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今日ボクが見た風景

ネイティブ・アメリカンの教え

Category: ブログ  

インディアンであるとは
血の問題ではなく
生き方の問題

チェロキー





今日ボクが見た風景






ブラック・エルク(オガララ・ラコタ族)の言葉

いちばん重要な、最初の平和は、

人の魂のなかに生まれる。 

人間が宇宙やそのすべての力とのあいだに、

つながりや一体感を見いだせたとき、

その平和が生まれるのだ。


宇宙の中心にはワカンタンカが住まい、

しかもこの中心はいたるところにあって、

それはわしらひとりひとりの内部にもある、と理解したときにな。


これこそが真実の平和なのだ。


ほかの平和はすべて、この真実の似姿にすぎん。


二番目の平和というのは、二人の人間のあいだに生まれる。

そして三番目の平和が、二つの部族間にあらわれる。


しかし、わしがしばしば言うように、

人の魂のなかに生まれるものこそが真実の平和なのだから、

その平和をまず知っておかない限り、

部族間の平和などとうてい実現せぬということを、

なによりも理解しなくてはならん。









首長 ルーサー・スタンディング・ベアの言葉

幼少のころ、わたしは与えることを学んだ。文明化されるにしたがい、この恵みを忘れてしまった。

自然のなかで暮らしていたのに、現在は人工的な環境のなかで暮らしている。

昔は、小石のひとつひとつがわたしには大切であった。

成長する木々の一本一本が、崇敬の対象であった。

今、わたしは白人といっしょに、風景画の前で礼拝する。


その絵は金銭的価値があるのだそうだ!

このように、インディアンは作り変えられてゆく。

自然の岩を細かく砕いてブロックを作り、

近代社会の建物の壁の一部にするように・・・・・・・・・・・・


最初のアメリカ人(訳注=先住民族を指す)は謙虚な自尊心を持っていた。

その性格にも教えにも霊的にも傲慢さは見られなかった。

言葉をみごとにあやつるものは語らぬ被造物より優れている、などと考えたりはしなかった。

それどころか、それはわざわいをもたらす才能と思われていた。


最初のアメリカ人は沈黙を深く信じていた。沈黙は完全な平衡のあかしであるから。

沈黙とは、体と精神と魂が完璧な釣りあいをとっていることである。

自己を保っている人は、葉の一枚たりとも動かぬ木のように、

小波ひとつ立たない輝く池のように、つねに静かで、実存のあらしに揺すぶられることがない。

無学な賢者の考えによれば、もしあなたがその人に「沈黙とは何か」と尋ねるならば、

その人は、「沈黙とは大いなる神秘!」「聖なる沈黙はそのお方の声!」と答えるであろう。


もしあなたが「沈黙のもたらすものは」と問うならば、その人は、

「自己抑制、真の勇気、堅忍不抜、尊厳、そして崇高。沈黙は人格にとって隅の親石である。」

というであろう・・・・・





今日ボクが見た風景






自分自身のことでも、自分の世代のことでもなく、来るべき世代の、私たちの

孫や、まだ生まれてもいない大地からやってくる新しい生命に思いを馳せる。

(アメリカ先住民の古老)










大地は知っている。もしおまえが、間違いを犯せば大地は知っている。

(コユコンインディアン)








大地が横たわっている。

大地の魂が横たわっている。

その上はすべての生き物で装われている。

聖なる言葉が横たわっている。

(ナバホインディアンの歌)










せせらぎや川を流れる輝かしい水は、ただの水ではなく、われわれ祖先の血だ。

  湖の水面に映るどんなぼんやりとした影も私の部族の出来事や思い出を語っているのだ。  

かすかな水の音は私の父の父の声なのだ。

(シアトルの酋長)




大気はそれが育むあらゆる生命とその霊を共有していることを忘れないで欲しい。

我々の祖父たちの最初の息を与えた風はまた彼の最期の息を受け取る。

(シアトルの酋長)







