減らして少数民族に転落した。

 漢族化・同化を拒否し、臣下の身分となる事を拒絶し、正統派儒教の中国人独裁体制に逆らう者は容赦なく殺した。

 中国の歴史においては、身分・上下関係による「人」差別は当然の事であり、それ故に人道も人権も、道徳も良心も、そして普遍的な自己犠牲的「愛」という概念も存在しない。

 中国民族は、正統派儒教価値観により世界一猜疑心の強い人間不信の病的自己中心主義者である為に、「利」を離れたところでの他人を思いやる気持ちは微塵も無かった。よって、敵と見なした相手には、他民族はもちろん自民族でも平然と数百万人数千万人と大虐殺し、暴力的に略奪し、女性を慰安婦として強制連行した。上下関係を無視した対等な関係での、約束や契約を守るという概念も存在しなかった。

 歴代王朝は、大地が有る限り全てを我が領土として中国化する事を天命とし、周辺諸国への侵略を繰り返して、抵抗する者は容赦なく猟奇的に虐殺した。

 歴史上の中国帝国とは世界一の植民地大帝国であり、中国軍が侵略し略奪した後には死体の山と破壊された自然・大地のみが無残に残った。「中国は、攻撃には強いが、守りには弱かった」。

 歴代の帝国は、領土を拡大する時は自信満々に輝いていたが、膨張が止まり守勢に入った瞬間から意気消沈して衰退し滅亡した。

     

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