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今日ボクが見た風景

民主主義国家アメリカ合衆国

Category: 日本国民の心得  

「インディアンの子は、インディアンである!

 シラミの子は、所詮、シラミにしかなれない!」

 1776年 イギリスは、フランスなどとの植民地獲得戦争の為に、植民地アメリカに増税を命じた。アメリカは、増税を拒否してイギリスからの独立を宣言した。

 そして、アメリカは暴力で抵抗して独立を勝ち取った。

 インディアンに敵の頭の皮を剥ぐ様に命じたのは、白人であった。さらに、酒で堕落させたのも白人であった。

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 1789年 フランス革命(200万人以上が死亡)。ユダヤ人の反宗教無神論の強硬派は、王侯貴族などの上流階級やキリスト教会から、500年以上にわたって受け続けた差別と迫害の恨みをはらすべく、人民裁判でカトリック教徒の国王ルイ16世と王妃マリー・アントワネットを有罪とし、公開で首を切り落とした。虐げられてきた民衆は、国王や王妃の首がギロチンで切り落とされるのを見て狂喜した。フランスのブルボン王家は、自国の民衆から見捨てられて滅亡へと衰退していった。

 しばらくの間、社会は混沌として、ギロチンによる公開処刑は庶民の娯楽となった。

 勝者が敗者に対して無慈悲に報復するのが、世界常識である。勝者の報復を否定する者には、世界史が理解できない者である。東京裁判で、戦勝国が敗戦国日本に報復裁判を行った事は、世界史から言って異常な事ではなかった。

 ヨーロッパはおろかアフリカ・エジプトは、ナポレオンの戦争で荒廃して甚大なる被害を蒙った。だが、ナポレオンは世界史的な英雄として今日でも愛されている。現代の反戦平和主義者も、彼を人殺しの野心家と悪くは言わない。

 鎖国時代の日本は、ナポレオンの武勇伝を書物で読んで知っていた。書物は、サムライはおろか、身分低い百姓や町人でも読んで親しんでいた。階級差別の激しい大陸においては、卑しい家系で、身分の低い者には教養を持つ事も読み書きを覚える事も一切禁止されていた。

 サムライは、領民が国王を玉座から引きずり下ろして処刑した事に衝撃を受け、その恐怖心が後年の開国問題での騒動の要因となった。尊王攘夷派が、開国に反対したのは、異国人を国内に入れる事ではなく、庶民がキリスト教国の真似をして将軍家や皇室に牙をむき、日本的なモノを破壊し、将軍や天皇を娯楽半分で殺害する事であった。

 昔の日本人は、神道的多種多様な価値観を持っていたがゆえに、人の心とは、欲深いだけに自然と共に移ろいやすい事を知っていた。決して、ヨーロッパの様に、全てのモノが絶対神の御意志・御わざで計画され、絶対神の普遍的単一価値観で不変であるとは、嘘でも信じ切れなかった。日本の自然環境とヨーロッパの自然環境とは、全く違う気候風土にあった。日本は、変化の激しい狂暴な自然と柔軟に共存し、自然のおもむくままに、人的思惑を抑えてあるがままに受け入れた。ヨーロッパは、変化の乏しい自然と敢えて闘って支配し、自然を悪魔が住み着く邪悪な場所として憎み、人工美を追求して思うがままに破壊的に改造した。個性の弱い神道と個性の強いキリスト教の違いも、そこにある。

 同様に、人を人と思わず押しのける我欲の強い陽気で排他的な朝鮮や中国とも、友好関係を持って国交を開く事はしなかった。中国と朝鮮の自然環境も、ヨーロッパ同様に日本の自然環境とは異質であった。

