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今日ボクが見た風景

秀吉のキリスト教弾圧

Category: 日本国民の心得  
『新約聖書゠マタイによる福音書、第6章24節・ルカによる福音書、第16章13節』「だれも、二人の主人に仕える事は出来ない。一方を憎んで他方を愛するか、一方を崇拝し他方を軽蔑するか、あなた方は、神と富(悪魔、拝金、強欲)の両方に仕える事はできない。」

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 西欧諸国は、バチカンの許可を得て「殺すか、奴隷にする」という神聖な使命の下で、すざまじい勢いで植民地獲得の侵略戦争を起こしていた。

 キリスト教会は、政教一致の大原則の下で、領主の宗教が領民の宗教として布教活動を行い、新たな教区で信仰の自由を認めず反キリストの異教を撲滅していた。

 キリスト教徒は、一神教における「絶対神の愛」を広げる為に、世界中で宗教戦争を起こしていた。

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 1488年 加賀の一向一揆。一向門徒は、守護大名富樫政親を攻め滅ぼし、武士が支配する国を奪った。門徒は、国を民百姓の為の国にするべく、物事を衆議で決定した。

 1570年(~80年) 浄土真宗の石山本願寺は、イエズス会宣教師を保護する織田信長の支配を拒否して、全国の門徒に信長と戦う様に呼びかけていた。一向専念の信条から、信長の戦いを聖戦として鼓舞した。

 「仏敵と戦うは弥陀の御意志!弥陀の為に死ねば極楽往生!」

 1571年 織田信長は、強大な軍事と経済を背景として俗的政治圧力集団となったていた比叡山を焼き討ちした。

 日本は、古来から政教分離を原則として、宗教が政治に口を出すことを最も嫌っていた。よって、神の裔である天皇は、祭祀王として無心に民の安寧を祈ることを最重要な役目としていた。民の象徴として、時々の実力者に、勅命を持って官職を与えて政治を依託した。だが、宗教や主義や個人欲から大虐殺を行う恐れのある、独裁者の様な絶対権力者の出現を許さなかった。

 昭和天皇「天皇は、国家の最高機関である。機関説でいいではないか」

 1574年 織田信長は、伊勢長島の一向一揆を滅ぼし、棄教を嫌う門徒数万人を虐殺した。宗教権威が政治・まつりごとに干渉する事を嫌悪し、政治・まつりごとの生々しい現実から宗教の理想的幻想を完全排除した。

 イエズス会は、異教徒である仏教徒を根絶やしにする織田信長を、キリスト教の守護者と認め、南蛮貿易を利用して財政・軍事援助を行った。

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 イエズス会は、異教徒の魔王・天皇とその一味・異教徒を皆殺しにして邪教・神道を滅ぼす為に、戦国大名の中で最も野心家で卓越した軍事能力を持った織田信長(建勲神社、地方の下級領主出身)を日本の支配者にすべく支援した。だが、信長が日本統一を目前にして、天皇の宗教権威はもちろん、キリスト教の絶対神をも超えて自ら唯一の神になろうとした為に、1582年の本能寺の変で信長を見捨てた。

 織田信長に比べて、キリシタン大名大友宗麟、蒲生氏郷、織田有楽斎黒田如水(光雲神社、身分定かでない目薬を売る浪人)、京極高吉らは、有能であったが天下を取るだけの覇気も技量もない侍大将にすぎなかった。

 敬虔な宣教師らは、改宗したキリシタン領主・大名から教会に土地を寄進され、そこで改宗者日本人を排他的狂信者に教化し、教皇に対してのみ忠誠を誓う厳格な規律を持つ軍隊的な組織を作った。

 宣教師の世界戦略は、王族の改宗者を中心としたキリスト教軍団を作り、異教徒を攻撃して治安を悪化させ、内戦を拡大し混乱を広める事であった。貿易の利益で軍事力を持った協力者を増やし、彼等を利用して異教徒の王国を滅ぼし、キリスト教王国を樹立する事である。

 宣教師の失敗は、皇族に改宗者を出す事ができず、改宗皇族を日本の王者に押し上げられなかった事である。つまり、神代から続く天皇の神聖を完全否定でなかった事である。

 1585年1月 教皇グレゴリオ13世は、日本で複数の修道会が布教活動をしていては混乱の元になるとして、イエズス会以外は許可なく立ち入らないという小勅書を発布した。この教皇令を無視して日本に上陸する者は、破門罪に当たるという厳しい教会法であった。イエズス会は、日本布教の独占権を獲得した。

