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今日ボクが見た風景

日猶同祖論は欲得の空論 ①

Category: 日本国民の心得  
日本人がユダヤ人と出会ったのは、1543年のポルトガル人の種子島漂着(第105代後奈良天皇)以降であって、それ以前にはありえない。

 常識として考えれば、日本人とユダヤ人の祖先は同じではない。日猶同祖論は、あわよくば何らかの利益を得ようとする欲得の空論である。

 ユダヤ人がユダヤ人として本格的に来日し始めたのは、幕末の開国からである(第121代孝明天皇、平安神宮の祭神)。

 それ以前にもユダヤ人が来日していたが、キリスト教ヨーロッパ世界でのユダヤ人差別と迫害から身の安全をはかる為に、改宗しユダヤ人である事を隠していた。隠れユダヤ教徒である事がわかると、キリスト教会に異端者として逮捕され、審問官によって拷問の末に生きたまま焼き殺された。

 1500年から1700年頃までの、キリスト教会による異端者や魔女に対する弾圧は、身の毛がよだつほどの凄惨なものであった。

 隠れユダヤ教徒は、ヨーロッパの宗教改革から逃げる為に、布教活動を理由にしてアジアやアメリカなどに渡った。大海で遭難する危険を冒し、地球の果てまで出かけていったのは、異教徒の霊魂を絶対神の真理で救済したいと願ったからではなかった。

 B・A・シロニー「ユダヤ人な何世紀にもわたって世界中への流浪・離散の間に東アジアに達し、9世紀・10世紀にはインド・中国に植民したが、日本はあまりにも遠く、あまりにも貧しく、そのうえ長い間外国人には閉鎖されていたから、19世紀以前に、そこへユダヤ人が入植したとは考えられない」   

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 神道は、如何なる理由があっても、祖先神・氏神を持つ人を差別をする事を「心の穢れ」であると嫌っていた。

 さらに、海を渡ってきた異教徒の外人(中国人や朝鮮人以外の)を賓客として受け入れ、彼等を「マレビト」の神の裔としてもてなした。

 ゆえに、ユダヤ人をユダヤ人だからとして人種差別する事はなかったし、神道を否定する異教徒だからといって迫害する事もなかった。

 ただし、仏敵退散を主張する個性の強い仏教界は、受け身で個性の弱い神道とは違う対応をした。

 仏教は、教祖は持ち数多の開祖や高僧や名僧を輩出し、数多の教典や経文を世に出し、他宗教や他宗派と積極的に霊魂救済論争を行って論破し、国境を越えて広く布教活動を行い、人種・民族・部族に関係なく全ての信者・門徒に仏法や戒律を守らせた。故に、心強い強烈な個性がある

 神道には、ないモノばかりである。教祖はなく、世に知られた神主・神官・巫女はなく、聖典はもちろん教義・教理もなく、霊魂救済の信仰論争もなく、死後の世界を見据えた布教活動もなく、そして信者・信徒もない。唯一あるとすれば、個人として、冒してはならない美醜の真理による掟・定めである。故に、ひ弱で個性がない。

 神道は、他に類似性のない、排他的ではないが閉鎖的な民族宗教である。

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 インド生まれの仏教は、中央アジア・中国・朝鮮に伝播する内に、各地の土着宗教の世界観に染まって変質し、悟りを解釈する高僧等によって数多くの宗派に分かれた。

 中国仏教の各宗派は、信者を獲得し勢力を拡大する為に、他宗派と法論を繰り返して論破して衰退させた。さらに、皇帝や士大夫等を帰依させる為に、儒教や道教など諸子百家を邪宗と攻撃した。

 貧しく虐げられた民衆は、仏教を革命思想として受け入れた。

 儒教は、仏教を華夷秩序を乱し人心を惑わす邪悪な宗教として弾劾し、天意を奉ずる皇帝を動かして夥しい仏教徒を残忍な方法で惨殺した。

 仏教徒中国人は、叛乱を繰り返して仏敵を殺し、中華帝国を衰退させ、多くの王朝を滅亡させていた。

 中国の属国であった朝鮮も、儒教社会を守る為に、「天」はおろか「仁・義・礼」の徳目を否定する仏教を、危険思想として大弾圧した。

 東アジアにおいて、慈悲に満ちた仏教が根付いたのは、格差の少ない日本のみであった。

 日本の仏教は、変質し凶暴化した中国仏教や朝鮮仏教に興味を示さず、仏教の温和で柔軟な本質を見極める為に天竺・インドをめざした。

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 近代的天皇制度を採用した大元帥明治天皇は、大日本帝国の誕生と発展に貢献した数多くのユダヤ人の大恩を終生忘れなかったか。