 地球は一つではあるが、自然環境は一つではない。人類は一種類であるが、人間は一つではない。

 日本人は、気弱でひ弱な民族であるがゆえに、家族的な人間関係を大事にし、相手の気分を害さない様に推し量って気を配り、相手の気持ちを自分の気持ちよりも優先しようとしすぎて臆病になり、赤面恐怖症的に無口になる性癖があった。その対人恐怖症・視線恐怖症的な引っ込み思案が、言った者勝ちの自己主張至上主義の国際社会から、閉鎖的とされ、没個性とされ、何を考えているか分からない得体の知れない人間として嫌われた。日本人への差別は、人種と共に、島国気質・民族的性格が原因となっている。その点、相手の迷惑を顧みずに騒ぎ立てる中国人や朝鮮人は、大陸気質から、国際社会では分かりやすく理解されやすいとして好意を持たれている。

 フランス革命後。ユダヤ教徒ユダヤ人は、ナポレオンによってゲットー(ユダヤ人居住区)から解放されて、「自由、平等、友愛」の名において市民権を獲得した。フランス革命の最大の恩恵授受者は、ユダヤ人中産階級であった。ユダヤ人は、宗教差別的重圧から解放されるや、高利貸しなどで蓄えた私財を資本として各国政府及び封建領主の財政や各種の産業に融資し、情報を操る類い稀な才能と他者を蹴落とし競争相手を破産させるしたたかな商法で瞬く間に世界金融を独占し、各国に紙幣を発行する中央銀行を設立して巨万の富を築いた。1000年以上の永きにわたり差別と迫害されてきたユダヤ人は、「目には目を、歯には歯を」の復讐法に基づき、これまでにいきさつを水に流して異教徒非ユダヤ人と共存する事を拒否した。ユダヤ人の飽くなき利益追求で、生活基盤を奪われて貧困層に転落した非ユダヤ人らはユダヤ人を憎み反感抱いた為に、利益優先の資本主義社会で反ユダヤ主義が蔓延した。社会変革の矛先は、才能と努力次第で個人的に成功し独立を勝ち取り私有財産を築き人としての自由と権利を保証する新興勢力の資本家ではなく、広大な領地を持つ門閥貴族と神の法という宗教的価値観で人の道・道徳を規定する教会といった旧態依然の勢力であった。

 ヨーロッパ世界は、「国家は基本的法理念による憲法で統一され、社会は法律の下で自由と秩序を維持し、全ての国民は国家の法に定められた責任と義務を果たす事によって平等と権利が保証される」との原則論で近代化された。近代国家は、国民として国家が定めた法を守り責任を持った行動する事を条件として、国家が保証する法的平等と権利と信教の自由を保障した。西欧のユダヤ人は、同化する為に、排他的ユダヤ教を捨てキリスト教に改宗し、民族言語のヘブライ語やイディッシュ語を捨て母国語を話し、ユダヤ人特有の名前を隠してヨーロッパ人に成り済ませた。ユダヤ人改革派は、政府の啓蒙主義的同化政策を受け入れ、一般的国民となる為に治外法権的な裁判権や法的自治を放棄し、差別的ユダヤ法と法外なユダヤ人税の廃止を求めた。

 民族を守ろうとした正統派ユダヤ教徒は、独自の言語を維持し、奇異的な風俗習慣を信仰を理由にしてこだわった。そして、「神のものは神に、カエサルのものはカエサルに」の宗教的信念で、神への信仰を守る為なら皇帝や国王への忠誠を拒否し、神との契約に基ずく律法・法体系を優先し国家が国民の義務と権利を定めた世俗法を無視した。ユダヤ人は、国家や社会から何も期待できないだけに、自衛手段として周囲とは異質な法体系で国民国家内で民族国家を維持し、周囲の他民族への依存を最小限にとどめて自給自足の環境を強化し独自の自治社会構造を築いた。

 近代における反ユダヤ主義は、普通の国民となる事を拒否した不寛容なユダヤ教徒ユダヤ人への敵意として生まれた。国家に命を捧げる愛国心を正義と主張する国民は、戦争を禁止する神への信仰から戦場で生死をかけて戦っている戦友を見捨て、自分一人が助かる為に金で他人の命を買おうとしているユダヤ人を領土からたたき出せと主張した。

