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バチカンによる、日本と天皇・皇室のキリスト教化計画。1945年 ①

Category: 日本国民の心得  
キリスト教会は、400年以上の長きに渡った苦難の布教活動で学んだ事は、異種異教の日本文明、日本民族、日本的価値観、日本風土の核に宗教的万世一系の男系天皇(直系長子相続)が存在する限り、日本を普遍的価値観の下で生まれ変わらせるのは不可能であるという事であった。

 そこで、日本精神・大和心・大和魂や天皇の御稜威・天皇の大御心の大本である神代からの古層を破壊する事にした。

 つまり、日本人から民族的心を破棄させようとしたのである。

 日本人を、強制的に心無き愚かな木偶の坊に改造すれば、その空虚な空洞に救いとしての「神の愛」が染み透りやすいと計算したのである。

 万世一系(直系長子相続)の男系天皇制度とは、国家の消滅と民衆の大虐殺を回避する為の、古代人の島国的叡智である。ゆえに、日本には大陸的な民族を消滅させるほどの大虐殺は一度も起きなかった。

 天皇は、ひたすら「民の安らぎ」を祈る宗教的存在である。

  ・   ・   ・   

*神国日本の史上初めての敗戦

 1945年6月22日 御前会議。昭和天皇は、「戦争の終結についての具体的研究を望む」と異例の発言した。

 7月26日 ワシントンは、陸軍航空隊に対し日本に数発の原爆投下を命じ、翌27日に天皇の地位の安全を曖昧にしたポツダム宣言を日本に送った。

 連合国は、知日派の情報により、天皇の安全が保証されない限り、日本軍及び日本国民は降伏しない事を熟知していた。

 連合国が、日本の切望する「国體護持」という条件を受け入れていれば、早い時期に日本は降伏していた。

 8月9日 ソ連軍は、中立条約を無視し、慌てて日本に宣戦布告して、満州と日本領土の南樺太千島列島 への侵攻を開始した。最終目標は、北海道への上陸であった。 

 日本政府は、天皇の聖慮を仰ぎ「国體(直系長子相続の男系天皇制度)を維持する」ことを条件にしてポツダム宣言を受諾する事を決定した。

 外務省は、宣言を受諾し、降伏を受け入れる事を連合国に伝えた。

 昭和天皇は、反宗教無神論の共産主義に日本が占領され、124代受け継がれて来た「国體」が消滅する事を最も恐れた。

 8月14日 天皇は、徹底抗戦派を鎮める為に、再度、戦争終結の聖断を下した。

 政府はポツダム宣言受諾の閣議決定し、全閣僚が憲法に従い決定書に署名した。

 天皇は、宣言を受諾した事を国民と全将兵に知らせる為に、終戦の詔書 を朗読して録音した。世に言う、「玉音」である。これができたのは、天皇のみであった。

 連合国軍は、日本が降伏を受諾した事を知りながら、8月14日の深夜まで日本本土空襲を継続した。つまり、戦闘は9月2日まで終わる事はなかった。

 8月15日 天皇の玉音が、放送された。

 日本軍は、天皇の停戦命令に従って武器を置いた。

 日本国民も、終戦の詔書を掲載した新聞を読み、天皇の意思に従って降伏を受け入れた。

 天皇が責任逃れをして国民に訴えず、総理か皇族が降伏を宣言すれば、日本は内戦状態となって消滅していた。ロシア皇帝やドイツ皇帝の様に国民への責任から退位を行えば、皇室は消滅し、日本そのものも崩壊していた。

 ゆえに、天皇は退位という愚策を取らず、国民と苦労を共にする為に在位を続けた。

 国民は、天皇の在位を当然の事として受け入れ、暴動、内戦、革命を起こさず、協力して国家の復興に邁進するとの決意を新たにした。

 神聖不可侵の天皇の重みとは、そういうモノである。それが、2000年以上、守り、受け継がれた日本民族の偉大な遺産である。

 8月18日 スターリンは、戦勝国の権利として北海道北部を占領地として領有する事を要求した。トルーマンは、北海道は日本の領土に留めるものとして拒否した。

 スターリンは、日本に領地を獲得する為に、日本に向けての軍事侵攻を命じた。そして、人民解放という「共産主義の大義」を掲げ、日本国内の反天皇派日本人にソ連軍の日本占領に協力する様に示唆を与えた。

