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今日ボクが見た風景

世界一恐がりで気弱で臆病な集団主義民族日本人の誕生

Category: 日本国民の心得  
日本は、幾たびも外敵に侵略されたが、一度たりとも、占領されて植民地になった事はない。

 日本民族は、一度たりとも、征服者である異民族の奴隷となった事はない。

 日本人は、一度たりとも、外圧に屈し、祖先が開墾した土地を寸土でも租界として献上した事はない。

 涙もろい日本人の心は、ひ弱にみえても、柳の様に、強風が吹こうとも容易く折れない柔軟性があった。

 日本人の本性は、一元的な画一された絶対的価値観による歴然たる「強固」ではなく、多種多様な相対的価値観による曖昧な「柔軟」である。

 日本は、世界一自然災害の多い地帯である。

 日本人は、気が弱いだけに「人の絆」を大事にし、柔軟に対処して災いを福に変え、生き残り、起ち上がってきた。

 弱い日本人の貴重な財産は、「優しさ」である。

 日本神道は、全ての祖先を平等に氏神として祀っていた。

 災害で亡くなった人々を神として平等にムラの神社に祀り、生き残ったムラ人全員で心から冥福を祈った。

 優しい日本人の本質は、柳の様な「柔軟」である。柳の枝は、折れずらく、切れずらかった。

 日本人は、風に揺られる「柳の枝」である。故に、決して挫けないし、絶望して諦めなかった。

 どんな悲惨な状況にあっても、逃げ出さずに踏ん張って復興してきた。

 事に当たって、臨機応変に対応していた。その変幻自在は、水に似ていた。

 ダメ元で、しなやかで、強靱で、そして図太い。

 日本の支えと日本人の心の拠り所は、「神の裔」である天皇(直系長子相続)を中心とした日本神話にある。

 土着した日本人にとって、「神の裔」である天皇の祈りほどありがたいものはなかった。

 日本人は、恵み多い太陽の光の下で、緑豊かな大地と栄養豊かな清き水を愛する。自然こそが、神道的信仰の「まごころ」の源泉であった。

 故に、災害多い自然に対して、「絆」を大事にして、真摯となって、前向きに向き合ってきた。

 日本民族日本人は、踏まれても踏まれても、殴られても殴られても、けられてもけられても、明日を将来を未來を信じて、あっけらかんと、脳天気に、愚直に立ち上がる雑草の様な「百姓根性」を持っていた。

 日本民族日本人は、都会人ではなく、ムラ人である。

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*混血で雑種民族である日本人の祖先とは。

 日本中心の創作神話(天皇神話)を共有する排他的閉鎖的自閉的日本民族か?

 最初の生命体である、単細胞生物のシラノバクテリか?

 最初の人類である、類人猿の親戚であるアフリカのトゥーマイ猿人か?

 全てが宇宙で一つしかない命であり、全ての遺伝子は途切れることなく続いている。

 日本人とは、いったい誰か?

 日本の常識を持った日本人は、間違っても、絶対神が自を模してチリや土から日本人を創造したとは思わないし、信じない。

 日本神話にはそんな神の話は存在しないし、如何なる神社にもそんな伝承は存在しないし、何処の民話や寓話にもそうしたおとぎ話はない。

 あるのは、普遍宗教であるユダヤ教・キリスト教・イスラム教のみである。

 天皇神話の神道は、民族宗教として普遍宗教とは異質な宗教であり、共通点はあまりない。 

   ※   ※   ※   

*「緑と水と光」に包まれた、閉鎖空間である島宇宙・日本。

 2000年以上の時空をかけて、逃げ出せない狭い島国で独自に発展させてきた民族中心宗教・神道は、広大な大陸で生まれた普遍宗教・キリスト教から自然崇拝の神秘主義による邪教であると告発された。

 開放的空間で正しく生きているキリスト教は、正しい心を持った善人を悪の道に導く邪悪なカルト・悪魔教であると断定し、抹消すべき対象としている。

 トインビー「宗教を抜きにしては、民族の歴史は成立しない」

 国木田独歩「宗教心なき人間は、最も劣等なる人間である」

 ハンチントン「人類の歴史における主要な文明は、世界の主要な宗教とかなり密接に結びついている。そして、民族性と言語が共通していても宗教が違う人びとはたがいに殺しあう」

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 「島宇宙」という、閉鎖的空間の安全・安定・安心を保障する多神教の神道は、国内外の八百万の神々を上下なく等しく祀り、尽きる事なき多種多様な価値観で、戦いや争いや諍いを避け、恨みや憎しみや妬みを鎮め、柔軟に物事を見据えて白黒はっきりと二分することなく、なるべく穏便に中道で収まる様に判断してきた。