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 天から与えられた『明白なる使命』、それを『神聖な権利』で実行した。そして、アメリカ人の領土は拡大し、非アメリカ人の土地は消滅した。

 フレデリック・J・ターナー「空き地がある。空き地は後退し、アメリカ人の定住地が西に広がる。これがアメリカの発展という事だ。……拡張はアメリカ人に共通する気質である」

 1800年代 アメリカは、開拓精神で、国土を東海岸から中央部へ、そして西海岸へと拡大した。ヨーロッパの失業者や犯罪者などの食いつめ者は、「土地を開発する能力のある者が、絶対神からその使命を果たすべく送り込まれた」として、異教徒原住民の土地を奪い、抵抗する者は皆殺しにした。キリスト教会は、町の中心地の一等地に教会を建てて、キリスト教に関係しない原住民の歴史や文化を容赦なく破壊した。

 1810年 メキシコは、スペインから独立した。

 1812年に米英戦争が勃発し、15年にアメリカ軍がニューオーリンズの戦いで勝利して終結した。国家の利害で両国は戦争していたが、海運力の弱いアメリカは欧州貿易ではイギリスの船舶輸送に大きく依存していた。さらに、未熟な金融能力しかなかった為に、輸出業者は決済をロンドン金融市場の手形に依存していた。イギリスの金融資本は、アメリカの為替市場を支配する為にニューヨークに支店を起き、アメリカの主要産業を発展させる為に莫大な資本を投資した。こうして、イギリス及びドイツからアメリカに多くの投資銀行家が進出し、確固たる地位を築いた。産業が発展して国力が強化されるや、アメリカ人による欧州資本による支配に対して反発が強くなった。イギリスとドイツの金融資本は、アメリカ人に営業を任せて表舞台から身を引いたが、経営権を保持しながらアメリカ金融・経済を支配した。世界の金融と流通は、イギリスとドイツ両国のユダヤ人財閥一族によって支配された。

 アメリカが、イギリスの協力を得て中国でのアヘンと中国人クーリーによる貿易で資産を増やして金融力を身に付け、アジア進出に乗り出すのは20世紀に入ってからである。

 セシル・ローズ「世界を通してイギリスの支配を拡大し、移民や、植民地化によりエネルギー、労働、企業という手段で大英帝国の植民地化を推し進める事が重要である。ここにアメリカ合衆国を完全に支配する事が大英帝国にとって不可欠の事業である」

 1824年 ニカラグアやコロンビアなどは中央アメリカ連邦を結成して、メキシコから分離独立した。連邦は、大西洋と太平洋をつなぐ運河建設法を成立させ、ニカラグア・ルートの運河建設が現実化した。

 1836年 メキシコ領テキサスは、メキシコからの独立を宣言した。サンタ・アナ将軍は、政府軍を率いて独立派テキサス軍が立て籠もるアラモ砦を攻撃して陥落させた。アメリカは、テキサスを併合する為に内戦に介入して派兵し、メキシコ軍を敗走させた。

 テキサスは、メキシコから正式に独立したが、9年後にアメリカと合併した。

 メキシコは、併合に反対して軍隊を送り、メキシコの安全を守る為にアメリカとの戦争に突入した。アメリカ軍に、首都を占領されて降伏した。メキシコは、テキサスに関する全ての主権を放棄し、アリゾナやコロラドなどの北部を1,500万ドルでアメリカに譲渡した。

