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今日ボクが見た風景

日本は、日本と云う国は

Category: 日本国民の心得  



この国と、私達日本人は

この先人たちの流した血と涙で繋がっている

未だに人の世の義を知らず

虚飾と欺瞞に満ちた愚か者に汚され

戦犯と叩かれるこの国の英霊たち

だが、私達は今知ることが出来る

何が正義だったか

何に負けたか

「後の日本に栄光あれ」

その言葉に応えなければならない

日本人は日本人で在る事を

誇らなければならない

今、そう云う生き方をしなくてはならない





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中国の買いあさり・・・要注意

Category: 政治  

2010年12月20日、中国総領事館が名古屋市中心部の国有地を取得しようとしたところ、住民らが大反対し計画が頓挫している。英BBC放送の中国語版ウェブサイトが伝えた。

記事によると、東海財務局が名古屋市北区にある公務員宿舎跡地約3万1000平方メートルの売却を計画し中国総領事館が約1万平方メートルの取得を希望した。ところが、9月に起きた尖閣諸島沖での衝突事件で対中感情が悪化していた住民らが、デモや署名活動で大々的な反対運動を展開した。

同局によると、1万人分の署名を受け取ったほか、抗議の電話やメールも殺到。担当者は「予想以上に反響が大きく、慎重に判断すべきと考えている。売却するかどうかはまだ決めていない」と話した。

同様の問題は新潟でも起きている。在新潟中国総領事館が新潟市中央区の小学校跡地を取得し、

職員宿舎などを 建設しようと計画したが、やはり住民らの強い反対に遭っている。

内閣府が18日に発表した最新の世論調査で、中国に「親しみを感じる」と答えた人は20.0%で1978年の
調査開始以来、最低を記録、反対に「親しみを感じない」人は77.8%で過去最高だった。日中関係が
「良好」と答えた人は昨年の38.5%から8.3%、「良好とは思わない」は同55.2%から88.6%となった。



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今度は国有地、名古屋に中国の魔手


『週刊新潮』 2010年12月16日号
日本ルネッサンス 第440回  櫻井よしこ氏


都市の一等地を中国政府に売る計画は、新潟市だけではなく、名古屋市でも進行中だった。しかも、売り手は財務省、日本国政府である。

売却予定地は、名古屋城近くの南向きの3万1,000平方メートルとその飛び地の2,800平方メートル、合計1万200坪を超える、都市に残された最後の超大型物件だ。国家公務員宿舎「名城住宅」と名城会館の跡地売却で、取得希望者の申請を4月15日から7月14日まで受けつけた。愛知学院大などを経営する学校法人愛知学院と名古屋中国総領事館が希望し、中国政府は南側の約1万平方メートルを希望する旨、財務局に伝えた。

そもそも、この土地を、なぜ、いま売るのか。財務省東海財務局の国有財産調整官は語る。

「公務員宿舎の移転再配置計画に基づき、古い資産は売却し新しい資産に置きかえていきます。名城住宅の入居者は平成21(2009)年4月に退去し、新しい公務員住宅、城北住宅に入居済みです」

つまり、公務員住宅を次々に建て替えるための売却かと問うと、「そうです」と、調整官は答えた。

売却基準は買い手に公共的ニーズがあるか、申請が妥当かの2点だそうだ。公共的ニーズとは社会福祉法人や学校、大学などがその範疇に入り、中国総領事館はウィーン条約の相互主義に基づき接受国、つまり受け入れ国は相手国の要望実現に協力することになっているため、これも範疇に入るとの見方だった。

しかし、相互主義といいながら、日本の在中国公館は全て賃貸である。他方中国公館は現在交渉中の名古屋と新潟を除いてすべて土地も建物も中国が取得している。


国有財産を外国政府に売却


東京港区元麻布の中国大使館は、約3,900坪もある。教育部と商務部と、各々の宿舎は730坪の土地をはじめ都内4ヵ所もすべて中国の所有だ。札幌、大阪、福岡、長崎の総領事館も同様だ。大阪の場合は比較的小振りの3ヵ所の土地にまたがっているが、その他の土地はいずれも1,000坪から1,500坪に上る。現在、中国が画策中の新潟市と名古屋市での土地買収が実現すれば、これまでに取得した各総領事館の不動産より更に広大な5,000坪級の土地を中国は手に入れることになる。

こんなに不公平でも売るのかと問うと、調整官はこう答えた。「現在、中国側は貸しビルで業務をしています。自分の土地をもちたいという要望は理解出来ます」

一等地の宿舎に安価な家賃で住み、新宿舎を近くに作り、その経費回収を急ぎたい官僚らは、眼前のおカネの流れの収支を合わせるのに精一杯で、国土の外国政府への売却が国益に適うのかと考えることもない。

名古屋市長の河村たかし氏が語る。

「国有地払い下げの権限は国にあるんです。土地利用計画の決定権は地方自治体にありますが、国がどうしても売るといったら、最後まで反対出来んでしょう。尖閣の領海侵犯事件の後で、市の一等地を中国に渡すなど市民県民は許しませんよ。慎重のうえにも慎重にしてほしいと、民主党に申し入れ、凍結してもらいました」

9月21日まで財務大臣政務官として同件を担当した愛知選出の古本伸一郎衆議院議員は語る。

「河村市長とは随分、話し合い、彼が売却を快く思っていないことは知っています。そこで私は中国側に、市の都市計画課や議会、地域の区長ら関係者に説明し、了解を取りつけるよう注文をつけました。その件はクリアしたと、報告を受けました」

しかし、市中心部の国有財産を外国政府に売却することは地方の都市計画課が決めることではないだろう。古本氏も語る。

「確かに一出先機関が決めることではありません。従って経緯は大臣に報告し、了解を得ています」

なんと、野田佳彦財務大臣も了承済みだというのだ。但し、古本氏は同件の最終決定前に、内閣改造で政務官を離れ、後任の吉田泉氏に引き継いだ。その間に中国が尖閣の領海侵犯事件を起こし、蛮行の限りを尽したことで、河村氏は、民主党に、土地売却の凍結を申し入れた。新財務大臣政務官の吉田氏が説明した。

「9月21日に政務官に就任し、古本氏から受けた引き継ぎで、私は土地売却は凍結すべきだと理解しました。6月に、日本側から中国側に、売却出来るのは南向きの3万1,000平方メートルの区画の北側と飛び地だと伝えています。中国側はこの案に乗って来ず、8月に、3万1,000平方メートルの区画の北側だけでなく南側も買いたいと言ってきました。以来、彼らとのやりとりはないのです。9月27日の政務三役会議で同件を野田大臣に報告し、当面見合わせることにしました。現在、この件は、事実上、外務省の判断待ちです」

外務省では副大臣の伴野豊氏が担当だ。氏に問うと、生憎、取材に応じる時間がいまはとれず、翌週に回答するとのことだった。


首相を続けたい私益の心


一体、名古屋の土地の中国への売却話はどうなるのか。現時点の状況を直接の担当者、前出の国有財産調整官に問うた。

「凍結はされていません。審査中です。結論はいつかはわかりませんが、早いに越したことはありません」

新宿舎建設の資金回収のため、相手構わず早期に国有地を売ることを望んでいるともとれる回答だ。一方、政治主導を掲げる民主党は、一部の政治家が中国への土地売却の深刻な負の影響を懸念しながらも、売却中止を決断できずにいる。

超党派の領土議連事務局長を務める衆議院議員、松原仁氏が憤る。

「国有地売却については、2つの理由から慎重にならざるを得ません。第一は、中国は経済大国で先進国入りしたともいえますが、他方、あの国には言論の自由もない。国際的規範も守らない。我々とは全く異なる価値観を持つ国に土地を売るのは極めて慎重であるべきです。

第二の理由として、国有財産売却の是非を問うべきです。売るにしても、景気低迷の中での安価な時価で売ることは許されません」

水源と森林を守るための2本の法案を、国会会期末に上程した自民党参議院議員の山谷えり子氏も指摘した。

「こうした大事な法案の審議を全く行わず、菅さんは早々と国会を閉じました。菅政権に水資源や森林法どころか、都市部の土地売却について何らかの指針を打ち出す気があるのか、全く見えてきません」

菅直人首相は、10月15日、参院予算委員会で、外国による土地取得の規制について「是非勉強して考え方をまとめてみたい」と述べた。だが、その法案の審議さえせず、国会を閉じ、いま、選りに選って、社民党と組み、数合わせに走る。政策も戦略もない。あるのは首相を続けたい私益の心だけだ。




スキを狙っているようです・・・

手を緩めてはいけません!


