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今日ボクが見た風景

ローマ・カトリック教会

Category: 日本国民の心得  
ヘーゲル「対立するものを与えて、それを高みから統御せよ」

 カント「かかる最高善は、神の現在という条件のもとでのみ達成されるのであるから、神の現在を前提にする事は、義務と不可分離的へ結びついている、換言すれば、神の現在を想定する事は、道徳的に必然なのである」「このようにして道徳的法則は、純粋実践理性の対象及び究極目的としての最高善を通じて、宗教に到達する」(『実践理性批判』)

*キリスト教編

 高位聖職者は、枢機卿から教皇に上り詰める為に、王侯貴族や豪商から巨額な資金援助を得た。コンクラーベで教皇に選ばれるや、その地位を利用して、身内をバチカンの要職に就け、子供達を裕福な貴族や豪商に嫁がせた。 

 教皇は、世俗権力と神聖権威を最大限に利用して巨万の富を手にして、豪邸に住み、綺麗な僧服をまとい優雅な生活を送った。都市の中心部に、豪壮な大聖堂や教会堂を建てた。

 信者は、慎ましい生活をしながら、教会にわずかばかりの金を寄附した。

 神聖ローマ皇帝は、地上の権力を教皇から奪還する為に戦いを挑んだ。

 中世は、教皇対皇帝、カトリック対プロテスタント、領主対領主、領主対農民の争いが絶えなかった。

 戦争を悲惨なものにしたのは、契約兵士である傭兵軍団であった。傭兵は、日本のサムライとは異質な戦闘集団で、金の為なら大虐殺でも平然と行った。傭兵となったのは貧しい農民であり、盗賊として村々を襲撃したのも貧しい農民であった。

   ・   ・   ・   

 第4代ローマ教皇クレメンス1世「神は、命令を下し、逆らう者を罰し、従う者に報いる、万物の唯一の支配者である。その神の権威を代行するのが教会の指導者だ。神が定めた権威者に逆らう事は、神に逆らう事と同じ。それが誰であろうと、『死の罰』をこうむるべきだ」

 キリスト教徒ヨーロッパ人は、宗教的選民思想を信奉し、絶対神が自分に似せて創造したのは白人のみであるとの信仰から、異教徒非白人は神を冒涜する悪魔・サタンと契約した邪悪なモンスターである以上、地上から絶滅させるのが神の意志であると確信していた。

 ローマ・カトリック教会は、アジア・アフリカを文明化する為に侵略する事を承認し、異教徒原住民を虐殺したり、改宗させて奴隷にすしたりする事を神の名によって祝福した。異教徒先住民が所有している金銀財宝を浄化する為に、教会に寄進する事を奨励した。

 ローマ教皇ニコラウス5世は、キリスト教徒白人のみを神に愛された人間と認め、1454年に異教徒非白人の奴隷化を公認した。

 ヨーロッパの奴隷商人は、キリスト教会の許可を受けて非白人の奴隷狩りを行い、キリスト教会に奴隷貿易で得た莫大な利益の一部を信仰の証しとして寄付した。

 ヨーロッパは、1789年のフランス革命で『人権宣言=人間と市民の権利宣言』を採択し、「自由と平等と博愛」の崇高なる理想を高らかに謳った。同時に、奴隷制を普遍的絶対神から与えられた正当権利とし、改宗非白人奴隷を持つ事を「神聖かつ不可侵」の所有権とした。

 キリスト教徒白人は、各地の異教徒非白人を民族浄化し、非白人国王の統治権を無効として、その領地を無主の土地と見なしてキリスト教国家のみを建設した。

 ヨーロッパで成立した国際法(万国公法、1648年成立)は、大地を支配する権限をキリスト教徒白人のみに許された神聖な権利と定め、非白人が住んでいようとも無主同様の土地と裁定した。

 基本的人権はキリスト教徒白人の間に存在し、優生学による人種差別から非白人は対象外とされた。こうして、キリスト教徒白人による植民地獲得競争は合法化され、地球上の異教徒有色人種は奴隷として売買されるか、人間以下の狩られる動物として虐殺された。