 アメリカは、メキシコ全土を併呑しようと圧力をかけていた。

 メキシコは、独立を守る為にイギリスに接近した。

 イギリスは、アメリカから中南米の利権を守り、ニカラグア運河建設で有利な立場に立つ為にメキシコを支援した。

 フランスは、ナポレオン3世の甥のマキシミリアン皇帝を擁立して親仏政権を樹立した。メキシコ人は、フランス支配を打倒する為の内戦を続け、4年後に自主権を回復した。

 1848年 フランスの2月革命の影響で、ドイツやオーストリアで3月革命が起きた。自由主義者や急進派らによる革命運動が中欧から全ヨーロッパに拡大した。ユダヤ人革命家が「ユダヤ人の解放」を掲げて先頭に立ち、新聞などの報道機関に働くユダヤ人が共産主義革命運動を支持した。各国の保守派や右翼は、ユダヤ人が反社会的革命をリードしていると見なし、ユダヤ人を社会の破壊者と警戒して、自国の政府に反ユダヤ人政策の強化を求めた。中欧のドイツ圏に住んでいたユダヤ人は、ヨーロッパの反ユダヤ感情の悪化に身の危険を感じて、より自由な社会を求めてアメリカに移住した。

 財産の少ない下層階級の旧移民は、教養と財力を持った新移民に仕事を奪われた為に、家族を養うべくやむなく新天地を求めて西部へと移住した。

 政府は、西部で白人移住者の生活を保障するべく、インディアンなどから土地・自然を奪う為に言葉巧みに300以上の約束や協定を結んでは全て破った。

 軍隊は、インディアンに無理難題の条件を押し付け非人道的差別を繰り返して挑発し、暴動を誘発させた。インディアンが、先祖代々の土地を取り戻す失地回復の暴動を起こせば、白人移住者の生命財産を保護する事を目的に正当防衛としてインディアンを攻撃し、抵抗する者は虐殺した。

 インディアンは、民族の誇りを守る為に戦ったが、敗れ、多くの仲間を戦いの中で失った。勝てないと分かっていても、勝てると盲信して絶望的な戦争を起こした。

 白人の金持ちは、政府が認めた合法的手続きで、インディアンを追い出して無人の大地と主張して所有権を宣言した。インディアンは、合法的に人の住めない不毛の土地に追い遣られ、貧困生活を強いられて多くの者が抵抗する気力を無くして死亡した。

 キリスト教会は、絶望に打ちひしがれているインディアンに、悔い改めて「絶対神の愛」への信仰に目覚めるように諭した。失意のインディアンは、言われるまま盲目的に絶対神への信仰に救いを求めて洗礼を受けた。だが、白人の人種的偏見は絶対不変であった。

 インディアンを強制移住させた保護区に金鉱や石油が発見されるや、金に貪欲な白人資本からは「天から与えられた明白な使命」を理由にして土地を奪った。

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 ジョン・D・ロックフェラーは、1839年にニューヨーク州の寒村で、結婚詐欺やニセ薬の行商で生計を立てていたウィリアム・A・ロックフェラー(改名してウィリアム・レディングストン)の六人兄弟の二番目として生まれ、信仰を第一とする厳格な母親の影響を受けながら育てられた。敬虔で堅実な倹約家であり、暗算能力が高く優れた直感と分析力でリスクを恐れず判断して行動した。ロックフェラー家は南ドイツ出身のプロテスタントであり、アメリカの保守本流をなしていた。一説に、ドイツ系ユダヤ人説がある。野心家のロックフェラーは、1859年に発掘・採取に成功した石油の未来を確信して1870年にスタンダード・オイル・オブ・オハイオを設立し、ユダヤ系鉄道会社と自社石油の運搬費を削減する協定を結び、同時に競争会社の石油の運搬費を割高にした。1895年頃のアメリカの鉄道網の95%は、ロスチャイルド家もしくは関連金融資本が出資して管理していた。市場の独占の為に、採算を度外視した安値攻勢や相手会社の労働組合にストライキを起こさせ、更には相手会社の精油所内で爆発事故を起こして業績を悪化させて潰した。1878年にアメリカの石油精製設備総投資額の90%を支配し国内はおろか国外市場まで販路を拡大して、ロックフェラー財閥・スタンダード石油グループの基盤を短期間で築いた。連邦議会は、ロックフェラーやカーネギーなどの超富裕層を公益性があるとして、その資産保護の為に所得税や相続税などを免除した。巨大企業は、免税特権を利用して競争相手により多くの税金を支払わせた上に経費を嵩ませて資本力を疲弊させ、公権力を利用して国内外の市場から排除した。より多くの冨を独占しようとする者は、自分の自由は確保するが他人の自由を認めず、より効率よく利益を回収する為に市場を縮小させる統制経済を好んだ。