 つまり、島国の日本文明とは、自然に手を加えて破壊せず、人を騙して殺さず、全てのモノと「補完共生」を心がけて助け合いながら生きてきた。

 「逃げられない」封鎖された狭い自然環境ゆえに、「自己犠牲」と「相互譲歩」を美徳とし、「相互補完」を目的として「協調」と「共生」と「共育」を大事にした。

 地域の「和」を乱す「個」の我が儘・我欲を穏やかに鎮めて浄め、わずかしかない資源を共有物として独占する事なく公平に分け合った。

 神道は、独占しようとする物欲的卑しさを神に対する「罪」ではなく、人の「和」を乱す「恥」とした。

 資源豊富な大陸とは違って全てにおいて不足している列島では、今ある物で「事足れり」と納得するしかなかったし、不足を嘆かずにむしろ満足する心の豊かさを養った。

 離れ小島の人々は、心ゆたかになる「緑・水・光」の自然の静寂の中で、譲り合いながら穏やかに、「穢れなき無垢な心」をいとおしく育んだのである。

 神道の人生観では、人や自然を「あるがまま」に受け入れ、頼って信じきり、人の怒りや憎しみや恨みを「心からの和」で水に流した。人智ではどうにもならない幾多の天災 ─日本は、世界有数の自然災害の多発地帯である─ などの絶望的苦難には、仕方がないと諦めて「忍」の一字で堪えた。

 明日の為に今この時を大事にし、ふて腐れて自棄にならず、落ち込んで萎縮せず、とにかく我慢して踏ん張り、明日のお天道様を信じて立ち上がって前に進む様に諭した。

 人に対しては、騙されても、裏切られても、命があれば何とかなると諦め、「お人好し」にも自分にも悪い所があったと納得し、自己逃避として相手に責任を擦り付ける事はしなかった。決して恨み辛みを残さず、過ぎ去った事はくよくよ思い煩わず、綺麗さっぱりと忘れて前に踏み出した。

 逃げ出せない島宇宙の島国根性とは、「和」と「忍」と「忘却」であり、良くも悪くも物事を清濁に関係なく大らかに受け入れ、明日を信じ「希望」と「夢」と「期待」を持って生きる事であった。

 神道とは、民族の救世主を待望する奇跡の宗教ではない。その信仰とは、民族の救世主によって苦難から無条件に救済を願うものでもない。

 天災の絶える事がない島国では、いくら神に祈ったとこで災害が無くなる事がなかった。

 ゆえに、普遍宗教の様な奇跡をもたらす神性を持った教祖はいないし、教祖が絶対神の啓示で記した教典や聖典や聖書の類もない。

 日常生活での穏やかな決まり事やゆるやかな約束事はあったが、信仰における絶対不可侵の教義や命を捨てても守るべき厳格な律法・戒律はなかった。

 祖先神の血を引く子孫である氏子と神の特性・職能を敬う崇敬者はいたが、絶対神への敬虔で盲信的信者やテロを行う狂信的信徒はいなかった。

 島国には、大陸で頻発した様な、流血を伴う不寛容な宗教弾圧はなかった。

 神道は、戦闘的な世界宗教の常識を逸脱した、死と血を忌み嫌うひ弱な民族宗教である。

 大陸の大砂漠を旅する者が、飲み水を無くし、喉の渇きに苦しみながら絶対神に救いを求めて歩き続けたとする。幸運にも天候が変わって雨が降り、あるいは地形の変化でオアシスや川に辿り着いた時、死にかけていた人は単純に「絶対神の奇跡」「唯一の神の救い」として感動して信仰に目覚めた。

 大陸の信仰とは、不運な我が身の救済を求める個人信仰である。そこには、仲間や集団は関係ない。

 島の信仰には、そうした苛酷な自然条件がない為に、人智を越えた絶対神の奇跡や御技を当てにするところは薄い。よって、個人信仰ではなく集団信仰となる。

 同じ様に、神道とユダヤ教は、水と油の様に全く異なる特性を持った宗教でありる。

 砂漠の民・ユダヤ民族と緑と水の民・日本民族とは、共通点の少ない異質な民族である。

 日ユ同祖論は、悪意に満ちた戯れ言に過ぎない。

 寛容で相対主義の神道は、血と死を嫌う、おとぎ話的民族神話を愛していた。

 不寛容で絶対主義のユダヤ教は、民族中心の異教徒異民族を血と炎で根絶やしにする凄惨な英雄物語を信仰した。

 自然を守る為に植林して森を育て保存に努めたのは、民族宗教・神道のみである。その中心にあるのが、万世一系の男系天皇神話(最高神は、女性神)である。

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 ユダヤ教・キリスト教・イスラム教などの大陸的普遍宗教での最高神は、全知全能の創造主であり「父」の様な尊敬すべき男性神である。

 「父」なる絶対神は、信仰を契約した者のみに奇跡や御技で救済して、その魂を天国で保護した。信仰を持たない者は、救済せず、怒りを持って滅ぼし、その魂を地獄に落とした。絶対神は、生前も、生きる今も、死後も、全ての時間と空間を支配していた。

 ギリシャ・ローマ神話や北欧神話でも、雄々しく活躍するのは男性神のみである。

 狩猟牧畜社会では、逞しい男性が外に出て家族の為に食べる動物を捕獲するからである。そして、農業や酪農などの肉体的重労働は、男性の所有物である女性や教養のない下層階級や卑しい奴隷の天罰とされた。