 8月20日 ソ連軍は、南樺太の真岡に上陸し攻撃した。そして、真岡郵便局の悲劇が起きた。ソ連軍兵士は、戦勝国の権利として、各地で抵抗する日本軍部隊を攻撃し、逃げ遅れた日本人住民を強姦し殺害し略奪した。

 それが、「人民の解放」を掲げる共産軍の詐らざる真の正体であった。

 左翼・左派のマルクス主義者日本人は、ソ連軍を解放軍として、アメリカ軍よりも先に日本に受け入れようとしていた。

 ソ連軍は、8月28日に択捉島 を占領し、9月1日には国後島色丹島 を占領した。

 8月24日 アメリカ軍統合参謀本部は、日本に向かうマッカーサーに、日本統治に関する14項目からなる指令を手渡した。その中に、天皇に関する項目があつた。

 「貴官は、天皇の取り扱いに関する特別指令を受理するまでは、天皇を戦争犯罪人とする如何なる措置も執らないものとする」

 8月29日 天皇は、木戸幸一 内大臣に「戦争責任者を連合国に引き渡すは真に苦痛にして忍び難きとなるが、自分が一人引き受けて退任でもして納める訳には行かない」と、嘗て忠誠を尽くしてくれた責任者を敵側に戦争犯罪人(A級戦犯)として処断するのは忍びないと心の内を語られた。

 もし、この時、昭和天皇が戦争責任を取って退位していれば、ロシア帝国やドイツ帝国 の様に日本にも暴力的共産主義革命が起きていた。そして、反天皇革命が成功するしないに関係なく、先の大戦以上の犠牲者が出て日本そのものが消滅していた可能性がある。

 9月2日 東京湾に停泊中の戦艦ミズーリの艦上で、降伏文書の調印式が行われた。連合国側の一部は天皇を戦犯として追及する事を要求し、強硬派は天皇を処刑し皇室を廃止して天皇制度なき完全な民主主義国 家にすべきだと主張した。

 国際社会は、この日をもって「終戦日」とし、ソ連軍が軍事占領した日本領はソ連の支配地と認めている。

 9月5日 ソ連軍は、歯舞諸島 を占領したが、島々での日本軍の抵抗にあって北海道上陸は果たせなかった。

 9月17日 東久邇宮 首相は、占領軍に好印象を与えるべくキリスト教徒を閣僚に登用し、天皇周囲にもキリスト教徒を配置した。内閣参与の賀川豊彦 は、「一億総懺悔運動」を全国で広め、天皇は皇太子としてロンドンを訪問した際にYMCAに入ったとの偽情報を流した。宮内庁は、GHQやキリスト教会への影響を考えて否定もせず、沈黙を守った。

 アメリカは、ソ連・共産主義勢力に対抗する為に日本精神文化と宗教的支柱の天皇を利用した。

 前田多門(キリスト教徒)「荒廃した人心に、共感と理解を示す宣教師の来日を最も歓迎するべきである」

 ニューヨーク・カトリック教会のスペルマン大司教(翌年、枢機卿)は、GHQ本部でマッカーサーと会見し、日本をキリスト教化する為には多くの宣教師が必要である事に意見が一致し、「宣教師を含む全ドイツ人を本国に強制送還させる」というトルーマン指令を破棄する事に合意した。

 『キリスト教史(十)』「翌21年(1946年)、日本のカトリック教会復興と布教事業発展を目的として、アメリカから、オハラ、レディの両司教、オーストラリアからギルロイ枢機卿、マッケイブ司教らカトリック使節団が来日し、また全世界の各地から多くの宣教師、修道者達が派遣された」(上智大学中世思想研究所編訳)

 9月20日 東久邇宮首相は、ローマ教皇使節代理ブルーノ・ビッテルら外国人宣教師達と会見して、日本は二度と過ちを繰り返さないと誓った。

 9月21日 GHQは、日本新聞遵則(プレス・コード)と日本放送遵則(ラジオ・コード)を発表し、29日には新聞と言論の自由に関する新措置を発令した。連合軍は、軍事力を持って日本の言論を統制し、占領政策に不都合な記事を封じた。

 日本のマスコミは、反天皇反軍部の共産主義者が主流となり、国家に対する忠誠義務から解放された。そして、天皇と軍部の戦争責任を追及した。

 9月25日 アメリカ議会の両院は、「天皇ヒロヒトを戦犯として裁判にかける事は、合衆国の方針である」との宣言を合同決議した。

 イギリス、オーストラリア、カナダなどの諸外国も、昭和天皇の戦争責任を認め、戦争犯罪者として裁く事を要求し、天皇制度の廃止を求めた。

 9月27日 昭和天皇とマッカーサーの初会見。ワシントンは、政治判断として、マッカーサーに天皇の戦争責任を不問に付し、むしろ日本占領施策の為に政治利用すべきだとし命じた。