断固反対!


最早、国民の声でしか事態は変えられないのです


今の政府は国歌の転覆を図っているのでしょうから




 

*さくら* -ガンバレ♪日本の保守!!ヽ(*´ω`)ノ-さん



ささやかに応援させて頂きます



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国有地を売らないように東海財務局職員に訴え

Category: 政治  



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北海道が中国になる日

Category: 政治  

北海道中国になる日


(最後に中国の歴史に関して追記)

中国というのは莫大な人口をかかえている国。ちょっとしたはずみで大量の難民が日本列島に押し寄せてくる可能性すらある。中国としても、世界中に中国人をおくりだそうとしている。華僑なんかは昔から有名だし、彼らが世界中に散らばれば散らばるほど、反日も世界中にまき散らされる。それどころか、莫大な人口の受け皿として、日本の、土地の面積の割には人口の少ない北海道をねらっているのでは!?という話を「Speak Easy 社会」さん「中国による北海道乗っ取り計画」で知った。なんと国土交通省北海道開発局では、中国人等を大量に受け入れる計画を練っているとか・・・。

国土交通省 北海道開発局 第6回 夢未来懇談会

議事次第 PDFファイルより以下引用。


○基調報告(その2)

(資料3「北海道人口1,000万人戦略」説明(有)北海道チャイナワーク 張相律代表取締役)

北海道の人口を増やす必要性としては、世界的な人口流動の受け皿、福利制度破綻の解消、経済規模の拡大等が挙げられる。一方、北海道の土地、食糧自給率、自然、住居環境、新しい歴史・文化、整備された社会基盤などについては人口が増える好条件である。

北海道の人口を1000万人にする戦略は以下のとおり。

(1) 北海道の将来像(ビジョン)を明確にし、道民全体で共有するとともに、対外的にPRする。

(2) 外国人労働者を受け入れ、産業コストを下げることにより、安くて安心な衣食住を提供する。

(3) 北海道独自の入国管理法を制定し、外国人が来道しやすくする。

(4) 外国人労働者の受け入れに伴う安い労働力と、広い土地を生かした企業誘致を行う。

(5) 災害対策を含め、北海道の長所を売りに国内からの移住者を増やす。

(6) 次世代の育成を視野に入れた教育制度の改善を図る。

(7) 北海道の観光振興施策を担当する行政機関を集中させ、観光PR戦略を策定する。

(8) グローバル化に対応した国際都市を建設する(中華街など国際的な街作り)。





配付資料 資料3 「北海道人口1,000万人戦略」PDFファイルから以下、内容を抜粋。


    北海道人口1000万人戦略

北海道チャイナワーク 代表取締役 張 相律


北海道人口を増やす必要性

 ■世界人口大流動の受け皿になる。

  人口爆発、グローバル経済、協力計画経済


北海道人口1000万人戦略2

  衣食住は基本の基本

 ■海外からの労働力を本格的呼ぶ。

   IT、バイオ、農業、漁業、建築業、運送、福祉、観光業、製造業など

 ■安くて安心な衣食住の提供戦略。

  ・海外の安い労働力を呼び、農水産業・建築業の生産コストを下げる。

  ・徹底した技術指導を行い安心できる生産技術を伝授する。

  ・海外から安い生活用品と建築資材を輸入。(本州は進んでいる)

 目標:衣食住に掛かる費用を韓国・台湾レベルに!


北海道人口1000万人戦略3

  外国人来道者は道民の予備軍

 ■北海道独自の入国管理法を制定

  ・今の研修制度を見直し、正式な就労者としてビザ発給

  ・短期観光客に対してはノービザ制度を投入

  ・留学生を積極的に受け入れ、北海道に残る仕組みをつくる。

  ・住宅、不動産など購入した人は簡単に長期滞在ビザ発給

  ・世界の画家・音楽家などにアトリエ聖地にする。

 目標:観光にきたお客様が北海道に住みたくなるようにする

  海に囲まれた島だから可能(第2の香港)、刑法強化


北海道人口1000万人戦略4

  安い労働力と土地で企業誘致

 ■福祉・福利関連企業誘致。

  海外の安い労働を利用した、福利福祉施設


北海道人口1000万人戦略5

  移住者を200万に


北海道人口1000万人戦略8

  国際都市の建設

 ■中華街など国際的な街を作る。



ここで盛んに、「外国人を受け入れる=安い労働力が手に入る」などと安直な事が書いてあるが、外国人労働者を受け入れることもしくは移民を受け入れることにはかなりコストがかかる事を忘れてはいけない。ただ彼らを受け入れても、仕事なんかできない。まず日本語を教育してさらには日本社会に適応できるようにして、その上、職業訓練もしなければならない。貧しい外国人が増えれば治安も悪化するのでその対策だってコストがかかる。

外国人労働者を受け入れればバラ色みたいなでたらめをばらまくのはやめていただきたい。それなりの対価というか、かなりのコストがかかる事なのだ。

それはともかく、上の議事次第などを見ると、具体的に国土交通省(北海道開発局)が、中国人等を大量に受け入れる計画を練っているというより、張という中国人のスパイが日本を中国化させるための工作活動をさかんに行っている段階だと思う。今のうちにこのような「北海道中国化」の芽を摘んでおかねばならない。北海道を「リアル北斗の拳ワールド(by三輪の何某さん)」にしてはいけない。

今の北海道はかなり弱っていてワラにもすがりたい気持ちもあるかもしれないし、今の国土交通大臣はあの草加学会・北側氏である。本当にやりかねない気がする・・・。

で、真名さんのところに書かれていた北海道乗っ取り、最悪のシナリオは・・・



1.北海道に独自の制度を設け、最終的に独立に持って行く。

2.中国から移民を受け入れ人口逆転を起こす。

3.中華系の政権となる。

4.多数決で中華人民共和国の自治区となる。

5.移行期間を経て、中華人民共和国北海道省となる。

北海道という土地は歴史が浅く、日本の良き伝統も薄い土地柄。リベラルな人間がいまだに幅をきかせている。「国から地方へ」というその実は国による地方切り捨て政策によって、景気は低迷しつづけ、不況にあえいでいる。国がその気なら、こっちだっていっその事独立してやろうか・・・などという気持ちになるのもやむを得ないのかもしれない。

そんな北海道民の気質を考えると、本当に中国に乗っ取られかねないなあと感じてしまう。

軍隊がワーっと攻めてくるような侵略なら、武器を持って戦えば良いわけだが、このように「ジワジワと」そして「民主的な」方法を利用した侵略に対抗するには有効な手だてが無い。拝外主義と言われようとも、水際での流入を阻止するしか無いだろう。あとは北海道民の教育だ。教育を地方にまかせれば、北海道の左翼的教育はますます暴走する。特に小学校・中学校の教育は国の責任でやるくらいの覚悟が必要だろう。

こんなニュースもあるようだし。

「沖縄独立を」25% 4割「沖縄人」と認識

地方をないがしろにするとかならずしっぺ返しがくる。北海道や沖縄がこのような現状で、地方分権だの「国から地方へ」など言っているようでは、将来的に日本の安全保障にもかかわるような重大事になりかねない。

国は地方をしっかりとつなぎとめておくべきだ。中国の脅威は軍事面だけでない。彼らの野心には警戒をおこたってはいけないだろう。

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追記)中国 侵略の歴史

どうも中国の軍事的脅威すら認めたくない人もいるようで、sanhao_82さんの「■[社会] シナ共産党政府が何でそんなに好きなんだろう?」で見かけた「中国・侵略の歴史」を参考までに・・・。中国がどんな国かよくわかる。これでも中国が軍事的脅威ではないと言えるのか!?



