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今日ボクが見た風景

富裕層でブーム 野生動物を食らう中国人

Category: 中国  
「中国ではここ数年、珍しい野生動物を食べることが一部の富裕層の間で大流行しているのです」

  と語るのは広州の地元紙の記者だ。

 「元々、中国南部では珍しい動物を口に入れたがるといった風土がありましたが、03年のSARS(重症急性呼吸器症候群)騒動で一気に下火になりました。これが時間をかけて復活したのと同時に、今度は庶民の嗜好という次元とはまた一つ違った、さらに大きな需要が生まれてきているのです。それがアワビやフカヒレ、ツバメの巣、神戸牛などといった贅沢品を食べ飽きた富裕層の新しい趣味であり、また商談などの席から役人への接待として供されるための野生動物への需要なのです。この接待で大切なのは、味ではなく“稀少性”です。だから当然のこと珍種や猛獣などが好まれ、それらは例外なく絶滅危惧種として扱われる動物です。このことがいま、中国と国際社会との間で新たな大きな摩擦の種となりつつあるのです」

生きるために動物を売買する貧困層
 野生動物食は中国語で「野味」と呼ばれる。同じ鴨でも家畜と野生では値段が大きく違ってくるほど、中国では圧倒的に野性が珍重される。背後には、経済発展を遂げた中国に生まれた成金が札束に物を言わせて世界中から野生動物をかき集めているといった事情があるのだ。

 もちろん中国政府がこれを容認している訳ではない。

 「政府は、むしろ厳しく取り締まろうとしているのです。しかし、動物保護のために金と人をかける。そんな発想を国民が広く理解しているのかといえば、それはまったく期待できない。なかでもある種の貧困層の人々にとっては、自分が生きていくのに必死なのに動物を獲ったり売買したりすることを躊躇う理由など見当たらないでしょうからね」(北京の国務院関係者)

 珍しい食材を追及してゆけば、世界の中での摩擦は避けられない。中国国内では国が定めた国家保護動物という法律の網をかいくぐることとなり、国際的にはワシントン条約を始めとした多くの条約やそれぞれの国が定めた動物保護の法律とぶつかることになるからだ。

 自然、野生動物の売買は地下に大きなマーケットを形成することになるのだが、そうなると余計に稀少性が増し、ますます需要が高まっていくという悪循環に陥っているのが中国の現状だ。

では、実際にどんな動物が中国の富裕層や権力層に好まれ、犠牲になっているのだろうか。

 まず挙げられるのが、食用以外にも漢方薬としての需要が高い東北虎(シベリアタイガー)だろう。東北虎のほかには、チンチラやマンシュウアカジカ、麝香(じゃこう)鹿、熊といった動物がロシアから国境沿いに密輸されてきているという。

 ロシアと並んで取引の多い東南アジアからは、大蛇のボア、大トカゲ、センザンコウ、ワニ、そして孔雀などが大量に入ってきているという。

 中国国内では、センザンコウやチベットカモシカ、そして別名『空飛ぶパンダ』と呼ばれる希少種で国家二級保護動物として知られるシロハラヒメハヤブサといった動物までが狙われているという。

 食用ではなく漢方薬の原料や装飾品としては、アフリカからカバの牙やサイの角なども大量に密輸されている。

 国内で消費されるのではないが、あの人気者のジャイアントパンダ――東南アジアの華僑向けに毛皮を出しているとされている――でさえ密猟のターゲットにされているのだから凄まじい世界だ。

中国のモラルハザードが国境を超え世界へ
 トラやサイなどは本格的に絶滅が危惧される動物で、その保護には国際的な目が注がれている。それゆえに問題が深刻化してゆけば、「野味」を入り口として再び世界中で〝中国異質論〟が燃え上がってゆくことも十分に予測できるのだ。

 問題は中国の抱えるこうした国際社会との間の常識のズレが、財力を背景にどんどん外国に輸出され続けるのではないかと心配されていることだ。世界から貧困がなくならない限り、中国のモラルハザードは、いとも簡単に国境を越えて世界に広がってゆく。このモラルハザードは貧困との親和性が強くアンダーグランド化しやすいため規制することも簡単ではないのだ。