オードリー・シェナンドア(オノンダガ国の女氏族長)の言葉

今から私たちの言葉を、すべての生命を支えてくださる母なる大地に向けましょう。

母なる大地の胸元に生きる小さな草々を見つめ心を一つにしましょう。

 あらゆる植物、木々、地球上すべての水、魚、動物、鳥たち、そして聖なる四つの 

方角から吹いてくる風---これらすべてと心をひとつにすることです。

私たちの感謝と敬意はひとつとなって、空の世界へと昇ります。

空の世界にはあらゆる生命の女性たちと深く大切なつながりを持つ、

祖母なる月がいらっしゃいます。

そこにはまた、太陽と星と空の世界の精霊たちがおられます。

これらの存在はみな、

この偉大なる生命のサイクルの原初の教えを守っておられるのです。

   私たちの心はひとつになって、聖なる生命のサイクルに敬意を払い、感謝します。   

私たちは人間として謙虚に生き、

日々自由に使っている創造主からの贈り物に感謝することを忘れてはなりません。






今日ボクが見た風景






シアルス(シアトル)首長の予言(1853)


白人が我々の生き方を理解しようとしないのは、わかっている。


彼らにとってはこの土地もあの土地も同じなのだ。

彼らは、夜にやってきて、必要なものすべて奪っていくよそ者である。


地球は、彼らにとっては、兄弟ではなく敵なのだ。

征服しては、ただ前進していく。


彼らの食欲は尽きることなく地球を貪り食い、彼らが通ったあとは砂漠しか残らない。

空気は、インディアンにとって貴重なものだ。


動物も木も人間も、すべてのものが同じ空気を吸って生きている。


だが、白人たちは、自分たちが吸っている空気に気づかない。

何日も死んでいた人間のように嗅覚が麻痺しているのだ・・・・・。


わしは、白人に汽車の中から撃たれそのまま大草原に放置されて腐ったバッファローの死体を何千と見た。

彼らは、生きるためにだけバッファローを殺す我々を野蛮人だと言う。


煙を吐く鉄の馬の方がずっと大切だということが野蛮人だから理解できないのだと言う。

同胞よ、動物がいなくなって、何が人間だというのか?

もし、すべての動物が地上からいなくなってしまったら、人間は魂のひどい孤独感で死んでしまうだろう。


動物に起こったことは、いずれ人間にも起こるからだ。

すべての命はつながっているのだ。・・・・・


我々が子供に教えてきたことを、自分たちの子供に教えるがいい。

地球が自らの母であることを伝えるのだ。


地球にふりかかる出来事は、その子供たちにもふりかかるのだということを。


人間が地球に唾を吐けば、自分自身に唾を吐いていることになるのだということを。


我々にわかっていることは、地球は、人間のものではないということ。


人間が、地球のものなのだ。そして、すべてのものが

一つの家族を結ぶ血のようにつながっているということである。

すべては一つに結ばれているのだ。

友人のように共に歩き語る神を持つ白人でさえ、共通の運命から逃れることはできない。

結局、我々は兄弟だったのだといずれわかるときが来る。


一つ確かなことは、いつか、我々の神が、

白人が崇めていた神と同じ一つのものだったとわかる時が来ることだ。

今は、我々の土地を望んだように、神を自分たちだけのものだと思っているだろう。

だが、それは出来ないことなのだ。

神とは人間の神であり、神の慈悲は、赤色人種であろうと白色人種であろうと平等に与えられる。

神にとってもこの地球は大切なものである。


地球を傷つけることは、その創造主を侮辱することだ。


白人もやがて死ぬときが来る。


白人は、我々より早く滅び去るだろう。


自分の寝床を汚していけば、自分が出した排泄物の中で、ある夜、窒息死することになるだろう。

しかし、白人が死ぬとき、白人をこの大陸に導き入れ、

ある特別な目的のためにこの大陸とインディアンを支配する力を与えた神の力ある手により、

白人に火がつけられる。


それは、まぶしいほどの輝きとなるだろう。


なぜ、神が白人をこの地にもたらしたのかは謎のままである。

バッファローが、いつ全滅させられたのか、いつ野生の馬が飼いならされたのか、

いつから、深い森の神秘の世界にまで白人の匂いがしみこんでしまったのか、

いつから実りの深い山々が電線だらけになってしまったのか、何もわからない。

雑木林は、どこにあるのか? 消えてしまった。


鷲たちは? 消えてしまった。

生あるものの終わりと、生き残るものの新しい世界の始まりである。







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