 キリスト教諸国は、アフリカを文明無き暗黒大陸と決めつけて植民地として分割した。彼等は、日本を含むアジアをも植民地化し、非キリスト教徒の原住民を奴隷にする為に軍隊を派遣した。欧米列強軍は、原住民が自主独立と民族宗教を守る為に抵抗すれば、「神の御名」のもとに異教徒を大虐殺した。

 植民地支配を円滑にし、搾取を滞りなく行う為に、改宗原住民や混血児や華僑らに植民地支配の協力の見返りとして特権を与えて利用した。改宗原住民、混血児、華僑らは、奴隷にされた原住民の憎悪から身を守る為に反抗する者を弾圧し、白人支配者に盲従する仲間を増やす為にキリスト教への改宗を強要し、手下である混血児を増やす為に無垢の乙女を白人に人身御供・慰安婦として差し出して子供を産ませた。

 これが、当時の欧米列強による近代化であった。

 この有色人種の暗黒時代は、1905年9月に、小国日本が日露戦争で超軍事大国ロシア帝国を破った事によって終結した。日露戦争の歴史的意義を否定する一部の現代日本人が、日本の歴史的勝利をアジアへの侵略行為と否定している。

*宗教裁判

 J・B・モラル「聖アウグスティーネスは正統派教会と国家の利益の為に一定の圧迫を加える事を許す用意があったが、なお死罪には尻込みした。12世紀までの期間においては異端者や異教徒に対する大虐殺とか残虐行為を導いたには、通常は公式筋の政策よりむしろ民衆の感情の爆発だった」(『中世の刻印』)

 敬虔なキリスト教徒は、世俗的な金儲けや爵位や顕職を得る目的で信者になる改宗ユダヤ人が急増した事で、神聖な教義と神から与えられた尊い血統・魂・肉体が汚されるとの危機感を募らせた。

 バチカンも、地方の幾つかの有力教会が改宗ユダヤ人商人からの寄進として多額の賄賂を受け取り隠れユダヤ教徒を見逃し、信者の手本となるべき司教や司祭などの高位の聖職者が金と酒と売春婦で籠絡され堕落し頽廃している事に激怒して、教会の正統を回復する為に腐敗一掃の大改革に乗り出した。世に言う、カトリシズムである。

 1231年から1800年初期にかけて、狂信的な改宗ユダヤ人審問官に対して、全知全能の創造主への信仰を正す為に改宗ユダヤ人の中の隠れユダヤ教徒(マラーノ・豚)を炙り出すべく異端審問と魔女狩りを命じ、その為の如何なる手段も公認した。

 教皇イノケンティウス3世は、アルビジョア十字軍が行った異端者への大虐殺を祝福した。

 キリスト教徒十字軍は、各地で異教徒とみなした者は女子供に関係なく皆殺しにした。異教徒を殺す事は絶対神の御意志であり、異教徒を殺せば天国に行けると信じられた。普遍宗教の宗教弾圧は、容赦がなかった。唯一生き残れる方法は、キリスト教に改宗する事であった。

 ヨーロッパ全土で数限りないほどの異端者・隠れユダや人が「神の名」で生きたまま公開で火炙りにされ、無罪と思われる多くの人々が地獄の様な教会や修道院の地下牢獄で猟奇的拷問やレイプを受け虚偽の告白を強要されて殺され、さらに数百万人が疑わしいという隣人や知人や家族からの密告や誣告の虚偽の証言で全財産を没収され身分や地位も永久に剥奪された。

 信仰への告発は、政敵や商売敵や嫌いな隣人を排除するのに利用された。

 教皇クレメンス1世「どの女も、自分が女である事を大いに恥じるべきだ」

 「死と暴力」による宗教的恐怖支配は、他人への「愛」ではなく、拭いきれない心の闇を伴った人間不信を生んだ。

 絶望の縁に追いやられた気弱な人々は、生きる希望も夢も失い、一緒に苦労するうち解けた仲間としての「集団」より「個」としての自分一人だけの救済を、教会の祭壇の前で密かに神と神の子イエス・キリストに祈った。

 そして、個の憎しみや恨みは末代まで決して忘れず、何時の日か必ず相手に数倍返しで復讐を遂げる事を神に誓った。

*キリスト教世界でのディアスポラ 

 イベリア半島の迫害から西欧はおろか大海を越えて南北アメリカ大陸そして北アフリカや中近東経由でアジアなど広範囲に離散(ディアスポラ)したセファルディ系ユダヤ人を、無国籍の世界市民(コスモポリタン)と呼ぶ。放浪しながら柔軟的になり、非ユダヤ人住民と共存する道を選び、定住してキリスト教に改宗した。