 マッカーサーの通訳は、ソ連のスパイであるハーバードー・ノイマンであった。

 重光葵(A級戦犯)「日本流の媚態であり浅はかな企図であり、皇室の威厳と国家の権威を自ら放棄したに等しい」「日本の将来は魂なくして建設し得るのか。気魄を失っては第二のフィリピン人になるだけであろう」

 昭和天皇は、責任を回避する為に退位もせず、国家や民族を捨てて亡命もせずに、死を覚悟して責任を積極的に取ろうとした。

 伝統ある独立国家として、国家の尊厳と名誉と主権を「命」にかえても守りぬこうと決意された。

 敗者とはいえ、その気概は衰える事はなく、圧倒的な武力誇示して恫喝・脅迫・威嚇する大国に、怯えて卑屈な態度をとる事はなかった。ピストルや核ミサイルを向けられても恐怖に狼狽する事なく、如何なる強者にも媚諂う事を潔しとはしなかった。

 「死」を恐れない日本精神により、日本男子の意地を見せたのである。

 天皇は、日本で唯一帝王学を収めた見識ある高貴な紳士としてマッカーサーを訪れた。

 哀れな敗者として命乞いするのではなく、戦争の全責任を負うことお申し出て、貧苦にある全国民の救済を求めた。

 天皇のみが、日本で唯一人、古代から現代に至るまで国家と民族を代表していた。

 反天皇派は、戦犯訴追を逃れる為の見え透いた自己保身の狂言であると否定している。強者に諂い無法者に媚びる武士道精神無き日本人は、見苦しい自己弁護に明け暮れ、清らかで爽やかに身を処す天皇を抹殺するべく戦争責任があると告発してやまなかった。

『御製(ぎょせい)

 ・身はいかになるともいくさとどめけり ただたおれゆく民をおもいて

 ・爆撃にたおれゆく民の上おもい いくさとめけり身はいかならむとも』

 ─日本は、神代から「言霊」の国であり、伝統文化に生きる詩歌には神に通ずる霊力が有るとさ、 歌心には真摯に嘘をつかず偽らずひたすら「まごころ」を込めた。ゆえに、和歌は古代から滅びる事無く続いている。この御製天皇の偽らざる真情といえた。この和歌を素直に解さない日本人は、言霊を感受できないうえに民族の魂がないのである。だが、反天皇派日本人は、おぞましい自己弁護と否定している。─

 マッカーサー「天皇を処刑する事は、イエス・キリストを十字架にかける事と同じだ」

 チャーチル「世界の歴史を振り返れば、勝敗を問わず、良く闘った民族だけが生き残っている」

 J・ボダン「主権は、すでに存在する制定法や習慣法をも超越する」

 アンドレ・マルロー「国が滅びる時は、その国が自国の歴史を否定した時である」

 蒋介石「日本の天皇が戦犯に問われることなく処刑を免れたのは、私のお陰だ。マッカーサーに、私自ら『日本統治の為には天皇が必要だ』と進言したからだ」

 中国人の言う事の多くは、政治的詭弁であり、個人的打算が含まれていて、真実を語る事は少ない。

 10月 マッカーサーは、基本的人権に関する宣言として「人権指令」を発した。

 治安維持法を廃止し、刑務所に収監されていた共産主義や無政府主義の政治犯439名を釈放した。

 釈放された政治犯は、言論の自由と結社・集会の自由を手にして左右両派とリベラルに分かれて活動を始めた。日本から天皇制度を消滅させ、日本の伝統や主教や文化や習慣といった民族主義を完全破壊し、日本をソ連の様な反宗教無神論の共産主義国家にする為に、市民運動を組織した。こうして誕生した市民運動は、現代にも、人権運動や反戦平和運動の中心的組織となっている。

 マクマホン・ボール「マッカーサーは、個人的な意見として、日本に於いて民主主義が次第に高まるにつれて、天皇の地位は確実に弱められていくだろうと述べた。……日本人は自分達の手で天皇を政治的には無能な存在に貶め様としているからだ、と彼は結論した」(対日理事会の英連邦代表・オーストラリア)

