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今日ボクが見た風景

直系長子相続と女系相続の死闘

Category: 日本国民の心得  

 ヨーロッパから日本に渡る航路は二つあった。一つは、ポルトガル王国・イエズス会が支配する、喜望峰・インド・日本にいたる東回りの航路である。もう一つは、スペイン王国フランシスコ会が支配する、メキシコ経由の西回りの航路であった。 

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 日本史の偉人で人気投票をすると、ザビエルは必ずトップ10に入り、歴代天皇よりも愛され、聖徳太子(第31代用明天皇の皇子)と人気を二分していた。

 一部の国際派日本人は、天皇を中心とした民族主義を否定する立場から、ザビエルを日本の偉人として上位にあげている。

 少数ながら、古代史専門家や知識人の内で、聖徳太子の存在を否定する者や聖徳太子の偉業を否定する者がいる。

 考古学者の多くは、神話にもとずく「神の裔」を否定し、天皇陵の学術的発掘と埋葬品の調査を希望している。彼等にとって、天皇の墓も藤原氏や徳川氏らの権力者の墓も同じ墓にすぎず、学術的興味のみを優先していた。

 死者の墓を暴き、埋葬物を手にするのは、儒教価値観を信奉する東アジア世界では普通の事であった。

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 1543年 ポルトガル人商人が乗船していた中国人倭寇の帆船が、難破して種子島に漂着した。

 当時の倭寇は、日本人ではなく中国人や朝鮮人が大半を占めていた。

 東アジア史では、手下に日本人が一人でもいれば、それは日本の倭寇と数えられている。歴史的事実よりも、主体性に重きが置かれている。東アジア史の基準は、世界史の基準とは異質の基準で成り立っている。

1549年8月15日 ザビエルは、鹿児島に上陸し、邪教国日本を聖母マリアに捧げ、異教徒日本人を改宗させ、日本をキリスト教国家に生まれ変わらせる事を絶対神に誓った。

 改宗ユダヤ人宣教師や修道士達は、日本から民族的なものを一掃してキリスト教国に生まれ変わらせ、ポルトガル国王とローマ教皇の領土とし、日本人を絶対神の僕・奴隷にする為に続々と渡来した。

 日本人を改宗する為に、各地に教会堂(南蛮寺)や神学校(セミナリオ)を造り、たちまちのうち十数万人を改宗させた。天皇の膝元である畿内でも、数万人を信者とした。

 ザビエル「日本の信者達には、一つの悲しみがあります。私達が地獄に堕ちた人は救いようがないというと、彼らはたいへん深く悲しみます。亡くなった父や母、妻や子、そして、他の人達への愛情の為に、彼らに対する敬虔な心情から深い悲しみを感じるのです。多くの人は死者の為に涙を流し、布施とか祈祷とかで救う事が出来ないのかと私に尋ねます。私は彼らを助ける方法は何もないのだと答えます」

 『新約聖書』「神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ。あなた達は大変な思い違いをしている」(『マルコによる福音書』 第12章27節)

 キリスト教会は、非白人としては珍しい知的好奇心の旺盛な日本人は、その知識欲から意のままに改宗できると高を括った。彼等が好んで使う「善人」とは、そう言う類の人間の事である。宣教師達は、国際的な宗教教育を重視し、キリスト教関係の文献を日本語に翻訳し、各地に神学校(セミナリオ)を開校して、優秀な日本人の子供を神父や宗教指導者に養成した。

 日本人は、生き方の美醜の判断を自分の内面の良心・道徳に委ね、多種多様な価値観のもとで自分の行動を自己規制し、時代を超えた物事の道理で正邪をわきまえる、他人や世間の目を気にする神道的多元論を持っていた。

 宣教師は、天皇神話に根ざした日本民族の伝統的「美徳」を根底から崩壊させ、主要な天皇霊を祭神として祀る全ての神社の破壊を神聖な使命とした。

 絶対神のみを信仰する者にとって、祖先を神として祀り信仰する事は、唯一の神を冒涜する行為で許せなかった。

 純真な白人修道士(多くが改宗ユダヤ人)に率いられた権威に弱い生真面目な日本人キリスト教徒の一団は、異教徒の偶像崇拝を根絶やしにし、野蛮な一夫多妻制度としての側室制度を廃絶する為に「剣と聖書」を持って、キリスト教会に寄進された教区内にある由緒ある神社仏閣を襲撃した。日常生活の中で2000年近く伝承してきた、神道(天皇神話)の祭事や因襲、仏教の法事や習慣を、悪魔的儀式や呪われた秘技として破壊した。