中国の主な歴史。



1949年   中国がウイグルを侵略

1950年~  文化大革命・中国国内外で以降粛清・民族浄化及び餓死で3000万人以上が死亡

1950年   中国が朝鮮戦争に参戦

1951年   中国チベットに侵略し現地民数百万人を虐殺

1959年   中国がインドと国境紛争、カシミール地方の占領

1969年   珍宝島で中国軍がソビエト軍が衝突

1972年   日中国交樹立

1973年   中国軍艦が佐渡島に接近、ミサイル試射

1978年   米中国交樹立

1979年   中国がベトナムを武力侵略。中国が懲罰戦争と表明

1989年   中国天安門にて発生した学生による民主化運動を軍隊で強行鎮圧し死者300人以上

1992年   中国が領海法制定により南沙諸島と西沙諸島の領有を宣言

1995年   中国が歴史的にフィリピンが領有してきたミスチーフ環礁を占領

1996年   中国が台湾海峡でミサイル発射し台湾を恫喝

1997年   中国がフィリピンが歴史的に領有してきたスカーボロ環礁に領有権を主張

同年    中国が日本が固有の領土として主張してきた尖閣諸島の領有を主張

2000年   中国の軍艦が日本列島を一周。中国が尖閣諸島付近で日本の領海内の海底油田調査を敢行

2004年   中国沖ノ鳥島は岩であり日本の領海とは認めないと主張

同年    中国の潜水艦が石垣島の日本の領海を侵犯

2005年   中国が反分裂国家法を制定し台湾に対して武力行使を明言

同年    台湾問題に介入するなら核攻撃を行うとアメリカを恫喝

同年    アメリカが中国の巨大軍事国家化を指摘

同年    中国が沖縄の日本帰属に疑問を示し沖縄は歴史的に中国のものと主張

同年    中国海軍が春暁ガス田付近に軍艦派遣で示威行動


(チベット、トルキスタン、内モンゴルは現在進行形。)





<中国>前原民主代表の「軍事力脅威」発言に反論

 民主党の前原誠司代表が中国の軍事力について
「脅威を感じる」と述べたことに対し、
中国の秦剛外務省副報道局長は13日の記者会見で


「中国は歴史上、他国を侵略したり、他国の領土で殺人・

放火をしたことはない」

反論した



秦副局長は「昨年の中国の軍事費は256億ドルが、
日本はその約1.62倍だ」と強調した。



中国の兵法書「六韜(りくとう)」

の一節をご紹介しす。

「交渉の為に隣国から使者が来て、もしその者が有能ならば何一つ与えず返せ。


 交渉の為に隣国から使者が来て、もしその者が無能ならば大いに与え、歓待せよ。


 そうすれば、隣国では無能な者が重用され、有能な者が失脚する。そしてやがては滅ぶ」

六韜(りくとう)

【第十五 文伐篇】


文王が呂尚にたずねた。


文王「武力を使わないで目的を達するには、どうすればよいか」


呂尚


第二は、敵国の寵臣を手なずけて、君主と権力を二分させるのです。


第三は、側近の者に賄賂を贈って、しっかりとかれらの心をとらえるのです。


第五は、相手国の忠臣を厚遇し、君主への贈物は減らして、相手の結束に楔を打ち込むのです。


第六は、相手国の内臣を懐柔し、外臣を離間するのです。


第七は、相手国の野心を封じこめるために、厚く賄賂を贈って寵臣を買収し利益で釣って職責を怠るように仕向けるのです。


第八は、相手国の君主に重宝を贈って、わが方を信頼するようにさせわが方に協力させるように仕向けるのです。


第十一は、相手国の有能な臣下に、内密に高い地位を約束し、重宝を贈って手なずけ、わが方に肩入れする人間を増やすのです。


第十二は、相手国の乱臣を手なずけて君主の心を惑わし美女や歌舞団を送って関心をそちらに向けさせるのです。

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どうしても、あの無能な政治家の顔しか浮かばない・・・w

民主党のお・・・


否、私は電柱で首吊り自殺などしたくは無いwww


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文化大革命と大躍進政策 

Category: 中国  

文化大革命と大躍進政策 
4,000万人以上を死亡させた毛沢東の犯罪

毛沢東の犯罪を忘れるな!


文化大革命とは『中国共産党中央委員会通知』が発布された1966年5月から、
1976年10月の「四人組」の失脚までの10年間の中国の政治過程を指す。

中国政府の公表では、文化大革命当時、四分の三の幹部が打倒され、
被害者は1億人に達したという。これは当時の人口の九分の一を占める。
そしてこの数の数倍もの加害者や盲従者がいたはずである。

文化大革命の悪影響は今日の中国社会に色濃く残っている。
紅衛兵が破壊した多くの文化遺産や名所旧跡は、もう復旧できない。

1982年の政府発表によると、中国に2億人以上の文盲、半文盲がいるという。
それは文化大革命の10年間、学校教育を怠ったことと大きな関係がある。
また、数字に表わせない無形の影響として、国民全体の素質の低下は
今後も長く残るだろう。

さらに文化大革命後、農村に下放された知識青年が、一斉に都市部へ戻り
深刻な失業問題に見舞われた。今日に至ってもそのツケが回ってきている。

中国では、文化大革命に触れないという中国政府の教育方針により、
小学生、中学生にもそれを知らない者が多くなったと報道されている。

しかし30代を超えた大半の中国国民は文化大革命を忘れることはできない。

YouTube:文化大革命・・・死者数は2,000万人以上

文化大革命始まる    出典:文化大革命

1965年(昭和40年)11月10日、姚文元は上海の新聞「文匯報」に「新編歴史劇
『海瑞罷官』を評す」を発表した。毛沢東はこれを機に、大躍進政策の失政を理由に、
自分を最高権力者の座から実質的に追放した劉少奇、鄧小平、彭真ら実権派、
すなわち、当時の中国政府の最高指導者たちに対する攻撃を始めた。
毛沢東の最高権力奪還闘争の開始である。

実権派攻撃は成功した。毛沢東は再び最高権力を掌握した。1966年5月16日、
中国共産党中央政治局拡大会議で毛沢東による「中共中央通知」が採択された。
中央文革小組=新しい権力中枢機関の設置が決定された。

1966年5月25日、中央文革小組の支持を受けた講師7人が北京大学指導部を
激しく批判する壁新聞を張り出した。

1966年5月29日、精華大学付属中学の学生によって紅衛兵が組織された。
毛沢東はこれらの動きを積極的に支持した。これを契機に
暴力団組織として悪評高い紅衛兵組織が、中国各地で続々と結成された。
毛沢東が天安門上から接見した紅衛兵の人数は1,000万人以上といわれる。

1966年8月8日、中国共産党十一中全会で、「プロレタリア文化大革命についての
決定」が採択された。「資本主義の道を歩む実権派を叩き潰すこと」と「思想・文化・
風俗・習慣面での四旧の打破と四新の創造」という二つの目標が決定された。
劉少奇の党内序列が8位に格下げされた。鄧小平は平の党員に格下げされた。
劉少奇、鄧小平は軟禁された。

劉少奇国家主席をなぶり殺し


-毛沢東の【憎悪】は凄まじかった!-毛沢東の復讐方法は残虐を極めた!