 1859年 チャールズ・ダーウィンが、『種の起源』を出版した。生物は環境によって生存競争と適者生存といった自然淘汰で、優秀種のみが生き残り、劣等種は滅びるという、ダーウィニズムが世に出た。

 人類学と結合して優生学が発展し、優秀人種による下等人種への人種差別が正当化され、優秀種の発展の為に劣等種を排除し消滅させるべきだと信じられた。

 バーナード・ショー「人種的優秀性を教義とするナチは、ユダヤ人の選民思想の教義を模倣しているにすぎない」

 世界的特権階級は、支配権を神聖なものとして維持し更なる利益を得る為に社会進化思想と優生学を結合させて、搾取される貧しい者は貧しいのが当然であるとして平等思想と自然権思想を否定した。

 ロックフェラーは、富の独占に狂奔する自己を正当化する為に、ドイツの優生学会に多額の援助を行った。こうして、アメリカの保守主義と結合して排他的社会進化思想が生まれた。ウォール街のユダヤ人金融資本家らも、血縁関係でない赤の他人を特権階級に加えない為に、あらゆる差別を自然の法則、社会の原理とする優生学に援助を続けた。

 アメリカ優生学会は、こうした多額の援助を受けて1913年に誕生した。

 ワスプ(WASP)は、支配階層として中流以下を差別し排除する思想を手に入れ、家名を上げ血族を強固にする為に欧州の名門・王侯貴族との政略結婚を繰り返した。イギリスのランドルフ・チャーチル卿のもとに、ユダヤ人コンヌエロ・ヴァンダービルトの一族の娘ジェニー・ジェロームが嫁ぎ、この家系からウィンストン・チャーチルが生まれた。こうした政略結婚は、20世紀初頭だけで500件以上と言われている。

 ウィリアム・グラハム・サムナー「百万長者は、自然淘汰の産物である。彼らは、一定の実績によって自然に選ばれた社会のメンバーであると見なしてよいだろう。彼らは、高収入を得て贅沢な暮らしをしている。しかし、それは社会にとって好ましい事である」(1914年『真実の挑戦』)

 ジョン・D・ロックフェラー「大きな事業がしてゆくのは、一つの適者生存にすぎない。バラの一種である『アメリカ美人』は、周囲で成長している若芽を犠牲にして始めて、見る者をうっとりさせる絢爛さと芳香を持った花に育っていく。これは、事業においても悪しき傾向ではない。自然の法則と神の法則から生まれたものにすぎない」 

 チャールズ・パーキンス「牧師や慈善家よりも、この世にとってためになる事をしたのは、偉大な商人や、偉大な製造業者や、偉大な投資家でなくて誰であろう」

 バーナード・シュー「人種的優秀性を教義とするナチは、ユダヤ人の選民思想の教義を模倣したにすぎない」

 ロスチャイルド財閥傘下のロイズ保険や香港上海銀行の代理店を務めている貿易商社ジャーディン・マセソン商社の代理人である武器商人トーマス・ブレーク・グラバーは、大量の武器を売り込み為に来日した。ジャーディン・マセソン商社は、アヘン戦争(1840年)を引き起こし中国への貿易を拡大して巨万の富を得た麻薬貿易商社であった。

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 当時、世界の準備金の大半をイングランド銀行とロスチャイルド系銀行が保有していた。

