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今日ボクが見た風景

トキ(朱鷺、鴇、学名:Nipponia nippon )

Category: ブログ  

トキ


朱鷺、学名:Nipponia nippon )とは、コウノトリ目トキ科の

19世紀までは東アジアに広く分布しており珍しくない鳥であったが、20世紀前半には激減した。

2010年12月上旬の時点で中国・日本・韓国を合わせた個体数は1,814羽。

学名はNipponia nippon(ニッポニア・ニッポン)であり、

しばしば「日本を象徴する鳥」などと呼ばれるが、日本の国鳥はキジである。

新潟県の「県の鳥」、佐渡市と輪島市の「市の鳥」である。


かつては日本の北海道南部から九州・沖縄まで、ロシア極東(アムール川・ウスリー川流域)、朝鮮半島、台湾、中国(北は吉林省、南は福建省、西は甘粛省まで)と東アジアの広い範囲にわたって生息しており、18世紀・19世紀前半まではごくありふれた鳥であった。日本では東北地方や日本海側に多く、太平洋側や九州ではあまり見られなかったようである。

しかし、いずれの国でも乱獲や開発によって19世紀から20世紀にかけて激減し、朝鮮半島では1978年の板門店、ロシアでは1981年のウスリー川を最後に観察されておらず、日本でも2003年に最後の日本産トキ「キン」が死亡したことにより、生き残っているのは中国産の子孫のみとなった。

野生では中国(陝西省など)に997羽(2010年12月現在) が生息しているほか、日本の佐渡島において2008年秋から2011年春までに人工繁殖のトキ計60羽が放鳥されている。飼育下では中国に620羽(2010年12月現在)、日本に140羽(2011年3月14日現在)、韓国に6羽(2011年3月現在)がおり人工繁殖が進められている。

現在中国に生息している、またかつて日本に生息していたトキは留鳥(ただし、日本海側や北日本から、冬は太平洋側へと移動する漂鳥もいた)であるが、ロシアや中国北部、朝鮮半島など寒冷地に生息していたトキは渡りを行っていた。また、日本にいた個体も一部は渡りを行っていた可能性が指摘されている。

(中国の個体数は2009年末のもの)



学名「ニッポニア・ニッポン」 "Nipponia nippon " の属名と種小名は共にローマ字表記の「日本」に由来するが、最初からそのように命名されたわけではない。シーボルトが1828年にオランダへ送った標本により、テミンクが1835年 "Ibis nippon " と命名し、シュレーゲルも論文執筆の際にはそれを用いた。しかし1852年にライヒェンバッハが "Nipponia temmincki" と全く新しい学名を命名した。

現在の学名 "Nipponia nippon " は両者の属名と種小名を合成したもので、1871年にグレイによって初めて用いられた。1922年には日本鳥学会の『日本鳥類目録』で採用されたこともあり、現在ではこの学名が一般に用いられるようになった。



今日ボクが見た風景

テミンク、シュレーゲルの『日本動物誌』に描かれているトキ。下に薄く "IBIS NIPPON" と記されている。




トキは日本では古くから知られていた。奈良時代の文献には「ツキ」「ツク」などの名で現れており、『日本書紀』『万葉集』では漢字で「桃花鳥」と記されている。平安時代に入ると「鴾」や「鵇」の字が当てられるようになり、この頃は「タウ」「ツキ」と呼ばれていた。「トキ」という名前が出てくるのは江戸時代だが、「ツキ」「タウノトリ」などとも呼ばれていたようである。

トキの肉は古くから食用とされ、『本朝食鑑』(1695年)にも美味と記されている。しかし「味はうまいのだが腥(なまぐさ)い」とあり、決して日常的に食されていたのではなく、冷え症の薬や、産後の滋養としてのものであったとされる。「トキ汁」として、豆腐あるいはネギ・ゴボウ・サトイモと一緒に鍋で煮るなどされていたようである。しかし、生臭い上に、肉に含まれる色素が汁に溶出して赤くなり、また赤い脂が表面に浮くため、灯りのもとでは気味が悪くてとても食べられなかったため「闇夜汁」と呼ばれた。また、羽は須賀利御太刀(伊勢神宮の神宮式年遷宮のたびに調整する神宝の一つ。柄の装飾としてトキの羽を2枚使用)などの工芸品や、羽箒、楊弓の矢羽根、布団、カツオ漁の疑似餌などに用いられていた。

なお、トキは田畑を踏み荒らす害鳥であった。仏教の影響で肉食が禁じられ鳥獣類が保護されていた江戸時代においても、あまりにトキが多く困っていたため、お上にトキ駆除の申請を出した地域もあったほどである。

かつてトキは日本国内に広く分布したが、明治に入り、日本で肉食の習慣が広まり、また経済活動の活発化により軍民問わず羽毛の需要が急増したため、肉や羽根を取る目的で乱獲されるようになった。

1925年(大正14年)か1926年(大正15年)ごろには絶滅したとされていた。その後、昭和に入って1930年(昭和5年)から1932年(昭和7年)にかけて佐渡島で目撃例が報告され、1932年(昭和7年)5月には加茂村(→両津市、現佐渡市の和木集落で、翌1933年(昭和8年)には新穂村(現佐渡市の新穂山で営巣が確認されたことから、1934年(昭和9年)に天然記念物に指定された。当時はまだ佐渡島全域に生息しており、生息数は100羽前後と推定されていた。



終戦後は、1950年(昭和25年)を最後に隠岐に生息していたトキの消息は途絶え、佐渡での生息も24羽 と激減していたことから、1952年(昭和27年)3月に特別天然記念物に指定され、1954年(昭和29年)には佐渡で、1956年(昭和31年)とその翌年には石川県で禁猟区が設定された。しかし、禁猟区には指定されたものの生息地周辺での開発などは制限されなかった。また、民間の佐渡朱鷺愛護会や愛好家の手でも小規模な保護活動が行われるようになったが、1958年(昭和33年)には11羽(佐渡に6羽、能登に5羽)にまで減少した。1960年(昭和35年)、東京で開かれた第12回国際鳥類保護会議において国際保護鳥に指定され、会議を記念してトキをあしらった記念切手も発行された。1971年(昭和46年)には、能登半島で捕獲された『能里(ノリ)』が死亡し、佐渡島以外では絶滅した。トキの減少の一因として農薬(による身体の汚染・餌の減少)が取り上げられることが多いが、日本で化学農薬が使用されるようになったのは1950年(昭和25年)代以降であり、その頃にはすでに20羽ほどにまで個体数を減らしていた。