 経済力が世界からきれいごとを駆逐する。中国と向き合う上で避けて通れない挫折をまた一つ世界が味わうことになるのだろうか。


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戦時徴用は245人

Category: 在日・パチンコ  
在日朝鮮人、大半が自由意志で居住 - 戦時徴用は245人
外務省発表

今日ボクが見た風景

以下、記事の内容)
在日朝鮮人の北朝鮮帰還をめぐって韓国側などで
在日朝鮮人の大半は戦時中に日本政府が強制労働をさせるためにつれてきたもので、いまでは不要になったため送還するのだ
との趣旨の中傷を行っているのに対し、
外務省はこのほど「在日朝鮮人の引揚に関するいきさつ」について発表した。

これによれば在日朝鮮人の総数は約六十一万人だが、このうち戦時中に徴用労務者として日本に来た者は245人にすぎないとされている。
主な内職は次の通り。

一、戦前(昭和14年)に日本内地に住んでいた朝鮮人は約100万人で、
終戦直前(昭和20年)には約200万人となった。

増加した100万人のうち、70万人は自分から進んで内地に職を求めてきた個別渡航者と、その間の出生によるものである。

残りの30万人は大部分、工鉱職、木事職の募集に応じてきた者で、戦時中の国民徴用令による徴用労務者はごく少数である。

また、国民徴用令は日本内地では昭和14年7月に実施されたが、朝鮮への適用はさしひかえ昭和19年9月に実施されており、朝鮮人徴用労働者が導入されたのは、翌年3月の下関-釜山間の渡航が止まるまでのわずか7ヶ月であった。


一、終戦後、昭和20年8月から翌年3月まで、希望者が政府の配給、個別引揚げで合計140万人が帰還したほか、北朝鮮へは昭和21年3月、連合国の指令に基く北朝鮮引揚計画(*)で350人が帰還するなど、終戦時までに在日していた者のうち75%が帰還している。

戦時中に来訪した労務者、復員軍人、軍属などは日本内地になじみが薄いため終戦後、残留した者はごく少数である。

現在、登録されている在日朝鮮人は総計61万人で、関係各省で来日の事情を調査した結果、戦時中に徴用労務者としてきた者は245人にすぎず、現在、日本に居住している者は犯罪者を除き、自由意志によって在留した者である。

■昭和34年 朝日新聞

(*)GHQの命により「北朝鮮はこの世の天国!」と嘘キャンペーンを展開した。


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強制連行のアボジの子なり

Category: 在日・パチンコ  

1984年の朝日歌壇には1年間に18万余首の投歌があった(『朝日歌壇’85』)。年間50週として週に3600首。朝日の場合、4人の選者がこれを読む(従って重選がある)。入選歌は年間2055首である。
 「朝日歌壇に寄せられるのは、みな普通の市民の、それぞれが日常に見つけた喜怒哀楽、心の動きを映した歌群です」(『朝日歌壇2001』歌壇担当記者による「あとがき」)
 しかし社会詠というか機会詠の多いことが朝日歌壇の抜きん出た特徴である。「喜怒哀楽」には「社会性」が色濃いのである。たとえば2001年10月と11月の8週間分の朝日歌壇では130首、全掲載歌の4割が同時多発テロ関連の歌である。同時期の毎日歌壇では約30首、保守系と目される読売、産経では意外にもきわめて少ない。そして2002年秋には北朝鮮による拉致事件関連歌が朝日の場合は突出して多く、他紙にはまれにしか見えないのである。


2002年9月17日、拉致テロを金正日国防委員長が認め、生存者と「死亡者」のあやふやなリストを提示した衝撃のあとの歌にはつぎのようなものがある。


強制連行のアボジの子なり棄民なり差別・蔑視・無視・放置の六十余年(朴貞花) 


 