 大陸では、生きる為に汗水たらして働くという事を最も嫌う。

 神の国・天国に召された「正しい人」は、善人であるがゆえに苦労して働く事はなく、父なる神と共に食べきれないほどの御馳走に包まれて、平穏にしてすこやかに過ごすと信じられていた。

 大陸社会では、王権神授説の様に祝福された身分・階級・階層といった神聖な上下関係を厳粛に守り、女性を男性の所有物とする厳格な性差別的家長制度社会であった。

 差別や格差は、社会秩序を維持する為に不可欠な要素であった。

 信仰の対象である聖母マリアは、処女でありながら神の子イエス・キリストを生んだが、主神ではない。

 同様に、大陸の各神話でも女神は脇役か、男神の引き立て役に過ぎなかあった。

   ※   ※   ※ 

*現代日本人の、科学的ルーツとは。

 科学における真実の祖先とは、生物学的に、バクテリア、ウィルス、アメーバ、カビなどの下等な単細胞生物の子孫であり、類人猿の兄弟である。

 現代日本人の生命は、科学至上主義で宗教を否定する為に、ハエ、蚊、ノミ、シラミと同じ宇宙に一つしかない貴重な物であるが、死ねば「無」となって消えて無くなるはかないモノである。

 戦前までの日本人は、宗教的に神話・民話・童謡・御伽噺の世界の中に生き、非科学的に自分は祖先神・氏神の子孫と信じていた。それが、「命」と「血」と「志」を大事にする「心」「まごころ」の現人神信仰である。

 戦前の日本人は、夢と希望と期待を持ち、過去と今と未来に確固たる絆を抱き、非現実の架空空間で生きていた。

 現代の日本人は、無感情と無感動と無感覚で、時間的空間的な孤独に苛まれ、科学的超現実空間で孤立感に絶えている。

 現代の日本人と昔の日本人は、民族中心の物語(天皇神話)を否定するがゆえに異質の日本人である。

 特に、高学歴の国際派知的階層にその傾向が強く、彼らは子供達に祖先神を中心とした物語を否定した科学的事実を教えている。

   ※   ※   ※

*日本人の祖先の大半は、モンゴルで生まれた。

 宇宙は150億年前のビッグ・バンによって誕生し、地球は太陽とともに46億年前に生まれた。

 生物は24億年前に単細胞(シアノバクテリア)として出現し、最初の人類であるトゥーマイ猿人は700万年前に「人類のゆりかご」と呼ばれたアフリカ大陸に忽然と出現した。人類の祖先は、アフリカ人であった。

 科学的に、人類が地球に誕生した必然性はナゾである。

 人類は、アフリカの大地に突然現れたミュータントである。

 更新世(洪積世、180万~1万年前)に原人が、更新世後期(20万年前)に旧人(ネアンデルタール人)が、突然変異としてアフリカに誕生した。

 人類は、地球の環境の変動に合わせて陸地を移動した。

 人類の祖先は、アフリカから二つの経路で地球上に広がった。ナイル川を下って北上した北経路と、アラビア半島を経てインド・東南アジアを目差した南経路である。南経路の移動時期は、12万年前とされている。

 現代人の直接の祖先であるクロマニヨン人(ホモ・サピエンス・サピエンス=知恵のある人)は、6~5万年前のアフリカ大陸に新種(ミュタント、突然変異体)として出現した。

 自然界で白いカラスや白いトラが生まれる様に、猿の兄弟である人類にも数千年の環境変化で突然変異体が生まれた。これをヒトの進化と呼ぶ。

 地球環境の変動にともない、700万年前から今日までに約20種類の人類が出現して滅びたと言われている。

 環境の変化(異常気象)に適応できなかった人類は、ダーウィニズムの原則に従って滅びるしかなかったのである。それは、理屈による智慧の優劣ではなく、素直な順応性による。

 クロマニヨン人も、他の人類同様に地球の異常気象(温暖化もしくは寒冷化)に適応できなければ、何時の日か滅びるのが自然の法則である。

 自然環境とは、人類の生存の為にあるのではなく、地球自身の為にあるのである。

 クロマニヨン人は、何らかの理由で人類共通の「母なる大地」であるアフリカ大陸を出て地球各地に移住して行った。

 クロマニヨン人は、感情表現豊かな言葉と複雑な記号(壁画から文字)を持ち、脳を発展させる事によって他の人類(ネアンデルタール人など)を地球上から駆逐した。同時に、地球規模の異常気象による環境崩壊で食糧危機となって大地を放浪した。

 現生人類である彼らも、アフリカを出て世界中に渡り、その環境に順応しながら白色人種や有色人種を形成した。

 有色人種の一つが、中央アジアからモンゴルの地に移り住んだ。

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 最後の氷河期が終わるや、地球は温暖化し空気は乾燥して砂漠が拡大した。ゴビ砂漠、タクラマカン砂漠、シリア砂漠、サハラ砂漠、カラハリ砂漠、その他。