 日清戦争に貢献した、イギリス系ユダヤ人のマーカス・サミュエル(ロイヤル・ダッチ・シェル社)とフランス・グードショー銀行のアルベール・カーン。

 日露戦争において多額の軍事債務を引き受けてくれた、ドイツ系ユダヤ人ジェイコブ・シフ(クーン・ローブ商会)。

 大日本帝国憲法の父アルベルト・モッセ。昭和天皇は、モッセの恩に報いる為に家族をゲシュタポから救出した。

 歴史学の父ルドウィヒ・リース。

 日本の外交官として活躍したアレクサンダー・マークス。

 その他。

 皇国教育を受けた日本人にとって、共産主義者=ユダヤ人も、資本主義者=ユダヤ人も、ユダヤ人の秘密結社(フリーメーソン)による世界及び日本征服陰謀説も、日本民族がイスラエル十部族の末裔とする日猶同祖論にも興味を持っても、それ以上の関心はなかった。単に、架空の面白い与太話と受け止め、キリスト教徒ほど信じなかった。

 「八紘一宇」という神道的大家族主義では、自分も他人も大自然という宇宙的世界では身内であり、日本人も外国人も人種や民族さえも理屈を越えて同じ「人」であるとして、差別しなかった。

 古層の日本には、キリスト教徒白人の様な宗教的人種差別は存在しなかった。

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 古層に生きた純朴な日本人は、新しいモノ・優れたモノ・珍しいモノ・面白いモノ・可笑しいモノ・使いやすいモノそして古くて美しいモノを愛でる好奇心が旺盛な、ムラ人型日本人であった。

 ゆえに、天才理論物理学者アインシュタインや有名な作家カフカ、教育者クルト・ジンガー、カール・レーヴィット、偉大な精神分析学者フロイトらを尊敬し、天才喜劇俳優チャップリンをこよなく愛し、画家シャガール、優秀な音楽家マーラー、ビゼー、メンデルスゾーンー、シュトラウスと指揮者ルービンシュタイン、バーンスタイン、ホロヴィッツ、ブルノー・ワルター、演奏家ヨゼフ・ローゼンストック、クラウス・プリングス、アレクサンドル・モギレフスキー、レオ・シロタ、レオニード・クロイツァー、マルガリ-タ・ネッケレーヴェらの奏でる心慰されるクラシックの音律に酔い痴れた。

 そして、愛の詩人ハイネの詩集を低学歴で身分の低い者でも幾つかは諳誦していた。

 古代から、身分の卑しい日本人でさえも詩想をひねり詩歌を嗜んでいた。

 1930年代の世界最大のクラシック・レコード市場は、日本であった。

 都市の低所得層から地方の貧しい農民・漁民まで、世界的な心和む音律を聞き惚れ、心温まる美しい詩集・歌集を愛し、心癒される絵画を味わっていた。

 大陸的な他人を貶し蔑む様なブラック・ユーモア的な嘲笑を嫌い、みんなで心の底から楽しめる本当の笑いを愛した。

 日本人の笑いは、世界的なジョークやユーモアやエスプリとは異質な滑稽な笑いであり、たいていは日本人にしかわからない。ゆえに、世界的には通用されないし、説明すればするほど誤解され理解不能として嫌悪された。

 島国生まれの日本人は、普遍的価値観が理解できず、笑いさえ解さないつまらない人種、ジョーク下手な社交性の乏しい民族、と言うのが世界の認識である。

 神道的日本人は、世界一「お人好し」な性格ゆえに、屈託のない陽気さから世界一祭り好きであった。

 日本人は、お目出度いほど、脳天気な、世界常識のない「阿呆」である。故に、冷静に理屈をこねて一人で観るよりも、我を忘れて輪に入りみんなと一緒に踊り惚けるのである。

 日本人は、欧米的個人主義や東アジア的利己主義よりも、日本の「絆」重視の集団主義に安住している。

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 日本民族は、絶対的な「観念の善」を第一とする東アジア人とは違って、相対的な「心情の美=雅」を愛でる稀有な民族である。