朴貞花は朝日歌壇投稿30年の常連だが、その歌うところは「暗い歴史を背負った暗い在日コリアン」と「朝鮮ナショナリズム」である。
 そこでは「在日」はつねに「不正常な存在」として認識されている。従って、志を抱いて渡日してきた在日コリアンの希望は無視され、現実に半世紀をはるかに越えて日本に定着した在日コリアンがコリア系日本人として日本社会に参加し、積極的に影響を与える道は否定される。あらかじめ「不正常な存在」とされた若い世代はアイデンティティを見失って気の毒である。彼らのほとんどは「祖国」に感情移入できない。そうして近年来日した新1世ははじめから視野にはない。
 用語の問題もある。
彼女の父は1939年以前に渡日しているから「徴用」以前の段階、「募集」か「官斡旋(あっせん)」であろう。 1960年代のなかばの造語であり、元来トートロジー(注:同意語の反復のこと。「馬から落馬する」「犯罪を犯す」など)でもある「強制連行」はあたらない。新来者の被差別と苦労は同情に値するが、在日コリアンはむしろ「祖国」で差別されるのである。北朝鮮の場合、差別は人権侵害のみならず、生命の危機にもおよんでいる。

 


その面前に『祝杯(チュッペ)』とグラス掲げたり笑みて頷く童顔の金正日書記
 照り渡る朝高に在日二万五千名金正日主席推戴祝う (注:「朝高」=朝鮮高級学校)

 こんな歌をつくった朴貞花は、95年春に訪朝している。「日本を発つときには、想像だにできなかった夢のような待遇を受けた1か月であった」と98年刊行のその歌集『身世打鈴』 にある。彼女はつまり金日成主義者なのである。ならば是非もない。
 



【朝鮮人は隣人 長年の夢実り】




会社役員 朴貞花(東京都町田市 63歳)



 娘のチマチョゴリ姿を見た町内の人から、「まだ日本に朝鮮人が居るの」と言われたのは30年前だった。

 町田市には朝鮮学校もあるのに。

 自分を見せる事で朝鮮人が日本で一生懸命生きている事を知って欲しいし、私を信じてくれた人が一人できれば、そこから確実に根が広がっていくだろうと思ったが、のれんに腕押しでつらい思いをしてきた。

 しかし、今年は夢の一つが実った。
 来年の市の比較平和都市宣言20周年を前に市公民館が取り組む、市民による脚本・主演・演出のミュージカル「LIFE IN PEACE」-戦争を知らない私たち-の公演が19日にある。

 その劇で被爆者の事と共に在日の事、朝鮮学校の事も取り上げられ、朝鮮学校の子供も劇中で舞踊を踊り共演する。

 脚本の中の朝鮮人の台詞は、日本人が書いたとは思えない程私たちの心が表現されていた。
 私は胸が熱くなり、読みながら涙があふれた。

 やはり、真実を知る事、学ぶ事で理解が深まり、人は誰でも手を携えていく事が出来る。
 あきらめずに、いつの日か分かってくれる人が現れると信じてきて良かった。

 公演が待ち遠しい。


(2002年1月18日 東京版)


/* 内容自体は普通なのですが、経歴に不自然な点が見られたので紹介しました。

まず、この投稿者のサイト↓をご覧下さい
http://www.korea-np.co.jp/book/sinboj99021975.htm (注:現在は閉鎖されたようです)

>著者は1938年忠清道生まれ。1歳の時、家族に連れられ、日本に強制連行されていた父の元へ。
>解放後の生活は多くの在日同胞同様、苦労の連続だった。

と、この投稿者は来日した年と年齢という最大の手がかりを明かしてくれています。

1938年に朝鮮で生まれて日本には1歳の時に訪れたということは、1939年か1940年に来日したことになります。
つまり、父親の強制連行は、どう大きく見積もっても1940年ということになりますね。


そして、朝鮮半島に国民徴用令が実施されたのは、1944年9月~12月のことです。
(日本国内で国民徴用令が成立したのが1939年のことなので、一部の書籍では日本本土の徴用令が半島でも実施されたと思いこみ、1939年に強制連行開始されたと、誤解を招く誤った記述をしていることもあるようですが)