 フランス北部やライン川沿いに居住していたアシュケナジィ系ユダヤ人は、正統派として排他的民族宗教を守る為に新興国ポーランド王国などの東欧諸王国の保護を求めて移住した。メソポタミア地方に栄えていた厳格な原理主義ユダヤ教が、ロシアや東欧のユダヤ教徒の間に広がり、協調性を完全否定した定着型の閉鎖的共同体を形成した。

*ゲットー

 キリスト教会は、ヨーロッパ人の死後の世界と生前の信仰世界を支配し、死後にはその罪を許し魂に安らぎを与える立場から、心正しき敬虔なキリスト教徒を神の国・天国に導く為にあらゆる誘惑から保護するべく、淫らな欲望を撒き散らかす卑しいユダヤ教徒ユダヤ人との居住空間を分けた。

 1215年の第四回ラテラノ宗教会議は、改宗を拒否し邪教・ユダヤ教の信仰を守るユダヤ人を閉鎖的城塞都市の狭く居住環境の悪い隔離地区・ゲットーに閉じ込めて行動の自由を奪う事を決めた。ゲットーの出入り口は、昼間は商取引や生活物資の搬入の為に開かれていたが、日没と共に閉じて翌日の日が昇るまで通行が遮断された。

 神聖ドイツでは、神から授かった尊い血筋と命を汚さない為にユダヤ人などの非白人と白人キリスト教徒の結婚を禁止し、両者間で性交をすれば純血が汚され、呪われた混血児が生まれるとして、火炙りにするなどの極刑を含んだ法律が公布された。

 マルチン・ルター 『ユダヤ人と彼らの虚偽について』

  1、ユダヤ教会堂を焼き払うこと。

  2,ユダヤ人の居住を破壊せよ。

    ………

 ユダヤ人共同体は、中世期のゲットーに反対するどころか、身の安全が保証されるとして歓迎した。アブラハムとイサクの神聖な血統とモーセの正統を守り、ユダヤ文化を高度に純化させる為に、異教徒から引き離され隔離される事を喜び、進んでゲットーに移り住んだ。

 ユダヤ教も、神の息で吹き込まれた命と神に似せて作られた肉体を守る為に、異民族との雑婚を禁止した。雑婚した者は、純血が汚されたとして差別し、村八分どころか死ぬのを承知で共同体から追放した。

 ユダヤ教徒ユダヤ人は、土地と住居の所有が禁止された上に格下の仕事のみに制限された為に、キリスト教徒が最低の汚らしい仕事として軽蔑する、高利貸し業や娼婦や奴隷やアヘンや香水や薬草などからゴミの様な価値の低い商品などの小売り業や文学劇を禁止された地方巡業の旅芸人を生業とした。

 行く先々でキリスト教徒から差別と迫害を受けたが、抵抗も反抗も自己弁護もする事もなく、神からの信仰を試す試練として無条件に受け入れて耐え、同胞からの乏しい資金支援を受けながら、白人商人が見向きもせず手も付けない利鞘の少ない隙間産業で、才能・知恵一つで固定観念や一般常識に囚われず生き抜いて来た。

 彼らは、極貧の生活を強要され悲惨な環境に置かれ飢えに苦しんだが、古代から続く難解で高度な教典(タルムード)学習を怠らず、知力のない者或いは向上の為に努力しない怠け者を家内工業的な肉体労働に回した。

 享楽して安逸に生活する恵まれた非ユダヤ人以上の高度な知力を養い、IQを高め、常識に囚われない発想の転換で諸外国を巡り、小金を稼ぎ、ついには莫大な財産を築き、金融を通じて世界経済を支配した。

 ユダヤ教は、大量の金銀財宝と多くの家畜や異人種奴隷を所有する富豪の宗教として、富を得て成功する為の営利欲望を肯定していた。そして、「出エジプト」のモーセの様に、民族的救世主が現れて異人種異教徒のいない純然たるユダヤ教王国に導かれる事を信じていた。 

