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今日ボクが見た風景

野田財務相も違法献金 なのに総理やれんの?

Category: 政治  

前原前外相が、在日外国人から政治献金を受けていた問題が発覚し、引責辞任したばかりだが、菅首相も同じく在日韓国人から政治献金を受けていた事が判明した。また野田財務­相もNPO法人から不適切な政治献金を受けていた事が判明し、民主党の「政治とカネ」の問題がいかに根深いかを露わにした。菅首相は自らの政治責任をどうつけるのか?民主­党の政治倫理について注視していきます。



前原は辞任したのに管が辞任しないのはおかしい


菅首相の違法献金問題、法的には問題ないと認識=野田佳彦財務相

(3/11 9:37 ロイター)
[東京 11日 ロイター] 野田佳彦財務相は11日、閣議後の会見で、11日付朝日新聞が菅直人首相の資金管理団体が在日韓国人から104万円の献金を受けていたと報じたことについて、けさの閣僚懇で首相から、外国籍との認識はまったくなかったとの説明があったことを明らかにしたうえで、「故意ではないので、法的には問題ない」との認識を示した。

予算関連法案の年度内成立が厳しくなるなか、与党は、租税特別措置などの日切れ法案や子ども手当法案については「つなぎ法案」を提出し混乱回避を目指している。

赤字国債の発行根拠となる特定公債法の成立のめどもたたないが、野田財務相は「年度内成立を目指して審議している。

懇切丁寧に説明しながら賛同を得たい」と語った。
東京証券取引所と大阪証券取引所の経営統合に向けた協議に関しては「日本のマーケットをより大きくするなかで世界に伍して戦っていく意欲の表れではないか」と評価した。

月末に中国で開催予定の20カ国・地域(G20)セミナーには、玉木林太郎財務官が出席する予定。野田財務相は「気持ちのうえでは行きたいが、職責上、年度末は困難だ」と述べた。

(ロイターニュース 吉川 裕子;編集 石田仁志)



画像



地震報道で、管が在日韓国人から献金を受けていた事が発覚した問題が掻き消されようとしているが、しかし追求から逃がしませんよ!

前原が辞めたのだから、管も当然、辞任しないと整合性がつかない。

外国人だと知らなかっただと?通名だからか?だったら今後、また、外国人とは知らずに献金を貰う可能性があるので、外国人だと分かり易いように通名を禁止しろ!在日韓国朝鮮人だと分かるように本名で生活することを義務ずけるべきだ!

まだ調査すれば他にも沢山、外国人から献金を貰ってる政治家はわんさか出てくるでしょう。

売国奴は全員辞任しろ!政治家も辞めろ!





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日本最後のクーデター 二・二六事件

Category: 日本国民の心得  

二・二六事件から 75年 (2011年2月26日)



 すでに75年もたつのだ、「最後のクーデター」である二・二六事件から。

 1936年(昭和11年)2月26日は雪の日であった。地球温暖化がはじまる以前の日本の二月は、ほんとうに寒かったのだ。本日の関東地方南部は、空気はやや肌寒いもの快晴。こんな天気の日から75年前を想像するのは、またさらに難しくなってきたようだ。

 2月26日から29日にかけての4日間は、その後の日本の方向性を決定したエポック・メイキングな事件であった。この事件のあと、日本はカタストフィーに向けて、戦争の時代へと突入してゆく。

 写真は「九段会館」。1936年当時は「軍人会館」と呼ばれていた。東京・九段に当時の建物がそのまま残っているが、二・二六事件において勅令により「戒厳令」が施行された際、戒厳司令部がここに置かれたことは知っておきたい。戒厳司令官は香椎浩平中将、戒厳参謀に命じられたのが石原完爾大佐である。

 「尊皇討奸」のスローガンのもと、天皇の周辺の「君側の奸」を排除せんとして、高橋是清をはじめとする重臣たちを殺害した青年将校たち。昭和天皇が、「叛乱軍」による重臣暗殺の報に激怒され、朕が自ら兵を率いて鎮圧に当たるとまで主張されたことは、現在ではよく知られている事実となっている。

 「やむにやまれぬ」という主観的な思いから立ち上がった青年将校たちであるが、しかし皇軍と称された「天皇の軍隊」を、本来の目的以外に使用したこと軍紀違反以外の何ものでもない。戦後は「国民の軍隊」となったが、戦前は天皇に絶対的忠誠を誓う「天皇の軍隊」であった。

 軍隊というものは上意下達が命である。この指揮命令系統に忠実に従うことによって、はじめて軍隊組織が機能する。「叛乱軍の」兵士たちは、目的を何も知らされずに動員された。下士官や兵たちにとっては、上官の命令に従ったに過ぎないのである。

 したがって、戒厳司令部が「帰順工作」を、下士官と兵に対して行ったのは当然であった。「下士官兵に告ぐ」のビラが配られ、アドバルーンが上げられた。その内容を写しておこう。

下士官兵に告ぐ

一、今からでも遅くないから原隊へ帰れ
二、抵抗する者は全部逆賊であるから射殺する
三、お前達の父母兄弟は国賊となるので皆泣いておるぞ

二月二十九日 戒厳司令部

 復帰をうながすNHKラジオ放送も行われた。

兵に告ぐ

勅命が發せられたのである。
既に天皇陛下の御命令が發せられたのである。
お前達は上官の命令を正しいものと信じて絶對服從を
して、誠心誠意活動して來たのであろうが、
(お前達の上官のした行爲は間違ってゐたのである。・・この一文は削除
既に勅命、天皇陛下の御命令によって
お前達は皆原隊に復歸せよと仰せられたのである。
此上お前達が飽くまでも抵抗したならば、それは
敕命に反抗することとなり逆賊とならなければならない。
正しいことをしてゐると信じてゐたのに、それが間違って
居ったと知ったならば、徒らに今迄の行がゝりや、義理
上からいつまでも反抗的態度をとって
天皇陛下にそむき奉り、逆賊としての汚名を
永久に受ける樣なことがあってはならない。
今からでも決して遲くはないから
直ちに抵抗をやめて軍旗の下に復歸する樣にせよ。
そうしたら今迄の罪も許されるのである。
お前達の父兄は勿論のこと、国民全体もそれを
心から祈ってゐるのである。
速かに現在の位置を棄てゝ歸って來い。
          戒嚴司令官 香椎中將


(出典:「兵に告ぐ」のテキストは、wikisource 兵に告ぐ
 また、ラジオの音声が YouTube にアップされている。2・26事件 復帰を促すラジオ放送 

 ちょうど10年前に、つれづれなるままに(2001年2月26日)と題して、私が書いた文章があるので再録しておこう。
 
つれづれなるままに(2001年2月26日)