また、1939年まで朝鮮人の内地への渡来を日本政府は制限しており、この年より日本企業が朝鮮で自由に労働者を募集することが許可されるようになりました。


この年と投稿者の父の渡航年の一致はどうしたことでしょうか?
1942年より官斡旋が始まりますが、この投稿者の父親にはこれも当てはまりません。


実際には、こんな感じではないでしょうか。

1938年 朴貞花(投稿者)生まれる
1939年 国民徴用令成立(半島には適用されず)
1939年 朝鮮人の渡航制限を緩和
1939年 もしくは1940年 朴貞花 日本に渡航 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
1942年 官斡旋始まる。
1944年 9月~12月 朝鮮半島にも徴用令施行


これで、「強制連行のアボジの子なり棄民なり差別・蔑視・無視・放置の六〇余年(町田市)朴貞花」
などと言っているのですから、たまりません。



  
 「あることが起こったときに、自分ならどんなふうなかたちで参加できるか。

その参加の意志がいちばん端的にあらわれるのが新聞歌壇だと思います。

新聞というのは本来は与えられるもので、唯一参加できるのが歌壇あるいは投書欄だ。

新聞というのは本質的にそういうものを必要としているんだよ」

座談会「短歌にとって昭和はどんな時代だったか」 における)永田和宏の発言である。

もっともな見方だが、新聞歌壇や投書欄が「参加者」の恣意的かつリアリティのない「物語」の再生産の場として利用され、あるいは新聞論調に投稿者が媚びるようでは朝日歌壇にとどまらず、朝日新聞そのものの危機というべきであろう。(了)


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反米韓国人女性

Category: 韓国・朝鮮  

2005年 10月


CDC Centers for Disease Control and Prevention(米国疾病管理センター)

反米韓国人女性
1人でも多くのアメリカ人にエイズをうつそうと思った」

AIDS感染の朝鮮女、感染目的で数千人と生セックスをして逮捕。
2000年10月~2002年3月まで1日10人程度の男とセックスをする。
反米活動で1人でも多くのアメリカ人にAIDSを感染させようと思った




・・・



18ヶ月=540日
540日×10人=5400人・・・・



・・・w


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北方領土、歴史歪曲広がる露

Category: 政治  

史実に理解示す識者発掘、重要 

北方領土、歴史歪曲広がる露


【モスクワ=佐藤貴生】北方領土問題をめぐり、ロシアのメディアは歴史的事実を歪曲(わいきょく)もしくは隠蔽(いんぺい)して報道し、「南クリール諸島(北方領土)はロシア領」という政府の戦略に沿った世論形成を進めている。日本政府は駐露大使を事実上、更迭する方向で検討に入ったが、メドベージェフ大統領の北方領土訪問といった事態に浮足立つことなく、ロシア側の誤った歴史認識という“病巣”を断つ努力が求められている。

 ロシアでは第二次世界大戦当時、有効だった日ソ中立条約を破ってソ連が対日参戦した事実を覆い隠し、「軍国主義からの解放」などの言葉にすり替える報道が支配的だ。それはロシアが今年、9月2日を事実上の対日戦勝記念日に制定した際にも多くみられた。

 こうした傾向はいまに始まったものではない。露紙ブレーミャ・ノボステイは昨年7月、「南クリール諸島は第二次世界大戦の結果、ソ連領となった。それは1951年のサンフランシスコ講和条約を含む外交文書でさらに強化された」と伝えている。

 しかし、同講和条約は日本が領有権を放棄した千島列島と南樺太の帰属先を明示していない上、ソ連は調印もしていない。こうした事実を公平に伝えるメディアは皆無だ。

 在モスクワの日本大使館では「事実誤認があるケースのほとんどに反論しており、コメントの掲載を求めることもある」という。だが、反論は、官製史観に基づく多くの記事に押し流されているようにみえる。

 北方領土は日本領、という考えを理解する人もロシアには存在する。48年から8年間、スパイ容疑のためシベリア・タイムイルの強制収容所に収容された経験をもつネト・レフ氏(85)=モスクワ在住=は産経新聞に、「ソ連軍による北方領土占拠は非人道的なものだった。高圧的なロシアの現政権の態度は健全ではなく、常軌を逸している」と述べた。