 採取と狩猟の生活をしていた人類は、大森林地帯を失い大平原へ移動した。人口を徐々に増加させ、集団となって河川流域に集まり農耕を始めた。

 人が社会性を持ったのは、狩猟や農業などの生産活動の為であったが、それ以上に人より強い猛獣がいたからである。

 自然界では、弱い生物ほど集団で生きるしかなかった。

 人類は、絶対神に愛され、絶対神に似せて土やチリから造られたのではない。自然界で、環境異常に適応しながら生まれた突然変異・ミュータントに過ぎない。

 太古にける人類の祖先は、下等生物、バクテリアや珪藻であった。

 5万年前 ペルシャから草原地帯に移動したグループ(草原モンゴロイド)は、二手に分かれた。一手は、東進して中国に入り黄河を下った。一手は、3万年前に中央アジアからバイカル湖周辺に落ち着いた。ペルシャから西に移動したのがコーカソイド(白色人種)で、アフリカに留まったのがネグロイド(黒色人種)である。

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 1万年前の地球人口は、約500万人であったと言われている。

 2万年~1万年前 地球の寒冷化という異常気象に見舞われた北方アジア人種(バイカル湖人・古モンゴロイド)は、南の温暖な豊かな地を目指して移動した。

 彼らは、生きる為に、中国各地で原住民と土地や獲物をめぐって争った。

 現代の分別である「話し合って仲良く生活する」などは、食べも物が少ない原始時代ではありえない話しである。

 相手を殺して生き残るか、相手に殺されて死ぬかの、二者択一しか存在しない。

 勝った者は、その土地と獲物を所有して、負けた者を追い出すか、奴隷とした。負けた者は、勝者に追われて別の土地を目指した。

 食べて生き残る為には、勝者となって奪い独占するのが大陸での掟であった。

 弱い者を暖かく受け入れてくれる者がいない大陸では、殺されて死滅するか、死ぬまで彷徨うかであった。

 力の強いグループと弱いグループと冒険者達が、積極的に移住した。

 力の強いグループは、祖先の土地が何らかの理由で破壊されて食糧がなくなった時、ムラに対して協調性のない者や反抗的な者を捨てる様に置き去りにして移動した。

 力の弱いグループとは、何らかの理由でムラの総意で追い出された者達の事である。

 統率者に反抗しムラ秩序を乱す者、ムラの意思に従わず我が儘で嫌われ者、能力や才能がなく努力もせず怠けてムラに必要とされない者、ムラを危険にさらす病気を持っている者、生まれつきの奇形や知能障害がある者などは、ムラの総意で追い出されるようにして移動した。

 原始社会とは、「甘え」が一切認められない、自己責任と自己努力と自己決定が強いられる過酷な社会であった。「個」を重視する現代とは正反対に、「個の完全なる自由」を否定する集団社会である。

 冒険者とは、人類に貢献したが自由を求めるあまりムラ共同体になじまない変わり者で、時と場所にをいては流れ者、放浪者として嫌われて殺された。

 ムラの外は、弱肉強食の過酷な自然という世界である。

 自然には、「甘え」は存在しない。

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*日本民族の誕生。

 最も弱い部族は、中国大陸を這い回って逃げ、朝鮮半島からも追い出されて日本列島に逃げ込んだ。

 戦っては負けて逃げ回っていた彼らは、過ぎ去った辛い事や嫌な事はすぐ忘れ、絶望し諦める事なく、脳天気に「夢」や「希望」を持って歩き続けた。陽気に前ばかりを見て、明日を信じ、「期待」を抱き、生き抜く事だけに全力を尽くした。弱いがゆえに、家族で助け合い、集団で庇い合い、仲間で慰め合って、いついかなる時も励まし合いながら行動をともにした。

 暗闇や藪の中に潜む敵の目や猛獣の目に怯え、敵意のこもった周囲の恐ろしい視線から逃げ回った。

 相手の感情を害さない様に、言葉遣いは細心の注意を払った。気弱な日本語には、大陸語の様な相手を呪い罵倒する様な激しい言葉は少ない。

 日本人は、言葉を「言霊」として大切にし、決して汚らしい言葉を使わなかった。その為に、策略を弄する事が出来ず、議論下手となった。

 世界常識では、日本人はコミュニケーションが下手で、その原因は閉鎖的日本語にあるとされている。

 弱者への惻隠の情、判官贔屓という気弱な日本精神や大和心といった日本民族日本人の心の原型を、この時期に形作っていった。

 人様に迷惑をかけない。仲間に迷惑をかけない。社会に負担をかけない。ゆえに、「お互い様」「あいみたがい」「袖振り合うも多少の縁」として、苦労を共有しながら日々の重労働に耐え忍んだのである。

 日本人は、他人の視線を気にしてビクビクする人一倍恐がりの気弱な民族である。「視線恐怖症」と「対人恐怖症」と「潔癖症」、そして失敗した事や怖い事をすぐ忘れる「健忘症」は、民族病である。