二・二六事件から65年

 本日は二・二六事件がおこってから65年目にあたります。昨年は『憂国』という小説を書いて、映画化し、主演した三島由紀夫が自決してから30年目にあたりました。
 筆者は右翼ではありませんが(もちろん左翼でもありません)、二・二六事件には昔から多大な関心を抱いてきました。最初は、日本近代史上唯一のクーデータの、決起した青年将校たちへの浪漫主義的な共感から。

 ところが、調べるといろいろな事実がわかってきます。クーデター実行のみに重点がおかれてクーデター後の構想を欠いていたこと。昭和天皇自らが鎮圧する意思を示したことの誤算。東北地方の飢饉について。決起した青年将校たちの多くが文学青年だったこと(軍隊は基本的に理工系で、社会科学的素養を欠いていた)。昭和維新という運動について。戦前の革新とは、反資本主義の国家主義者たちのことだったこと。陸軍という巨大組織の内部抗争(皇道派 vs 統制派)に利用されたこと。憲兵隊によって事件発生前から電話が盗聴されていたこと。一審のみ上告なしの非公開の軍法会議で銃殺刑が決まったこと。等々。

 アジア太平洋戦争における作戦面での「日本軍の失敗」に関しては、研究書も出版されて注目されていますが、組織と人間の関係を考えるにあたって、二・二六事件が示す意味も依然として大きいものがあるのではないでしょうか。いきすぎた「能力主義」がもたらした下克上による組織内価値観の混乱、徹底した合理主義者(統制派)と情緒的日本主義者(皇道派)との意識レベルのギャップ、視野狭窄の指導層と指揮命令系統の混乱、等々。

 きめつけや安易な教訓を引き出すつもりはありません。今年もまた2月26日を迎えたか、という感慨があるのみです(2月26日)。

 この当時は「アジア太平洋戦争」というタームを私も使っていたが、現在では「大東亜戦争」という名称で統一することにしている。歴史的には後者のほうが正しいからだ。

 この文章を書いてから10年。

 この10年間の大きな変化といえば、いまこれを書いているブログ(=ウェブログ)もそうであるし、YouTube で視聴可能となった動画もそうである。

 ここにもいくつか動画を一つ紹介しておきたい。

 「青年日本の歌 昭和維新の歌」である。YouTube にアップされているので紹介しておこう。
http://www.youtube.com/watch?v=xtQNFqmGucM&feature=related

 作詞・作曲 三木卓(1930)。三木卓は五・一五事件の叛乱将校で海軍中尉。歌手は、アイ・ジョージ。なお、原詩は大川周明の「則天行地歌」と伝えられている。

 歌詞を全文掲載する。悲憤慷慨を絵に描いたような歌詞である。http://rasiel.web.infoseek.co.jp/nihon/seinen.htm に詳しい解説があるが、土井晩翠と大川周明から盗用しているようだ。

 古代中国は戦国時代の楚の政治家で詩人・屈源の故事に基づくものである。屈原は楚の国の前途に絶望して、石を抱いて泪羅(べきら)の淵に身を投げた。

昭和維新の歌

一 泪羅(べきら)の淵に波騒ぎ 巫山(ふざん)の雲は乱れ飛ぶ
 混濁の世よに我立てば 義憤に燃て血潮湧く

二 権門上(かみ)に傲れども 国を憂うる誠なし
 財閥富を誇れども 社稷(しゃしょく)を思う心なし

三 ああ人栄え 国亡ろぶ 盲(めしい)たる民 世に躍おどる
 治乱興亡夢に似て 世は一局の碁なりけり

四 昭和維新の春の空 正義に結ぶ丈夫(ますらお)が
 胸裡(きょうり)百万兵足りて 散るや万朶(ばんだ)の桜花

 五、古びし死骸(むくろ)乗り越えて 雲漂揺(ひょうよう)の身は一つ
   国を憂いて立つからは 丈夫(ますらお)の歌なからめや

六 天の怒りか地の声か そもただならぬ響ひびきあり
 民(たみ)永劫(えいごう)の眠りより 醒よ日本の朝ぼらけ

七 見よ九天(きゅうてん)の雲は垂れ 四海(しかい)の水は雄叫(おたけび)て
 革新の機(とき)到ぬと 吹くや日本の夕嵐

八 あゝうらぶれし天地(あめつち)の 迷いの道を人はゆく
 栄華を誇る塵の世に 誰が高楼(こうろう)の眺めぞや

九 功名何ぞ夢の跡 消えざるものはただ誠
 人生意気に感じては 成否を誰かあげつらう

十 やめよ離騒(りそう)の一悲曲 悲歌慷慨(ひかこうがい)の日は去りぬ
 われらが剣(つるぎ)今こそは 廓清(かくせい)の血に躍るかな


 75年もたてば、二・二六事件は、もうほとんど完全に風化してしまっているかもしれない。しかし、この事件に寄せる日本的心情は、民族としての日本人の奥底にある DNAレベルのものであるので、いつまた噴き出すかわからない。

 2006年のクーデター後、バンコクにいた私はタイ人の友人に対して「日本では、すでに70年もクーデターがないぞ!」と威張ってみたことがある。もちろん、タイにおいてはかつては、クーデターが政権交代の一手段として機能していたこともあり、日本とは性格が大きくことなるのだが。
 
 10年後の2021年においても、二・二六事件が日本における「最後のクーデター」であることを願うばかりである。



二・二六事件


貧富の差が拡大し、貧しい農民の暮らしが更に苦しくなる政治の在り方や、軍部の方針に不満を持つ陸軍の皇道派に属する青年将校達が、昭和11年 ( 1936年 ) 2月26日に起こした クーデターのことを、発生の日付から ニイ・ニイ・ロク 事件 と呼びます。 青年将校に率いられた第 1 師団の歩兵第 1 連隊、歩兵第 3 連隊、近衛師団の歩兵第 3 連隊などの総勢 1,473 名 からなる反乱部隊が、首相官邸などの主要閣僚官邸を襲い、大蔵大臣、内務大臣、教育総監など 9 名 を殺害し、赤坂山王 ホテルに本拠地を置きましたが、戒厳令が布告されて、天皇の鎮圧命令により 3 日後の 29 日に鎮圧されました。( 写真は ホテルを警備する反乱軍兵士 )