 だが、キリスト教会は、救世主によって救われるのは富と名誉を捨てた敬虔なキリスト教徒のみであるとして、富や欲の誘惑を是認するユダヤ教の救済を否定した。

*ペスト

 中央アジアからヨーロッパにかけて、ローマ・カトリック教会のフランク帝国、東方教会のビザンチン帝国、ユダヤ教のハザーン帝国、イスラム教のウマイヤ朝イスラム帝国が宗教戦争を行い、異教徒を根絶やしにする為に大虐殺を繰り返していた。

 ユダヤ人とは、人種でも民族でもなく、ユダヤ教を信仰する人間の事である。そこでは、血の繋がりは重要ではなかった。

 1243年 モンゴル軍は、カスピ海と黒海の間で栄えていたユダヤ教国家ハザール帝国を滅ぼした。

 ユダヤ教徒ハザール人は、西方へと逃亡し、ベネチアやジェノバなどに散らばり、金貸しと東西交易で財を成した。

 彼らにとって血族の繁栄が第一であって、他のユダヤ人の生き死には関心がなかった。当然、民族の復讐も失地回復も興味がなかった。

 ディアスポラを運命付けられた彼らには、領土を持った国家に憧れても価値を持たず、己が才覚と金銭のみを頼りにした。他人は、利用するだけの存在で、決して信用しなかった。

 彼らを滅亡させることなく支えたのは、宗教的選民思想による排他的優越感であった。彼らは、異教徒を動物以下の下等生物と軽蔑し、いつか異教徒を根絶やしにして神の王国を建設すると不寛容な絶対神に誓っていた。

 1346年 モンゴル(タタール)軍は、ウクライナのクリミア半島に侵出し、東西交易で富を蓄えていたハザール系ユダヤ人(赤いユダヤ人)都市を包囲して攻撃した。残忍なモンゴル軍は、不衛生な中国で腺ペスト菌に感染して死亡した兵士を、投石機で都市の中に投げ込んで退却した。

 大陸の常識では、死者への尊厳を持たなかったし、死体に対する憐憫の情もなかった。

 大陸では、「死」に価値を持たなかったがゆえに、死体は単なる生ゴミに過ぎなかった。

 敵は、決して許さなかった。

 ユダヤ人都市は陥落して、生き残ったユダヤ人はペスト菌に感染したままヨーロッパに逃げ込んだ。

 1348年から1352年まで、ヨーロッパでペスト(黒死病)が大流行した。ローマ教皇イノケンティウス8世が、悪魔や魔女の手先を殺す事を信者に命ずるや、敬虔な信者は信仰の証として言われるがままに猫、狐、蛇、狼、鷲、梟などのネズミの天敵を見付け次第に殺した。その結果、ネズミが大発生し、ペスト菌を持ったノミが中国からシリア経由で入ってくるや、ネズミを介してペストが爆発的に蔓延した。

 城塞都市の住民は、衛生観念が乏しかった。高層住居の窓から、路上を歩く人に気にせずに汚物を投げ落とす為に、辺りには悪臭がこもるなどの不衛生状態となっていた。

 ヨーロッパの城塞都市は、不潔であった。

 ヴァルノ「神の家だけが重要だった。それに引き換え、職人らの住まいのひどいこと!街路の汚いこと! 隣同士でやすやすと会話が出来るほどくっつきあった木造の家屋を隔てているのは、汚泥にまみれた、むかるみの道だけである。なんの前触れもなく水が流失する為、塵芥や糞便が、至る所で山をなしている。冬、荷車が泥にはまり込んで抜け出すことが出来ず、夏、悪臭が立ちのぼる腐敗物の中を、アヒルや豚がわがもの顔でふざけ回り、汚物を通りの真ん中まで引きずり出したりするのだった。そうした汚泥まみれの曲がりくねった街路を出たところに、突然、美しい教会が出現する。彫刻をほどこした石でできた、見事な建物だった。ノートル゠ダム大聖堂である」(『パリ風俗史』)