 自然界で、弱い動物ほど身を守り、子孫を残す為に群れをなして行動している。

 集団主義とは、最も弱い生き物が生き残る為の本能的行動である。

 集団は、「仲間意識」が強いだけに内向きな「甘え」が生まれ、「絆」を大事にして角を立てない様に言葉や態度を「曖昧」に濁し、強烈な個性を嫌って没個性を共有した。

 朝鮮を嫌って逃げ出した素戔鳴尊の神話とは、列島が大陸や半島から自主独立を宣言した逸話であり、日本人が中国人や朝鮮人から逃げ出した寓話である。

 日本神話とは、日本文明の独立神話である。

 日本民族日本人は、民族中心の物語を愛し、夢物語の様な神話の如き世界を大事にした。

 弱者とは、敗者ではない以上、負け犬の様に恐怖に怯えてがなり立てる事はしないし、辺り構わず見境なく半狂乱となって泣き叫ぶ事もしないし、冷静さをなくし自分を見失って右往左往と騒々しく逃げ惑う事もしない。何時いかなる時も、自制心を持って心穏やかに平常心を保っていた。

 「弱者の論理」とは、敗者の弁明ではなく、弱い者が持つ覚悟の現れである。

 筋の通らぬ要求や理不尽な外圧には正論を持って跳ね返し、如何なる犠牲を出そうとも決して諦めず立ち向かった。

 力不足で負け死ぬかも知れないと分かっていても、「仲間や家族の為」に武器を取って戦いを挑んだ。それが、非人道的戦法である玉砕や神風特攻で戦った、太平洋戦争・日米英戦争である。彼らは、圧倒的な国力と軍事力を持つ敵に負けたが、弱者であったが、敗者ではなかった。

 だが、現代の日本人は弱者ではなく敗者である。負け犬の如く怯え、我を忘れて惨めに泣き言を言いながら吠えている。

 「窮鼠猫を噛む」のは、弱者であって、敗者ではない。

 「鶏口となるも、牛後とならない」のも、弱者であって、敗者ではない。

 弱者と敗者の違いは、「命の価値」を理解した上で、「命の尊厳」を守る為に「戦争をする覚悟」があるかどうかである。つまり、「死者の魂」に対して宗教心を持って礼節を示せるかどうかである。

 何れも、「命」軽視の現代日本には存在しない。

   ※   ※   ※

*世界文明とその文明の起源

 ・日本文明 … 紀元前    660年

 ・壇君建国神話 … 〃    5000年

 ・黄河文明 … 〃  1600年

 ・インダス文明 … 〃  2300年

 ・シュメール都市国家… 〃   3000年

 ・エジプト古王国  … 〃  4000年

・エーゲ文明 … 〃  3000年

 ・ユダヤ文明    …  〃     2500年

 ─韓国は、壇君神話を、世界最古の文明と公式に認めている─

 世界的都市文明は、メソポタミア神話の偉大な王ギルガメシュが森林の神(杉の森の怪物)フンババを殺して生まれたとされている。

 人類は、過酷な自然環境の中で生きる糧を得る為に「自然を征服」し「自然を破壊」して「自然を開拓(フロンティアスピリット)」しながら生きてきた。

 大陸文明とは、破壊と略奪の文明である。

 キリスト教やユダヤ教の唯一絶対神は、自然と動植物を創造し、生殺与奪の権を信者に与えて自由にする事を認めた。

 人は、生存圏を確保する為に都合の良い民族中心の建国神話を創作して、風土に合った食文化を生み出した。

 限られた生活圏ゆえに、他の民族を根絶もしくは死ぬまで奴隷として酷使した。朝鮮や中国もここに入る。

 地球上には、砂漠やがれきの様な、人が住めない不毛の大地に古代遺跡が数多く残されている。

 大陸の世界文明とは、滅んだ文明である。

   ※   ※   ※

*日本人はどこから来たのか? それは愚問である。

 なぜなら、日本民族は混血民族である。移動した事のない韓(朝鮮)民族のような、純粋な単一民族ではないからである。

 日本人は、先祖代々、日本列島で暮らしてきたから日本(大和)民族なのである。

 朝鮮半島あるいは中国大陸で、日本(大和)民族となって民族大移動的に列島に移住したわけではない。

 雑多な人種が逃げる様に日本列島に集まって、初めて日本(大和)民族日本人となったのである、

民族的には、大和民族日本人の事で、日本列島以外で形成されて列島に大移住したわ けではない。

 よって、日本人のルーツは日本列島にしかない。

 けっして、中国人や朝鮮人の子孫でもないし、単一民族でもない。

 日本語の起源。①アルタイ語、トルコから中央アジア、中国東北部、朝鮮の言語。②チベット・ビルマ語。③オーストロネシア語、南島語もしくはマレー=ポリネシア語。古代日本語は、複数の言語による混合語でありけっして単一言語ではない。

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 大陸から渡って来た北方系アジア人種は、先住民の列島民(南方系アジア人種)との間に、集団で生活する為に「強きを挫き、弱きを助ける」的な弱者の合意みたいなものを共有した。