その際に戒厳司令部によって作られた ビラ 3 万枚が、飛行機から反乱軍に投下されました。


下士官兵ニ告グ

一、今カラデモ遅クナイカラ原隊ヘ帰レ

二、抵抗スル者ハ全部逆賊デアルカラ射殺スル

三、オ前達ノ父母兄弟ハ国賊トナルノデ泣イテオルゾ


2月29日 戒厳司令部


飛行機からのビラだけでなく ラジオでも 兵ニ告グ と繰り返し放送し、のちに開かれた軍法会議により、反乱将校17 名が死刑に、5 名が無期禁固刑に、6 名が禁固 15 年の刑に処せられました

クーデターそのものは失敗に終わりましたが、これを契機に軍部の要望を入れないと再び クーデターが起こるという 恫喝の口実 を与えることになりました。更に陸軍大臣、海軍大臣については 現役武官制 が定められ、軍部の意見が入れられなければ陸海軍から大臣を出さないなどとして発言力が増大しましたが、それはやがて日中戦争、太平洋戦争へ向かう、大きな ターニング、ポイントになりました。

注:)1
青年将校たちの決起の背景を松本清張は 「 昭和史発掘( 8 )」の中で次のように書いています。

農村の疲弊は、慢性的に続いていた農業恐慌の上に、更に昭和 6 年と昭和 9 年に大凶作があって深刻化した。農家は蓄えの米を食い尽くし、欠食児童が増加し、娘の身売りがあいついだ。農村出身の兵と接触する青年将校が、兵の家庭の貧窮や村の飢饉を知るに及んで軍隊の危機を感じたというのはこれまでくどいくらい書いてきた。

そして青年将校らは考えた。結局独占資本的な財閥が私利私欲を追求するために、こうした社会的な欠陥を招いたとし、それは政党がこれらの財閥の援助をうけて庇護し、日本の国防を危うくする政策を行っているからだとの結論に達した。

注:2)
反乱部隊の幹部( 将校 )について父親の職業を調べた資料がありますが、それによれば調査可能な 14 名のうち 11 名までが武官であり、長年軍務に服した後はその多くが退役少将として、恩給で十分な生活を保証されていた恵まれた地位にありました。( 軍事史、藤原彰 )

注:3)

[ 東北地方の惨状 ]

岩手県では農家 7 万 7千戸( 県人口の約 40 パーセント )が、生活救済 ( 支援、保護 )を必要となりました。昭和 9年( 1934年 )10月12日から11月1日まで報道された東京朝日新聞の連続記事 「 東北の凶作地を見る 」 によれば凶作の最激甚地、岩手県の 九戸 ( くのへ )郡や 二戸 ( にのへ )郡の山村では、
稗( ひえ )、粟( あわ )さえも尽きようとし、楢の実( ドングリ )が常食となり、上閉伊( かみへい )郡では7千5百戸のうち、6千戸 が救済を求め、附馬牛 ( つけまうし )村では農民が鶏の エサ であるふすま( 小麦の皮 )や稗( ひえ )のぬかを買い、練り物にして食べていた。県下の10月現在の欠食児童は 2 万 4千名 を数え、12月には 5 万名 を超えるものと予想された。
注:4 )
写真は女衒 ( ぜげん、人買い )に連れられ売春宿に身売りされた気の毒な少女や娘達ですが、当時の農村の貧困、疲弊を示す具体的数値として山形県警察本部保安課による調査資料があります。それに依れば、 昭和 9 年1 月から11 月までの間に、県内での娘身売りの数は 3,298 名で、内訳は芸妓 249 名 、娼婦 1,420名 、酌婦 ( 公娼に対して私娼のこと ) 1,629 名 でした。 同じ年( 昭和 9 年、1934 年 )の10月10日現在の青森県の資料によれば、身売りしたもの、芸妓405 名 、娼婦 850 名 、酌婦 1,024 名 で、これ以外に離村した女子は女給として 945 名、女工 1,427 名、女中その他の 2,432 名があり、合計では 7,083 名 でした。( 中央公論、昭和 9 年、1934年 12 月号による )

張り紙をした山形県の村役場は、東北地方では珍しくない状態でした。農家は凶作がもたらした飢餓と貧困にさいなまれ、青田を売り、娘を売り、しかも子は飢え泣く状態でした。掲示にある伊佐沢村とは、現在では山形県 長井市 上 ( 下 )伊佐沢に属します。注:5

青田売りとは経済的に困った農民が未だ稲が青い時期に、生活資金欲しさから米の収穫を見越して先売りすることで、相手から安く買い叩かれるのが普通でした。

その当時、社会主義者の山川均 ( ひとし、1880~1958年 ) は雑誌 「 改造 」 に、

「 ふとんのある農家は 一軒も無いといってもいいだろう 」、と農村の窮状を発表しました。


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保守主義について語る1/2(渡部昇一・中川八洋)新世紀歓談1996年

Category: 政治  

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保守主義について語る動画解説

Category: 政治  

この対談で中川先生のことを初めて知り、以来、様々な著書を拝読­しています。

現在の政治、経済、外交、教育の混迷は、先生の指摘するルソー、­マルクス主義による汚染が原因で、その除染を行わない限り、日本­の再生は不可能だと私は確信しています(この汚染はGHQが原因­ではなく、戦前の日本での社会主義ブームにある)。


チャンネル桜をはじめとする、日本の所謂保守系論壇の人達も、無­自覚なまま汚染されているのが悲しい現実です。西部邁氏のような­赤い言論人が「真正保守主義」と自称しており、それを批判する人­も殆ど見受けられないのが日本の論壇のレベルの低さを表していま­す。

日本では民族主義=保守という考え方が定着しているようですが、­実は全く違うことを中川先生の著書を通して知り、バークやハイエ­クの著作も読むようになりました。

中川先生が主張する、英米(というか世界標準の)保守主義とレー­ガン、サッチャーらの実践の歴史に範を求め、普及活動を通じ微力­ながらも護国に貢献させていたきたいです。



1996年の「渡部昇一の新世紀歓談」の動画。
中川八洋筑波大学教授(当時)が、ソ連崩壊後、反面教師を失った自由主義陣営の保守思想の衰退と、今日の日本の危機(軍事、外交、教育など)をソ連崩壊直後から予言してい­た警世の対談。
中川先生は保守主義を極めて分かりやすく解説しておられます。


15年前のものでした。
ちなみに言うと、1995年1月には阪神大震災があり、
その一年後、村山内閣から橋本内閣に政権が移行したのが1996年1月でしたので。

今と重なるとも言える時代。

注:
1993年-1994年 細川
1994年 羽田
1994年-1996年 村山


この中で語られている3人の思想を比べると、何が保守なのか、何が左翼なのかが明確に見えてきます。


ルソーの自然回帰論
秩序と道徳を破壊して、野生に帰れと言っている。


加害者と被害者を区別しなくなる。
加害者の人権を守るって事になる。
国境があって、その国々の秩序と道徳、歴史と伝統があるから、文明社会が形成され、人は向上していく。
アフリカの野生の王国に歴史があるのか?秩序があるのか?