 下層階級である都市住民は、不潔を気にせず、手を洗わず、生活雑水混じりの汚れた臭い水をごく普通に飲み、入浴を嫌い体臭を臭わせていた。

 城塞都市の居住環境は、掃除もろくにしなかった為にノミややシラミが大発生して、ペストや赤痢などの疫病が蔓延した。

 ヨーロッパの総人口7,500万人が、ペストなどの感染症で病死して、4,500万人に激減した。一部の戦闘的宗教指導者は、ペストの蔓延を、キリスト教徒を殺そうとイベリア半島のイスラム教徒と共謀したユダヤ人が井戸に毒を投げ込んだからだと公言して、反ユダヤ意識を広めた。

 ローマ教皇は、陰謀渦巻く教皇選挙に際してユダヤ人商人から多額の選挙裏資金を得ていた関係で、金蔓であるユダヤ人商人を庇う為に、ユダヤ人とペストは無関係であると訴えた。だが、身近に犠牲者を出した信者は誰もそれを信じようとはしなかった。

 各地でユダヤ人への報復的暴動が起き、数多くのユダヤ人住居や商店が襲われたが、犠牲者の数は甚大であったにもかかわらずその実数は不明である。

 キリスト教会は、熱心であればあるほど、ユダヤ教徒ユダヤ人を差別から救うには改宗しかないとして追い詰めた。そして、ユダヤ人を窮地に立たせる為に儀式殺人や血の儀式などというおぞましい噂をわざと言いふらして、信者の間に宗教的反ユダヤ主義を煽った。

 キリスト教会は、神の恩寵として「愛」をもってキリスト教徒の魂を祝福したが、ユダヤ教徒やイスラム教徒などの異教徒には一切を認めず与えず、むしろ全てを奪った。悔い改めて改宗せず異教徒のまま死ねば、地獄に落ち、地獄から救われる事は決してないと脅迫した。

 キリスト教は、異教に対して不寛容な宗教であり、異教徒非白人に対する「死」を含む差別と迫害を容認していた。

 キリスト教徒がユダヤ教徒やイスラム教徒などの異教徒を殺しても少額の罰金か社会奉仕などの軽罪で済まされたが、キリスト教徒を殺害した異教徒全員に対して理由(正当防衛を含む)の如何に問わず「目には目を」の復讐法で生きたまま広場で焼き殺した。

 宗教権威が、「神の名」で政治権力を振り始めた時、世界は「善意による死」で恐怖に支配された。

*宗教改革

 宗教改革は、ローマ・カトリック教会の堕落と腐敗に抗議する潔癖で厳格な新教・プロテスタント(プロテスタンティズム)との神学的対立を産んだ。

 ちなみに、1045年頃にはローマ教皇の地位は信仰ではなく金650キロで売買され、カトリック教会の司教や司祭や修道院長などの高位の聖職もキリスト教徒であれば、国籍や人種・民族に関係なく金さえあれば平等に買う事ができた。高位の聖職を高額で購入した者は、権威を笠に着て有力者にばらまいた金額以上の金を敬虔な信者から徴収した。

 領主や権力者は自分の命を金で買ったが、貧しい者は死ぬしかなかった。それがキリスト教が支配した、ヨーロッパであった。

 人間味の強い教皇は、人間性を殺し欲を捨てる事を強制されている万世一系の男系天皇とは、本質が正反対の最高位聖職である。教皇には、キリスト教徒であれば、白人やアジア人やアフリカ人でも、人種・民族に関係なく誰でも自由になれた。

 両派は、お互いに相手を堕落した異端者と罵り合い、1562年から約100年に渡る宗教戦争を起こし、「血と炎」でヨーロッパ人口の3分の1を「神の名」のもとに殺した。

 王国には徴兵制義務を持った国民が存在しなかった為に、国王や領主は獰猛で野蛮な他国出身の傭兵を大量に雇って軍団を作って戦争を続けた。傭兵は、戦争のプロとして金の為に敵と戦ったが、同時により多くの褒美を得る為に嫌いな仲間を倒す隙を窺うライバルで有った。

 戦争をしたのは、古代から領民ではなく、貴族や傭兵であった。彼らは、貧しい者を家畜のように平然と殺害した。

 キリスト教会は、殺されるだけの庶民に対して、神が定めた聖なる宿命であるから抵抗せずに諦めるように説教を垂れた。貧しい庶民は、神の名を称えながら、「非暴力」で奴隷として、「無抵抗」で家畜の様に屠殺人の前に出て殺された。教会は、その行為を正しい行いとして称えた。