 ハッキリした信仰を持つ日本人キリスト教徒は、排他的にして戦闘的な宣教師の指導のもとで、多数の神社仏閣を破壊し、火を放って灰とした。僧侶や尼僧、神主や巫女らは、改宗を拒めば「神の御名」によって殺すか追放した。ご先祖様から大事に守られてきた各家庭の仏壇や神棚を叩き壊し、大切にされてきた先祖代々の位牌や天皇が認めた神社の護符を足蹴にして火中に投げ込み灰にし、先祖代々の墓を暴き、異教徒である父母兄弟の遺体を辱める事で、普遍宗教への信仰の証とした。

 1000年以上の永きに渡って、民族中心の神の使いとして敬われて来た各神社の神鹿や神鳥や神猿を、絶対神が「人の食糧」とすべく創造してくれた食獣とし、遊び半分で打ち殺して、酒盛りをしながら食べた。彼等は、全ての動植物は絶対神が創造して白人のみに与えたものと信仰していた。

 人間には、絶対神の許可で、全てを支配する権限が有るとされていた。

 自然と祖先と職能を神として崇拝する民族宗教は、邪教として徹底的に破壊されたのである。

 「弱者の論理」の神社側は、2000年の永きに渡り地元に根差して来たが、神の血を引く氏子や信仰ではなく崇敬する人びとを失って静かに消滅した。 

 「強者の論理」の寺院側は、暴力を持って抵抗する為に、門徒や宗徒を集めて武器を取って宗教戦争を引き起こした。利益・金儲けに目が眩んだ領主や戦国大名が洗礼を受けて改宗した為に敗北し、生まれ育った地元から追放された。 

 信仰を持つ者は、家族や国家に関係なく、無国籍者として、国境や慣習に囚われる事なく、自分が生活する土地・自然を自分の好きな様に自由に改造した。

 1561年 宇佐八幡宮。1581年 豊前彦山の三千坊。1580年頃 春日大社の神鹿を食用する為に殺害した。その他。『大村郷村記』などの古記録には、こうした日本人キリスト教徒の神を恐れない暴挙の数々が記載されている。キリスト教徒は、「絶対神の名」において日本の宗教風土を破壊しようとしていた。

 キリスト教会は、神代からの民族宗教を日本から抹殺する事を、絶対神への信仰の証しとしていた。そして、民の安寧をひたすら祈る祭祀王の天皇を、日本から永久追放しようとした。

 『新約聖書・マタイによる福音書 第4章10節』「あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ」

 1557年 ポルトガルは、香料やお茶の貿易拠点を確保する為に、マカオを占領して居住権を得た。キリスト教会は、マカオに中国布教の拠点を置き、教会領として世俗の介入を排除した。宣教師や修道士らは、中国をキリスト教国にする為に中国人への改宗に力を入れ、改宗者からの寄進で教会領を徐々に広めた。彼等にとって大事にすべきは、同じ絶対神を信仰する信者であって、異教徒まで含めた生きた人間ではなかった。よって、「聖なる使命」により、異教徒を一人残らず「聖なる炎」で生きたまま焼き殺そうとした。

 ポルトガルは、マカオを植民地にする為に、1887年に割譲させた。1999年に、マカオは中国に返還された。

 1562年 フランスで、カトリック派とプロテスタン系カルヴァン派による対立が戦争に発展した。ユグノー戦争(~89年)である。

 フランスの農民は、飢餓の中で貧困に耐えかね、各地で叛乱を起こしていた。王侯貴族と教皇や枢機卿ら聖職者は、ゴージャスな生活を送る為に、公金を湯水の様に浪費していた。

 ジョルジュ・リヴェ「戦闘は多くの死者を出すのが常であったが、それに加えてさまざまな虐殺行為が見られた」(『宗教戦争』)

 1572年 パリのサン=パルテルミで、4,000人以上が虐殺された。教皇グレゴリウス13世は、大虐殺を祝福して記念メダルを作り、9月11日を「ユグノー大虐殺の記念日」として祝典を開催した。