 1861年(~65年) 南北戦争。死者60万人以上、負傷者は不明。奴隷制を維持する為にかかる軍隊の経費削減の為に、奴隷制は廃止された。同様に、反植民地主義者は、植民地に掛かる莫大な費用が国家財政を圧迫するとして廃止を主張した。植民地を廃止し奴隷を解放して一定の賃金を労働者に払った方が生産性が上がるとしたが、その賃金を各種の社会保障費や税金として搾取する手段を講じた。

 リンカーン「マネーは、法律の産物である。マネー発行の源泉は排他的に政府が独占し続けるべきだ」

 リンカーン政権の財務省は、民間の中央銀行に頼る事なく、憲法の権限を利用して、金利のない法定通貨紙幣を発行した。北軍は、民間銀行から高利で融資を受ける事なく、ヨーロッパのユダヤ系国際金融資本に縛られる事なく、政府紙幣で戦費を調達した。ロンドンの国際金融資本家は、リンカーンの戦後復興計画や保護貿易政策に猛反対していた。

 南北戦争後、アメリカは急速に重工業化が進み、経済の発展により一部の財閥による独占体制が確立された。ニューヨーク・ウォール街の巨大金融資本は、各産業に多額の投資を行って支配を強化した。弱肉強食の市場政財理論を信奉する彼らは、更なる利益獲得の為にアジア・中国へと進出していった。

 ドイツ帝国の宰相ビスマルクは、「南北戦争は、欧州の金融権力によって誘発された」と話した。

 マクギア(カナダの弁護士、1934年)「奴隷を解放したアブラハム・リンカーン大統領は、その『国家信用』の大望を恐れた国際金融業者の利益を代表するグループの策略で暗殺された」

 1865年12月15日 敗北した南軍の将校6名は、戦争が終結してから8ヶ月後にテネシー州南部の町プラシキーで秘密結社KKK(クー・クラックス・クラン)を結成し、奴隷の身分から解放されたアフリカ系アメリカ人・黒人に対して差別的嫌がらせを繰り返した。各地の人種差別団体が参加して組織が大きくなると、各支部は他支部を威圧する為に暴力行為を過激化させた。非白人への殺人や強姦を厭わない犯罪活動が社会問題化して、69年1月にKKKは解散した。組織の残党は、各都市に散ったが、偏狂的白人優先主義を強めてさらなる陰湿な犯罪的差別行動を拡大させた。警察当局は法律に従った憲法に従って取り締まったが、現場の警官に一部には非白人への差別意識から見て見ぬ振りをする者もいた。犯罪行為にあった非白人は、訴えても護られる事がない為に泣き寝入りした。それでも勇気を持って告発を続ければ、自分もちろん家族の命さえ奪われら事があった。

 差別主義者は、先移住者の権利と財産を守る事と大義と掲げて、新たな移民を攻撃した。

 1875年 アメリカ議会は、シャーマン上院議員が提出した「正貨兌換再開法」を可決した。

 アメリカ金融・経済は、ウォール街の大手金融家によって支配される事となった。それは、ロンドンのロスチャイルド家とつながりのあるモルガン家と、スタンダード石油のロックフェラー家であった。さらに、メロン、ハリマン、カーネギー、ヴァンダービルト、デュポン、グッケンハイム、アスター、リーマン、ウォーバーグ、バルーク、など約60家が、富裕層としてアメリカの富の大半を手に入れていた。残りのわずかな富を、90%以上の国民が分け合った。下層民の不平不満を解消する為に、「アメリカンドリーム」という幻想を流布させた。反感を買わない為に、わずかな金をYMCAなどの慈善団体に寄附し、ボランティア活動などに積極的に関わった。支配階層によって、世論調査は改竄され、国民世論は操作された。上流階級の利益を上げ富を集める為に、大統領や政治家を政治献金と選挙票で操った。