 騎士道を重んずる騎士団ではない傭兵軍団や外人部隊は、通過した敵地で平然と虐殺と略奪と婦女暴行を繰り返した。

 異教徒ユダヤ人は、両陣営から嫌われて攻撃を受け殺害され略奪されたが、異教徒ゆえに「神の御名」による不毛な戦場に狩り出される事はなく、持てるだけの財産を手にして国境を越えて大地が続く限り各国・各地域を逃げ回った。そして、生き残った。

 彼らは、キリスト教徒が目の前で殺されても、自分には関係ないとして助ける事なく立ち去った。お人好しにも助ければ、次の瞬間に異端者として殺され、全財産を奪われる危険があったからである。

 ユダヤ人高利貸しは、異教徒ヨーロッパ人と距離を置き、国家への愛国心や政府・領主への忠誠心にも無縁と割り切り、両陣営に更なる殺し合いをさせるべく戦費を融資して高額の利益を得た。

 ユダヤ人商人は、非ユダヤ人に対して詐欺まがいの高利貸しを行って金を荒稼ぎした。

 その事が、ユダヤ人の世界征服という陰謀説を生み、新たな憎悪の原因となった。

 チャールズ・キャレブ・コルトン「人は宗教の為に論争するであろう。その為に書き、その為に戦い、その為に死に、その為に生きること以外は何でもやる」(『スパルタ人』)

 マルクス『ユダヤ問題に関する諸問題』「ユダヤ人は、王達を王位に就かせたり、王位を奪ったりする。ユダヤ人が支配する世界政府を目指している。さらにユダヤの神は銭であり、その職業は高利貸しである」

*宗教改革から逃亡するユダヤ人 

 1517年 ルターは、『95ヵ条の論題』を発表して改革運動を本格化させた。

 ルターやカルヴァンらは、宗教権威で絶対神と原罪を持つ人の間に介在し、絶対神に代わって人の罪を許すというローマ・カトリック教会の免罪権を否定した。罪深い人の救済は、教会が販売する免罪符の購入ではなく、「人は善行ではなく、神の恩寵への信仰で救われる」と説いた。そして、宗教を利用して金儲けをしたり女と酒で享楽に耽る堕落した聖職者を批判し、世俗の政治権力と癒着して利益を得てゴージャスな装いに酔いしれる醜悪な教会の腐敗を告発した。

 1520年 教皇は、聖書を盾にしてカトリックの教義を批判するルターを破門した。血に塗られた、陰惨な宗教改革の始まりである。

 1524年 ドイツ西南地方で農民の叛乱が起き、叛乱は中部ドイツに拡大し、ドイツの3分の2を戦火に巻き込んだ。領主や聖職者による租税によって、最貧困に追い込まれていた農民層は、都市住民との凄まじいほどの生活水準格差に、慢性的な不満を抱いていた。極貧の農民は、「絶対神の前では平等」を訴えて、天地ほどの格差を是正させる為に武装蜂起した。不平等な格差は、暴動の引き金となった。

 ルターは、農民や職人らの叛乱は聖なる身分による秩序を破壊するとして、領主や騎士らに暴徒を鎮圧するように呼びかけた。

 プロテスタントも、他派を異端者として生きたまま焼き殺し、領主が選んだ宗教を拒否した領民も異端者として処刑した。

 ルター「もし農民が公然と叛乱を起こしたならば、彼は神の法を踏み外している。なぜなら暴動は単なる殺人ではなく、国土全体に襲いかかってこれを荒廃に帰せしめる大火の如きものだからである」「神にとっては、多くの農民を虐殺する事など取るに足らない。神は全世界を洪水で溺死させ、火をもってソドムを滅ぼし給うたではないか」

 農民は、限られた土地で、食糧と家畜用の飼料を作っていた。その為に、家族用の食べ物はほんのわずかしか残らず、貯蓄して財産を残すことは不可能であった。

 教会が説くような「平等」は、現実の階級社会において存在しなかった。

 ジョージ・ハッパート「冬が始まり、日が短くなってゆくと村人達は寒さと飢えに対する準備を始めます。収穫の3分の1は領主や聖職者や租税徴収人へ支払ってしまうので、夏がめぐってくるまで何とか生きてゆくだけのものが残されている事を望むのがせいぜいでした。食糧がなくなれば餓死するだけであり、誰からも助けてもらえるあてなどありませんでした。一方、町には蓄えがありました。囲壁のなかには司教や司祭のものである巨大な倉庫があって、そこには農民の田畑から十分の一税として徴収された穀物が詰まっていました。そして町の中の屋根裏や地下室には、一年間の穀物、ワイン、油、塩漬けの豚肉、その他の生活必需品がストックされていました」(『西洋近代をつくった男と女』)