 アメリカの民間情報教育局(CI&E)は、日本人の無力化、愚民化の洗脳政策を推進した。日本人に、アジアを侵略したという罪悪感を植え付け、アジア人に残虐行為を繰り返したとして民族の誇りと自尊心を奪い、古代から受け継いできた皇国史観と神道的道徳観を人類の平和を妨げる害悪であるとして打ち砕いた。自由と民主主義を大義とした、『ウォー・ギルド・インフォメーション』である。12月31日 日本精神・大和心・日本人の気概の基となる修身・国史・地理の授業は即時中止された。日本は、変化に富んだ多種多様な価値観を捨て、画一された普遍的な価値観を受け入れる様に強制された。

 マッカーサーは、トルーマンの親書を携えて来日してたアメリカ教会連合会議の使節団に、布教の絶好の機会であるとして1,000人の宣教師を送る様に要請した。使節団は、天皇と会見して改宗を進めた。

 日本をキリスト教化する為に、GHQの民間情報教育局(CIE)内に宗教課を新設した。日本をキリスト教国に改宗する為に、まず天皇と皇族へのキリスト教教育が開始された。

 信教の自由を保障した為に、多くの新興宗教が誕生し、狂信的や金儲けや奇跡で人を騙すといった怪しげな宗教もはびこって宗教界はむしろ混乱した。GHQは、キリスト教の教義以外は有害であるして、日本古来の民間信仰を不健全な迷信として禁止した。そして、キリストの誕生や奇跡や復活を真実として教える様に指導し、それを否定する教科書の著者と出版社を譴責処分にした。

 11月 アメリカ・プロテスタント教会は、代表団を日本に派遣した。 

 11月28日 マッカーサーは、総司令部でポール・マレラ・ローマ教皇使節とブルーノ・ビッテル代理使節と会談した。ローマ教皇は、日本のカトリック教会復興資金として2万ドルを送った。

 12月15日 マッカーサーは、ワシントンの指令に従って、「神道指令」で国家と神道を分離し、神社に対して政府の保証、支援、保全を禁止した。逆に、キリスト教会は優遇されてその資産は保全され、教会所有の農地は不在地主 化していたが農地改革の対象外とされた。GHQは、共産主義者やキリスト教会の要請により、靖国神社、明治神宮、伊勢神宮などの主要な神社を軍国主義の精神的支えであるとして破壊を計画した。彼らは、表向きは平等に扱うとの原則を唱えていたが、その実は見えない形での宗教弾圧を強めてれいた。

 マッカーサーは、統合参謀本部に、布教の為に必要な数の宣教師を日本に着任させる許可を与える方針であることを、電文で報告した。統合参謀本部も、布教促進に同意し、300名の宣教師を派遣すると共に数万部の聖書を日本聖書協会に送った。多くの宣教師や従軍牧師は、日本人への布教活動を本格化させた。

 民政情報教育局(CIE)の宗教課は、日本に「信仰の自由」の原則から、マッカーサーとキリスト教会が改宗を強制しようとしている事に批判を強めた。翌年。マッカーサーは、日本のキリスト教化に反対し、ニュージャージー教会から寄付された聖書5万冊を配布しなかった事を理由にして、局長ケン・ダイク准将を解任した。

 ニューディーラーのチャールズ・ケーディスやホイットニーらの民政局(GS)は、日本を理想国家にする為に、新憲法制定など行政や教育など多方面で左派よりの改革を強行した。革新派の芦田均 や社会主義の片山哲 らは、民政局に接近して権力の座に着こうとした。ウィロビー少将を長とする参謀部第二部(GⅡ)は、ソ連・共産主義陣営との対立が表面化するに連れた、旧軍人や公安当局の中ら優秀の日本人をスカウトして右傾化の為に利用した。保守派の吉田茂は、GⅡに接近して革新派や社会主義派を政権の座から追放する為に協力した。

 天皇は、日本的教養を持ち、国際感覚の優れた人材を登用する事を希望した。GHQは、天皇を孤立させ、日本を自由に改造する為に彼等を軍国主義者として公職から追放した。

 神社側は、連合国によってキリスト教が国教と定められ、民族宗教・神道が破壊される恐れがあるとして、翌年に神社本庁 という組織を創設した。

 昭和天皇は、稲田侍従長を勅使として近江神宮 に遣わし、代参させた。

 キリスト教会は、GHQ内のニューディーラー(共産主義信奉者ユダヤ人)と協力し、アメリカの在米ユダヤ・ロビーやアメリカ系ユダヤ人組織の支援を得て、日本をキリスト教国化する宗教政策を進めた。