犯罪者を守る、どころか、自らが犯罪者集団、国境はいらない、と言い放つ民主党政権は、
理想の地、野生に戻して、ライオンと一緒に暮らしていただければ、ちょうどいいのではないのでしょうか。


チェスタトン
先人達の意志が伝統である。


領土とは過去の人の尊敬と相続。
だから、竹島も尖閣も守らなければならない。


スターリン
過去の歴史を一切否定。


それが今の日本の教育及び左翼の基盤となっている。



もう20年近く前になぜこんなにリアルに今日の日本の状況を予言­しているのか。エドマンド・バークと同じく、本当の洞察眼がある­思想(哲学)を有して世界を見ているからなのだろうとおもわざる­を得ない。中川八洋先生、やはり天才である。




このまま行ったら、日本民族は日本列島の中の少数民族になる、という締めくくり。

それを回避するためには、
今こそ、全ての国民が覚醒し、立ちあがらなければならない保守再生の時だと思うのですが。


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保守主義について語る2/2(渡部昇一・中川八洋)新世紀歓談1996年

Category: 政治  

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日本によって「創氏改名させられた」は捏造

Category: 歴史  

韓国、日本によって「創氏改名させられた」は、捏造

「創氏改名させられた」は、捏造。

併合による「創氏改名」を、朝鮮人は非難するが、実態は、朝鮮人達に日本人と同じく差別される事が無い様、同じ待遇を与える為に日本名を「選択」する機会を与えたと言う事が正しい。

「朝鮮民事令」で、裁判所の許可による「氏名変更」制度であった。

当然許可が無ければ氏名変更出来ず、この事から任意であった事が、分かる。

当然、朝鮮には戸籍が無かった。日本が統治する以上朝鮮にも戸籍が必要になる。当時朝鮮では、女子は、物扱いで名前が無かったらしい。創氏改名はある意味女性に名を与え、人権を与える意味もあった。

その多くの在日が日本で日本名を名乗っているのと同様、率先して自ら名乗ったらしい。

朝鮮の氏名研究者である鮎貝房之進氏は、「朝鮮では女子に名をつけることを三国時代の昔から忌み嫌っていた」と指摘している。

併合直前まで、女子は、名前さえ無く、物扱いだったらしい。

上流階級の婦女子の名前は、姓だけで呼ばれていた。

名が書かれている例を古文献から発見することは出来なかったらしい。

日本併合の間に施行された民法により朝鮮の女子に名前が付けられるようになり、そして、女性の再婚が法的に認められるようになった。

それまで、完全に「モノ」扱いだった朝鮮の女性に権利と人権を認めたのは、併合され民法が施行されてからである。

鮎貝房之進氏(著書「姓氏攷及族制攷」)参考




これも嘘(証拠画像あり) 創氏改名の本質表す教員免許状発見 民団新聞












うそばっか

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朝日新聞記者の捏造

Category: 報道  

靖国問題、南京大虐殺、従軍慰安婦、教科書問題

実は朝日新聞記者の捏造が発端

<靖国神社問題はこの様に始まった>

朝日新聞加藤千洋記者が、昭和60年8月7日、
の「中国「日本的愛国心を問題視」」と言う記事
をはじめとする一連の記事で、この年の
8月15日予定されていた、中曽根康弘首相の
靖国参拝について繰り返し批判をした。

8月15日予定されていた通り、中曽根康弘
首相は参拝した。

所が、中国政府はこの時に正式な抗議の姿勢
を示していなかった。

社会党の田辺誠書記長らが訪中(8月26日)
そして、中国はこの様な暴挙を許して良いのか
と吹き込む。

それから、中国の靖国神社参拝批判や抗議が始まった。

朝日新聞加藤千洋記者は、靖国問題火付け記者
だそうです。
---------------------------------------------------
<南京大虐殺の問題はこの様に始まった>

昭和46年8月~12月まで、
本多勝一記者が「中国の旅」の中で、「南京大虐殺」と
言う偽の事実を交え連載のを始める。

①、朝日新聞は日本はとんでも無い事をしたと
  日本に広め、その重圧の中、日中友好を結ぶ事になた。
  しかし、この時点では、中国は南京大虐殺を問題視
  して無かった。

②、その後、1978年から朝日新聞の記事による
  圧力の中、日本中学の教科書で、南京大虐殺を
  教科書に載せることになった。
  (この時点では、中国の教科書には、
   南京大虐殺の記述は一切無かった)

③、中国の教科書に載せられる様になったのは、朝日新聞記事
  「中国の旅」の中での「南京大虐殺」が連載されてからの
  1979年からなのである。

④、愛国主義教育実施要綱(1994年)が、施行され
  南京大虐殺記念館等が中国各地に出来る。

⑤、反日暴動起きる (2005年)

発端は朝日の本多記者と言う事らしい。

-----------------------------------------------
<従軍慰安婦問題>

従軍慰安婦と言う言葉は朝日新聞の
上村隆記者の造語。
彼は「従軍慰安婦強制連行」
を嘘の事実を交え面白おかしく
平成3年8月連載する。
それまでは、韓国や韓国メディアも
従軍慰安婦問題は知らなかった。

宮沢喜一首相が事実を確認しないまま
謝ってしまう。(平成3年12月)

河野洋平が、これで手打ちが出来るんではと、
根拠資料の無いまま、確認もせず、
強制性を認める発表をしてしまう。
       (平成4年1月)

しかし、その事実を裏付ける事実は全く無かった事
がわかった。(以下その説明)

①、政府・軍指示文書が
  あるはずだ。→→→→→日本国内、韓国内でも全く無し。

②、加害者の証言→→→→→たった一人の加害者である吉田清治
            (偽名、共産党員)の証言は、
             嘘であった事を本人も認める。
             その他、誰も加害者はいない。
             よって無し。

