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今日ボクが見た風景

シベリア地方のビリアート人は北方古モンゴロイド

Category: ブログ  

シベリア地方のビリアート人は北方古モンゴロイド


日本人が先住系の縄文人と渡来系の弥生人のブレンド
というのはその通りなんだが、
かつては(といってもここ数年前)
古モンゴロイド=縄文人を新モンゴロイド(なぜそういう区分があるかというと、
新は氷河期にシベリア辺りに閉じこめられ体質変化したモンゴロイドだから)
の弥生系の人々が征服して、混血し、やがて国の成立をみた、と考えられていた。
その弥生系の人々は朝鮮半島から稲作等の先進文化を持っていて、
土着の縄文人を取り込んでいった、というのが定説だったが、
その定説がこの1年ほどで覆ってしまった。
それは稲の最新のDNA鑑定の結果によって、
稲の伝播はむしろ日本から朝鮮半島へという流れが科学的に明らかになったことによる。
そしてまた人体のDNA鑑定により、日本人は現在のシベリア地方のブリアート人に近いという結果が出た。
さらに現代シベリア地方に住んでるビリアート人は新モンゴロイドではなく、
古モンゴロイドの中でも北方モンゴロイドだということがわかった。
だからシベリア=新モンゴロイドという通念からすると、
古モンゴロイドの縄文人のDNAがぬけおちてしまうのだが、これで解けたわけだ。
考古学的な発見の積み重ねもあった。
今まで弥生時代の遺跡の下から縄文の遺跡がかなりでてきていて、
しかもそれは弥生縄文ともにだいたいが縄文人の人骨が多いということもわかった。
それはどういうことかというと、
一部には確かに弥生人と縄文人との争いの痕跡があって、
それが弥生人によるが縄文人の征服の証拠とされたが、
実際は縄文人の多くは稲作を中心にした弥生文明を受け入れて、
(受け入れなかったのが蝦夷=アイヌ人)
少数の渡来の弥生人と混血し、日本人ができ国家が形成されていった。
このことは考古学的科学的な日本の歴史にも合致しているとみなされるようになった。
文献学的にもそう。歴史的な事績云々は置いて、天孫降臨のニニギノミコト以下
稲作を持って渡来してきた(弥生系)天皇家の子孫はほとんど土着の(縄文系)の娘と婚姻して、
子が代々天皇家を継いでいる。



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