 3月 準管区長コエリヨ神父は、異教徒日本民族を抹殺する為に、スペイン領フィリピン教会に「キリシタン大名救援の為に、武装艦隊の派遣につき総督に取り次いでもらいたい」との極秘の書状を送った。

 イエズス会の宣教師らは、スペインとポルトガルの両国王に、邪教国日本をキリスト教に改宗させ魂を支配するには、アジア各地でおこなってきた武力による侵略は不可能であると報告した。金に目が眩んだ有力大名には交易の利潤で誘い、戦乱で疲弊した民衆には福音で心に訴えるべきだと、敵情報告をして対日征服案と日本の海陸図を送った。

 白人宣教師らは、絶対神から与えられた権限により、邪教国日本に「最後の審判」を下し、絶対神の聖なる「裁きの火」で異教徒日本人全員を焼き滅ぼす事にした。その廃墟から、生まれ変わったキリスト教徒日本人らと共に、日本に「神の王国」を建設する事を決めたのである。

 5月 教皇シクスト5世は、イエズス会に対抗する為に、フランシスコ会が支配するフィリピンとその周辺地域を新たな管区として昇格させた。

 先発のイエズス会と後発のフランシスコ会やドミニク会などは、布教活動で激しく対立していた。

 1587年 豊臣秀吉(豊国神社、身分賤しき最下層の出身)は、明国へ出兵する為に肥前・名護屋に城を築き、朝鮮出兵の準備を始めた。九州征伐で、キリシタン大名が周囲の大名との領土争いの軍資金を得る為に、神国日本の国土を勝手にキリスト教会に寄進し、

日本人を奴隷として海外に売っている事実を知って愕然とした。

 キリスト教会が、その土地を教皇領として日本から独立させ、領土内の由緒ある神社仏閣を破壊し、民百姓を強制的に改宗させている事に激怒した。されに、ポルトガル商人が日本人を奴隷として海外に輸出している事実を知るや、非人道的行為を奨励するか見逃している宣教師(バテレン)の影響力を恐れた。

 天皇より天下人と認められた豊臣秀吉は、キリスト教会が神国日本をキリスト教国家化する為に征服し、異教徒日本人を家畜の様に絶対神の奴隷・下僕にしようといているとして、バテレン(宣教師)追放令を発した。

 バテレン追放令「1,日本は神国たる処、キリシタン国より邪法を授け候儀、はなはだ以て然るべからず候事」  

 コエリヨら日本在住の主だった宣教師達は、平戸で、日本を征服する為の秘密会議を行った。黒田官兵衛小西行長や蒲生氏郷らキリシタン大名達に主君・豊臣秀吉への反乱を起こさせるべく武器と軍資金を与える事と、現人神・天皇を殺害する為にスペイン軍を引き入れる事を、採択した。

 だが、改宗した戦国大名の中には、織田信長に取って代わるような軍略優れた指導者はいなかった。

 皇族や公家の中での改宗に失敗した上に、天皇から布教活動に関する許可と宗教的保護を得られなかった為に、日本のキリスト教化、日本征服と日本人奴隷化計画は失敗に終わった。

 こうして、日本はインカ帝国やアステカ王国の悲劇の二の舞になる事が避けられた。

『秀吉の五箇条

 1,何故に 秀吉の臣下をキリシタンにしたのか

 1,何故に 宣教師は教徒に神社仏閣を破壊させたのか

 1、何故に 仏教の僧侶を迫害するのか

 1,何故に お前達は耕作に必要な牛も屠殺して食用にするのか

 1,何故に お前達はお前達の国民が日本人を購入し、奴隷としてインドに輸出するのを容認するのか』

 大村由巳の書簡「黒船の奴隷船で男女によらず、手足に鉄の鎖を付け、船底へ追入れ、地獄の呵責にもすぐれ……」

 キリスト教徒商人は、奴隷として売られた日本人を、アフリカから南米に奴隷として強制連行した黒人同様に扱った。キリスト教徒白人は、当然の事ながら、非白人の日本人を人とはみなさず、如何なる権利も認めてはいなかった。

 キリスト教徒日本人商人も、その事を十分に理解した上で、彼等に協力して儲けていた。

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 当時のフィリピンは、1521年にスペインの植民地となり、キリスト教への改宗が進められた。祖先からの民族宗教を守ろうとした数十万人の原住民は抵抗して虐殺され、無抵抗な人々は奴隷として強制連行され農場で重労働を強要された。