③、目撃者証言→→→→→→裏づけのあるものは全く無し。

④、日韓基本条約締結
  (昭和40年)
  全ての諸問題を
  テーブルにのせ、
  話し合った。→→→→→慰安婦の問題は全く無し。

従軍慰安婦問題の発端は上村隆記者らしい。

http://www.youtube.com/watch?v=EoAmItpLGuE


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握り拳と握手は出来ない

Category: 歴史  
日本が、アジアに進出併合して行く中で、アジア人である現地人の生活を重視し、文字通り、心からの「八紘一宇精神」で、欧米白人支配下の奴隷的生活から解放して行ったのは、歴史的事実である。

今では「南京大虐殺という概念は、朝日新聞社がねつ造して作った」ことが事実であったことも分かっている。1970年代当時、朝日の記者であった本多勝一と社会党の田辺誠書記長が中国と仕組んでやったことが真相である。
靖国問題、南京大虐殺、従軍慰安婦、教科書問題 実は朝日新聞記者の捏造が発端

日本で有名なユダヤ人ラビのM・トケイヤー氏も、中丸薫氏との討論本の中で、これを保証している。戦争当時極東アジアで商売していたユダヤ人の生き残りや子孫たちから、日本人はユダヤ人にも非常に親切で、現地人にも親切であり、非常に友好的な経済圏であったのだ。南京大虐殺など存在しなかったと聞いていると証言している。

私の知る限り、これはまず間違いのない事実であったのだろうと見ている。

欧米イルミナティーの白人国家、特に今でいう、ロスチャイルドに代表されるイギリス統治下にあった植民地支配では、当時のアジア人は奴隷以下の生活であったはずである(また、この世界に戻そうというのが、今NWOという連中が目標にしていることである)。

というのも、イギリス統治の時代、インド人の天才が、独自に蒸気機関車の模型を作れば、作った技師たちを統治者が死刑にしたというし、紡績機を作れば、作った技術者の手首を切り落としたというのである。インドネシアでは、たくさんの部族で言語が異なるのを利用して、分裂統治されていた。若い女子供は「性奴隷」役であり、若い屈強な男は文字通りの奴隷人足役にされたわけである。弱れば殺された。もし現地人が英米白人女性に誘われてセックスでもすれば即射殺。中国では、アヘンでほとんどの国民は中毒状況で、蝕まれていた。そんな時代であった。事実、当時は、アメリカでも日本人とアメリカ人の婚姻は法的に禁止されていたわけである。

すべては韓国のこの写真が物語る。

(「鐘の音が聞こえてますか」ジョークのような本当の話より)



それを、「アジア共栄圏」という概念で、「アジアはアジア人がそれぞれの歴史的背景に応じて自ら統治すべきである」という思想でアジアに進出し(これが、英米の視点からは、「アジアを侵略し」ということになるが)、アジアをアジア人の国家の集合体にしたのである。

事実、日本の統治下の韓国は以下のように飛躍的に大発展したのであるという。


他の国々もまったく同様であったわけである。この基盤が、戦後のアジア諸国の独立の基礎になったわけである。

その後、中国が再びロスチャイルドの魔の手で共産党国家に舞い戻ろうが、朝鮮半島が2つに分裂しようが、それぞれの国家が自国民の手に移ったのは歴史的事実であろう。

実際、インドネシアのジャカルタ語の編纂も、朝鮮語の編纂も同じように当時の日本人の言語学者の手によるものである。韓国朝鮮語の場合は、それが本当だったと確信できる括弧たる証拠を私はまだ知らないが、ジャカルタ語の場合はこれは事実である。日本が併合後の3年でジャカルタ語の編纂と共通語による学校教育を作ったのである。台湾もそういう感じである。これは、当時の併合したアジアの中では共通する事実であったようである。少なくとも、まだ日本軍が優勢にあった比較的最初の頃がそうであったようである。

それが、日本軍が英米軍との本格的な戦争になって、次第に日本軍が劣勢になり、敗戦色が濃くなった頃には、この状況が崩れた。日本人も含めてアジア人全体が再び悪い状況に戻ってしまったというのがどうやら真実のようですナ。

今では歴史教育や学校教育も実にいい加減なもので、嘘ばかりを教えるものだから(つまり、イルミナティーカードの「歴史の書き換え」というもの)、私も含めて、若い世代はまったくご存じない/なかった、のである(これが文部省の「B層教育」というものだが)。残されたものは、上の2枚の歴史的写真のようなものしかないというわけである。だから、国民は写真をみせられてもその真贋すら自分で確認すらできないありさまである。

まあ、だいたい「勝てば官軍」という(おそらくこれは長州軍の)発想は、イギリス人のものそのものである。勝ったやつが適当に歴史を書き換えるということをするのもまたイギリス人やアメリカ人、つまりアングロサクソン(実は古代アッシリアとバビロニアの子孫なんだが)の専売特許である。今もって同じことをハリウッドやマスゴミを使ってずっと続けているのを見ても明白だろう。彼らには、「事実というものの大事さ」が分かっていない。

インチキフランス人の妄想映画「戦場に架ける橋」で描かれた「(木製の)クワイガー橋」は、実際には日本軍が設計して作った、鉄筋コンンクリートの鉄製吊り橋の大橋であったのである。最近のハリウッド映画の「パールハーバー」といっしょで、すべてがこんな感じである。本当は欧米の白人が行った悪さをアジア人や日本人がしたと立場を逆転して妄想映画を作ったというのが真相のようである。「猿の惑星」しかり。

だから、「南京大虐殺」はもちろんのこと、「バターン死の行進」とか、英米による歴史的事実とされているものも全部疑ってかからないと本当の歴史的事実は見えてこないのである。例えば、アメリカ・インディアンの西部劇でも、やった方(インディアンの死体から皮を剥いだ方の白人)が、やられたか(白人が皮を剥がされたか)のように描いていたわけである。

ここにも1989年にプラウディ牧師が言っていた、「ユダヤ人特有の二重基準」(つねに自分が有利になるように善悪を都合良く取り替えて価値判断するということ)があるようである。

これは、今現在のリビアのカダフィ大佐や東チモールの独立問題、チベットやミャンマーの問題を見れば実に良く分かるだろう。英米の都合いい歴史観に沿って、ハリウッドを使い、どんどん嘘映画を作って世界配給するわけである。その昔、日本人は出っ歯でメガネをかけて、というのもここハリウッド製の情報操作だったわけですナ。

イギリス政治は、まったく戦前から変わっていないのである。というより、フランス革命のはるか前から全く変わっていないのである。たぶん、英仏百年戦争の頃から変わった、つまり、ロスチャイルドの先祖にイギリスが乗っ取られたのではないかと想像している。