 戦いや争いを避けるべく、同じ列島・地域・ムラに住む対等な仲間として海、山、野に棲み分けをハッキリさせ、特産物を公平に交換しあって平和に生活していた。

 運命共同体として共に生きる為に、集団・家・家族の一員となるべく、雑婚を繰り返し雑種化を強めて混血民族となった。

 雑種ゆえに、日本人の特性や特徴には「個性」がなく、曖昧で、つかみ所がなく、一言では説明ができない。

 自己主張する大陸人からすれば、個性が弱い為に理解しずらい人間である。

 これが、世界有数の臆病で気弱で恐がりの日本民族日本人の誕生である。

 この雑婚による混血化において、ユダヤ人の血が多少なりとも混じったとしても、何ら不思議はない。

 日本民族は、朝鮮の様な「美男美女」を生み出す純血の単一民族ではない。

 ゆえに、昔の日本人は、「人は見てくれではなく、心だ」と、金銭的に貧しくとも心を豊かにするべく粋がって痩せ我慢を公言した。

 民族的に、日本人には国際的な美男美女は生まれずらい。

   ※   ※   ※   

*自立した女性の為の天皇神話。

 日本神話は、直系長子相続による天皇の世襲と共に存在している。

 万世一系の直系天皇という世襲が消滅すれば、民族中心の日本神話も消滅し、全国の神社に祀られている現皇室に縁のある神々も消滅する。

 神道の最高神は、世界宗教の常識外である「母親」の様な愛すべき女性神・天照大御神で、霊験あらたかではないし、奇跡や御技にも無縁であった。

 個々に最高の才能・職能といった特性を持つオンリーワンの男性神や女性神らは、最高神とはいっても今だ未熟な天照大御神に正しい行いを教え、その働きに協力した。

 日本の神々には、越える事のできない上下関係や身分は存在せず、全てが対等関係とされた。

 オンリーワンの神々は、日本古来の古い神であり天照大御神に取って代わる事ができたが、分をわきまえて最高神・ナンバーワンとはならなかった。

 天照大御神は、民族の苦難を救う救世主ではなく、初代神武天皇同様に天皇・皇室のみの祖先神・皇祖であり、万世一系の直系天皇とその皇族のみがその「血筋」「血統」「皇統」によって祀る事ができる、神道の最高神である。

 伊勢神宮の天照大御神信仰や直系天皇中心の日本神話は断絶し、日本民族とは無縁の存在となり、神代から続く八百万の神々信仰は消滅する。

 <2009年 NHK調べ> 

  *女性の皇位継承に賛成             …  77% 

  *女系天皇の意味を理解した上で女系天皇に賛成  …  81%

 <2009年 朝日新聞>

  *選択制夫婦別姓の導入に賛成(女性)     … 49% 

  50代以下で過半数

  30~40代で70%以上  

 天照大御神の働きとは、神の国・高天原で万民の祖先神以上に、率先して汗水流して働いた。人糞を畑にまいて土を育て、田圃に入り泥にまみれて米を作り、蚕小屋に入って幼虫の糞を浴びて絹を作り、作業小屋で機を織って布を作る事であった。

 高天原の神々は、人間以上に、神としてやらねばならない日々の勤めに精を出していた。重労働で疲れる事を喜びとして多くの農作物を収穫し、一年に一度きりの農作物をムラ人・集団生活者と差別なく「和」をもって公平に分け合った。

 人びとは欲張らず必要量だけを「いただきます」と感謝して食べ、「もったい」として無駄に捨てることなく、残りは天災などに備えて共同財産として保存した。

 天照大御神は、生まれたばかりの純真無垢な乙女の様に自分の未熟を認め、好奇心旺盛な少女の様に自分に足りない所を、他の優れたオンリーワンの神々から謙虚に学んだ。「自分を知る」がゆえに、一心不乱に彼らを真似そして模倣する事で成長しようとした。

 日本人の猿まね根性は、こうした神々の働きから来ている。

 そして、朝早くから夜遅くまで怠けずさぼる事なく自分の勤めを果たした。同時に、全ての神々と分け隔たりなく一緒になって唱い、踊り、戯れ、遊び、くつろいで日々を楽しんだ。

 そこには、大陸的な日々の労働による苦しみは存在しない。差別も格差もない。

 高天原は、世界常識的な絶対的権威で全てを支配するという上下関係ではなく、八紘一宇精神による大らかな大家族主義で、上に立つ者が下の者の努力に恩義を感じそれに報いようとするムラ社会である。

 オンリーワンの神々の教えを聞き、間違った事をすれば神々に怒られ説教された。最高神といえども、過ちは素直に認め、謝罪し、反省し、二度と同じ過ちを繰り返さないように自戒し、一度した約束は口約束であれ証拠がなくともキッチリと守った。