軟禁された国家主席・劉少奇は病におかされるが、散髪や入浴も着替えも許されず、
監視員には殴られ続け、医師には注射針をいたるところに突き刺されるなどの執拗な
暴行を受け続けた。高熱をだしても治療も受けられず放置された。体中の皮膚が膿に
冒され悪臭を放つようになった。1969年10月,開封市に移送された。
寝台にしばりつけられて身動きができぬ状態で、地下の暖房のない小部屋に幽閉された。
ついには劉少奇は発狂した。死亡の際には白髪が2メートルの長さに達し、かっての
面影は全く失われ、まさしく幽鬼と化していた。
この残虐な復讐方法毛沢東が人間性を持たない悪魔であったことを示している。

毛沢東は良識ある人たち

すべてを憎悪し、抹殺を指令した

毛沢東フルシチョフ的人物
(毛沢東を批判する人物)
がいると指摘し、どんなに人数が多くても、
これらのフルシチョフ的人物(毛沢東を批判する人物)の反社会主義的な反動思想を
摘発し、徹底的に批判し、残虐に痛めつけ、彼らから指導権を奪取しなければ
ならないと指令した。

フルシチョフは1953年~1964年にわたりソ連共産党第一書記を務め、
ソ連の第4代独裁者であった。1956年、党大会で激烈なスターリン批判演説を行い、
スターリンの数々の悪業を徹底的に非難したことで知られている。

毛沢東【自分は無謬の神】であるとし、いささかでも毛沢東の政策を批判する
【不心得者】は、すべてフルシチョフ的反革命分子であるから、
容赦なく摘発し、
残虐に痛めつけ、ぶっ殺せ
と指令した。怖ろしい悪魔の指令である。

この毛沢東の手前勝手な、滅茶苦茶な悪魔の指令によって、北京から始まって、
中国全土で各段階の行政機関・教育機関、あらゆる産業分野、あらゆる職業において、
種々様々なフルシチョフ的人物(毛沢東を批判する人物)みなされた
良識あるリーダーたちが摘発され、まつたく理不尽、かつ残虐・非道な迫害を受け、
ぶっ殺された。

この残虐・非道な行為は、毛沢東によって、
人間としての理性、倫理観、道徳を
奪われ、鬼畜化した若い紅衛兵
によって実行された。世界の歴史において、
かって無かった毛沢東の悪魔としての偉業である。

You Tube:神州穿梭_文革廣西武宣縣紅衛兵吃人肉事件

『ある紅衛兵の告白』より抜粋

私の学校においては、先ず校長がフルシチョフ的人物(毛沢東を批判する人物)として
摘発され受難した。

私たちは、校長に、いちばん高い三角帽子をかぶせた。私たちは、校長に
いちばん重い札をかけた。頭を虎刈りにして、顔に墨を塗りつけた。

私たちは、延々と校長批判を続けた。批判演説で私たちの感情は異常に昂ぶっていった。
何人かの革命的生徒は興奮して、ついに、校長を棒で叩きのめし、足で踏みつけた。

さらに彼らは、校長を足で踏みつけただけではあきたらず、校長の首に縄をくくりつけ、
台の下に引きずり下ろし、犬のように吠えさせ、犬のように運動場を這い回らせた。

紅衛兵は自分たちの教師たちを軟禁し、毎日、10時間以上の重労働を課した。
わずかな時間も休むことを許されず、少しでも動作が鈍いと、すぐさま木刀や革靴で
殴りつけた。夜になると、夜通し、教師たちの尋問とリンチが行われた。
(抜粋終わり)

恩師に対するこのような残虐・非道な行為は、
何時の時代においても、どこの国においても、決して許されることではない。

しかし、毛沢東指令によって、このような、鬼畜化した紅衛兵

残虐・非道な行為
が中国全土で行われたのである。

文化遺産の徹底的破壊

中国4,000年の歴史の中において、「自分より偉い者はいない」と豪語した毛沢東は、
1966年8月8日・中国共産党十一中全会の「プロレタリア文化大革命についての決定」で
実権派を叩き潰す」と並んで、「思想・文化・風俗・習慣面での四旧の打破と四新の創造」
という余人にはマネできない発想で文化遺産の徹底的破壊を紅衛兵に指令した。
毛沢東によって理性的判断を失い鬼畜化した紅衛兵は、この毛沢東の気違い指令
100%忠実に実行した。

紅衛兵は文化遺産を徹底的に破壊した。

寺廟などの宗教施設が徹底的に破壊された。例えば、後漢時代に建立され、文革当時、
現存する中国最古の仏教寺院であった洛陽郊外の白馬寺、及び、後漢時代から残る
貴重な文物の数々はことごとく破壊された。

山西省代県にある天台寺の1600年前に作られた彫刻や壁画も破壊された。
四川省成都市にある蜀時代の城壁は現存する世界最古の城壁であったが破壊された。

明王朝皇帝の万暦帝の墳墓が暴かれ、万暦帝とその王妃の亡骸が
ガソリンをかけられて焼却された。

中国屈指の書道家王羲之が書き残した書も破壊された。
あらゆる仏像が破壊され、経典が燃やされた。

チベットでは6,000箇所の仏教寺院がことごとく破壊された。
文化大革命が終わったときには8箇所しか残っていなかった。

こうして中国民族や周辺諸民族が数千年かけて築き上げてきた文化遺産は
ことごとく破壊されてしまった。そのため、現在、中国の諸都市には、
人口数百万人の都市に1つか2つ程度の寺院しかないのが一般的であり、
それらも、ほとんどが80年代以降に再建されたものである。
再建したところで歴史的価値は戻らない。

エスカレートした紅衛兵の暴力行為

紅衛兵の暴力行為が際限なく広がるなかで、訴えるすべもなく、
本当に悲惨だったのは、「地主」や「資本家」という搾取階級の肩書きを
つけられた人々だった。

手に重い物を持たされた彼らは、膝を剥き出しにしたまま、石炭ガラや
ガラスの破片の上にひざまずき、少しでも動けば殴る蹴るの憂き目にあった。

文句を言おうものなら、袋だたきにあうのはまだましな方で、ひどいときは、
その場で殴り殺された。事実、殴り殺し事件は、頻繁に起こっていた。

凶暴だったのは、男子ばかりではない。女子紅衛兵も凶暴だった。
サクランボウのような可愛い唇をした、女子大生や女子中学生が、
布を巻いて胸を押さえつけ、髪を短く切り、粗暴な言葉を吐き、じつに凶暴だった。

北京での家宅捜索では、「地主婆あ」
とされた老女を皮ベルトで殴り殺した。
女子紅衛兵のベルトのバックルが、老女のこめかみに命中したのだ。
15歳の女子紅衛兵が、「搾取階級」の女性の口に指を突っ込み、力まかせに
引っ張っている光景を見たことがある。相手がうめき声を上げなかったので、
ヒステリー状態になった女子紅衛兵は、暴力行為を止めず、被害者の血で
手を真っ赤に染めていた。

彼や彼女らは、数百メートルの長さで北京駅前に二列の列を作った。
腰に手をあて、あたりをにらみつけ、皮ベルトやいろいろな凶器を手に持っていた。

家財を差し押さえられ、仕方なく北京を逃れ、原籍の田舎に戻る「搾取階級」の人々は、
駅に入る前にまずこの長い列の間を通り、帰郷に先だつ洗礼(暴力)をあびなければ
ならなかった。

四中と同じ男子校だった六中の紅衛兵は、校内にトーチカを築き、鉄条網をめぐらして、
「労働改造所」と称していた。実質は私設の刑務所で、同級生を含む大勢の犯人を監禁し、
連日のように拷問にかけていた。

じつにさまざまな罪状が用意され、また暴行のすさまじさで、北京中に勇名が鳴り響いた。

彼らは、数人を殴り殺すと、鮮血にまみれた手で、犠牲者たちの血で、
壁に「赤色テロ万歳!」と大書していた。

当時の公安相・謝富治はこう演説したものだ。「大衆が人を殴り殺すのには、反対する。
しかし、大衆が悪人を骨の髄まで恨み、我々が制止しきれなければ、それも仕方がない。」

紅衛兵が、勝手気ままに、見境なく、善良な市民を多数虐殺しても、それが殺人罪に
ならなかった。毛沢東が創り出した文化大革命は、世界歴史上、まれに見る鬼畜化社会
であった。

共産党の創立記念日、国慶節、元旦などの祝日には、中国各地で群集を集めて、
紅衛兵による反革命分子公開処刑(殺害)大会が行われた。とはいっても、
建国以来十数年、中国共産党はひたすら、虐殺に次ぐ虐殺を繰り返していたので、
対象となる反革命分子は、もう、ほとんど存在せず、簡単に見つかるはずもなかった。