 日本独自の「雅」とは、万国共通の普遍的な美ではなく、合理的な理屈や科学的な理論や哲学的な定義にも関係なく、情感的に「美しいモノは美しい、優れたモノは優れたモノ、心癒されるモノはやはり良いモノ、古くからあるモノは神霊・霊魂が宿るほどの善いモノ」という事だけである。それが、ユダヤ製だろうが、ドイツ製だろうが、気にはしなかった。

 そこには、同じ日本人だからという身贔屓の「甘え」は存在しない。その反対に、同じ日本人であればなおさら未熟者や自己満足に驕る者をけっして許さない厳しさがあった。

 つまり、他人には優しく、自分には厳しい。自虐的なのが、日本人の真骨頂であった。

 真の日本文化は、「甘え」(精神的弱さ)や「妥協」(意図的ないい加減さとは違う)を嫌い、贋作や物真似を軽蔑する口うるさい「辛口」で鍛えられるものであった。

 上達をもたらす創意工夫が日本人職人の信条であり、我慢し努力しない無職の怠け者を最低の人間と軽蔑した。

 農耕漁労民らしく、早朝から夜遅くまで、あくせくと一心不乱に働き続ける事が生き甲斐であった。

 太古の日本人は、怠ける事を嫌い、働く事を快感とする、他に例のない民族であった。

 日本の美=雅は、東アジアの排他的な傲岸不遜で絢爛豪華な普遍的個性美ではなく、控えめで清らかで清楚な艶やかさを伴った民族的心美であった。

 華美な多を嫌い、質素な少を好んだ。

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 日本の反ユダヤ派とは、反天皇の共産主義者同様に、学歴のある知識人や読書家などの資産家インテリとキリスト教的教養(反天皇反神社)を持つ反ナショナリストの国際派エリートであった。彼らの多くは、神代から続く純日本的な「時のうつろい」(四季の変化)や「諸行無常」(人の定めとしての切なさ虚しさ儚さ)などの「心の情緒」(人の弱さ脆さ悲しさ)を、非科学的として否定している。  

 明治天皇を敬愛し手本とした第124代昭和天皇も、ユダヤ人への恩義を在位64年間忘れず、ナチス・ドイツの弾圧を受けるユダヤ人の身の上を案じ続けていた。

 天皇に忠誠を誓う軍部、日本軍人が、ユダヤ人を保護するのは当然の義務であった。

 ヒトラーの真似をしてユダヤ人を差別し迫害する者は、皇道を否定する反天皇主義者か協調性なき自己満足的な右翼・右派のみであった。

 戦時中。信義を重んじる軍国日本は、大恩あるユダヤ人アルベルト・モッセの家族をナチス・ドイツのホロコーストから助けた。

 戦前の情緒的日本軍人は、「天皇の為、国の為、社会の為、他人の為そして『愛する』家族の為に、死ぬほどの名誉はない」と信じていた。

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 宗教的反ユダヤ主義の白系ロシア人は、敬愛するロシア皇帝を殺され、伝統的社会を破壊され、住み慣れた祖先から受け継いだ故郷や敬慕する父母の家を追われ、無一文の難民として避難する途中で愛する家族と引き離され、竹馬の友と信頼する友人を殺された恨みから、至る所でユダヤ人を共産主義者として殺害していた。

 日本の反ユダヤ主義は、大正期のシベリア出兵(1918~22年)から始まり、シベリヤ出兵に参加した軍人の多くは、白系ロシア人からキリスト教(ギリシャ正教)真理とユダヤ人脅威論(偽書『シオンの長老の議定書』)を教えられた。

 偽書『シオン長老の議定書』(翻訳、四王天延考=キリスト教徒)が翻訳されて、日本人はユダヤ人の世界征服陰謀説を知り驚愕した。そして、狂信的共産主義者ユダヤ人が、神の裔・天皇を殺害し、神国日本を破壊し、臣下の日本人を奴隷としようとしていると知らされて恐怖した。