1965年(昭和40年)、幼鳥2羽(『カズ』と『フク』)を保護したことから人工飼育が試みられるが翌年、カズが死亡。解剖の結果、体内から有機水銀が大量に検出されたため、安全な餌を供給できる保護センターの建設が進められる。1967年(昭和42年)トキ保護センター開設。フクと、1967年(昭和42年)に保護された『ヒロ』『フミ』の計3羽がセンターに移された。翌1968年(昭和43年)『トキ子』(のちに『キン』と命名される)を保護。1970年(昭和45年)には能登の最後の1羽『能里(ノリ)』を保護し、トキ保護センターに移送する。キンがメス、能里がオスだったことや盛んに巣作りを行っていたことから、繁殖に期待が持たれたが、1971年(昭和46年)に能里が死亡。人工飼育下のトキはキン1羽となった。(フク、ヒロおよびフミは1968年(昭和43年)に死亡)

1968年(昭和43年)にNHKがトキの営巣地である黒滝山上空にヘリコプターを飛ばし空撮を行ったが、1969年(昭和44年)にトキが黒滝山の営巣地を放棄し人里近い両津市へ移動したのは、そのためだという指摘がある。番組の放送があるまで空撮があったことに気付いていた者はいなかったが、空撮は通年にわたって行われた(はずだ)と批判する声もある。しかし、番組の責任者によるとヘリコプターを飛ばしたのは一度だけで、それも営巣期を避け、空撮以外の取材も慎重に行ったという。

1981年(昭和56年)1月11日から1月23日にかけて、佐渡島に残された最後の野生のトキ5羽すべてが捕獲され、佐渡トキ保護センターにおいて、人工飼育下に移された。(センターで付けられた足輪の色から『アカ』『シロ』『ミドリ』『キイロ』『アオ』と命名される)その後、繁殖の試みが続けられたが全て失敗し、2003年(平成15年)10月10日朝、最後の日本産トキ(キン)の死亡が確認され、日本産のトキは全て死亡した。ただし、生物学的にはまったく同一種である中国産のトキを用いて人工繁殖を行っているため、日本におけるトキの扱いは「絶滅」ではなく「野生絶滅」のままである。中国産や日本産という呼称は、人間の都合によるものでしかなく、両者の差異は個体間程度のものにとどまる。また、昭和初期の佐渡島や韓国には、現在日本で繁殖・放鳥が進められている「中国産」トキと同じ、ミトコンドリアDNAのハプロタイプがタイプ2にあたる個体がいたことも判明しており、日本と大陸の間でも遺伝的交流があったとみられる。


1998年(平成10年)、中国の国家主席であった江沢民が中国産トキ(ただし、前述のように日本産とまったく同一種である)のつがいを日本に贈呈することを表明し、翌1999年(平成11年)1月30日に「友友」(ヨウヨウ、オス)と「洋洋」(ヤンヤン、メス)が日本に到着した。2羽は新潟県新穂村(現佐渡市の佐渡トキ保護センターで飼育されることとなり、人工繁殖が順調に進められている。将来的には日本における野生化を目ざしている。なお、この時点では日本産トキの「キン」が存命であったが、非常に高齢のため繁殖は不可能とみられていた。

日本に「譲渡」されたのは友友と洋洋が初めてで、2011年現在でもこの2羽のみである。友友と洋洋のほかに3羽が日本に送られているが、いずれも中国から借りているもので、その個体と日本の個体との間に生まれた子供は、半数を中国に返還することになっている。

1999年(平成11年)5月21日には、友友と洋洋の子(オス)が誕生し「優優」(ユウユウ)と名付けられた。これが日本初・佐渡トキ保護センター初の人工繁殖例である。優優の誕生は、日本中で大きな話題となった。

2000年(平成12年)には優優のペアリングの相手として、さらに中国から「美美」(メイメイ、メス)を借り受けた。「友友と洋洋」「優優と美美」、さらにその子孫のペアで人工繁殖が行われている。現在では1年に数十羽のヒナが健康に育っており、また2004年(平成16年)には自然繁殖にも成功した。2010年(平成22年)12月の飼育数は佐渡トキ保護センター・佐渡トキ野生復帰ステーションが合わせて137羽、多摩動物公園が9羽、いしかわ動物園が12羽となっている。

1999年(平成11年)・2000年(平成12年)生まれの3羽には、日本全国の小学生から募集した案の中から環境庁(現環境省)が命名した(優優、新新、愛愛)。2001年(平成13年)7月に、環境省は個体名称による管理を廃止することを決めたが、2001年生まれの個体にも名前を付けたいと新穂村から要望があり、環境省はこれを許可。新穂村の新穂小学校・行谷小学校の児童が出した案をもとに村が決定した(げんき、さくら、たろう、ひかる等)。ただし、2001年生まれの個体についても、2011年現在では環境省やトキ保護センターの文書等で名前が使われることはなくなっている。2002年(平成14年)以降に日本で生まれた個体はすべて番号のみで管理されており、放鳥トキには飼育下の番号のほかにもう一つ番号が付けられる。

将来的にはトキを日本に復活させることを目標としており、2007年(平成19年)6月末から「順化ケージ」での野生復帰訓練が始められ、2008年(平成20年)9月25日に放鳥を開始した。 なお、放鳥を1ヵ月後に控えた2008年(平成20年)8月22日には、取材に訪れたテレビ局の人間に驚いた1羽が壁に衝突し、その2週間後に死亡するという事故が起きている。

また、鳥インフルエンザなどの感染症が発生した場合に一度にすべてが死亡することを避けるため、環境省によりトキの分散飼育が計画され、これに対して新潟県長岡市、島根県出雲市、石川県が受け入れ先として立候補、それぞれトキ亜科の近隣種を導入して飼育・繁殖を行った。2007年(平成19年)12月に4羽(2つがい)が多摩動物公園に移送され非公開の下で分散飼育が開始された。2010年(平成22年)1月8日には、すでに繁殖経験のあるつがいの2羽と、これからつがいとなることの期待される2羽の合計4羽がいしかわ動物園に移送され、多摩動物公園に続いて国内2番目の分散飼育が始まった。いずれも飼育されているトキを一般客が直に観察することはできないが、いしかわ動物園では映像を見ることができる。

地元住民の多くはトキの野生復帰に肯定的であるが、反対派や「どちらとも言えない」としている住民も少なからずいる。理由として、高齢化が進む農村においては農作業に必要な除草剤・殺虫剤の使用が制限されること、稲が踏まれて荒らされることなどが挙げられており、これは反対派だけでなく賛成派からも懸念されている。