そこで、紅衛兵たちは、無実の市民を反革命分子であるとでっちあげた。
毛沢東の政策に少しでも疑問を述べたり、毛沢東語録を不注意で汚してしまったり、
毛沢東の顔写真を載せた新聞紙を使って野菜を包んだりするだけで、
反革命分子として紅衛兵に殺害された。

紅衛兵による無差別大量虐殺が頻発した。1966年8月、紅衛兵は、地主、富農、
知識人階級など、良識ある人々とその家族たちを殺害すべく、北京市大興県を襲撃し、
325人を虐殺した。1967年8月、湖南省道県では4,139人を虐殺した。


1967年から1968年にかけて、内モンゴル自治区ではモンゴル族に対する
大量虐殺が行われた。34万人が逮捕、監禁され、少なくとも5万人が虐殺された。


虐殺は、紅衛兵が無実の人たちを虐殺するというパターンに留まらなかった。
紅衛兵は分裂し、互いに相手を、反革命分子と罵って激しい殺し合い戦争を行った。

1967年3月から6月にかけて、江西、青海、浙江、湖北、山西、河南、安徽、
内モンゴル、陝西、復建、広東、寧夏などで、凄まじい殺し合い戦争が行われた。

殺し合い戦争は中国全土に広がった。紅衛兵、労働者、農民、さらには、軍隊をも
巻き込んだ、主導権争いのための、激しい殺し合い戦争展開された。
まさに中国全土が中国人同士の殺し合い戦争状態であった。

You Tube: 文化大革命 - 紅衛

こうした中国全土の無警察状態に善良な中国国民は恐怖におののいた。

いつ、反革命分子のレッテルを貼られてぶっ殺されるか。
いつ、誰かに裏切られるかとの恐怖と猜疑心がつのり、ひたすら、
狂信的に毛沢東を崇め奉ることが救いの道であるとのムードが広がった。
毛沢東個人に対する極端な個人崇拝、神格化がますます強化された。

【用済み】紅衛兵は農村や辺境地域に追放された
虐殺と破壊と狂気に満ちた10年間の文化大革命は、
1976年(昭和51年)9月に毛沢東が死亡するまで続いた。

1977年8月に文化大革命の終結が宣言された。

大躍進政策で、2、700万人以上餓死

1960年だけで、餓死や、栄養失調による病死など「非正常な死」と認定された死亡者は、
中共党史出版社の『文革前10年の中国』によると2、700万人に達するといわれる。

注:4,500万人死亡とも言われる。

李剣ら編『重要会議体験実録』(中共中央党校出版社、98年)などによると、信陽専区の
路憲文党委員会書記は人民公社で「生産量を過少申告する農民の摘発運動」を展開した。

ある日には、40人以上が拷問を受けた。うち4人がその場で死んだ。見かねて制止に入った
青年は、がんじがらめに縛られて、こん棒や革ベルトで全身を打ちすえられ、哀願しながら
息絶えた。遺体は川に投げ棄てられた。

59年11月から、60年7月までに、信陽専区全体で「生産量ごまかし摘発運動」の逮捕者は、
公式資料だけで、1,774人、うち36人は獄死した。拘留された者は、10,720人にのぼり、
そのうち、667人が留置場で死亡した。

農民が口にしたり種用にする穀物はもちろん、家畜用の飼料も取り立てられ、60年春には、
人民公社の「優越性」の象徴としてだれでも腹いっぱい食べられると宣伝された「公共食堂」は
機能しなくなっていた。

ひどい村では80日間、一粒の穀物もないというありさまだった。栄養失調から浮腫(むくみ)病が
まん延し、餓死する者さえ出る惨状で、農村を逃げ出す農民があとを絶たなかった。

それでも路憲文党委員会書記は、「穀物がないのではない。9割の者は思想に問題がある
のだ」と言い、民兵に村を封鎖させ、都市部の各機関や工場には、農村から逃げた者を
受け入れないよう指示した。



1968年、紅衛兵活動の停止措置がとられた。

毛沢東の忠実な走狗(そうく)であった紅衛兵は、毛沢東の最高権力奪還後は、
【用済み】ということで、「知識青年・下放運動」が展開され、彼らは、農村や
辺境地域に放逐され、肉体労働を強いられた(懲役刑に処せられた)。

毛沢東の支配下においては、毛沢東語録以外の余計な知識は全く不要だか
ら、
農村や辺境地域で、肉体労働で毛沢東語録を実践せよとのご託宣であった。
年間167万人~267万人の知識青年が下放された
といわれる。

中国には「狡兎(こうと)死して、走狗(そうく)煮らる」ということわざがある。
「獲物であるすばしこい兎が死んでしまうと、猟犬は用がなくなり、煮て食べられる」
という意味である。つまり、事が成ってしまうと、それまで役に立っていたものは
必要なくなり、処分されるということである。

毛沢東の走狗(そうく)であった紅衛兵は、【用済み】となり、島流しにされた。

権力亡者で悪の権化ともいえる毛沢東の邪悪非道性・精神的異常性は、
劉少奇ら実権派を打倒して最高権力を奪還した後、彼の忠実な走狗(そうく)であった
紅衛兵を島流しにして、教育を受ける機会を永遠に奪い、奈落の底に突き落とした
ことで遺憾なく発揮された。

手にした最高権力は絶対に手放さない


毛沢東は文化大革命を死ぬまで継続させた。国民の幸福を願うとか、
健全な国家を建設するとかいう考えは毛沢東の頭の中にはまったくなかった。

毛沢東の頭の中にあったことは、手にした最高権力は絶対に手放さない、
自分を凌ぐ者の登場は絶対に許さない、ということだけであった。
いささかでも、自分の意に逆らうものは、問答無用でぶっ殺した。

権力亡者・毛沢東が死亡して、
やっと文化大革命が終わった!







自然災害に襲われたというだけだ。それと、ソ連の背信行為だ。






出典:『私の紅衛兵時代』

大飢饉

1960年から62年にかけての大飢饉
を回想するには、私は不適格だ。
一つには、当時の私が幼すぎたからだ。そして、私は北京に住んでいた。

大飢謹が突然襲ってきたとき、都市に住む肉体労働者は、月の穀物配給量を
14キロに落とされた。子供はたったの6キロから9キロだった。

いまでも私は覚えている。マーケットの周りで野菜の根や葉のクズを拾い集めては、
細かく切り、サツマイモの粉で包んで野菜団子を作った。
両手でそっと持ち上げないと、ばらばらになってしまう。

学校にいた大勢の子供のなかには、休み時間に大豆を五粒もらえるのを
楽しみにしている子もいた。香ばしくなるまで煎ってから、汗が出るほど
手に握り締めて、それから、しょっぱいのを一粒ずつかみしめる。
それでも、足にはむくみが浮いたままだった。

童話は、まるで爆竹のように、面白くて恐ろしいものだった。
なぜなら童話には、いつもお菓子が出てきたからだ。
たまにウドンが食べられるときには、家族の間でも、まず小さな秤(はかり)で
一人ずつ粉の量を計って、それから一人分ずつ作った。

大きな食料品店で取り押さえられた泥棒は、顔面が丸くふくれた死体になった。

北京市の国家機関は、トラックと射撃手を出して、内蒙古の草原で野生の羊を
追い回した。飢餓がなければ殺されなかっただろう血まみれの肉が、
多くの家庭に分配された。経験からいっても、この手の肉はうまくない。しかし、
その時はおいしかった。とにかくうまかった。

