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今日ボクが見た風景

日本第一(Japan As No.1)から

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日本、この小さき島国が忽然と歴史の表舞台に姿を現したのは、19世紀後半の時代であった。そして気付けば世界史に名を成し、アジアで唯一、そして世界第二の経済大国へと駆け上がったのだ。また、20世紀中期になると焦土と化した国土を瞬く間に復興し、更に強大な国家へと変貌、世界において主要な国家の一つになった。

『Japan As No.1』の著者であるハーバード大学の教授エズラ・ヴォーゲルは、日本を世界一の大国であると賞賛している。日本の国土面積はアメリカのカリフォルニア州ほどの広さであり、資源は殆ど産出されず、工業用資源の95%を輸入に頼っている。また、数多くの天災に見舞われており、地震・台風・津波などが絶えず押寄せている。人口密度は高く、食糧自給力は不足しており、本来であれば世界的にも貧しい国家となっていたはずだ。しかし、ここ100年ほどは幾度となく世界中の人々を驚かせてきた。

経済においては、明治維新以降の20年間で国の工業化に成功し、わざわざ高品質な外国製品を国内産業保護の為に排斥する必要も無かった。1900年前後においては、外国の市場にも積極的に進出する事でさらに飛躍を遂げるに至った。特に、第二次世界大戦後には20年ほどで廃墟からの復興を成し遂げ、国民総生産額はドイツ・ソ連を超え、アメリカに次ぐ経済大国にまでなった。しかし、人口の面では1億2千万ほどと米国の半分ほどであり、人口から見た経済力において日本は世界一となった。これに対して世界中の人々が一様に驚嘆した。「非西洋諸国の中で唯一近代化を成し遂げた国家」であると考えたのだ。

アメリカの学者達はこの近代化に関して、学問の普及、高い都市化率、比較的多い所得、社会の変革等が日本の成功に繋がったと評価している。特に、国民は政府を信用し、犯罪や都市の衰退、失業、インフレ、財政赤字などの問題に対して日本は迅速に対処する事が可能であり、これに対してアメリカ人は危機感を抱いているのである。

NBCテレビの報道アナウンサーはこう語っている。「日本が植民地だとでも?植民地と言うのは原材料を輸出して、製品を輸入する様な国ですよ」。この定義を当てはめるのであれば、もはやアメリカは日本の植民地へと成り下がったと言わざるを得ない。なぜなら、アメリカの至る所には日本製の製品が溢れかえっているからだ。これは言い過ぎでだろうか?プライドの高いアメリカ人が聞けば激怒する事だろう。どうして日本はここまでの成功を手にしたのだろうか?この点に関しては、西洋の研究者だけでなく、発展途上国も注視している。特に日本と同じく儒家思想が根付くアジア諸国は日本を注意深く観察している。

日本の成功の裏には、伝統と近代化の関係があったとアメリカの学者達は考えた。まず一つ目は伝統が近代化に作用したという点である。例えば徳川幕府の時代は「お家」が集団にとって第一とされていたが、それが近代化によって「会社」へと変化し、それが会社の利益に繋がった。伝統的な武士道の精神は、神風特攻隊のような国家忠誠へと変化したのである。また、この精神は現在では「会社」の為に尽くすという形に変化している。これは西洋ではまず考えられない事であり、儒家思想の文化と背景がある国家だからこそ出来たものであろう。その為、シンガポール、香港、台湾などは海外に移住した儒学者たちを呼び寄せ、何度も講演を催しているのだ。

東洋人というものは、西洋人からすれば「理解しがたい」ものである。私個人が見てきた考えでは、日本人がこうした世界的な経済大国となったのは、戦後になって全日本国民が「共に立ち向かい」、「高みを目指そうと堅く決意」し、まさに命を懸けたからであろうと考える。東アジアにおける歴史や文化というものは、元を辿れば中国の文化から派生したものである。古来より中国の文化的恩恵を受けてきたのである。日本に関しても・・・元を辿れば中国文化が源流となっている・・・。だが文化的発展の様式は中国と大きく異なっている。なんと日本の場合、
伝来した文化を独自に発展・改良し、日本特有の文化を形成していったのである。

日本はかつて中国のような中央集権的な国家から、戦国時代のような封建社会へと制度を変え、国難に見舞われた事があった。仏教は日本でも広く信仰されている宗教であるが、その形態は中国やインドとは全く異なったものとなっている。明治維新以前においても文学は中国とは全く異なる日本独特の文学となっていたのだ。しかし、中国から伝来した文化の一部においては、禅宗や封建制度、軍学などは基本的にそのままの形で継承されている。

日本は古代より神々の末裔とされる帝が統治する国家であり、文化や知識といったものは閉鎖的で思想も偏ったものとなっていた。しかし、中世になると武士が政治を担う事となり、次第に天皇による権力独占の形は崩壊し、権力=天皇の構図ではなくなった。武士こそが権力・武力の頂点に君臨する存在となったが、武士が天皇にとって変わるわけではなかった。つまり、日本では権力と権威が分裂し、2種類の力が別々に存在する事となったのだ。ここにおいて様々な思想や文化が華開く事となった。この2種類の力は均衡しており、天皇、あるいは将軍が民に対して非人道的な政策を推し進める事は出来なかったのである。これは全く持って偶然の事なのかもしれないが、日本にとっては幸運な事であったと言わざるを得ない・・・。




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