正直、英米人特にイギリス人というものとはあまり関わりたくないものである。まず取り付かれたら最後。今の菅直人、岡田克也、仙谷由人、前原誠司氏などを見たら分かるだろうヨ。

最後に、今現在の欧米のイルミナティーやフリーメーソン、NWOやシオニスト、こういったメソニックな人々の行為がいかに馬鹿げているかということを、かのマハトマ・ガンジー氏(ガンジッジ)が言っているので、それをここにもメモしておこう。



暴力によって得られた勝利は敗北に等しい

一瞬でしかないのだから



弱い者ほど相手を許す事が出来ない

許すと云うのは強さの証だ



握り拳と握手は出来ない




やはり、我々日本人は、「イギリス国王のスピーチ」よりは、「ガンジーの言葉」の方が気持ちに響く。


関連記事

「A級戦犯の分祀」頼むから知って

Category: 日本国民の心得  

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テロ朝の「サンプロ」に自民党総裁選に立候補している石原伸晃、小池百合子、麻生太郎、石破茂、与謝野馨の5人が出演していた。

その模様は、PONKOさんのブログで紹介されてる。
分祀を主張する5候補
http://blogs.yahoo.co.jp/nipponko2007/24828607.html


田原総一郎が靖国問題について話題をふると、何と驚いたことに5人全員が元A級戦犯の分祀に賛成した。


アホか?!

「A級戦犯の分祀」なんて言うようでは小沢一郎や支那人と変わらない。

本当に小沢に勝つ気があるのか?



本末転倒!A級戦犯は存在しない。分祀不可能、天皇は御親拝すべし!




●関連記事

靖国神社の年表・元戦犯の合祀の背景や経緯など
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/9934017.html

天皇陛下が靖国神社御親拝を中止された本当の理由と昭和天皇の元A級戦犯評
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/9761519.html

「富田メモ研究委員会」の最終報告
元A級戦犯合祀に天皇が「不快感」を示した証拠なし
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/19002043.html

石原慎太郎の分祀論に異議あり
合祀は愚挙ではない
「戦陣訓」は陸軍向けで一般国民向けはない
戦争の真の責任者に日本人は居ない
天皇陛下の靖国神社ご親拝中止は政治問題化が原因
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/35710536.html






党首激突?小沢代表自ら「刺客」 政権交代へ覚悟示す
9月14日産経新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080914-00000945-san-pol





5人は、主に、天皇陛下が靖国神社をご親拝されないことを分祀の理由に挙げていたが、天皇陛下のご親拝中止は元A級戦犯の合祀が原因ではない。

昭和天皇も現在の天皇陛下も、ご親拝をしない原因が元A級戦犯合祀などとは全く仰っていないのに、勝手に決め付けている5人はマヌケを通り越して不届きだ。

石原慎太郎の分祀主張への反論でも述べたが、天皇陛下のご親拝中止の原因は元A級戦犯合祀が原因ではなく、都知事や総裁選5候補のような無知で無策な政治家どもが靖国参拝を政治問題化させていることが原因だ。





戦後、靖国神社に合祀される人の基準は、国会で制定された法律に根拠がある。

1952年(昭和27年)4月28日に独立を回復すると、わが国の国会は早速、靖国神社合祀の関係法となる「戦傷病者戦没者遺族等援護法」(遺族援護法)および「恩給法」とその関連法を制定した。

更に、1953年(昭和28年)8月から国会で、「遺族援護法」および「恩給法」の改正が重ねられた。


当時の国会は、「戦犯」とされた人々の遺族も一般戦没者の遺族と同様に扱うように法規を改正し、「戦犯」とされた人々を国内法上での犯罪者とはみなさないことにし、「戦犯」とされた人々の死を「戦争による公務死」とした。

決定は全会一致だった。

「日本に戦争責任者は居ない」というのが、大東亜戦争の真実を良く知っていた当時の日本国民の総意による結論だった。





厚生省引揚援護局は、遺族援護法と恩給法の適用を受ける戦没者の名簿を作成し、その名簿を靖国神社に提出した。


名簿を受け取った靖国神社は戦前も戦後も、毎年合祀の前には必ず「上奏簿」(合祀の名簿)を作成して、宮内庁にお届けし、天皇に上奏してきた。





1975年(昭和50年)、当時の首相三木武夫は8月15日に靖国神社に参拝したが、公用車を使わず、肩書きを記帳せず、玉串料を公費から支払わず、閣僚を同行しないことの4条件を以て、「私的参拝」だと表明した。

これが憲法問題発生の切欠となった。

三木が「私人参拝表明」するまでは、靖国神社参拝と現行憲法の間にある問題は浮かび上がっていなかった。

天皇陛下も歴代首相も、当然のこととして靖国を参拝していた。

ところが、三木の「私人参拝表明」は、その数ヶ月後、天皇陛下の靖国神社ご親拝を憲法・政治問題化させることにつながった。

昭和天皇の最後の靖国神社ご親拝となった1975年(昭和50年)11月21日の前日に、国会でこの問題が大きく取り上げられた。

11月21日、天皇皇后両陛下は靖国神社の秋の例大祭と千鳥ヶ淵戦没者記念墓苑にご親拝されたが、前日の11月20日の参議院内閣委員会で日本社会党の野田哲、秦豊、矢田部理の3議員が質問に立って厳しく追及した。

政府委員として答弁した富田朝彦・宮内庁次長(当時)が、天皇陛下の靖国神社御親拝は「私的行為」であると説明したところ、社会党議員からは、公的行為だとか私的行為だとかいった区別はできないのではないか、明日の天皇陛下の御親拝は、「(当時国会で議論されていた)天皇陛下や内閣総理大臣らの靖国神社「公式参拝」に道を開くものであって、「表敬法案」の先取りであり、【憲法20条】に違反する疑いがある、更に「あなた方によれば、私的行為の名のもとに天皇が靖国神社に参拝されるということは、どんな答弁、どんな強弁に接しようともわれわれは断じて認めるわけにはいかない」などといった厳しい批判が加えられている。

追及を受けた吉国一郎内閣法制局長官は遂に、天皇のご親拝は、「憲法第20条第3項の重大な問題になるという考え方である」と答えてしまった。

この答弁によって、天皇のご親拝が憲法・政治問題になってしまった。

同項は「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」と定めている。

この条項の解釈問題が解決しないと、天皇のご親拝は政治問題となる事態となった。

このような事情から、宮内庁としては天皇陛下の靖国神社ご親拝が憲法違反とされれば大変なことになるし、国民統合の象徴である天皇が政治的に争いのある問題に関わられるべきではないと判断をしたと考えられる。