河南省では、生産目標で決められた国への売り渡し穀物を確保するために、
武装した民兵が、小さなほうきで農民の米びつの底まできれいに掃き出していた。

さらに
封鎖線を張って、よそへ乞食に出ることを禁止した。
まず木の皮や草の根が食い尽くされ、やがて泥にまで手が出された。

そして、道端や畑、村の中で人々がばたばたと死んでいった。

三千年にわたり文物繁栄を謳われた中原の省に、
無人の地区さえできてしまったのだ。

後になって、後片付けの際、鍋の中からは幼児の腕が見つかった。

餓死の話が、当局の資料に出ることはない。
触れるときは、
「非正常な死亡」という単語が使われる。

わずか数年の間に、この
非正常なまま死んだ人は、
2,000万から3,000万人にのぼった。

オーストラリアの全人口に匹敵する人々が、消えてしまったのだ。
しかし、私たちは何も知らなかった。
知っていた人も、教えようとはしなかった。

なぜこうなったのか?  それは話題にならなかった。

誰の責任なのだろう?  それも話されたことはない。

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国民大行動 2010.12.18 渋谷デモ

Category: 日本国民の心得  
2010.12.18 渋谷デモ3500人 菅内閣打倒!皇室冒涜糾弾!尖閣防衛!国民大行動



主催は「頑張れ日本!全国行動委員会、他」ですが、参加者のほとんどは一般市民です。
行程は、代々木公園 けやき並木 ~ 「渋谷」駅ハチ公前 ~ 青山通り ~ 表参道 ~ 「原宿」駅前 ~ けやき並木でした。


12月19日NHK「日曜討論」にて山口二郎北大教授がこのデモの様子を­
「紅衛兵のよう」と称した、
さすがNHKが招くコメンテーター・­・と驚きはしないが
この市井の人々の正々堂々の行進をよりによって紅衛兵とたとえるとは許せない。


紅衛兵は知識層をリンチし殺しまくった・・・。

勝手気ままに、見境なく善良な市民を多数虐殺しても、それが殺人罪に
ならなかった紅衛兵・・・。

ご存知の事と思うが・・・それと同じに例えるのか?

この無知な人間が教授をやっていることに違和感を覚える。








$今日ボクが見た風景

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併合の真実

Category: 韓国・朝鮮  

朝鮮の変遷・李氏朝鮮時代→日本統治時代→現在


http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/21665810.html



●李氏朝鮮時代(日韓併合前)

併合前の朝鮮は地獄だったといってよい。
玄永燮


両班たちが国を潰した。
賎民は両班たちに鞭打たれて、殺される。
殺されても、殴られても、不平は言えない。
少しでも値打ちがあるものを持っていれば、両班が奪っていく。
妻が美しくて両班に奪われても、文句をいうのは禁物だ。
両班の前では、全く無力な賎民は、自分の財産、妻だけでなく、生命すらその気ままに委ねられている。
口一つ間違えればぶったたかれるか、遠い島へ流される。
両班の刃にかけられて、生命すら保つことができない。
『血の涙』李人稙(1862-1916)


朝鮮の両斑は、いたるところで、まるで支配者か暴君のごとくふるまっている。
大両斑は、金がなくなると、使者を送って商人や農民を捕らえさせる。
その者が手際よく、金を出せば釈放されるが、出さない場合は、両斑の家に連行されて投獄され、食物も与えられず、両斑が要求する額を払うまでムチ打たれる。
両斑の中で最も正直な人たちも多かれ少なかれ自発的な借用の形で自分の窃盗行為を偽装するが、それに欺かれる者はだれもいない。
なぜなら両斑たちが借用したものを返済したためしが、いまだかってないからである。
彼らが農民から田畑や家を買うときは、ほとんどの場合、支払いなしですませてしまう。
しかも、この強盗行為を阻止できる守令は一人もいない。
『朝鮮事情』マリ・ニコル・アントン・ダブリィ主教


李氏朝鮮の残酷な死刑や拷問に対して、
「こんな状況がまだこの地球の片隅に残されていることは、人間存在そのものへの挑戦である。とりわけ、私たちキリスト教徒がいっそう恥じるべきは、異教徒の日本人が朝鮮を手中にすれば真っ先にこのような拷問を廃止するだろうということだ」
『悲劇の朝鮮』スウェーデン人 アーソン・グレブスト



●日本の統監統治時代

李氏朝鮮時代の拷問は酷かったが、1905年に日本の保護国となり、統監統治が始まると朝鮮においても日本と同じようにすぐに拷問は廃止された。

朝鮮での拷問禁止は島村忠次郎(1907年、水原の京畿道地方裁判所の「法務補佐官」)が在職中に伊藤博文統監に申し入れて法令となった。
1908年の法令改正によって拷問した取調官は3年以下の懲役と定められた。
これにより、長年続いていた朝鮮での残虐な拷問は廃止となった。


●日韓併合(日本統治)時代

併合前は「1坪に15~16人」詰め込んでいた監獄だったが、1910年の後半には「1坪当りの収監者数を5人以内」にし、1922年頃には「約2.9人」まで大改善された。
これによって囚人はいつでも横になって寝る事が可能になった。

階級による身分差別を撤廃し、両班による搾取・虐待から農民を救い、移住の自由を認めさせ、残酷な拷問や刑罰や一族の罪人連座法などを廃止し、女性再婚の自由を保障し、人権尊重などの法治国家の基礎をつくり、学校教育制度を導入し、読み書きを教え、ハングル文字を復活・普及させ、台湾では運動が起きても1~2%にしか許可しなかった改姓名だが、85%の朝鮮人には創氏改名を許可し、鉄道網、道路網を整備し、港の開設工事をし、水力発電所を建設し、重化学工業を興し、緑化政策によって山野を甦らせ、不毛の地を開拓し、河川大事業で洪水を減少させ、水田を倍増させ、世界中から世界一不潔と言われた町々を清潔にし、近代医療制度を導入し、平均寿命を24歳から45歳にのばし、人口を2倍にし、内地(日本)への渡航規制を犯して来る密航者にも寛容に対処した。
(1928年頃から日本では特高警察による共産主義者の取調べが過酷となったが、共産主義者は殺人テロ集団だったので致し方ない。)


●現在

凍土の狂気が続く金正日強制収容所
「ネズミを焼いて食べ、シラミのわいた毛布で寝る、死ぬよりつらい」 
<木から線路に落ちた栗を拾おうとトロッコを止めた運転手(収容者)を、警備員が射殺した。撃たれた運転手は死んでもまだ栗をしっかり握りしめていました。ある時、男の収容者が空腹に耐えかね、雄牛のテール(尻尾)でつくった鞭を口に入れたら、たまたま警備員に見つかった。彼は叩かれたうえに、便所の腸内寄生虫を食べさせられ、2日後に息を引き取った。悲惨な話は山ほどあります。牛の糞の中に潰れていない豆があると、みんな我先に奪い合います。死人が出ると着ていた服を取り合い、生きている者が着る。人間の住むところではなかった>
(脱北者)


李氏朝鮮時代→日本統治時代・日本が朝鮮半島に残した資産


http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/25876198.html



●李氏朝鮮時代(日韓併合前)

併合前の朝鮮は地獄だったといってよい。
玄永燮



両班たちが国を潰した。
賎民は両班たちに鞭打たれて、殺される。
殺されても、殴られても、不平は言えない。
少しでも値打ちがあるものを持っていれば、両班が奪っていく。
妻が美しくて両班に奪われても、文句をいうのは禁物だ。
両班の前では、全く無力な賎民は、自分の財産、妻だけでなく、

生命すらその気ままに委ねられている。
口一つ間違えればぶったたかれるか、遠い島へ流される。
両班の刃にかけられて、生命すら保つことができない。
『血の涙』李人稙(1862-1916)


朝鮮の両斑は、いたるところで、まるで支配者か暴君のごとくふるまっている。
大両斑は、金がなくなると、使者を送って商人や農民を捕らえさせる。
その者が手際よく、金を出せば釈放されるが、出さない場合は、

両斑の家に連行されて投獄され、食物も与えられず、両斑が要求する額を払うまでムチ打たれる。
両斑の中で最も正直な人たちも多かれ少なかれ自発的な借用の形で自分の窃盗行為を偽装するが、それに欺かれる者はだれもいない。
なぜなら両斑たちが借用したものを返済したためしが、いまだかってないからである。
彼らが農民から田畑や家を買うときは、ほとんどの場合、支払いなしですませてしまう。
しかも、この強盗行為を阻止できる守令は一人もいない。
『朝鮮事情』マリ・ニコル・アントン・ダブリィ主教