 1876年 フランスは、スエズ運河建設を完成させた。

 1879年5月 フランス人外交官フェルディナン・ド・レセップスは、パリで開催された両洋間運河研究国際会議でパナマ運河の可能性を力説した。会議は、「パナマのリモン湾とパナマ湾を結ぶ海面式運河をパナマ地峡に建設する事を実現可能である」という見解を、賛成多数で採択した。

 レセップスは、コロンビア政府からパナマ運河建設の権利をえ、アメリカに建設事業への支援を要請した。ヘイズ大統領もエヴァーツ国務長官は、パナマ運河建設には興味があったが支援要請には拒否した。

 1880年3月 パナマ運河会社が設立し、建設が始まった。難工事と資金難から、88年12月に建設が中止され、翌89年2月4日に万策尽きて会社は破産を宣告した。レセップスは、収賄事件で逮捕された。これが、第三共和政を揺るがす大事件に発展したパナマ事件である。 

 レセップスの提案に共鳴していたフィリップ・ビュノー・ヴァリラは、資金難を解消する為に、ロシア帝国のアレクサンドル2世に建設の権利を売る交渉を行っていた。アレキサンドル2世は、フランスのロスチャイルドの支援を受けてベリア鉄道の建設中であったが、中南米への進出の足掛かりになるとして交渉にを興味を示していた。だが、1881年に暗殺されて権利売却計画は中断された。

 アメリカは、パナマ運河建設権利を取得する為に策略を巡らしていた。

 1881(~84)年 第一次ボーア戦争。イギリスは、南アフリカの世界最大の金とダイヤモンド鉱山を支配するために紛争に介入した。ロスチャイルド財閥の資金援助を受けたデビス社のセシル・ローズは、全世界のダイヤモンドを独占すると共に、南アフリカの鉄道や電信業を支配した。

 3月13日 ロシアで。ユダヤ人革命家が参加する人民の意志党は、共産主義革命を起こす為に親ユダヤ派のロシア皇帝アレキサンドル2世を爆弾テロで暗殺した。ロシア人民は、敬愛する皇帝を暗殺したユダヤ人テロリストを憎み、ロシアやウクライナの各地で報復的なポグロムをおこなった。ロシア、ポーランド、ルーマニアなどで数千人のユダヤ人が虐殺され、数百万人の貧困階層のユダヤ教徒ユダヤ人が西欧へと逃亡した。 西欧諸国の路上に教養なきユダヤ人が溢れ、ユダヤ人貧困者が下町を占領するや、ユダヤ人問題が深刻化した。右翼や保守派の中に、新たな反ユダヤ主義が台頭した。 

 アメリカのユダヤ人会は、政治的発言力を強化する為に、投票権適齢期にある約200万人のユダヤ人をアメリカに移住させ再教育した。人種差別主義の右翼は、ユダヤ人入植者に敵意を向けて犯罪事件が多発した。だが、警察はユダヤ人の被害報告を無視した。

 近代におけるユダヤ人のパレスチナ移住は、帝政ロシアにおける大規模なポグロムが切っ掛けで始まった。世に言う、第一次アリヤ(聖地へ上るとして、『移民』を意味する)ある。ロンドンのエドモン・ド・ロスチャイルドが、ロシア系ユダヤ人の入植に必要な資金10万ポンドを援助した。世界中のユダヤ人から農業移民に対する支援として、170万ポンドが寄せられた。ユダヤ人難民を支援するのは同胞のユダヤ人しかなく、その意味でも真の民族主義を持っているのはユダヤ人だけである。

 1889年 ワシントンで、第一回汎アメリカ外相会議が開催された。

 1890年 アメリカは、25年間という永きにわたった異教徒インディアンとの戦争に勝利し、「フロンティアの消滅」を宣言した。、白人の「天から与えられた明白な使命」によって、数百万人のインディアンが虐殺されるか餓死し、数百万人が故郷から居住区に強制移住させられた。

 インディアンは、圧倒的な戦力差から負ける事がわかっていたが、部族の誇りと祖先の栄光と自然豊かな生活環境を取り戻すべく絶望的な戦争を行った。そして、情け容赦のない大虐殺の末に多くの仲間を失い、不毛の強制居住区に押し込められた。 