 ルター派ランツクネヒト軍団は、神聖ローマ帝国皇帝の傭兵として強力な防衛的軍事力を持たない脆弱なローマを攻撃して占領した。金で雇われていた傭兵は、ローマを見るも無惨に破壊して、虐殺と略奪の限りを尽くした。絶対神の名において、大量の血が流された。

 クリストファー・ヒバート「各所で屍体が嵩高く積み上げられ、街路を塞ぐほどであった」(『ローマ ある都市の伝記』)

 当時において、非暴力無抵抗主義の無防備都市とは幻想であった。

 1525年7月 叛乱は武力鎮圧され、叛乱に加わった農民達は見せしめとして、世にもおぞましい残酷な手段で処刑された。女子供に関係なく、全員が虐殺された。犠牲者の数は夥しいが、正確な数は不明である。

 だが、生活水準の格差が存在する限り、残虐な処刑で農民を震え上がらせても、農民蜂起は繰り返された。

 西欧と中国は、拷問を文化に変えた。

 西欧の軍隊の主力は、自国の領民ではなく、他国の契約兵士・傭兵である。契約兵士は、無国籍者や出稼ぎ兵士であり、より多くの敵を殺せば多額の報酬が得られるとって、他国人を喜んで殺した。そして、占領地では強姦や略奪を当然の権利として行った。指揮官は、蛮行を見ても見ぬ振りをして止めなかった為に、人的被害は増大した。大陸における、大人の世界戦争とはそうしたものである。

 日本の戦争は、家族性を強調し、流血を最小限に食い止めようとするだけに、馬鹿馬鹿しい稚拙な子供の喧嘩に過ぎない。

 ドイツ国内のユダヤ人達は少数で行動し、他の集団が虐殺されようとも、自分達の集団が生き残る為に逃げ惑った。彼等によって、生き残るのも、死ぬのも、全てが絶対神の思し召しであった。無国籍ユダヤ人にとって、祖国がないだけに愛国心はなく、絶対神を信仰して主君を持たないだけに忠誠心もなかった。ユダヤ教徒にとって、陰惨な宗教戦争は、キリスト教徒の内紛に過ぎなかった。だがら、キリスト教徒がどうなろうとも関係ないとして、金目の物を持って一目散に逃げた。戦火に苦しむ地元のキリスト教徒は、自分だけ助かれば良いという平和主義を口にする自己中心的ユダヤ人を憎んだ。

 世界的常識では、武器をとって一緒に戦わない者は、如何なる理由があろうとも敵であった。戦いを嫌って仲間を見捨てる者は、人として助ける必要はないというのが、世界基準であった。

 離散したユダヤ人は、逃亡が宿命付けられていただけに、どんな状況にあっても冗談を言い合いながら苦しみに堪え、笑いながら諦めることなく前向きに逃げ回った。迫害から逃げるユダヤ人は、絶えず殺されるという恐怖の中にあっても、絶望するという事を知らない陽気で屈託のない民族である。

「ジョークの花は、悲しい時代に咲く」

 非ユダヤ人は、他人の生き死にに関係なく冗談を言い合いながら陽気に逃げ回り、非ユ

ダヤ教徒の不幸を冗談で片付けて金儲けするユダヤ人高利貸しの図太さが癪に障った。

 ヨーロッパには、知的で高度で高級なジョークやユーモアやエスプリやシャレが生まれた。閉塞感の強い島国的日本人は、開放的な大陸的欧米人に比べてジョーク感覚がなく、ジョークを理解する知的能力が欠けていると言うのが世界的な通説である。

 ジョバンニ・ボテロ(イタリア人)「偉大な国家を滅ぼすものは、決して外面的な要因ではない。それは何よりも人間の心の中、そしてその反映たる社会の風潮によって滅びるのである」

 

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