●日韓併合(日本統治)時代

階級による身分差別を撤廃し、両班による搾取・虐待から農民を救い、移住の自由を認めさせ、残酷な拷問や刑罰や一族の罪人連座法などを廃止し、女性再婚の自由を保障し、人権尊重などの法治国家の基礎をつくり、学校教育制度を導入し、読み書きを教え、ハングル文字を復活・普及させ、台湾では運動が起きても1~2%にしか許可しなかった改姓名だが、85%の朝鮮人には創氏改名を許可し、鉄道網、道路網を整備し、港の開設工事をし、水力発電所を建設し、重化学工業を興し、緑化政策によって山野を甦らせ、不毛の地を開拓し、河川大事業で洪水を減少させ、水田を倍増させ、世界中から世界一不潔と言われた町々を清潔にし、近代医療制度を導入し、平均寿命を24歳から45歳にのばし、人口を2倍にし、内地(日本)への渡航規制を犯して来る密航者にも寛容に対処した。
――――――


福田康夫は就任後初の所信表明演説で、

前任の2政権の政治手法や方向性の「違い」を鮮明にした。
・・・・・
また、国会運営などで強力なリーダーシップを発揮しようとした小泉、安倍両氏とは一線を画し、野党との対話を重視するなど「協調路線」を前面に掲げた。それだけにインパクトや新鮮味に欠ける内容となったともいえる。
・・・・・
 また、憲法改正や集団的自衛権の行使をめぐる記述はないなど、「安倍カラー」は完全に打ち消されたともいえる。


 外交面でも、北朝鮮問題でその姿勢が反映されている。



日本資産 「北」に8兆円
財産請求権行使なら北朝鮮が6兆円不利
2002/09/13、産経新聞

 日本が1945年当時、朝鮮半島の北朝鮮地域に残した資産総額は、現在の価格に換算して約8兆7千8百億円に上ることが12日、分かった。

日朝双方がサンフランシスコ講和条約の財産請求権を行使した場合、日本が北朝鮮に支払う額より、北朝鮮が日本に支払う額の方が約5、6兆円超過し、北朝鮮側が大幅に不利になるとされる。

現体制維持のために不可欠な巨額資金が必要とされる北朝鮮が「補償」要求から一転して「経済協力方式」に応じる構えをみせ始めた最大の理由には、そうした不利を回避するねらいがあるとみられる。

 戦前に日本が朝鮮半島(北朝鮮と韓国)に残した総資産は、連合国軍総司令部(GHQ)や日本銀行、旧大蔵・外務両省がそれぞれ調査を実施している。

GHQの試算では1945年8月15日時点で1ドル=15円で総資産891億2000万円。総合卸売物価指数(190)をもとに現在の価格に換算すると、16兆9300億円に相当する。

 このうち、政府、個人資産と港湾など軍関連施設以外の資産は、鴨緑江の水豊ダムなど北朝鮮に残したものが当時の価格で445億7千万円。軍関連資産は16億5千万円となり、非軍事と軍事の両方で462億2千万円。総合卸売物価指数の190を掛けると現在価格で8兆7千8百億円相当となる。

 逆に北朝鮮の日本に対する財産請求額を推定する材料として、韓国政府が1949年3月に米国務省に提出した「対日賠償要求調書」がある。金や美術品など現物返還要求分を除き、要求総額は314億円(1ドル=15円)で、現在の価値に換算すると5兆9600億円。これは北朝鮮地域の財産も一部含めた額とみられる。

このため、サンフランシスコ講和条約に基づく北朝鮮の国際法上の請求額はこれをさらに下回り、「日本との差額は5兆-6兆円になると推定される」(政府関係者)。

 北朝鮮側は、91年に始まった日朝国交正常化交渉から、日本政府に対し、数千億円から約1兆円に上る「補償」を要求してきたとされる。

 だが、日本政府は講和条約という国際法上の権利と65年の韓国との国交正常化とのバランスを考慮。現実的な解決策として、メンツよりも実利を優先させた「経済協力方式」による資金提供には応じられるとの方針を伝えてきた。

 拉致問題やミサイル開発・輸出、核査察問題がクリアされることが条件となるが、日本政府としては、法的権利として日本も財産請求権を持つことをさきの局長級協議で通告。

首脳会談ではこうした実態を踏まえたうえで、「経済協力方式」による解決を北朝鮮側に促していく考えだ。



【財産請求権】
定めたサンフランシスコ講和条約(1952年発効)で、日本が整備した鉄道、港湾や預貯金、保険などの財産について、日本と韓国(北朝鮮)が互いに請求できる権利が認められた。
(以下略)
―――――――





日本が朝鮮半島に残した資産

戦前に日本が朝鮮半島(北朝鮮と韓国)に残した総資産は、16兆9000億円

更に、日本人が朝鮮半島に残してきた個人資産は4兆9000億円


―――――
■朝鮮半島に残した日本の資産■
(GHQ資料など/1ドル=15円)
昭和20年8月15日時点
 朝鮮半島全体          891.2億円
 北朝鮮               462.2億円
 韓国                429.0億円
―――――
現在価格
 朝鮮半島全体 891.2×190=16兆9300億円
 北朝鮮      462.2×190= 8兆7800億円
 韓国       429.0×190= 8兆1500億円
―――――

(注)「190」は国内外の企業間取引の価格を測るモノサシである総合卸売物価指数。
昭和9年から11年までの平均を「1」とした場合、平成13年は「666」。これを昭和20年の「3.5」で割った数値(日銀調べ)






つまり、日本が北朝鮮に請求できる財産は8兆7800億円で、北朝鮮が日本に請求できる財産は約3兆円程度のため、福田の言うとおりに日本と朝鮮が「不幸な過去」の清算をすると、日本が北朝鮮から5~6兆円受け取ることになる。

しかし、厳密には、1965年の「日韓基本条約」によって日本は既に、北朝鮮の分まで請求権を放棄し、北朝鮮の分まで経済援助をし終えている。


安倍氏は「拉致問題の解決なくして国交正常化はない」と強硬姿勢を鮮明にしていた。これに対し、福田首相は「不幸な過去」の清算にも言及し、従来の圧力だけでなく対話も織り交ぜる考えをにじませた。
・・・・・
――――――

福田は憲法改正を踏み止まらせかったのだろう。





安倍氏は「拉致問題の解決なくして国交正常化はない」と強硬姿勢を鮮明にしていた。これに対し、福田は「不幸な過去」の清算にも言及し、従来の圧力だけでなく対話も織り交ぜる考えをにじませた。



不幸な過去の清算?

福田は何が、「不幸な過去」なのか具体的に説明してみろ!