第1回放鳥
2008年(平成20年)9月25日、佐渡市小佐渡山地の西麓地域にて10羽を試験放鳥、1981年(昭和56年)の全鳥捕獲以来、実に27年ぶりに日本の空にトキが舞った。10羽にはそれぞれ個体識別番号(飼育下の個体番号とは別のもの)が付されており、翼のアニマルマーカー(羽の一部に色をつけたもの)や、脚のカラーリング、金属脚環などで個体を識別できるようになっている。うち6羽にはGPS発信器も付けられている。
No. 01, 03, 04, 06, 09, 11, 13 (行方不明: 09, 13, 死亡: 07, 10, 15)
第2回放鳥
2009年(平成21年)9月29日より、メスをやや多めにして 第2次放鳥が開始され、10月3日までに20羽が飛び立ったが、うち1羽は直後に捕獲され19羽となった。1羽ずつを小箱に入れて放鳥したためにパニックを起こし散り散りになった前年の反省を踏まえ、今回は放鳥場所に設置された仮設ケージで約1か月間に20羽を飼育し、放鳥時はケージを開放してトキが自然に出て行くのを待つ「ソフトリリース方式」が採られた(第2回以降はいずれもソフトリリース)。
No. 08, 18, 21, 23, 24, 25, 26, 27, 28, 31, 32, 33 (捕獲: 17, 行方不明: 22, 30, 死亡: 05, 16, 19, 20, 29)
第3回放鳥
第3次放鳥は2010年11月1日に開始され、13羽が6日までに飛び立った。(最後に1羽が残ったが、翼に怪我をしていた個体のため放鳥を取りやめ保護された) その年の3月10日に、第3次放鳥に向けて野生復帰ステーション順化ケージで訓練中だった10羽がテンに襲われ、9羽が死亡、1羽が怪我をしているのが確認された。その後、天敵対策の工事が7月30日に終了したため、8月4日から14羽を順化ケージに放し訓練を再開した。
No. 38, 45, 48, 49, 50, 52, 53, 55, 56, 58, 59, 60 (中止: 54, 死亡: 46)
第4回放鳥
2011年3月10日から開始され、18羽が13日までに飛び立った。これまでの3回はいずれも秋だったが、第4回では初めて春に実施され、2011年からは春と秋の年2回となる。
No. 61-64, 66-69, 71-74, 76-80 (死亡: 70)

2011年春までに放鳥された60羽のうち、個体識別番号No.15、46、70が死亡し、1年以上にわたって確認がとれていない7羽も「死亡」という扱いになっている。6か月以上確認がとれない個体は「行方不明」とされる。

放鳥後に数羽(特にメス)が佐渡島から離れ、新潟県の本州側や、長野、富山、石川、福井、山形、秋田、宮城、福島の各県にも飛来している。複数の個体が佐渡島を離れ生息していることについて、佐渡市長の髙野宏一郎は「佐渡島に野性のトキを復活させるという当初の目的から外れており、好ましいことではない」と不快感を表明している。

中国

かつては中国においてもトキは非常に広い範囲(北は吉林省、南は福建省、西は甘粛省まで)に生息していたが、20世紀前半に個体数が激減し、1964年甘粛省康県岸門口での目撃報告を最後に見られなくなったため、中国科学院動物研究所が「絶滅」の最終確認として生息数調査を行ったところ、1981年5月に陝西省洋県の姚家溝と金家河で野生のトキ7羽を発見した(秦嶺1号トキ個体群)。その後生息地の保護と並行して人工繁殖行った結果、中国のトキは2008年8月現在で1100羽 まで数を増やしている。最初の10年ほどは、毎年数羽が巣立っていたにもかかわらず個体数は横ばい程度であった。しかし1989年に北京動物園のトキ飼養繁殖センターが世界初の人工繁殖に成功し、その頃から野生トキの個体数も順調に増加している。北京動物園が確立したトキの人工繁殖技術は、中国国家発明賞の二等賞を受賞した。トキの繁殖地は洋県、西郷県、城固県の3県に跨り、行動範囲はさらに南鄭県、佛坪県、勉県、略陽県、石泉県、漢中市漢台区にも及ぶ。人工飼育の拠点としては北京動物園のほか、陝西トキ救護飼養センター(洋県)と陝西省珍希野生動物救護飼育研究センター(周至県)がある。

中国での保護活動が成功した背景として、開発の手があまり入っていなかったことや、1990年に37,549ヘクタールにわたる陝西省トキ自然保護区が制定されるなどの政府主体の強力な保護活動が行われ、早期に生息環境が整備されたことが挙げられる。洋県では化学肥料・農薬の使用や森林の伐採が禁じられ、また開発も大幅に制限されており、これにより洋県で年間2000万元(約3億円)の減収となっている。しかしトキの生息域内にはひどく貧しい地域が多く、電気も通っていない集落もあるような状態であったため、生息地の保護と同時に現地住民への援助・負担の軽減も幅広く行われ、また地元住民からトキ保護職員を採用するなどの制度も設けられている。このように、政府と住民が協力してトキを保護していく関係を形成することに成功したことも、中国におけるトキの個体数回復の大きな要因である。

2003年に陝西省人民政府は、当時は省級 であったトキ自然保護区を国家級自然保護区へ昇格させるよう中央政府国務院に申請し、2005年に「陝西漢中朱鷺国家級自然保護区」として国家級に昇格した。

中国は2003年から国鳥制定に向けて準備を行っており、タンチョウが人気1位、トキが2位となっている。





ロシア


ロシアではアムール川・ウスリー川流域やハンカ湖、イマン湖、シンカイ湖、ウラジオストク周辺などで見られたが、19世紀後半から個体数が減少しはじめ、1949年・ハバロフスク、1962年・ハンカ湖、1963年・ハサ湖の観察記録を最後に姿が見られなくなった。



今日ボクが見た風景



朝鮮半島

かつては朝鮮半島にも多数のトキが生息したとされ、20世紀初頭には数千羽を超える大群が観察されたこともある。また山階芳麿によると、1936年の時点ではソウルの動物園でも飼育されていたが、他の鳥と一緒にされ、来園者からもほとんど注目されていなかったという。捕獲記録は今泉吉貞による1937年・咸鏡南道咸興のものが最後で、その後は1965年(平安南道師川)、1966年(板門店)、1978年(板門店)と3例の観察記録があるのみ。朝鮮半島では絶滅したものと考えられている。

2008年8月25日、中国の胡錦濤国家主席が韓国にトキを1つがい寄贈することを表明し、同年10月中旬に空路で移送された。これに備えて慶尚南道昌寧郡に牛浦トキ復元センターが建設された。贈られたのは洋洲(オス)と竜亭(メス)で、2009年にはこのつがいの卵から4羽のひなが孵化したが、そのうち2羽は既に死亡している。2010年には3羽が孵化し、1羽が死亡した。2011年3月現在、韓国のトキは洋洲と竜亭、2009年生まれの 따루다미、2010年生まれの 포롱이다소미、計6羽となっている。人工繁殖が順調に進めば、2018年に近くの牛浦沼に放鳥する予定。