 白人地主に協力して異教徒原住民を酷使したのが、キリスト教に改宗した原住民や混血児達であった。ゆえに、多数派を占める異教徒原住民は、改宗者や混血児を差別した。

 宣教師や修道士らは、ローマ教皇から与えられた宗教的権威と植民地総督以上の政治的権力を持って、キリスト教の宗教秩序に不満を持って抵抗する異教徒原住民の虐殺を承認した。彼らは、原住民の心情を理解するどころか完全に無視して、民族中心宗教の多神教の神々を殺し、原住民を文盲にする為に教育を禁止した。

 植民地での重要な統治政策は、徹底した愚民化政策であった。原住民に教育を施す事は、独立心を持たせて、支配に対する暴動を起こす原因になるとして禁止するのが、世界常識であった。分割して支配して搾取する為に、統一言語としての公用語を許可しなかった。

 東南アジアには、タイやビルマの様な民族的宗教国家が存在していた。山や海によって隔てられた地域が多かった為に、1,000に近い部族が独自の言語と文化風習を持って生活していた。

 征服者は、部族間交流を制限する為に、部族言語を保護するという名目で放置した。後年、日本軍が東南アジアでおこなった日本語教育は愚の骨頂であった。

 聖書は、宣教師や修道士が原住民に読み聞かせるものであって、改宗者とはいえ手にとって読む事は禁止されていた。聖書を独占する為に、中を覗き見る事さえ許されてはいなかった。もし見たとしても、読み書き算盤の教育を受けていなかった為に意味が分からなかった。

 さしずめ、日本人が仏教経典を見ても意味不明と同じであった。

 『新約聖書゠マタイによる福音書、第7章6節』「神聖なものを犬に与えてはならず、また、真珠を豚に投げてはならない。それを足で踏みにじり、向き直ってあなた方に噛み付いてくるだろう」

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 1590年頃、スペインは、世界をキリスト教化する事を大義とし、明国を含む東アジアを征服する為に日本人を改宗して捨て駒に利用しようとした。

 ポルトガルも、地球をキリスト教会に寄進する事を偉大な使命とし、東アジアの海上交易を支配する為に宣教師の協力を得てマカオを占領した。  

 ローマ教皇の軍隊とも言える、イエズス会とフランシスコ会は日本における布教活動の主導権争いを行っていた。両派の宣教師の多くは改宗ユダヤ人であった為に、異端審問で疑われれば確実に「死」を宣告される恐れがあった。「死」から逃れる為に、教皇に忠誠を誓い、教会の権威を高めるべく異教徒原住民を大虐殺する様な無慈悲な布教活動を神の名で行っていた。

 キリスト教会は、改宗者のいない土地を無主の地として植民地化し、異教徒原住民を奴隷として売る事を承認した。

 コエリヨ「もし日本の66ヵ国すべてが改宗すれば、好戦的で怜悧(れいり)な兵隊を得て、明の征服は一層容易になる」(スペインのマニラ総督への書簡)

 1592年 豊臣秀吉は、宣教師を通じてヨーロッパから大量の新兵器を購入して、朝鮮に大軍を派兵した。文禄の役である。軍事支援した宣教師らには、遠大なる意図があった。

 布教活動は、安定した幸福な状況下では成功しない。いつ治まるともわからない混乱と、何処にも救いのない絶望のどん底でこそ、心弱い人間は、神にすがり、神に救いを求める。それは、前向きな希望や夢を伴わない。単なる、自分一人の苦しみからの救済であり、自分一人の死後の世界での安寧にすぎない。

 日本軍は、朝鮮人の頑強な抵抗に遭い苦戦を強いられていた。翌63年 小西行長は、秀吉に嘘の報告をして和議を成立させた。

 1596年11月 ポルトガル人商人は、南蛮貿易を独占するべく、商売敵のスペイン人商人を日本から排除するする為の計略を巡らした。スペインの奴隷船サン・フェリペ号が、難破して土佐に漂着した事を絶好の好機ととらえた。彼等は、豊臣秀吉に、スペイン王は宣教師を送りキリスト教を布教させた後に、軍隊を送り込んで、信者の内応でその国を征服し植民地化すると讒言した。

 だが、当のポルトガル商人も、同様の手口で多くの異教徒日本人を拉致して奴隷として輸出し、植民地を拡大して利益を上げていた。商人の目的は、金儲けであった。

 豊臣秀吉は、スペインが「宣教師を派遣した後に軍隊を送り込んで植民地にし奴隷とする」と知るや、激怒してキリスト教の禁令を発して、キリスト教徒を弾圧した。

 アステカ王国やインカ帝国での暴力的布教活動を見れば、讒言はあながち嘘とはいえいかった。

 1597年 豊臣秀吉は、再度、朝鮮出兵を命じた。慶長の役である。日本軍は、またしても明国・朝鮮軍連合軍の反撃で苦戦し敗走を続けた。

 国内では、厭戦気運が高まり、戦乱続きに絶望した多くの日本人がキリスト教に改宗した。宣教師や修道士らも、活発に布教活動をおこない、日本人を騙す為に以前ほど在来宗教を攻撃しなかった。だが、本心では、キリスト教化に成功したあかつきには、全ての民族宗教を撲滅する決意にはかわりがなかった。