 『シオン長老の議定書』は、ロシア帝国の秘密警察オフラーナが、暴力的共産主義革命を計画するユダヤ人革命家を弾圧する為にでっち上げた偽物とされている。

 『シオン長老の議定書』が本物か偽物かの真贋問題も大事であるが、それ以上に問題なのは議定書を信じた人が多くいたという事である。

 それ以前に、日本で反ユダヤ思想が生まれなかったのは、身近にユダヤ人がいなかったからだという説があるが、それは日本人の混血で雑種民族という歴史と伝統、文化と宗教が理解できない単一民族論者の妄言である。

 確かに、普通の日本人には、ユダヤ人と他のヨーロッパ人が区別できなければ、キリスト教とユダヤ教の違いがわからない。

 さらに、人種及び宗教を理由にした迫害や弾圧、そして暴動や紛争が理解できない。

 つまり、世界通念としての全ての差別概念が理解できない。

 日本の不完全なナショナリズムには、排他的絶対原理で他人と自分を区別し、「個を優先する」という普遍的ルールで人の差異をはっきりさせて交渉するというるという思想が欠如していたからである。

 戦前の日本人は、国際社会での権力闘争という歴史的実情が見えない為に、キリスト教徒白人の有色人種を人間以下の奴隷にする事は理解できても、非ユダヤ人系白人のユダヤ人系白人への歴史的宗教的人種的民族的迫害・弾圧が理解できなかった。

 さらに、同じユダヤ人でありながら宗教的正統派ユダヤ教徒と政治的世俗派シオニストの対立が理解できなかった。

 そして、東方のアシュケナジィ系(ハザ-ル・トルコ系、ドイツ系)ユダヤ人と西方のセファルディ系(セム系、スペイン・ポルトガル系)ユダヤ人が、なぜ反目するのかさえまったくわからなかった。