 それが、「天の岩屋の教訓」である。

 不当な上下関係を設けて差別し弱い者を虐める事、或いは他人と比べて憎悪する事や嫉妬する事を、「恥」とした。

 神の働きに対して真面目に生きない事、或いはどうにもならない理にひがみ根性で恨みがましくいじける事を、心の「穢れ」とした。それが、男系天皇神話の「恥」と「穢れ」理論である。

 「恥」や「穢れ」は、自分自身に問う自責の念であり、「罪」の様に高見にいる他者から押し付けられた責め苦ではない。

 神道の原風景であるムラ生活は、正統派儒教的男尊女卑のいびつな歪んだ個人主義の現代とは正反対の、男女同権か、さもなくば女尊男卑であった。つまり、神代の日本原風景とは、家・家族・家庭重視のもとで、没個性の亭主関白とは表向きで実態は個性豊かなカカァ天下であった。

 自立心旺盛な日本人女性は、馬鹿でろくでもない男に振り回される事を嫌い、やることなすことがいい加減で稼ぎの少ない駄目亭主に頼らなくてもすむ様に、手に職を付けた。

 「金は取られるが、手の職は盗られない」と言うのが、本来の日本女性が持っていた職業観であった。

 彼女らは、努力しない無能な男に負けないように、寝食を忘れて、妥協を嫌い、無駄を省き、完璧を目指して頑張った。彼女らの心情は「真面目に努力していれば、必ず誰かが見ていて、何時か必ず正当に評価してくれる」「努力は、報われる」と言う事である。

 それ故に、天皇霊を祀る伊勢神宮の女性神・天照大御神が日本の最高神とされたのである。

 昔ながらの農村的女性は、男の所有物ではなく、ましてやお荷物でもなかった。大陸的に、女性だがらと差別的にいわれる事を最も嫌った。

 日本文明の真の姿とは、個性豊かな八百万の神々を尊ぶ、多種多様な価値観を持った集団主義による大家族であった。それが皇道、「八紘一宇」の精神である。

 一つの絶対的価値観しか持たない一神教とは、根本的に違う。

   ※   ※   ※  

*「力は正義なり」

 日本列島は、天変地異の自然災害が多い過酷な島嶼である。

 日本は、島国として、途絶える事のない天災の中で地縁・血縁を「絆」とした仲間内のムラ社会を形成し、「血を流す争いを避ける」為に相対的集団主義・ムラ根性を生み出した。

 日本人は、苦境に追い込まれようとも逃げ出さず、逆境に遭っても諦めず、耐える事のない困難が迫り来ても絶望せず、野生の雑草の様に生き抜き立ち直ってきた。

 東アジアの中国や朝鮮は、都市社会として、「濃密な友情や信頼」を得る為には、血を流す争いは避けられないとして絶対的個人主義・大陸気質を創った。

 中国文明(中国・朝鮮)世界では、漢族化(中国化)を拒否する者は、臣下の身分にへりくだる事を拒否する者として容赦なく皆殺しにした。また、中国は、何時の時代でも数千万人の盗賊が存在する世界一の無法地帯であり、病的な人間不信社会であるだけに、彼らは情け容赦ない凶悪犯罪を平然と行っていた。

 中国文明の歴史において、身分・上下関係による「人」差別は必然の事であり、それ故に人権も人道も、道徳も良心も、そして「愛」という普遍的価値観による自己犠牲的精神も存在しない。

 中国民族は、正統派儒教価値観により世界一猜疑心の強い、人間不信の病的自己中心主義者である為に、「個の利」を離れた所で他人を思い遣る気持ちは微塵も無かった。

 よって、人を「上位者」か「敵」か「下位者」かの3種類に分けた。

 上位者には無条件で従い、下位者には無条件の忠誠を、そして敵は容赦なく虐殺し略奪した。

 上位者に逆らう者は、懲罰として家族・親族もろともに容赦なく殺した。

 正統派儒教の本質は、身分・上下関係といった人の序列を絶対化する権威学であり、自由・平等・博愛・慈悲は中華思想による華夷秩序を破壊するものとして否定した。そこには、友情などは存在しないし、対等・公平での約束や契約も存在しない。もしあるとすれば、相手を安心させ油断させる為の謀略でしかない。

 人を自由に解放する道教・老子は、人を拘束する「仁」や「礼」を神聖視する儒教・孔子を否定した。

 中国人と似た体質を持っているのは、ユダヤ人である。

 朝鮮は、中華文明圏の一員である以上、当然、似ている。

 日本人は、中華文明から離脱する為に独自の日本文明を形成してきた以上、中国人とは正反対に気質を持っている。

 中国の歴代王朝は、「大地続く限り全てわが領土」とする価値観から、全人類を臣下と見下し、全てを中国化する事を天命として、周辺諸国を侵略して抵抗する者を逆賊として虐殺した。

 史上最大の植民地帝国である中国は、各地に懲罰軍を派遣し、至る所で殺戮と略奪を繰り返して、死体の山を築き、自然を破壊しつくした。

 特に、天の子である皇帝の神聖を否定する宗教は容赦せず、信仰をめぐる虐殺は目をそむけたくなる様な惨状を呈していた。

 中国においては、普遍宗教はもちろん、如何なる民族宗教でも革命思想として絶えず弾圧された。唯一、世俗的な他人が不幸になっても自分一人に金儲けさせてくれる現世利益的宗教は許された。