実際に、それ以来、ご親拝は途絶えている。


天皇がご親拝されなくなった決定的な原因がこの点にあることは明らかだ。

決して元A級戦犯合祀が原因でご親拝を中止したのではない。






昭和天皇は、1978年(昭和53年)に元「A級戦犯」が靖国神社に合祀された後も毎年、靖国神社の春秋の例大祭には勅使を欠かすことなく差し遣され、元A級戦犯が合祀されている社に奉幣を行われていた。

現在の天皇陛下も同様にされている。


また、三笠宮殿下や寛仁親王殿下をはじめ他の皇族方は靖国神社にご参拝を続けておられる。

皇族のご参拝は、天皇のご意思に反して行なわれているはずはなく、むしろ代拝とも考えられる。


更に、毎年8月15日、天皇・皇后両陛下をお迎えし、日本武道館で政府主催の全国戦没者追悼式が行われている。

この追悼式の追悼対象には、元「A級戦犯」を含んでおり、1977年(昭和27年)の第1回以来、その基準は変わっておらず、昭和天皇も今上天皇も元A級戦犯を含む戦没者の追悼をずっとされてきている。




これらの事実からも、天皇陛下の靖国ご親拝中止は、憲法問題など政治問題となることを避けるためだったと判る。

つまり、元「A級戦犯」合祀に問題があるのではなく、天皇の靖国ご親拝を憲法・政治問題化させる動きに問題があるのだ。

だから、政治的に大きな問題になっていない「勅使差遣」や「皇族のご参拝」や「全国戦没者追悼式へのご臨席」は、そのまま続けておられる。

元A級戦犯合祀自体に問題があるのであれば、靖国への勅使差遣も、皇族のご参拝も、全国戦没者追悼式へのご臨席も、一切やめられたはずだ。



5人は、日経新聞の「富田メモ」報道を真に受けているのかもしれないが、日経新聞が全てのメモを公開していないことからも判るように、「富田メモ」報道はプロパガンダに過ぎない。

日経新聞は、御厨貴、秦郁彦、保坂正康、半藤一利、丸谷才一ら、もともとA級戦犯に否定的な連中などにしかメモの全てを見せていない。

日経新聞は、天皇陛下ご親拝中止の原因が元A級戦犯合祀だとする見解に疑問を抱く高森明勅、大原康男、渡部昇一、櫻井よしこ、百地章、岡崎久彦や一般国民にはメモの全てを見せずに隠蔽し続けている。

2006年7月に大々的に報道された「富田メモ」の1988年4月28日の最重要部分(私は 或る時に、A級が合祀され その上 松岡、白取までもが、 筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが 松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々と  松平は平和に強い考えがあったと思うのに 親の心子知らずと思っている)は、昭和天皇のお言葉ではなく、元侍従長の徳川義寛が常々話していたことだ。





結論!

天皇陛下の靖国神社ご親拝が中止されている決定的な原因、元「A級戦犯」の合祀ではなく、天皇陛下や首相による靖国神社参拝を政治問題化させている政治家どもの無知と無策にある。

5人の候補者たちは、このブログを読んでもっと勉強しなければならない。



石破茂
「ほんとに同意だ。深く頷いた。戦没者の定義は精査しなければならない。A級戦犯の人達が国家のために命を掛けたのは一緒かもしれない。しかし、戦争に行けといった側と国のために、家族のために言った側とは違う。あの戦争は勝てない戦争だと始める前に分かっていた。にもかかわらず、ここまで来た以上は仕方がないという事で国家をああいう運命に陥れた人たちの責任を曖昧模糊にしたまま、『死ねばみんな英霊』だとか、あるいはその反対に『1億総懺悔』だとか。なんで、情報も知らされずに行かされて死んだ人が懺悔しなければいけないのか。その家族が懺悔しなければいけないのか。そのようないい加減な事を考えているから日本の国はこんなになっちゃった」

麻生太郎
「全部やるという事を決めたのは日本が独立した昭和28年に衆参全会一致で合祀を決めた。靖国神社に天皇陛下が参拝(正しくは御親拝)してもらえるような施設にするのが一番望ましい」

田原総一朗
「合祀を決めたのはその後だ。(新施設は)古賀さんもそういってる」

与謝野薫
「人との約束、とくに死者との約束は絶対守らなければならない。皇族が御参りに行ける状況を作らなければならない。天皇陛下および皇族はある時期まで靖国神社に行ってた」

田原
「A級戦犯が合祀されていると分かって・・・」

与謝野
「合祀をきっかけに行かなくなっちゃった」

田原
「そうです、そうです」

与謝野
「だから分祀すべきだ」

小池百合子
「やはり天皇陛下がお参りできる施設にした方がいい」

石原伸晃
「外国の元首が手を合わせられる場所として靖国神社を変えていただきたい。やはり戦争主導者と赤紙で召集された人とは石破さんの言うように違うんだと思う」

(外国の元首は参拝している)

田原
「ということは誰がこの中で当選してもやっぱり分祀になるとみていいですね」

石破茂頷く。



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蓮舫

Category: 売国奴  

蓮舫
民主党の蓮舫議員

与謝野馨,

「(新内閣の顔ぶれを見て)蓮舫さん以外は、いい顔ぶれだと思いますよ」

「蓮舫さんという人は本当に信用できない人だと思ってますよ」

「この人のやっぱり言動というのは一貫性もないし、人気とは別にこういう人が日本の政治、やっていいのかなっていう気しますよ。あの、考え方を言ってるんですよ」

「やっぱりこれは、目立ちたい為にいろんな発言をするとか、そういうことが多くて、蓮舫さんを評価する人の気が知れないですよ」

「蓮舫さんが猪口邦子さん相手に質問をされたことがあるんですよ。実に女の嫉妬心が出ている、いやらしい質問であったと同時に大変失礼な」

「具体的にですね、結局、問題は『あんたなんかどうせ少子化担当大臣なんかやったって何もできないでしょ』 っていうトーンで、質問しているわけですよ。

「それで、この障害児の話になったわけですよ。 」

「(蓮舫議員は障害児をもつ猪口大臣に)『あなたは障害児を育てている親の気持ちなんか、まったくわからないような人ですからね』って、こう言いやがった。これはとんでもない話なんですよ。」

「猪口さんはじっと耐えて、答弁していましたよ。だけど、その時に蓮舫さんの人間性と言うのを知ったんですよ。これはね、やっぱり言っちゃいけないことなんですよ」

「だから、非常に、非人間的な発言ですよ。」
―――――――



与謝野馨が言っているのは、おそらく蓮舫の次の発言のことだと思われる
↓ ↓

第16号 平成18年3月24日

第164回国会 予算委員会 第16号
平成十八年三月二十四日(金曜日)