 昔の日本人には、大陸では当たり前の世界常識が欠落していた。

 閉鎖的島国に生きてきた天皇中心神話の神道的日本人には、大陸史的な普遍宗教価値観が無かった為に、国際的な反ユダヤ主義が理解できなかった。

 ユダヤ人は、ユダヤ教教義から、人を神として祀る事は、絶対神の神聖を否定するものであると否定している。

 故に、ユダヤは反天皇であり反神道である。

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 ユダヤ民族とは、女系民族である。

 女性が産んだ子供が誰の子供か分かず、誰の子か分からない子供に乳を与えて育てたのは女性である。

 ユダヤ人社会は、産ませた男に関係なく、女性の腹を根拠にしてその子供をユダヤ人と認めた。

 故に。ユダヤ人には、ヨーロッパ人やスラブ人もいれば、アラブ人もいれば、アジア人もいれば、アフリカ人もいる。白色人種や有色人種にも、ユダヤ人はいる。

 ユダヤ人とは、人種でなければ民族でもない、ユダヤ教を信じている宗教集団である。



ユダヤ教徒ユダヤ人は、表向きは知日を装うが、信仰において反天皇反神道である。

 一神教のユダヤ教は、その信仰から、神の裔・天皇の神性を認めず、取り柄もない人を祖先と言うだけで神と祀る氏神(現人神)信仰の神道を邪教と否定していた。

 ユダヤ教徒は、絶対神の栄光と自分一人の信仰の為に、異教徒・天皇を滅ぼす事を神聖な使命としていた。

 『旧約聖書』とは、絶対神から選び出された優秀な民族がその信仰を守る為に、敵対する異教徒異民族を殲滅する壮絶な宗教戦争の大叙事詩である。

 これほど、「神の名」による血に塗られた聖典は存在しない。

 同様に、『新約聖書』も、絶対神の愛に目覚め正義に生きる正しい人・善人の信仰を守る為に、異教や異端を神聖な火で焼き滅ぼす事を命じている。


 唯一絶対の普遍真理(宗教的家父長主義)による、世界の画一化・単一化そして単純化の為の布教計画。それは、中世キリスト教会による非白人の奴隷化計画である。白人中心の宗教的選民主義を絶対真理とするキリスト教徒は、人とは絶対神に似せて塵・芥・ゴミから造られた白人だけであるとし、天地創造主に愛され祝福を受ける資格も欧州系白人のみの特権であると確信していた。 真の神への正しい信仰に目覚めた魂だけが、絶対神の祝福を得て永遠の命を授かり、天国に誘われ父なる唯一の神と永久に幸福に生きられる。 その権利も白人にのみ与えられた特権で、非白人には認めていなかった。 白人の宗教的差別主義者は、絶対神から与えられた管理権限で、非白人と動物を生殺与奪で支配する権利と、地球の完全所有権を有すると確信している。 そして、有色人種は人間以下の劣等動物であると認識していた。 まれに、便利に利用できる非白人を「善人で名誉白人」であると、嘲笑を込めて煽てた。無知無能な思考力のない馬鹿な非白人ほど、自分は世界から愛さ、白人から好かれる名誉白人と有頂天となった。 改宗を拒絶する異教徒非白人は、「神の御名」で虐殺され、魂は地獄に突き落とされた。 神の愛を受け入れた改宗非白人は、「神の恩寵」で奴隷身分として助けられた。 中南米とアフリカ、そしてアジアの大半がキリスト教国の植民地となり、非白人は白人キリスト教徒に支配され、文明化の美名の下で地獄の様な奴隷的重労働を強要された。 それが、キリスト教会が、中世から近代にかけて世界に広めた神の概念という、宗教的絶対価値基準である。 現代は、それを「必要悪」と認め、「必要な犠牲」であったと正当化している。



王権神授説 = 欧州の王侯貴族(大半がゲルマン民族)は、キリスト教会の宗教権威で認められた神聖な血統・血筋を守る為に、西欧系白人である事を最低条件として国境を越え、排他的な政略結婚を繰り返していた。王侯貴族は、退屈な日々に刺激を求めて戦争を起こし、国内外の下層階級を虫ケラのように虐殺した。戦争の勝利者は、敗れた国の王族を殺す事はなかく、戦時捕虜として優遇し、身代金を得てから解放した。捕虜とされるのは、資産のある将校だけであり、身代金の払えない下層階級出身の将兵は処刑された。ゆえに、欧州の戦争は「支配者の贅沢なゲーム」と評されている。死ぬのは下層階級の庶民だけであり、上流階級の王侯貴族は優雅でゴージャスな生活を満喫していた。欧州文化とは、特権を有する貴族文化であって、日本の様な無位無冠の百姓や町人などの庶民文化ではない。

 社会契約説 = 民間の成り上がり資産家(多くが改宗ユダヤ人金融資本家)は、上流階級の一員になるべく、生活苦にある貧困貴族の家庭事情を利用して、金銭的的契約のもとで高貴な令嬢と結婚した。彼らは、女系による継承権を尊重した。資産家は、国内外での強奪的経済活動を武力で保証してくれる、気前の良い王族と融資契約をかわし、資産契約した王位継承者を国王に戴いた。上流階級は、政治・経済・外交・軍事を支配する大金を必要として、貧困労働階級や植民地の住民から冷酷に搾取していた。戦争は、新興階級にとって莫大な利益を生み出す経済活動であり、戦争が大きければ大きいほど大金を稼いだ。「死の商人」という真相を隠す為に、非白人から略奪した金や戦利品の一部をキリスト教会に寄付し、人目に付くようにわざとらしく社会奉仕・ボランティア活動をした。

 ダブル・スタンダード社会 = キリスト教世界は、弱肉強食の狩猟社会であるがゆえに、階級ごとに断絶して交わる事はなかった。「血」を神聖視する上流階級は、下層階級や異人種・異民族との雑婚で混血化する事を恐れた。大陸の都市は、階級はもとより、民族や出身や宗教によって居住区を設けて排他的に生活するモザイク都市である。人は絶対神に愛された存在と言うが、人種・民族・身分・性別を越えた万民共有の『自由・平等・博愛』は存在しない。そこにあるのは、差別と偏見と迫害の現実のみであった。類似した非人道的世界があるとすれば、それは正統派儒教による厳格な男尊女卑社会と排他的上下関係を厳守してきた中国と朝鮮である。