 ノックス陸軍長官「我々の植民のやり方がインディアン先住民に対して、メキシコやペルーの征服者の振る舞いよりもなお破壊的だった事を思うと憂鬱な気持ちに沈められる。……将来、歴史家はこの民族破壊の原因を暗黒色で描くかも知れぬ」

 アメリカの領土欲は海を越え、カリブ海や太平洋に向けられた。暴力を持って抵抗する異教徒原住民は虐殺され、生き残った島民は改宗して島がキリスト教化された。

 1893年 ハワイ国王カラカウアは、日本の皇室と姻戚関係を結んで、アメリカの侵略から国土と国民そして民族固有の歴史と文化と宗教を守ろうとした。だが、日本政府はアメリカとの関係を悪化させるとして拒否した。明治天皇も、情において忍びなかったが、ハワイ王国よりもアメリカとの関係を優先した。

 日本に見放されたハワイ王国は、消滅して、アメリカの一部となった。

 日本から貧しい日本人が、生活の場を切り開く為にアメリカ領となったハワイへ移住した。

 アメリカ人地主は、中国人に次いで日本人を安価な労働者として雇い、奴隷的な重労働を強要した。

 白人は、支配階級として有色人種を差別し、当然の権利として下層階級から搾取を行った。

 大恐慌が起き、4年間続いた。1万5,000社の企業、600の銀行、74の鉄道会社が倒産し、大量の失業者が路上に溢れた。失業者は、政府と資本家に抗議して暴徒化した。政府は、暴徒を鎮圧する為に軍隊を派遣し、武力で押さえ込んだ。

 アメリカで、金融恐慌が起き、4年間近く不況に見舞われた。政府は、通貨用金属として金と銀の二本立てておこなわれてきたが、金のみを裏打ちとする事を発表した。ロンドン・シティー金融市場も、対米融資の担保に金を要求した。財務省は、ドルの信用を回復させる為に、政府が備蓄していた金を金融市場に放出した。

 南北戦争による産業の発展によって、多くの企業が誕生していた。銀を資産として保有していた銀行や企業は、資金繰りに苦しくなって倒産に追い込まれた。全米だ、1万5,000の企業、600の銀行、74の鉄道会社が倒産し、失業者が町に触れた。失業率は25%に達し、各地で暴動が発生した。

 1899年に金本位法が成立して不況は収束した。

 ウォール街の金融資本は、将来、有望な企業を買収して傘下に収め、産業・金融を再編してJ・P・モルガンやロックフェラーなど幾つかの巨大グループを形成した。アメリカの産業・金融を支配する約60家の超裕福階層が誕生し、表面的には自由競争による競合を装いながら、姻戚関係で結束して排他的なトラストを組んだ。貧困階層の敵意をかわす為に、キリスト教会などの慈善団体に大口の寄附を行ってた。

 ジャーナリストのジョセフ・ピュリッツァーは、J・P・モルガンがクリーブランド大統領を抱き込んで引き起こされた陰謀であると内幕を暴いた。

 1897年 マーク・トウェイン「エジプト人も、バビロニア人もペルシャ人も興り栄え、地球を様々音色や怒号で満たした。しかし、儚き夢の如く消え去っていった。ギリシャ人とローマ人がこれに続き騒々しく音を立てて去った。他の民族が躍り出てしばしの間、松明を掲げたがいずれも焼き尽くし、今や黄昏の中に佇むか、消え去るかしてしまった。……万物が滅びて行く。だがユダヤだけはさにあらず、他のあらゆる力が過ぎいくとも、彼等は残る。一体、彼等の不滅の秘密は何なのか」

 榎本武揚は、日本人青年35名をメキシコの南端チアパス州ソコヌスキ郡に移住させた。中南米への、日本人移住の始まりである。

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