伝承や作品の中のトキ


秋田県大館市には以下のような話が伝わっている。

諸国を回っていた左甚五郎という男がおり、大館の地に神社を建てることになった。その途中、腹が減ったので地元の農民に握り飯を乞うたものの、「お前のような下手糞な大工にはやれねぇ」と断られてしまったため、怒って杉のくず材で鳥を模り、それに田畑を荒らさせた。その鳥がトキであるが、彼は怒りのために鼻を開けるのを忘れてしまい、そのため鳴き声が鼻声になってしまった。

秋田県では他にもダオ(トキのこと)を用いる慣用句が多数伝えられている。また新潟県に伝わる鳥追歌では、スズメサギと並んでトキが「一番憎き鳥」として挙げられている。

数は多くないが詩歌などに詠われることもあり、かつてはトキが一般的で人間の生活の近くにいた様子が伺える。鳥類学者で、俳人でもあった中西悟堂も、トキを題材とした短歌を詠んでいる。

近年のトキを題材にした作品として、小説では、芥川賞候補・三島賞候補となった阿部和重「ニッポニアニッポン」(2001年)や、篠田節子の「神鳥(イビス)」(1993年)がある。「ニッポニアニッポン」はトキの殺害を計画する少年を描いたもので、「神鳥(イビス)」は獰猛なトキが人間を襲い食らうホラー小説である(なお、実際のトキは決して攻撃的ではなく、人間を恐れすぐ逃げる)。音楽作品では吉松隆の管弦楽曲「朱鷺によせる哀歌」(1980年)や鈴木輝昭女声合唱ピアノのための組曲「朱鷺」(1995年)などが挙げられる。









皮肉なものだと思う

身近に居たときには「一番憎き鳥」

ならば彼らの消滅を喜べば良いではないか


何の根拠も無いままに害があるとされ

彼らの生活圏を犯し、その生存条件の悪化を無視した


人間の身勝手で始末されたり保護されたり


彼らはそんな人間をあざ笑うように

子孫を残すまいとしている


彼らにとって種族の絶滅と引き換えに

その存在の消滅をもってする最強の報復だ


Nipponia nippon(ニッポニア・ニッポン)


更に皮肉なのはこの鳥の学名


日本は今、少子化に喘ぎ

毎日のように子供が殺され死んでゆく

世を儚み消えて逝く

まるで日本人(大和民族)の行く末を暗示している

そう感じてしまうのは私だけだろうか


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柳美里(在日)の告白

Category: 在日・パチンコ  

消防署のかたが来訪。

16時と18時に、息子が119番通報し、源氏山で煙と炎を見た、とのことだが、確認したところ焚火や不審火の跡はどこにもない、と……
あの消防車と救急車の音は、息子の通報によるものだったのか……

なんで、こんなに、嘘つきなんだろう。

嘘、嘘、嘘ばかり吐いて……
http://blog.goo.ne.jp/yu_miri/e/e485fc8763b11815a4cc91296fd24bb8
さっき、海上保安庁から自宅に電話があった。息子の携帯電話から、

「A中学校2年のムラカミトモハルという者ですけれど、アマチュア無線2級の資格を
持っています。遭難したようなので救助してください」
と通報があり、住所と電話番号を訊ねたところ、ここの住所と電話番号を言った、ということなのです。

海上保安庁は、救助艇とヘリコプターを出動させたけれど、遭難船が見つからないので、息子の携帯電話に連絡すると、
「いま、高校受験のために大船のB塾で授業を受けているので、後でかけなおします」と、携帯電話の電源を切ってしまった……

海上保安庁のかたには、実際は小学5年生であること、虚言癖があること、ADHDであることを説明し、
丁重にお詫びをしましたが、ヘリコプター捜索などで費用がかさんでいるので、後で連絡をする、とのこと……
費用請求をされたらされたで、対処を考えるとして、後日改めて息子と謝罪に行かなければなりません、海上保安庁に……

そして、無線……クリスマスにプレゼントした無線機は棄てます。
無線関係の本も全部、棄てます。
息子に無線を教えてくださったかたにも連絡し、今後一切息子に無線の話をしないでください、とお願いします。

昨日は消防署で、今日は海上保安庁……大変なことになった……さぁ、どうする?
http://megalodon.jp/2011-0217-1841-38/blog.goo.ne.jp/yu_miri/e/521a94daec7f170d28515dceaed3dbde
柳美里の告白、私は絶望的に子育てに失敗した
http://www.excite.co.jp/News/magazine/MAG5/20110217/28/






セコい男、嘘つく男にはなってほしくない…  2011年01月21日 21時02分14秒 | 日記
息子はお金持ってるんですよ。
クリスマス、お年玉、誕生日……
自分の欲しいものを手に入れるのに、自分の金は使いたくないっていうセコさが嫌だ。
嘘のスケールも小さい。
みみっちくて、ちっさい男って、サイテーだからねサイアク。


想像する…想像したくないのに……  2011年01月21日 00時24分11秒 | 日記
財布から1万円札を抜き取って、ズボンポケットに入れる息子……
はじめて降り立った平塚の町をキョロキョロしながら歩く息子……
洋蘭園の温室に入り、鉢植えを見て歩く息子……
3鉢選んで、1万円札を洋蘭園のひとに手渡す息子……
両手に重い鉢を持って、平塚駅目指して歩く息子……
東海道線の車内、買った鉢を抱きかかえ、わたしと彼にバレないように、温室の他の洋蘭鉢(なにせ200鉢以上あるから…)
に紛らせるやり方をシュミレーションする息子……


しかし…… 2011年01月21日 00時06分37秒 | 日記
今日一日、気持ちが沈んでいたのは事実……
歩きながら、走りながら、チャリに乗りながら、
「子どもは邪悪だ…」
と、呟いている。
息子に話しかけられても上の空……
へぇとか、ふぅんとか相槌打つのが精一杯……
104計画って……





2008年2月、自身のフォトログに、泣いている長男の顔写真とともに
「子供が嘘をついたので8時間ひっぱたき、学校を休ませ、
罰として朝食も昼食も与えなかった」「糞野郎ッ!」などと掲載した[6]ことにより、
書き込みを見た一般人が「児童虐待ではないか」と児童相談所に通報し、
児童福祉司3人(男性2名、女性1名)が柳の自宅を訪問する事態にエスカレートした。



10年位前週刊誌の林真理子との対談で「好きなものは?」と
聞かれ「子供の泣き声」と答えてた。

わざと混雑した電車にのり幼児連れの母親を探し、
慎重に幼児に近づき母親の死角から幼児をつねりあげる。
当然火の付いたように泣き叫ぶ幼児、理由がわからず困惑する母親