 ある日露外交筋は、こうした日本の主張への理解者を識者からも発掘し、ロシアの国内世論に反映させるべきだとの考えを示す。

 ロシアでは、政府の方針が決まるや否や、それに盲従する学者が多くを占めている。その中で歴史と真摯(しんし)に向き合い、正論を述べる層をどう構築するか。遠回りにみえるが、領土返還に向けて日本政府が避けて通れない重要な課題だ。




北方四島「ロシア領」と強調=大使更迭に「残念」

―メドベージェフ大統領

【モスクワ時事】ロシアのメドベージェフ大統領は24日、同国テレビとのインタビューで、「南クリール(北方領土)の全ての島はロシア領だ」と強調するとともに、日本との経済協力は領土放棄を意味しないとの考えを示し、日本の領土要求を強くけん制した。
 メドベージェフ大統領は11月にロシア国家元首として初めて北方領土の国後島を訪問したことについて、「われわれは住民が人間的な生活を送れるようクリールを整備しなければならない。私はそれを約束した」と述べ、今後も閣僚を派遣して北方四島の発展に向けた作業を継続する考えを示した。
 大統領は「日本との共同経済プロジェクトに取り組んだり、クリールの歴史的経緯を考慮したりする用意はある。しかし、それは領土を放棄すべきだということを意味しない」と述べ、領土返還は困難との立場を表明。一方で、北方領土に経済特区を設置し、共同開発を進めれば、日ロの立場は接近するとも述べた。
 大統領の北方領土訪問の情報を事前に把握できなかったとして、日本政府が河野雅治駐ロシア大使を事実上更迭する方針を固めたことについては「大使の政治的キャリアを中断させることになったのを残念に思う。われわれが意図したことではなかった」と語った。



中国と同じだなこの国も・・・


基本知識として

終戦直後、日本が大混乱する中でソ連は、いまだアメリカが軍事占領していないと見るや、択捉、国後、色丹、歯舞の北方四島と周辺の島々を実効支配し、約1万7000人の日本人住民を強制退去させた。ロシア側は、1951年のサンフランシスコ平和条約で、日本が千島列島を放棄したことをとらえ、列島に属する北方四島はロシア領だと主張している。が、まったく大違い。千島樺太交換条約で雑居地とされてしまった樺太は放棄し、千島列島だけは日本となした平和時の決定。しかしそれにも日本帰属を明言した文面にはウルップ以北を対象としており、四島は北海道の一部と当然のごとく認識されていた。
そもそも、ロシアはもともと同条約に調印しておらず、領有根拠なぞもってはいない。
 日本は大使就任時ごとに、要人訪問ごとにこの宣言をしているのであろうか。
 北方領土問題は1990~92年の先進7カ国時代のサミットで毎年、議長声明や政治宣言に「法と正義の原則に基づき外交政策を展開するとのロシアの公約を歓迎する。(それが)領土問題の解決を通じた日露間の正常化の基礎となる」といった文言が盛り込まれていた。また、2005年には欧州議会がロシアに北方領土の日本への返還を求める決議を採択してもいる。国際世論は日本の見方である。法的にもなんら問題のあろうはずはない。スターリンが日ソ中立条約を一方的に破棄し、終戦直後に不法占拠した北方領土。 しかし、北方四島の石ころひとつも日本に渡さないという。メドベージェフ大統領は、歴史に謙虚であるべきである。

 戦後64年、G8の2国間でいまだ平和条約を締結せず、戦後処理も終わっていないのは日露間のみだ。これは異常である。平和条約の締結が中国膨張を阻止する両国の共通利益となる。領土問題解決に躊躇するロシアの姿勢がわからない。
  文部科学省が、平成23年度から全面実施される小学校社会科の新学習指導要領の解説書で、北方領土について「ロシア連邦に不法に占拠されている」と明記した。政府見解に沿って「不法に」との表現を初めて盛り込んだ 現行の小学社会の教科書5冊はいずれも北方領土がロシアに占拠されている状況を取り上げているが、「不法」との記述はない。実際の教科書編集は解説書に準じて行われており、新しい教科書には、正確に「不法」表現が出るはずである。しかしそれでは遅すぎる。企業民間あらゆる分野で主張していかねばならない。



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