 中国文明の生命力の源泉とは、人間の本能のままの尽きる事なき物欲にあり、全てを覆い尽くし貪欲に飲み込んでなをも満たされる事なき渇望感による、領土拡大の膨張意欲にある。

 それは、破壊による支配であり、創造による共存ではない。

 必然的に、土地を自分の所有にする為に「民族浄化」を行い、異民族は殺すか、追放するか、それとも奴隷とした。

 中国の侵略に対抗するには、平和を守るべく協調を重視して中国の属国となって「追随する」か、独立を守るべく戦争を覚悟して国力を付け「力による均衡」を維持するかであった。

 先手必勝の攻撃型国家である中国は、攻撃には強かったが守勢には弱かった。

 歴代王朝も、領土を拡大し殺戮と略奪を繰り返している時は自信満々に輝いていたが、膨張が止まり戦利品が無くなると意気消沈して活力を失った。

 尽きる事なき競争心・闘争心によって能力を開花させ安定した黄金時代を築いてきた中国文明は、他の文明・文化と平和な共存の道を選んだ時から衰退に向かう。

 人間不信から、家族の絆も社会の連帯感も稀薄となり、他人への猜疑心から法や秩序が崩壊し、自信の消失によって自暴自棄となって犯罪が多発した。社会が無政府状態に陥るや、仲間うちでの殺し合いが急増して内戦状態に移行した。利益の為に、平気で味方を裏切り外敵の侵入を許した。生来の、愛国心の欠如で国家は意図も容易く滅亡した。

   ※   ※   ※ 

*弱者の理論と勝者の理論

 古代中国では、諸子百家としてあらゆる思想が自由に論じられた。

 漢王朝が、正統派儒教を国家の支柱としてからは、法家や医家など極一部を残して禁止された。

 特に、仏教などの宗教は徹底的に弾圧され、信者は見付けしだい残酷に惨殺された。

 中国の正統派儒教は、天の子・中華皇帝を中心とする差別的上下関係を絶対不可侵とする一君独裁体制の学問である以上、「人はすべて平等である」「万民の差別なきき幸福」などを説く普遍宗教を不埒千万として根絶やしとした。

 中国文明世界では、「平等な社会」を目指す宗教勢力を反乱を起こす賊徒として弾圧し、「世の為、人の為」という共同意識を暴動・戦争の原因になるとして禁止した。

 天災や飢饉や疫病で苦しむ人々を救済する慈善家は、謀反を企む極悪人として家族諸共に公開で惨殺した。

 正統派儒教は、人の生死を論じない反宗教無神論として、「弥勒仏が降臨して衆生を救済する」と触れ回った仏教徒を大虐殺した。

 日本人に慕われている弥勒菩薩は、中国では民衆革命の扇動家とされた。

 『論語』「怪力乱神を語らず」……科学的論理的に証明できない超自然的な神秘的出来事や、合理的理性では信じられない死後の世界や神仏は、幾ら論じても無意味である以上、語る価値がない。人は、今そこにある人智で理解できる事のみに関心を持つべきであって、人智で理解できない摩訶不思議な事を詮索しても答えが出ない以上は無意味である。人にとって、昨日や明日の事よりも今が大事である。

   ・   ・   ・   

 日本は、宗教制度としての万世一系の男系天皇(直系長子相続)制度を守る為に、自主独立国として、反宗教無神論の中国及び朝鮮との国交を断絶した。

   ・   ・   ・   

 朝鮮は、騙される方が悪い、殺される方が悪い、裏切られる方が悪いという「強者の価値観」で人間不信の中国化した。

 日本は、裏切られ、騙され、欺かれても、愚直なまでに人を信用しきると言う「弱者の価値観」で国風化した。

 中国や朝鮮の正統派儒教は、厳格な「仁」「礼」「義」を持って、絶対不変の差別的上下関係・身分こそが社会に安定をもたらす制度とした。

 対して、

 日本派儒教は、神道と仏教の影響を受けて、他人を分け隔て無く思い遣る「心」を大事にし、上下関係や身分には敬意を払っても重きを置かなかった。

 正統派儒教の「徳」理念を絶対価値観とする中国文明圏の家・一族と、日本派儒教の「心」理念を相対価値観とする日本文明の家族・身内とは、微妙にニュアンスがことなる。

 日本が、相手を思い遣る日本文明の「弱者の論理」である集団重視の国風化を捨て、自分を第一とする西欧文明の「強者の論理」で個人重視の国際化する時、日本は地政学的にアメリカ化する事はまずありえない。

 歴史的事実として、単純に地理的条件から、日本は朝鮮同様に反宗教無神論の中国化するのが定めである。

 日本がアジアの一員になるという事は、アメリカ化もしくは西洋風を捨てるという事である。

 決して、キリスト教徒白人国家オーストラリアの様にはなれないという事である。

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