そしてそれを時間をおいて何度か繰り返すと母親も回りの
視線や泣き声でイライラし始めついには幼児に手をだしてしまう。

そのときの幼児の絶望の悲鳴がたまらない、と答えていた


ギリギリまで大きく育ててから中絶するのを12回繰り返すとかも凄い
聞けば聞くほど、調べれば調べるほどマジキチエピソードばかり出てくる。




━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━



鬱という言葉を思い出してしまった

同じ環境に置かれてもその結果に至る者とそうでない者

その違いは何だろう


鬱は精神的に健康な者でも陥る症状であり

所謂スランプ(落ち込み状態)でしかない・・・と私は考えている


それを病的な症状に至らしめるか

そうでないかは個人の性質、性格によるものであろう


(脳の萎縮などによる明らかな病原がある場合と薬物によるものを除いて)


責任感の強さや繊細さにより自分を責め

自死に至る悲しい事例が後を絶たない


日本では毎年3万もの命が自死により消えている


実に今回の震災で消えた命と同じ数の人間が毎年消えているのだ



その一方であくまでも他罰的で利己的な人間は周りを鬱にしながら

のうのうと被害者のふりをして生き延びている


この種類の人間は鬱になる事は無い


事が起きても責任を放棄する事を恥と思わず

しでかした事が悪事であっても

罪は自分にではなく自分をそこに追いやった環境や境遇に在ると語り

その環境を作った人間が悪いと言って責任転嫁を図るのだ


つまり、自分は常に被害者である


人生に措いてそんな事はありえない

人は必ず過ちを犯し、反省したり、改心しながら生きている

取り返しのつかない過ちを犯さぬように

自分がされて嫌な事は他人様にしたらいかん

そう教わったことを忘れまいと生きている

だからこそ強くもなれるし優しくもなれるのだ

自分なりの正義感を育む

そこに人としての成長が在る


さてココまで来て察しの良い方ならお分かりになった事と思う



この柳美里なる者

自分が子供を育てられない事を

一体何のせいにしたがっているのでしょうか


そうです 自分の境遇の不幸 です


所謂在日達の共通のアレです


被害者の立場なら何をしても許されるべき

その為なら嘘も平気

そんな卑しい人間が自分より立場の弱い存在を護れるはずも無い


本来護るべき子供に向けられる狂気


それは自分の核となる歴史を無視し現実を装飾し

人として自分を律する術を持たず正義を失った人の悲しさ故なのでしょう


親の背中を見て子供は成長したのです

それだけです


まるで うつし鏡 のように

親の精神が子に宿る


子を貶す親は自分の何が間違いだったか

大抵 気付いているものですよ


よって柳美里は子育てに失敗したのではない

一人の人間として生きることに敗北していると云う事だ









いまどきの日本人も

親の質が劣化しています

もうバカばっかり


大体、子供の機嫌をを伺う親など

存在しないほうがいい親です


怖いものが無い人間は脆い

敬いを忘れた人間は傲慢になる

自分を持て余し人生を台無しにしかねない


子供を強く素直さを持ったしなやかな人間に育てたいなら

憎まれ役を買って出なさい


親業の醍醐味はそこに在る





そうでない親を持ったなら・・・


自分が望んだ親の姿を

我が子に与えてあげなさい
















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内閣不信任賛成は「党を離れる覚悟の上で」 岡田幹事長が牽制

Category: 政治  

内閣不信任賛成は「党を離れる覚悟の上で」 岡田幹事長が牽制

2011.5.15

 民主党の岡田克也幹事長は15日、野党が提出を検討する内閣不信任案に民主党内で同調する動きがあることに関して「党を離れることを覚悟した上で、不信任案に賛成するということは当然だ」と述べ、牽制(けんせい)した。青森市で記者団の質問に答えた。

 同時に「与党が期待されているのは目の前の危機を乗り越えるために一致結束することだ。(造反の動きは)与党の責任を放棄するものだ」と批判した。

 枝野幸男官房長官が東京電力の取引銀行に債権放棄を求めたことについて「融資をしていた金融機関も含めて責任を分担することは決して不思議なことではない」と理解を示した。


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226事件秘話

Category: 政治  


















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兵に告ぐ~2・26事件

Category: ブログ  



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東北地方の疲弊が引き金となった2・26事件

Category: ブログ  
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貧富の差が拡大し、貧しい農民の暮らしが更に苦しくなる政治の在り方や、
軍部の方針に不満を持つ陸軍の皇道派に属する青年将校達が、
昭和11年 ( 1936年 ) 2月26日に起こした クーデター


2・26事件は東北地方の疲弊が引き金となった
2011.5.15

権門(けんもん)上(かみ)に傲(おご)れども 国を憂うる誠なし

 財閥富を誇れども 社稷(しゃしょく)を思う心なし

 権門とは権勢のある家柄、社稷とは朝廷や国家を意味する。

 ここに掲げたのは「昭和維新の歌」の一節である。今から75年前の昭和11(1936)年2月26日。陸軍の青年将校たちが首相官邸などを襲撃し、斎藤実内相や高橋是清蔵相らを殺害。陸軍省や参謀本部を占拠する事件が起きた。これがいわゆる2・26事件だ。日本の近代政治のおける初めてのクーデターとして青史に刻まれている。


国を憂う「昭和維新の歌」


 「昭和維新の歌」は、昭和7(1932)年5月15日に海軍の青年将校たちが首相官邸へ乱入し、犬養毅首相を殺害したいわゆる5・15事件に加わった海軍将校、三上卓が作った歌で、国家を憂うる当時の青年将校らの間で歌い継がれたとされる。

 1930年代の日本は世界恐慌の直撃を受けて大不況の真っただ中。特に東北地方は「昭和東北飢饉(ききん)」といわれる飢饉に襲われ、娘の身売りが相次いだ。2・26事件が起きた一因にはこうした農村の疲弊があったと指摘されている。

先日、東日本大震災発生後、初めて実家のある宮城県を訪れた。仙石線に乗って塩釜市に入ってみたが、飲食店や商店は営業を再開したところもある。しかし、道路の脇には船が打ち上げられたまま。港も地盤沈下のためか浸水しているところが多い。震災発生から2カ月がたち、各地で槌音が聞こえ始めているが、復興への道のりは遠く、険しいと感じた。


75年前に起きた2・26事件


 復興事業が本格的に始まれば、復興資金は投入されるが、巨大津波に襲われた地域はコミュニティーを再生できるのか。原発事故に直撃された地域は放射能汚染の恐怖と影響を払拭できるのか。放射能汚染に関する政府の発表は本当に信用できるのか。復興事業が一区切りついた後は、見捨てられてしまうのではないかという言いようのない不安。いま再び、東北地方は危急存亡の秋を迎えているといっていい。