 1589年 アンリ4世は、宗教戦争を終焉させる為に精力的に活動したが、農民の叛乱鎮圧には容赦せず皆殺しを命じた。国王の軍隊(大半が契約兵士・他国の傭兵)は、抵抗する領民すべてを、女子供に関係なく虐殺した。

 王侯貴族などの上流階級にとって、国民という下層階級は家畜と同じで、暴力を持って税金を取り立てる人民に過ぎない。国民の生殺与奪権は、キリスト教会から「絶対神の名」によって与えられていた。

 そこに存在するのは、神聖な「弱肉強食の論理」である。

 キリスト教会は、絶対神に愛されているのは文化的な王侯貴族や領主であって、教養なき貧しい農民や町人ではないとしていた。農民や町人が、絶対神の愛に包まれ恵みをえて天国に行くには、国王や両社や教会に税を支払う義務があると説いていた。

 ジョルジュ・リヴェ「1593年6月24日、貴族層は攻撃に出、2,000人をこえる農民を殺戮した」

 ヨーロッパ世界のキリスト教徒同士の悲惨な虐殺とおぞましい拷問は続き、信仰による殺し合いは地球上に蔓延して収束の途を見失っていた。

 普遍宗教の布教が進に連れ、数多くの民族宗教が炎と血によって地上から抹殺された。

 それを、歴史は「必要悪」と容認している。

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 集団的「家」の宗教で先祖を祀り供養する村人は、個人的「私」のキリスト教への改宗を拒否した為に殺されるか、教会領となったムラから追放された。だが、戦国時代は生まれ育った村から追放されては生きていけなかった為に、盗賊や夜盗などの犯罪者になり切れない心弱い村人は、改宗して村に戻った。

『新約聖書・マタイによる福音書 第5章17節』「イエスは、『悔い改めよ。天の国は近づいた』といって、宣べ伝え始められた」

 イエズス会は、改宗の決断が付かず浮浪者のように彷徨う異教徒を、「神の王国」を汚す不純物として差別し、改宗ユダヤ人奴隷商人や人買いの中国商人らに売り渡した。

 奴隷とされた異教徒日本人は、家畜のように大陸に売られて、二度と生きて故郷に戻る事がなかった。

 南蛮貿易として、奴隷売買で大金が稼げる事を知ったキリスト教徒日本人商人は、各地の合戦場から数十万人の異教徒日本人を攫ってきては、奴隷として中国や東南アジアやアフリカなどに売った。ヨーロッパでも、日本は奴隷輸出国として名が知れていた。そして、日本人女性は高値で売買されていた。

 キリシタン大名は、火薬の硝石を手に入れる為に、イエズス会宣教師の指示に従って、数十万人の若き乙女や子供を天草などの九州沿岸の白銀海岸(バチカン公文書に明記されている)でキリスト教国船籍奴隷船に押し込んだ。そこには、日本古来の助け合って共に生きるという伝統的集団主義である「家」はないし、慣習としての仲間・身内・家族の「絆」も消滅していた。日本人なら誰でも持っているムラ共同体の「義理人情」は、金儲けと「個」の利益を重視する彼らにとっては無意味な価値観であった。

 自己中心的な日本人にとって、自分だけが良ければ後はどうでも良かったのである。国際派の彼等は、「社会の為や人の為」と言った、日本的な御為ごかしを最も嫌い、自己犠牲的「お人好し」を軽蔑した。彼等は、国が消滅し、日本人が死滅しても、目の前に自分の金が山と積まれれば気にはしなかった。

 ジョアン3世「ジパングは、火薬一樽と交換に50人の奴隷を差し出します。神の名に於いてに日本を領有すれば、献金額を増やす事ができるでしょう」(ローマ教皇への進言)

 徳富蘇峰「キリシタン大名、小名、豪族達が、火薬が欲しいばかりに女達を南蛮船に運び、獣の如く縛って船内に押し込むゆえに、女達が泣き叫び、わめくさま地獄の如し」(『近世日本国民史』)

 ラリンケ判事「東洋へ硝石さえ持って行けば、女は幾らでもくれる」

 天正少年使節団の報告(1582年)「行く先々で、日本女性が何処まで行ってもたくさん目に付く。ヨーロッパ各地で50万という。肌白くみめよき日本の娘達が秘所丸出しにつながれ、もてあそばれ、奴隷らの国まで転売されてゆくのを正視できない」