キリスト教は、ユダヤ教から独立した一派である。

 『新約聖書』(ヨハネによる福音書8章31~44節)「イエスは、御自分を信じたユダヤ人に言われた。……貴方たちは、悪魔である父から出た者であって、その父の欲望を満たしたいと思っている。悪魔は最初から人殺しであって、真理を拠り所としていない。」

 (テサロニケの信徒への手紙第一書簡2章15~16節)「ユダヤ人達は、主イエスと預言者達を殺したばかりでなく、私たちを激しく迫害し、神に喜ばれる事をせず、あらゆる人々に敵対し、……神の怒りは余すところなく彼らの上に臨みます」

 ユダヤ人問題は、キリスト教世界の歴史的な宿痾である。

 1179年 ユダヤ人を差別する為の特有な服装を義務付けた。



不寛容な排他的中世キリスト教会による、異教徒ユダヤ人への差別と迫害。

 1209年 フランシスコ会が創設された。

 1215年 キリスト教諸国のユダヤ人隔離・差別政策。

 1216年 ドミニコ会が創立された。

 1256年 アウグスチノ会が創設された。

 1432年 ユダヤ人に対して、各都市に設けたゲットーに移住する様に命じた。ユダヤ教の信仰を守ってゲットーに閉じ込められるか、神の愛に目覚めて改宗して自由を得るか、の二者択一が強要された。

 ユダヤ人は、自由を得る為に改宗をしたが、それな見せ掛けにすぎず、隠れユダヤ教徒として民族宗教の信仰を捨てなかった。

 キリスト教会は、ユダヤ人の絶対神への背信行為を憎み、隠れユダヤ教への弾圧の機会を狙っていた。

 戦乱や天災による被災民の救済と貧困階級の支援と病人の看病などの各種福祉事業は、王侯貴族から多額の寄付金を集めるキリスト教会の責任とされ、国家共同体は一切行わなかった。



中世キリスト教会による、隠れユダヤ教徒への宗教裁判(1480年頃。異端審問と魔女狩り)。

 1400年末 大航海時代の幕開け。

 1492年 新生スペイン王国は、バチカンの支援を得る為に、イスラム教に協力したユダヤ教徒ユダヤ人追放令を発布し、禁止令に背く者は反逆者として生きたまま焼き殺した。

 隠ユダヤ教徒は、キリスト教会の非道な弾圧と拷問を逃れる為に、地位や財産を捨てて国外に逃亡した。

 改宗ユダヤ人は、容赦なき宗教裁判を恐れ、キリスト教会の信用を取る為に、修道士となって異教徒の土地で攻撃的な布教活動を行った。

 イエズス会やフランシスコ会などの修道会の宣教師らは、天地を創造した唯一絶対神と神の子イエス・キリストを信仰し、汎神論的異教徒を神の愛で目覚めさせ罪深い魂を救済する為に、死の危険を冒して海を渡った。

 宣教師や修道士らは、絶対的真・善という神の概念と理知的倫理観を、未開地に広める事を神聖な使命とし、不退転の決意のもと如何なる犠牲も厭わなかった。

 アステカ(1521年)やインカ(1533年)など中南米の異教徒国家への侵略及び異教徒非白人への大虐殺。

 地元の原住民は、絶対神の愛と正義に目覚めて伝統的民族宗教を捨て、人としての幸福と魂の救済を求め、正しい人・善人に生まれ変わる為に洗礼を受けた。

 キリスト教徒の篤い信仰心により、中南米のキリスト教化は大成功し、自然を崇拝するシャマン的民族宗教は消滅した。

 スペインとポルトガルは、1600年代から中南米の植民地経営を本格化し、数千万人の地元民を犠牲にして膨大な金・銀・宝石類を手に入れた。

 ドミニコ派修道士ラサ=カサスは、原住民が野蛮人として虐待されていることを、スペイン国王に報告した。

 両国は、同様の植民地政策を地球上に拡大していった。

 キリスト教会は、全ての行為を、絶対神が予め定めた計らいであると祝福した。

 1534年 パリ市のモンマルトルの殉教者聖堂の地下室で、イグナチウスやザビエルら7名が誓願して、神の軍隊であるイエズス会を創設した。

 1540年 ローマ教皇は、イエズス会を公式に認可した。






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