 2・26事件当時と現代の世相がどうしてもだぶってみえてしようがない。リーマン・ショック後の先行きが見通せない景気、大震災による東北地方の疲弊、震災と原発事故に対応が後手後手となっている政治への不信、そして、保身に走る政府首脳と国民そっちのけかのような政治家の権力闘争劇…。

 そんななかにあってもマイクを向けられた東北地方の被災者の多くは「ここまでやってこれたのも皆さんのおかげです」と訥々と話す。そんな映像をみていると「もうがんばらなくてもいいのに。大声で泣きたいときには泣けばいいのに」と思ってしまう。


だぶってみえてしまう世相


 テレビのコメンテーターは「東北人は我慢強いですから」とその忍耐力を一様に褒めるが、東北人だって我慢の限界はある。2・26事件を起こした青年将校や部下の兵士は東北地方出身者が多く、農村の疲弊に心を痛めていたという。

 今回の大震災と原発事故をめぐり政治の不作為、そして不手際が次々と指摘されているが、その批判が今すぐの倒閣や体制批判に結びついていないのは被災地の多くが東北地方に集中したことが影響しているといっていいだろう。

 これが他の地域だったら、とっくの昔に被災者らの怒りは政権を直撃し、さらに荒れ狂っていた可能性は強い。米軍普天間飛行場の移設問題をめぐる政府・民主党と地元との緊張状態を思い浮かべれば、容易に想像できるはずだ。


政治は東北人気質に助けられている


 もとよりクーデターなど論外だ。武力で政体を変えようとしたり、言論を封殺しようとする行為が許されるわけがない。だが、「心がない」と言われた菅直人首相ら政府・民主党はもちろん、野党も含めて今の政治は「我慢強い」とされる東北人気質に助けられているのだ。そのことを忘れてはならない。

冒頭に掲げた「昭和維新の歌」の一節に戻ろう。

 「国を憂うる誠なし 社稷を思う心なし」

 東北人の我慢は一体、いつまで続くのか。いつまで我慢すればいいのか。政治は「東北の心」をすくい取れるのだろうか。(長野支局長 笠原健)


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被災者のための提言を官邸が採用してくれない

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小佐古氏、内閣参与辞任の真相は… 動かぬ官邸に徒労感 教え子の民主・空本議員が明かす
2011.5.14

福島第1原発事故対応のアドバイザーだった小佐古敏荘(こさこ・としそう)東大大学院教授(放射線安全学)はなぜ内閣官房参与を辞任したのか。小佐古氏の教え子で、自身も原子力の専門家である民主党の空本誠喜衆院議員が真相を語った。(小田博士)





 小佐古教授が参与をやめた理由は、被災者のための提言を官邸が採用してくれないことによる「徒労感」だった。

 3月15日夕、菅直人首相から電話で「あなたは原子力をやってきたのだろう。官邸をサポートしてほしい」との依頼が来た。ちょうど民主党の先輩議員や私は、教授と一緒に「陰の助言チーム」を作ろうとしていたので、教授を参与に迎えてもらった。

 教授は、国際放射線防護委員会(ICRP)の委員を12年間務め、日本の原子力安全委員会の専門委員でもあった。放射線防護を熟知している。

 私と教授は、原爆が投下された広島出身ということもあり、「子供や妊婦に無用な被(ひ)曝(ばく)をさせてはいけない」「数値と対策をパッケージで示す」という思いで、いろいろ提言した。

 しかし、官邸は動かない。原子力安全委員会も機能しなかった。とにかく法令通りに動いてくれない。3月の時点で「辞めようか」と言い合ったことさえあった。

 教授が特に問題にしていたのは2点あった。

1つは、放射能拡散を予測する緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)の数値を政府がなかなか公表しなかったことだ。避難区域の設定にはSPEEDIが有効で、法令集にも活用しろとあった。SPEEDIの結果を早く公表するよう求めたのに、やらなかった。これが避難指示が遅れた「飯舘村の悲劇」につながった。

 もう1つは、文部科学省が定めた小学校などの校庭利用の「20ミリシーベルト基準」が高すぎることだ。

 ICRPは事故発生などの緊急時は一般人の年間被爆限度量を20~100ミリシーベルトとしている。政府はこの最も厳しい値にしたという。しかし、子供たちが普通に登校している状態を「緊急時」の基準で扱っていいものか。

 しかもICRPは事態が収束に向かう段階では「年間1~20ミリシーベルトの下方部分から選定すべきだ」とも指摘している。

 官邸側はこれらの提言を理解してくれなかったばかりか、「小佐古教授は飲料水に含まれる放射性ヨウ素の摂取基準はもっと高くしてもよいと言った」という人まで出てきた。教授が、事故発生からの数週間は1キログラムあたり3000ベクレル(政府基準は300ベクレル)でもよいと言ったのは、国際基準に沿ったものだ。

 しかも教授は、そこから徐々に下げていかなければならないとも言っていた。それなのに前段の言葉だけをかいつまんで話されては誤解を招く。

浜岡原発の停止は菅首相の英断だが、正しい政治主導で進めてほしかった。

 日本は法治国家だ。本来なら原子力委員会、原子力安全委員会などの助言を得て対策案をまとめ、業界団体の電気事業連合会とも打ち合わせるのが筋だ。

 しかも、停止要請だと、停止した責任は電力会社が負うことになる。首相による指示、行政命令で行い、国が責任を負うべきだ。法的根拠がなければ法令を作ればいい。

 今回の原発事故は、天災と人災の両面がある。人災としては、避難指示が足りず住民に無用の被曝をさせてしまったことが挙げられる。官邸の犯罪行為とも言われかねない。事故の検証機関は内閣ではなく、政党の枠を超えて国会が対応すべきではないか。

 ■そらもと・せいき 昭和39年、広島県生まれ。民主党衆院議員(当選1回)。東大院修了。工学博士(原子力工学)。東芝で原発プラントの設計などを担当。平成21年、広島4区で初当選。

 ■小佐古教授の参与辞任 小佐古敏荘東大大学院教授(放射線安全学)は3月16日、原発事故対応のため内閣官房参与に就任。政府が福島県内の学校、幼稚園、保育園の屋外活動を制限する基準を「年間積算放射線量20ミリシーベルト」と決めたのは高すぎるとして首相官邸に見直しを求めたが容れられず、4月29日に抗議の辞任会見をした。


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ロシア副首相が北方領土訪問 震災後初の要人、4閣僚も

Category: 北方領土問題  

ロシア副首相が北方領土訪問 震災後初の要人、4閣僚も

2011.5.15

【モスクワ=佐藤貴生】ロシアのイワノフ副首相を団長とする政府代表団は15日、北方領土の択捉島に到着した。ロシア閣僚の北方領土訪問は東日本大震災発生後初めて。

 代表団にはナビウリナ経済発展相、バサルギン地域発展相、レビチン運輸相、トルトネフ天然資源相らが加わっている。イタル・タス通信などによると、代表団は港湾や空港などの建設の進行状況を視察する見通しだ。









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首相、どうして大笑い?