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 古代日本では、王族や貴族などが私的に奴隷を所有していたが、646年(第36代孝徳天皇)に発せられた「改新の詔」の第一条で、個人による土地と奴隷の所有を禁止された。「公地公民制」により、全ての日本人は天皇の臣民・公民とされ、大陸的な個人が生殺与奪権を持った人を人と思わない奴隷制度・家奴制度は廃止された。

 今を生きるキリスト教徒にとっては、会った事のない遠い先祖や見る事もない遠い子孫も、選んだわけでもない親兄弟や言う事を聞かない不逞な妻子も、そして好きでもない隣人が、異教徒として地獄の業火で永久に苦しもうとも関心がなかった。彼らにとって、集団としての異教徒の「家」や「家族」や「家庭」には興味がなく、大事なのは信仰を持つ「個」の自分一人の「今」だけであった。明日の自分の事や数世代先の子孫の将来を思い煩う神道と違って、50年や100年と言った遙かな将来の事はもちろん明日の事さえも関心がなかった。

 彼らが尊重したのは、あくまでも「個」としての絶対神への「今」の信仰と自分一人の「今」の幸福だけであって、他人の事や家族の事や「明日」の事は一切興味がなかった。

 『新約聖書・マタイによる福音書 第6章34節』「明日の事まで思い悩むな。明日の事は明日みずからが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である」 大陸の常識は、自分の物を他人と如何に公平に分け合うかではなく、他人から如何にして奪って自分の物にするかであった。そして、他人に怨まれない様にする為に慈善活動をし、義援金を如何に少なく払って感謝されるかに腐心した。

 彼等の自慢するボランティアとは、特権を有する極一部の上流階級が、搾取され差別されるだけの大多数の下層階級との雲泥の格差を維持するものにすぎなかった。

 ゆえに、上流階級はもちろん中流階級でも普通の日本人以上に裕福であるが、下層階級は極て普通の日本人以上に貧困であった。

 日本には、大陸のような越える事ができない差別はなかったし、雲泥の格差もなかった。

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 ザビエルの失敗とは、インカ皇帝やその身内を改宗したように、天皇あるいは皇族や有力な公家を改宗できなかった事である。

 天皇が日本の最高神職なら、皇室・皇族関係の最高神官は天皇の娘である未婚の内親王のみが就ける伊勢神宮の斉王である。

 日本の宗教界を改宗日本人から学んだ宣教師らは、日本民族の精神的支柱、日本人が日本人らしく生きる為の「まごころ」や「良心」や「道徳」の源泉であるところの、現人神であり最高位の祭祀王・天皇とその血筋の祭主・斉王を改宗する事を最大の眼目とした。

 異教徒日本民族の抹殺する鍵は、統率がとれた侍の武力ではなく、国際的な商才ある商人の経済力でもなく、神の裔である宗教的万世一系の男系天皇(直系長子相続)であった。

 ゆえに、天皇に謁見して皇族を改宗させてようとしたが、天皇を守ろうとした民族主義的宗教勢力と伝統を重んずる頑迷な公家らによって拒否された。

 ザビエルは、小国日本のキリスト教化を諦めて、大国明帝国のキリスト教化に燃えて中国に渡ったが、志半ばで病死した。

 教皇グレゴリウス15世は、1622年に異境の地で死亡したザビエルを聖人に列した。

 「世界の伝道事業の保護者」(1904年)

 イエズス会は、邪教国日本を改宗するには疲弊させ絶望の淵に追い遣る事が一番であるとして、大国明帝国の軍事力を利用する計画を立てた。

 日本イエズス会の準管区長コヨリエは、豊臣秀吉の野心を駆り立てて明征服(唐入り)を焚き付け、大量の武器弾薬を提供する事を約束した。だが、異教徒との約束を守る気はなかった為に、朝鮮半島に渡った日本軍は彼等の支援を受けられず苦戦し、明の大軍の反撃と朝鮮人の抵抗にあって敗走した。