 非文明的民族宗教に囚われていた哀れな日本人を解放し、「愛」の信仰で生きる意味を再発見させる為に、日本に対して「信仰の自由」という外圧をかけたのである。普遍的価値観を根付かせる為に、靖国神社や伊勢神宮や明治神宮など主要な神社を軍国主義の象徴として焼却しようとした。そして、天皇と皇族を改宗させ為にあらゆる手段を講じた。

   ・   ・   ・  

 1946年 GHQは、勅令101号で国粋的神道系宗教団体を取り締まる様に政府に命じ、日本的宗教習慣は軍国主義の温床であるとして規制を強化した。

 アメリカ的民主化の大義は、皇国史観による愛国心の否定と民族中心教育の廃絶である。

 マッカーサーは、日本精神復興の為にアメリカのカトリック教会に支援を要請した。

 1月1日 GHQは、円滑な占領政策を実施する為に天皇に「人間宣言」をさせた。CIE(民間情報教育局)と学習院の英国人教師らは、キリスト教観念から、天皇を神の子孫であるという民族的祖先神信仰の最高祭祀王という神聖さを日本から永久に排除する為に、天皇自ら否定する詔勅を発表させるべく動いた。人は等しく「神の僕」という普遍的宗教概念を持つ彼等にとって、人や生物は例外なく祖先神の子孫とする民族宗教的天皇中心ナショナリズムは地上から消滅させるべき異端概念であった。昭和天皇は、祖先神信仰にもとずく神格化否定よりも、明治天皇が残した日本型衆議主義の原点である「五ヶ条の御誓文」の挿入にこだわった。昭和天皇が、天皇制度のもとでの民主化に強調した為に、現人神としての神格を否定したが、日本人は祖先神の末裔という信仰は残った。民族的祖先神信仰の象徴として、天皇制度は守られ存続した。

 「人間宣言」を狂喜して喜んだのは、天皇の改宗と日本のキリスト教化を使命とするアメリカのキリスト教会と日本人キリスト教徒であった。 

 タイム紙「日本人は、天皇が神でない事を前々から知っていたという。これこそがナゾの日本人である」

 左翼・左派のマルクス主義者は、反宗教無神論者として、日本の共産主義化を妨害する靖国神社や明治神宮や伊勢神宮などの神社群を目の敵とした。

 3月 チャーチルは、国際共産主義によって「鉄のカーテン」が降ろされたと演説した。東西両陣営による冷戦が始まり、世界各地で代理戦争が勃発し、各植民地は西洋からの独立を宣言して共産主義陣営の軍事支援を受けた。

 共産主義諸国では、反共産主義者や民族主義者や宗教関係者を大量虐殺していた。左翼・左派は、正義を確立する為の「必要悪」であるとして容認した。ユダヤ人が生み出したマルクス主義ほど、人類史上、血を好む思想・哲学は存在しない。

 3月26日 イギリス外務省報告「我々が日本に採択させるべきは、立法府と個人の権利を尊重する、アングロ・サクソン型民主主義である。これはキリスト教の教義に由来する個人の自由の伝統から、長い時間をかけて発展してきたものだ。……日本を1868年の明治維新後の状態に戻し、……リモート・コントロールする事である。すなわち、国際社会復帰が認められるまで、欧米列強の監視下に起き、不平等条約も改正しない」

 連合国は、日本が植民地にならない為に成し遂げた近代化を完全否定し、日本をキリスト教に改宗させて植民地化しようと目論んでいた。

 西欧中心の世界史は、日本の明治以来の努力を帝国主義による植民地帝国への野望として否定した。

 春 アメリカの宣教師による6人委員会は、日本キリスト教団に対して、1949年6月を目標にして「全日本をキリストへ」の改宗指示を出した。

 来日した、アメリカのジョン・オハラとマイケル・レディの両司教も教会復興の為にアメリカ教会の援助を約束した。

 全国で数多くの新興宗教が誕生したが、個人的な日本人の宗教にはなったが、全体的な日本民族の宗教にはならなかった。

 5月 国際連合は、公平な裁定を求める国際世論に突き動かされて、中国や韓国・北朝鮮や侮日派日本人が訴えたように日本民族を侵略を好む残虐な好戦的民族と認定した。

 戦時国際法 に照らして、軍国日本の如何なる弁明も認めず、国家としての自衛権を完全否定した。そして、日本人の人道的犯罪行為を立証した『クマラスワミ報告』と『マクドゥーガル 報告』を公式に受け入れた。