Category: ブログ  
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何がそんなにおかしいの? 
東日本大震災対応で眉間にしわばかり寄せていた菅直人首相が12日の衆院本会議場で、
野田佳彦財務相と久々の大笑い。
笑いの理由は不明だが、国会も終盤、心が緩んできたのかも…。


政治部・阿比留瑠比 心は見えずとも思惑は…
2011.5.15 03:17

 ◆被災者への視点なし

 3月11日の東日本大震災発生以降、ACジャパン(旧公共広告機構)のテレビコマーシャルがやたらと目につく。その中で印象的なのが、宮澤章二氏の詩「行為の意味」を引用した次の一節だ。

 「心はだれにも見えないけれど心づかいは見える」

 「思いは見えないけれど思いやりはだれにでも見える」

 震災発生から2カ月以上がたつが、いまも避難者は11万人以上に及ぶ。日本中が心を一つにし、国民それぞれができることを持ち寄って助け合うべき危機の今こそ、しみじみと胸に染み通る。

 一方、永田町ではこれをもじり、菅直人首相を当てこすったこんな言葉が流通している。

 「心はだれにも見えないけれど『下心』は見える」

 「思いは見えないけれど『思惑』はだれにでも見える」

 とても残念だが、これがわが国のトップの現状だ。そして、それが誰の目にも底の底まで透けて見えるところが二重に悲しい。

 「どの時期に、復興を目指す平成23年度第2次補正予算案を提出すべきなのか。現在のところまだ白紙の状態だ」

 菅首相は10日の記者会見でこう述べ、野党が要求する今国会での第2次補正予算案提出に否定的な考えを示した。これは、6月22日に会期末を迎える通常国会は延長しないと表明したに等しい。

 またいつもの「逃げ菅」か、と嘆息するばかりだ。要は、早く国会を閉じることで野党の追及から逃げ、民主党内の「菅降ろし」の動きも封じ込めたいだけなのだ。

 そこに保身はあっても、段ボールで仕切っただけの避難所で暮らし、一刻も早い政府の手当てを待つ被災者への視点はない。

 ◆一貫して「逃げ菅」

 実は菅首相のこの政治姿勢・手法は、今に始まったことではない。昨年の通常国会の閉じ方もそうだった。

 菅首相は昨年6月8日に菅内閣を発足させると、予算委員会も党首討論も開かず、民主党の金看板だった郵政改革法案や国家公務員法改正案を廃案にしてまで、わずか8日で国会を閉じた。

 当時、荒井聡国家戦略担当相が事務所費で女性下着を買っていた問題など、民主党の政治とカネの問題が噴出していた。菅首相がこうした弱点を野党に追及されるのを避け、内閣支持率が高いうちに夏の参院選になだれ込もうとしたのは明々白々だった。

 「議論は、これから選挙になれば、テレビとかいろんな場面でまた、たくさんありますから」

 菅首相はこのとき、記者団にこう釈明し、国会論戦がなくても問題はないと強調した。

 ところが、菅首相は6月24日の参院選公示日以降、7月7日まで2週間も記者団のぶらさがり取材を拒否して質問から逃げた。

 「1対8は議論じゃない。下手をすればつるし上げだ」

 7月2日の街頭演説ではこう述べ、前言を翻してテレビでの与野党9党首による党首討論も可能な限り避け続けた。

 「菅は能力的にはダメだけど、生き残るための嗅覚はすごい」

 民主党の閣僚経験者の一人はこう漏らす。だが、その生存能力は国民のためとは思えない。

 ◆排除なきシステム

 「今後のエネルギー政策では、自然エネルギーと省エネを2つの柱に力を注いでいくべきだ」

 菅首相は10日の記者会見でこうも強調した。その大きな方向性自体に異論があるわけではないが、十分な知識・見識に裏打ちされた発言なのか疑問も残る。

 4月29日の衆院予算委員会では、菅首相と民主党の渡部恒三最高顧問(衆院福島4区)との間でこんなやりとりがあった。

 渡部氏「福島県の原発の電気は、福島県では1キロワットも使っていない。全部東京へ送っている!」

 菅首相「福島原発で発電された電気はすべて東京を中心とする関東に送られ、大変豊かな生活を支えてくれている」

 だが、実際には東京電力福島第2原発3、4号機で発電された電気の4分の1ずつは、福島県を含む東北電力管内に送られてきた。

 これが、「ものすごく原子力に詳しい」と自称し、法的根拠がないまま国会にも閣議にも諮らずに中部電力に浜岡原発の停止を求めた菅首相とその同志の実態だ。

 精神分析学者の岸田秀氏は、先の大戦で補給軽視のインパール作戦を主導した牟田口廉也陸軍中将について「どなり散らすしか能がなく、無能で卑劣な将軍の最たる者」として著書でこう指摘する。

 「商売の世界なら当然脱落する彼のような男を排除するシステムが日本軍にはなかった」

 決して過去の話ではない。現在の政府・政界にこそ当てはまりそうだ。(あびる るい)




今日ボクが見た風景


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韓国のサバイバル番組、日本でも大反響!! 実は捏造

Category: ブログ  

【韓流】韓国のサバイバル番組、日本でも大反響[05/12]

MBC(文化放送)番組「サバイバル 私は歌手だ」が韓国を越えて日本でも反響を呼んでいる。

11日、あるオンライン掲示板には同番組を見た日本人の反応が出てきている。

最初に登場したイム・ジェボムについては「すばらしい低音で、声が男性的」「カリスマあふ
れる」などとコメントしている。

特に日本で人気のBoAの曲「ナンバーワン」を歌ったイ・ソラに対する評価は格別だった。
「あの歌がナンバーワンとはオーマイガット」「まるで呪文を唱えているようだ」「おばけが
出るような雰囲気」という反応だ。

また最下位の7位になったBMKに対しては「ジャズ風で少し退屈だが、声がすごい」「選曲
が惜しまれる」「最初の公演は良かったが、今回は残念」と評価した。

1位のパク・ジョンヒョンについては「妖精の歌に胸がドキドキする」「観客と一つになった
ようだ」「ホイットニー・ヒューストンを見ているようだ」などとコメントした。

このような日本人の反応に対し、韓国ネットユーザーは「日本と韓国は聴く耳が似ている」
「このままいけば日本の歌手も登場するのでは」「私たちの版権を買って日本でも放送してほ
しい」などと書き込んだ。


中央日報 2011/05/12
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=139870&servcode=700§code=720

【韓国芸能】

多くの韓国メディアが報道合戦を繰り広げた

日本で大反響』の韓国のサバイバル音楽番組…実は捏造でした

2011/05/13(金) 13:58:33.33ID:???