(一部抜粋)

○蓮舫君 二十八の行動プランの中で、障害児タイムケア事業と障害児通園事業だけに今回予算が付いているんですが、この二つの施策の予算は少子化対策予算の〇・五八%です。これだけで大臣は障害児を支援、障害児を育てている保護者を支援するのに十分との御認識でしょうか。

○国務大臣(猪口邦子君) 御指摘のデイサービス、それから障害児タイムケア事業、いずれも厚生労働大臣の所管、厚生労働省の所管の事業として行っていただいております。財政の厳しい中、必要な経費、確実に確保してまいっているところであると私は承知しております。

○蓮舫君 十分か不十分かと聞いているんです。

○国務大臣(猪口邦子君) 社会政策の分野におきまして、十分かどうかと問われることは大変難しい、私としては難しい、答えは難しいと思います。
 それは、もっと手厚く、もっと広く、いろいろと考えることはできますが、しかし、この障害児通園の事業なんですけれども、それにつきまして、これは日常生活におけます様々な訓練や指導を行う非常に重要な事業でございまして、利用されている児童の方も二万人規模でございまして、必要な予算を確保できております。
 また、タイムケア事業、せっかくの機会ですので説明させていただきますと、中学生や高校生等、養護学校の終わった後ですね、下校後に活動する場所、そういうところを確保しているという事業でございます。また、日常的にケアしている家族の一時的な休息のための預かる、まあいろいろな事業が含まれるんですけれども、非常に重要な事業でございまして、推進するに必要な予算は確保できていると考えております。
 少子化担当といたしましては、障害があってもなくても、子供の居場所づくり、あるいは子供を持つ家庭への支援、非常に重要であるという観点から、厚生労働大臣あるいは文部科学大臣と力を合わせて必要な施策を推進してまいります。

○蓮舫君 この事業の対象者が二万人とおっしゃいましたが、三障害の障害児というのは三十万人以上おります。一生懸命学んで勉強されてこられたようですが、もっと広い観点で勉強していただかないと。生まれてくる子供は一年間で百六万人いるんです。その中で一定の確率で障害児というのは生まれるんです。障害を持とうが持つまいと同じようにはぐくんでいくのが政治の力で、保護者を同じように支援するのが政治の力で、もっと言いますと、病気や事故で障害を持つかもしれないお子さんもいるということを考えると、もっと広く政策を是非実行していただきたい。
 答弁の中で気になるんですけれども、これは厚生労働の所管ですという言い方をしますが、小泉総理が言ったように、その所管同士の障壁を取り除く調整役が猪口大臣なんですから、そういう言い方ではなくて、自分がリーダーシップを取ってやるんだという意欲を是非示していただきたいと思います。
 終わります


猪口邦子(後ろに与謝野馨)
国会で答弁する猪口邦子(後ろに与謝野馨).


与謝野の「(蓮舫議員は障害児をもつ猪口大臣に)『あなたは障害児を育てている親の気持ちなんか、まったくわからないような人ですからね』って、こう言いやがった。」という発言は少々誇張している。

しかし、蓮舫が、「猪口邦子に障害児をもつ母親の気持ちなんかわかるはずがない」と決め付けて発言していたことは事実のようだ。

これでは、国会議員として明らかに失格であり、人間としても極めて軽はずみで許されざる言動だ




一応、念のために説明しておくが、猪口邦子は反日売国奴だし、与謝野馨も国賊だ

■売国議員ランキング

■引退・落選したSSS+級売国奴

1位
猪口邦子

主な売国実績(主導者は★印、準主導者は●印が付いています)

河野太郎と並び自民党内では売国姫潤・P
★二重国籍容認
★国籍法改正案推進
★女子差別撤廃条約批准推進
移民1000万人受入推進
東京裁判歓迎法学者横田喜三郎の孫、極左学者武者小路公秀の弟子筋(つまり、猪口は自衛隊・防衛省否定論者)
※参考:GHQの占領政策と影響

売国度
SSS+





与謝野馨も、元A級戦犯の靖国神社からの分祀に賛成するアホな国賊だ







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中国軍艦新たに3隻 2日間で11隻

Category: 中国  

中国軍艦新たに3隻 2日間で11隻

2011.6.9

防衛省は9日、中国海軍のフリゲート艦3隻が同日午前、沖縄本島と宮古島の間の公海上を東シナ海から太平洋に向けて通過したと発表した。8日にも同じ海域で8隻が航行しており、計11隻の中国艦艇が2日間で沖縄近海を通過したのは過去最大規模という。

 中国艦艇は今後、太平洋で訓練を行うとみられ、海上自衛隊は警戒監視を強めている。

 防衛省によると、海自のP3C哨戒機が9日午前9時ごろ、沖縄県宮古島の北東約100キロの海域を時速約30キロで通過する3隻を確認した。公海上の航行のため、国際法上の問題はない。

 制服組トップの折木良一統合幕僚長は、9日の定例会見で「中国海軍が活動を活発化させているのは事実であり、大きな関心を持っている。必要に応じて警戒監視を実施する」と述べた。






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日本抜かれる「米のパートナーは中国」

Category: 世界  

「米のパートナーは中国」ついに日本抜かれる、外務省の対日世論調査

2011.6.9

外務省が米国で行った世論調査で「アジアで最も重要なパートナー」として日本が中国に抜かれたことが9日分かった。逆転はこの設問を始めた昭和50年以降初めて。経済発展を遂げる中国の影響力が増大し、米国国民にとって無視できない存在になったことを反映しているようだ。

 調査は35年からほぼ毎年実施。今回は、米国人1200人を対象に2月19日~3月16日に行った。

 「最も重要なパートナー」でトップは中国の39%、日本は31%だった。昨年は日本、中国ともに44%だったため、この1年間で8ポイントの差がついた。平成7年調査では、日本を重要なパートナーとする回答が55%もあり、当時中国は14%で、日中間には41ポイントも差があった。

 中国重視の理由では、43%が「貿易・経済関係」を指摘した。日本に対しては「政治的な結びつき」と「貿易・経済関係」がともに29%だった。

 ただ日米関係については「極めて良好」「良好」との回答は77%。日米安全保障条約についても「維持すべきだ」との回答は92%、「信頼できる国」を日本と答えた人も84%といずれも過去最高で、日本への好感度も上がっている。




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