 民族宗教国家日本は、国内外の攻撃によって、宗教的危機が訪れようとしていた。

 2月 26聖人殉教。豊臣秀吉は、キリスト教会の宗教的侵略から神国日本を守る為に、イエズス会系ヨーロッパ人の助言に従って、フィリピン使節団と偽ったスペイン系フランシスコ会宣教師6名と日本人キリスト教徒20名を見せしめに処刑した。

 異国で奮闘する宣教師にとって、殉教者を出す事は、布教活動に欠かせない重要な要素であった。異教徒の支配者から信仰ゆえに弾圧され、多くの信者が処刑される事は、信仰に目覚めた魂が神の国で永遠の命を与えられるという「奇跡」を説く為の、必要な犠牲であった。

 バチカンは、キリスト教弾圧で処刑された日本の殉教者を福者、聖人として祝福し、異教徒日本人と異教徒の王・天皇への天罰を絶対神に祈った。

 キリスト教徒は、キリスト教化できなかったこの時代を暗黒時代とし、キリスト教に理解を示さず布教を許さなかった神の裔・天皇や豊臣秀吉ら非改宗者を野蛮で無教養な救いがたい愚か者と軽蔑している。そして、「信仰の自由」からキリスト教に関係しない神道的宗教行事を完全否定した。

 中世キリスト教は、他宗教を認めないどころか、存在する事をすら許さない不寛容な宗教であった。

 ヨーロッパのキリスト教会は、天使の歌声を持つ少年達を合唱団として抱えていた。一部の教会は、少年達の透き通った声を守る為に去勢し、寄宿舎に入れて俗世間との接触を遮断した。

 西洋の音楽は、キリスト教会の庇護を得て発達し、絶対神の無償の愛を説くがゆえに人々に感動を与えている。

 日本の音楽は、宗教に関係なく、町人や百姓が日常生活で楽しむ余暇の様なもので、万民に感動を与えるものではない。

 よって、西洋の音楽は世界中で全ての人から愛されているが、日本の音楽は日本人だけのもので世界で理解される事はない。

 事実。明治に、日本に来た多くの外国人が、日本の民族音楽を聴いた時、金属音でうるさいと嫌悪した。

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 スペインは、キリスト教徒を残虐に処刑する異教徒日本人を信用しなかった。

 キリスト教会は、日本での布教活動を成功させる為に、日本人好みの偶像崇拝を許した。キリスト教徒に、神社の参拝を認め、神社の祭りに参加する事も許した。

 だが、それは一時の方便である。

 インド(1600年代)やインカ(1533年)やアステカ(1520年)とは違って、日本では民族性が尊重されていたと言うが、それは「ウソ」であり、「奇弁」である。

 キリスト教会は、けっして異教徒を受け入れないし、異端者を許さない。

 宣教師は、にこやかに優しく異教徒に接し、言葉穏やかに絶対神の愛を説いて改宗を薦めた。

 世界中で、

 キリスト教会による、陰惨な異端者尋問と魔女狩りが行われ、

 キリスト教徒による、残虐なる異教徒への聖戦が続けられていた。

 異教徒の豊臣秀吉による、キリスト教徒への惨たらしい宗教弾圧によって、日本改宗は思う様に進まなかった。

 キリスト教徒は、日本をサタンが支配する悪魔の巣窟として嫌悪し、神聖な炎で異教徒全員を焼き滅ぼす事を絶対神に誓った。

 キリスト教会は、絶対神への信仰を拒否する日本人を、世界でも最も教養のない野蛮人であると洗脳しようとした。

 厳格で戦闘的な宣教師は、日本人は原罪を悔い改める事の出来ない最下層の民で、堕落した人間であると異教徒日本人に愚民意識を押し付けた。

 キリスト教ほど、洗脳教育に長けた宗教はない。 

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 イエズス会巡察師ヴァリニャーノ『日本人の短所』「色欲に耽る事であり、最悪の罪は男色であり、日本人はこれを重大な事だとは思わないから、若衆達も関係のある相手もこれを誇りにし公然と口にする」 

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