 将来、日本が再軍備して世界の平和と安定に脅威を与える事を防ぐ為に、先制攻撃などの罰則規定を有する『敵国条項 』を制定した。

 国連は、国際的ユダヤ人資本家の影響を強く受けていると言われている。事実、国連はイスラエルの軍事行動を止める事ができない。

 国連ビルは、ロックフェラー財閥の所有地に建てられた。

 5月5日 フーバー元大統領が、食糧問題視察の為にトルーマン大統領の特使として来日した。日本人が飢え、戦災孤児 が餓死しているとき、連合国軍兵士(40万人以上)は占領者として日本国民の税金で豊かな生活を送っていた。宣教師は、「人はパンのみで生きるのではなく、神への信仰で生きるのだ」と説教し、キリスト教に改宗する様に説いて回った。

 5月11月 極東国際軍事裁判所(東京裁判、~48年)は、天皇と軍国日本の如何なる自衛権も完全否定し、日本の行為全般に対して、無条件にホロコーストを行ったヒトラーとナチス・ドイツと同罪と裁定した。

 国内外の国際法及び犯罪学の専門家と人権派法律家も、軍国日本の自主独立国家としての自衛権はないと判定し、ホロコーストに対する「幇助罪」を認めた。

 全ユダヤ人の中で最大の反日派はアメリカ系ユダヤ人組織と在米ユダヤ人・ロビーであり、その次が保守派であるキリスト教右派との関係が深いユダヤ人国家イスラエルである。

 ソ連(ユダヤ人共産主義者)は、昭和天皇を侵略戦争の戦争責任で人民裁判にかけ、A級戦犯として「人道と平和に対する罪」で、かってのロシア皇帝とその家族のように処刑しようとした。そして、日本を含む全アジアを共産主義化する為に、日本共産党・中国共産党・朝鮮労働党 にプロレタリアによる東方解放同盟を結成させ、幾千万人の犠牲を出そうとも反宗教無神論の暴力革命を実行する様に指示した。

 日本人の左翼や左派及びリベラルや人権派市民団体は、天皇制度を廃止する為に天皇の戦争犯罪を立証すべく、ソ連・共産主義勢力に全面協力した。

 6月 キリスト教会は、食糧難の現状は布教の絶好の機会と捉えて、世界教会奉仕団を通じて食糧や衣服を送った。日本キリスト教連盟も、聖書や讃美歌集を送る様に訴えた。

 6月7日 片山首相は、外国人記者の質問に、キリスト教徒らしく「私は、民主主義政府はキリスト教の愛と人道主義によって貫かれていると信じている」と答えた。

 7月 日本カトリック復興委員会は、日本の改宗計画の為の報告書をバチカンに送った。

 7月1日 神田の教会で、松岡洋右 の葬儀が行われた。

 7月28日 ローマ教皇庁 は、共産党員と共産党を支持し宣伝する協力者と共産党の候補者に投票した者、そして反キリスト教的価値観を拡げる無神論者を破門するとの詔勅を出した。バチカンは、信仰を否定し聖職者を無差別に虐殺する共産主義者を血に飢えた暴力的殺人集団と非難した。

 9月2日 マッカーサーは、日本降伏調印式1周年記念の日に声明を出した。「彼らが信仰し、それによって生き、考える全てのものが崩壊したのだ。そのあとの精神的空白の中へ、米国兵士が立ち現れ、日本人がかって教えられた事が、嘘であった事、過去の信仰が悲劇であった事が目の前で証明された。つづいて精神的革命が起こった。それは2000年前の歴史、伝統、伝説の上に築かれた生活の理論と実践とをほとんど一夜にして目茶苦茶にするものであった」

 10月13日 キリスト教徒である社会党委員長片山哲は、首相として、万世一系の男系天皇家(直系長子相続)を衰退させ消滅させる為に、2600年以上継承されてきた皇室存続機構である親王・宮家体制を解体し、歴代の天皇が受け継いだ個人的皇室財産を国家財産に編入した。昭和天皇の男系直宮三宮家以外の、傍系十宮家の51名を皇籍から離脱させる決定をおこなった。さらに、歴代の天皇によって受け継がれてきた皇室・皇族の私有財産を共産主義政策並に制限し、残りを「国民主権」の名の下に国家財産に移管させ、気概無き左派系政治家に外圧をかけて散財させて消滅させた。国民の権利である、各種の保険も加入が出来なくなった。

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