 ポルトガルやスペインは、植民地拡大と財宝の独占と奴隷の確保の為に、イエズス会やフランシスコ会などの布教活動を支援した。

   ※   ※   ※

 万世一系の男系天皇制度(直系長子相続)は、宗教的な悲惨な殺し合いを避け、個人的欲得による無益な血を流さない為に、ムラ的社会で自然発生的に誕生したものである。

 1000年以上の時を経て、幾世代の先祖によって、神の裔とする天皇中心の民族神話が語り継がれてきた。

 1221年 第84代順徳天皇『禁秘抄』「およそ禁中の作法は、神事を先とし、他事を後にす」

 天皇の全てに優先する最大の責務は、皇祖皇宗に対して「国平らかに、民安かれ」と祈る皇室祭祀であった。皇室に伝わる一子相伝の秘儀である「祈り」が、国事行為である政治よりも優先されるべき行為であった。

   ※   ※   ※   

 藤原氏は、朝廷を取り仕切って摂関政治を行っていた。

 だが、藤原氏は天皇の臣下として、「神の裔」である天皇からその地位を簒奪しようとはしなかった。

 藤原道長「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の かけたることもなきと思へば」

 天皇の臣民は、天意に従って皇位の簒奪を正当化する、儒教の「放伐」と「禅譲」を恐れた。

 日本は、天皇位を守る為に「人徳の道」として儒学を学んだが、天による「王道の徳」のみを盲信する聖人君主の儒教を排除した。

 中国と朝鮮の儒教を正統派儒教とするなら、日本の儒教は異端派儒学である。故に、中国と朝鮮の儒教は日本を滅ぼして王道を正そうとしてきた。その堅固な意志は、儒教の普及という形で現代でも生き続いている。

 日本の歴史において、臣下として天皇の地位を簒奪しようとした権力者は三人いた。蘇我入鹿、弓削道鏡、足利義満である。昭和に入ると、天皇や宮家を勝手に名乗り、金儲けするいかがわしい宗教家や知識人が急増した。

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 天皇家・皇室は、政治権力も、宗教権威も、金銀財宝などの巨額の資産も持ってはいなかった。

 万世一系の男系天皇(直系長子相続)は、屏は崩れ、草ぼうぼうに荒れ果てた、無防備な御所に住み、豪商や豪農よりも貧しい生活をしていた。世俗的な快楽に溺れる事なく、贅沢三昧な生活をせず、ひっそりと清貧の生活を送っていた。その詐らざる誠実な生活態度で、民衆の敬意を受け崇拝されていた。

 「神の裔」として、政治的権威や私欲的資産よりも、天皇神話に基づく農業祭祀を重要視した。神話の時代から、農業と皇室は密接な関係を持っていた。その意味で、天皇・皇室の守護者は農民・百姓であった。

 万世一系の男系天皇(直系長子相続)は、キリスト教のローマ教皇とも、イスラム教のカリフとも異なっていた。

 皇族を守る警護の武士は極少数いたが、公家や武士に対抗するだけの武力も持ってはいなかった。

 日本を異国の侵略から守ったのは、死を恐れない強力な戦闘能力を持ったサムライ集団ではなく、あやふやでつかみ所のない女性的な万世一系の男系天皇(直系長子相続)と皇室であった。

 ゆえに、民族主義者日本人は、臣民として、自己犠牲的に天皇と皇室を守ろうとしていた。その象徴が、勤王の志士が眠る靖国神社である。

 国内外の反天皇反日派は、閉鎖的な日本を国際的に改造する為に、民族統合の核である天皇制度を破壊するべく全力を挙げてきた。それが、靖国神社問題の本質である。

 日本が、自主独立国で有り得たのは、万世一系の男系天皇制度(直系長子相続)があったからである。

 日本が他国の軍隊に侵略を受けず、日本が他国の植民地にならなかったのは、万世一系の男系天皇制度(直系長子相続)があったからである。

 日本が独立国として永遠に存続できるのかは、現在の皇室が平穏無事に存続できるかである。

 だが、正しい形での「皇室典範」の改正が行われなかったら、確実に皇位継承者がいなくなり、皇統は断絶し、皇室は消滅する。

 現在の政府も、政治家も、緊急に「皇室典範改正」の意志を持っていない。

 現皇室の血筋は、日本国内の無関心と一部の日本人の敵意で断絶させられようとしている。

 一部のマスコミは、金儲けの為に、皇族に対して有る事無い事のバッシングを繰り返した。

 読者は、皇室への尊崇の念がないだけに、スキャンダラスな記事を興味本位に読んで嘲笑っている。

 

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