 韓国の多くのメディアが12日、MBC放送の人気音楽番組「私は歌手だ」が「日本でも爆発的 な反応」と大きく報じたが、実はねつ造だったことが分かった。
韓国のインターネットでは「ねつ造」内容の報道が13日現在も残ったまま、「恥さらし」との声 とともに慎重な報道を求める声も上がり始めた。

 [私は歌手だ]という番組は、実力派の歌手7人が与えられた歌を歌い、1000人の投票結果をも って最下位になった歌手を脱落させるサバイバル番組。
1人脱落すると、新たに歌手1人を追加し、再度サバイバルを行う。3月からスタートした話題の 番組だ。

 同番組に対する日本の反応として第一報が報じられたのは11日、海外掲示板を翻訳している専 門サイトが
「ナガス(『私は歌手の省略』)の日本での反応」というタイトルの文章をある翻訳して掲載、 それをあるメディアが「ナガスが日本でも大人気」と報じた。
実はあるネットユーザーのいたずらで、朴智星選手の試合に関する内容を「ナガス」に対する反 応としてインターネットに投稿したでっち上げだった。

 12日になると、関連報道が急増した。
「日本の反応」という表現に敏感な韓国であるだけに、多くのメディアがねつ造の反応を元に報 道合戦を繰り広げた結果だった。
メディアは「日本でも爆発的な反応」、「日本にも同様な番組ができたらいいね」、「鳥肌が立 つ。日本にはなぜこういう歌手がいないのか」、
「日本でも称賛一色」などの書き込みが殺到していると続々と報道、韓国でも話題を呼んだ。

 ねつ造が発覚したのは12日、ねつ造の文章を翻訳したサイトは「信ぴょう性がない」として関 連文章を削除した。
「恥ずかしいハプニング」とねつ造だったとことも報じられる中、13日現在もでっち上げの「日 本の反応」を伝えた記事の多くはポータルサイトに掲載されたままだ。

 一部では「日本での韓流ブームはKARA、少女時代につながる重要な転換期を迎えている。
このような雰囲気に水を差さないよう慎重な報道姿勢が求められる」と懸念を示すメディアもあ る。
(編集担当:金志秀)

ソース サーチナ 2011/05/13(金) 12:34
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi? y=2011&d=0513&f=national_0513_094.shtml





朝鮮人の歴史そのもの・・朝鮮人自体ねつ造なんだから驚かないよ


人気とかは全部ウソで、醜聞とかは全部事実



結論 = 韓国人は嘘つき

朝鮮人の反日という名の日本への劣等感炸裂が、 無様に露呈される事件だなw







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予算委員会審議中継を見ています

Category: 政治  


第177回国会審議中継
5月13日12:55~
予算委員会審議中継を見ています


総理の朝鮮人献金問題追求
http://www.webtv.sangiin.go.jp/generator/meta_generator_wmv.php?sin=866&mode=LIVE&un=7cad427d4eb8e28bddc88de6cc085699&ch=n&pars=0.758911064234527

5月13日9:00~
外務委員会審議中継を見ています


支那の新潟、愛知、東京の土地買収案件が追求されています。
http://www.shugiintv.go.jp/jp/wmp.asx?deli_id=40977&live=yes&media_type=wb

【動画ニュース掲示板】最新版
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj6.cgi
【動画ニュース最新版タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。





【関連情報】【韓国ベンチャー、日本政府機関のプロジェクト受注】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110414-00000004-yonh-kr

日本の特許管理システム開発を韓国へ外注の弊害が出てい
る、日本の技術開発の状況が韓国に筒抜け。
日本国民は売国民主党が業務仕分けで日本の技術開発予
算を削減して、韓国へ最新鋭技術情報を漏洩させている犯
罪行為に早く気が付いて下さい。


【マスコミ隠蔽の掲示板】最新版
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj4.cgi
【マスコミ隠蔽のタイトル一覧】最新版はこちらをクリックして下さい。


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「歪曲教科書、一緒に阻止してほしい」日本人たち、韓国に要求する

Category: 教育  

「歪曲教科書、一緒に阻止してほしい」日本人たち、韓国に要求する

(ハンギョレ 韓国語 2011/05/11)


東京都杉並区の市民団体
‘姉妹提携’の瑞草区庁に呼び掛け

「2005年、東京都杉並区では『新しい歴史教科書をつくる会』(以下、新歴会。つくる会
)の教材が中学校の歴史教科書に採択されました。その教科書は、日本の植民支配で朝鮮が発展したと説明したんです。こうした教科書を6年間使用したが、今年は必ず変えなければなりません。」(日本人教師、長谷川和男

日本の侵略戦争などを美化した『つくる会』系列の教科書採択反対運動をしている日本人・在日韓国人4人が11日、ソウル市瑞草区庁を訪ねた。

日本,東京都杉並区の市民団体『杉並の教育を考えるみんなの会』(以下、会)の会員のこれらは、歴史歪曲教科書採択の動きに対抗し、‘連帯闘争’を訴えようと自費で玄海灘を渡った。この日、チン・イクチョル瑞草区庁長に会ったこれらは、「歴史歪曲教科書採択阻止に力を載せてほしい」として、来る7月に杉並区訪問と歴史認識関連シンポジウムへの出席を要請した。

チン区庁長は面談の後、シンポジウム出席を約束したし、主催側と詳しい日程を調整する予定だ。

杉並区教育委員会は、2005年と2009年、相次いで『つくる会』系列の歴史教科書を採択したし、8月には来年から4年間使用する教科書を決める予定だ。

これらが瑞草区庁を訪問して支援を要請したのは、瑞草区と杉並区が今年で20年目になる姉妹提携をして交流をしてきたためだ。

会の長谷川和男・共同代表は、「瑞草区庁長が日本に渡り、教科書問題が韓日交流の障害物になっていることを明確に見せれば、教科書採択議論にも肯定的な影響を及ぼすだろう」と期待感を示した。

2009年、日本国内の『つくる会』系列の教科書採択率は1.7%で、2001年の0.039%に比べて大幅に増えた。日本の極右団体は今年、『つくる会』の教科書採択率を5~10%に高めるという目標を掲げている。(機械翻訳 若干修正)



現区長(2010年7月~)は、反山田宏前区長の田中良元民主党(無所属、民主党、社民党、生活者ネット推薦)なので採択されないかもしれませんね...





× 『杉並の教育を考えるみんなの会』
○ 『杉並の教育を考えるウリの会』 ですね。



こいつが日本人かどうかは知らんが、このキチガイのように事実を捏造する輩は日本にも間違い無く存在する。
売国奴政党民主党等は国からの金を貰って反日活動をやっているドンデモ無いのも居る。
こんな奴らをまずは黙らせる事だ。




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