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南京の真実

Category: 中国  

民衆を虐殺する支那軍・民衆を救出する日本軍


http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/12624238.html



●支那軍による支那民衆大虐殺と、支那軍による大虐殺から支那民衆を大救出する日本軍

支那軍は支那民衆を大虐殺したが、日本軍は支那民衆を大救出した。


■1938年春頃の支那軍による強盗殺人から農民を護る日本軍

――――――
私家版の片山兵二著『郷土部隊と共に歩んだ「わが青春の中国大陸従軍譚」』(昭和52年)
 
以下は佐藤己三男准尉から聞いた南京陥落から四ヶ月後の湯山の模様。

 「どうも油断がならなくてね。昨夜も付近烽火を合図に数十名の敗残兵が現れ、良民から金品を強奪して行きました。そのため毎日討伐をやり、警戒を厳重にしていますよ」(347頁)


 大坪鉄三郎准尉と長倉久徳一等兵が語る、湯山の南の句容の状況。

 「この近くの部落へ十五名ばかりの強盗がやってきて、主人(農夫)を竈の上に吊り上げ、火あぶりにしたが、それが丁度、憲兵隊が使っているコックの実家なので、すぐに報告があり、今朝二手に分かれて討伐をやったのです。・・・奴らの残忍性にはあきれます。

 農民を火あぶりにした上、金を奪い取り、憲兵隊へ密告せば命がないぞと脅していくので、農民はブルブル震えて仕事が手につかないのです、そのためわれわれが行くと喜び親しんでイスをすすめ、お茶を出して歓待してくれますよ」(349頁~350頁)

『1937南京攻略戦の真実』東中野修道編著(小学館文庫)より引用
――――――


■1938年6月の支那軍による黄河の堤防決壊から罹災民を救い出す日本軍

1938年に支那軍が黄河の堤防を決壊し、住民30万人以上を大量殺害した時にも、支那は「日本軍の犯行」と宣伝したが、日本軍は濁流に飲まれる支那住民を救っていた。
6月23日の同盟ニュースは、濁流渦巻く水禍の中、ボートで救助作業をしている日本兵の姿を写している。
また、國史図書刊行会編『支那事変』にもその時の写真が掲載されている。


■1938年10月、支那軍による清野作戦から支那人老婆などを救い出す日本軍

10月21日、日本軍は広東に突入したが、支那軍は街に火を放って退却した。
國史図書刊行会篇の『支那事変』の255頁には、市街はもうもうと上がる黒煙と炎で包まれ、これを珠江の対岸から見ている日本兵の姿が写っている。
また、256頁には、逃げ遅れた老婆を背負って避難地まで運んでいる日本兵の姿も写っている。
バックは物凄い黒煙である。

■1942年、大飢饉と支那軍の取りたてで300万人の餓死者が出たが、餓死寸前の支那農民に軍糧を放出した日本軍

――――――
中国小説 農民の飢餓救った日本軍
邦訳本出版
2006/04/09, 産経新聞
(一部抜粋)
一九四二年、大飢饉で河南省の農民を救ったのは、日本軍だった-。そんな歴史の真実をとらえ、ロングセラーとなっている中国小説がこのほど日本で翻訳出版された。劉震雲さん著、劉燕子さん翻訳の「温故一九四二」(中国書店)だ。
 同小説は日中戦争の最中の一九四二-四三年、河南省を襲った干魃による被災民三千万人、餓死者三百万人という大飢饉の状況を農民、蒋介石ら指導者、米国人記者、日本軍の立場から多面的に描き出した。
 飢饉の原因は天災だけでなく、中国軍の容赦ない軍糧のとりたてのせいでもあった。その中で、日本軍は餓死寸前の農民に軍糧を放出した。
――――――



支那の「極悪暴虐・大虐殺」と「卑怯な逆宣伝」のまとめ


http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/12704324.html





●支那の「極悪暴虐・大虐殺」と

「卑怯な逆宣伝」のまとめ

・支那共産党は盧溝橋事件を起こし、即座に「日本軍侵略開始」と嘘の宣伝。

・国民党はラジオで、「日本軍を撃破したので次は通州を攻める」という内容のデマ放送を流し、騙された通州の支那保安隊は国民党に寝返るために200人以上の日本人居留民を惨たらしく大虐殺。

・支那軍は上海などで、わざとホテルやデパートを爆撃して民間人や外国人を大量殺害し、日本軍の仕業と嘘宣伝。

・北支那においては、水中に毒物を投じたり農作物に毒物を注射し、上海からの撤退時にも井戸に細菌を投じたりしたくせに、後年の常徳ペスト流行については「日本軍がやった」と全く根拠のない捏造宣伝。

・支那軍は上海から南京への敗走中や南京周辺、その他で「清野作戦」「焦土作戦」と称して、略奪や放火などを徹底的に行なったが、それらを「三光作戦」と称して日本軍の仕業に転嫁。

・南京では、脱出を諦めた多数の支那兵が市民から服を奪って安全区に潜入し、支那人盗賊と共に行なった犯罪を日本軍の仕業に転嫁し、中には最初から反日宣伝が目的の反日撹乱工作隊までもが存在した。

・国民党はベイツやティンパーリのような第3国の外人宣伝工作員などに捏造記事や捏造本を書かせて日本軍の悪事を嘘宣伝。

・黄河の堤防を決壊し、30万人以上の支那住民を大量殺害し、「日本軍の行為」と嘘報道。

・不法毒ガスを使用して住民諸共殺害。

・蒋介石は日本軍の残虐行為を宣伝するために、日本軍が長沙市に近づいた時、長沙全域を焼き払って多くの市民を焼死させた。

・戦後、日本統治下にいた支那住民に「日本に協力した」と言いがかりをつけ裁いた(奸漢裁判)。

・国共内戦でも双方が大虐殺の応酬を繰り広げ、戦後、共産支那はこれらの犠牲者も日本軍による犠牲者数にカウントし、その数は現在も増加中。

・支那共産党は資本家や地主を大虐殺し、国民党員を大量処刑、知識人を大量衰弱死させた。

・国民党は台湾に逃げても二、二八事件で台湾民衆を大虐殺。

・支那共産党は、チベットを侵略して大虐殺を行ない、文化大革命では驚愕数千万人大量殺害を行ない、東トルキスタンでも侵略と大虐殺を行ない、さらに天安門事件でも約3万人の学生や市民を大虐殺したが、発表や報道は嘘ばかり。

現在も、農民から土地を強制収用しておいて、補償をせず、抗議する農民を虐殺する事件が頻発しているが、発表や報道は嘘ばかり。





中国人ブロガーの李天天氏が、以前蘇州の友人から聞いた抗日時代の話を発表した。以下はその意訳。

抗日戦争時代、彼がまだ幼い頃に兄と遊んでいると、丁度その村に日本軍がやって来た。兄はとても怖くなって逃げ出してしまった。一人の日本兵が彼を抱き上げた。兄は弟が殺されると思っていたが、日本兵はリンゴの木から実をもいで、彼と兄に渡してくれた。老人に聞くと「日本人は中国と戦争をしても、一般人を殺すのではなく、軍隊とだけ戦うのだ。国民党も同じで、戦争は軍人のすることなので、一般人の助けを必要としない」と言っていた。


しかし共産党はそうではなかった。共産党は常に一般人の抗日参加を発動し、一般人に日本兵への邪魔をさせ、不意打ちを仕掛けさせ、日本兵が通る橋を壊させ、地雷をしかけさせた。常に共産党は一般人を使って日本兵を襲わせた。その結果、本来一般人を攻撃する気が無い日本兵はとても苦しめられ、一般人とも戦うようになった。これは全て共産党が一般人にやらせたことであって、もし一般人が戦争に加わらなければ、戦争による犠牲はあんなに多く無かった。

地雷によって殺された日本兵は、実のところあまり多く無かった。それより仕掛けた一般人自らがその犠牲となるのが常であった。やはり映画のようにはいかないものだ。






関連記事

その犯罪者は・・・いつも日本人?

Category: 報道  


在日による性犯罪(女性たちが知っておきたい在日による性犯罪の実態)
  http://koreanzainichi.clanteam.com/


朝鮮人による強姦の手口(2006~2007年に在日が起こした性犯罪一覧)
  http://korean.t35.com/


右翼の正体 右翼団体の目的は愛国者を名乗りながら、故意に犯罪や騒音を繰り返すことで、国家のイメージを落とすことです。※右翼団体の構成員は、日本人ではなく在日朝鮮人であることが明らかになっています。http://www.geocities.jp/uyoku33/


在日朝鮮人・韓国人は 性犯罪の他、殺人、誘拐、北朝鮮関連 など社会的影響の大きい凶悪事件を数多く引きおこしており、 精神異常者、異常性欲者、暴力団 の容疑者も多いのが特徴。
(参考→危険!朝鮮人犯罪)


支那人(中国人)についても朝鮮人(韓国人)と同様に凶悪犯罪も多いが、異なる点も多い。
朝鮮人と比較すると犯罪の残虐性が高く知能犯も多い点。また、出身地や民族性や教育などで犯罪に差が出る 。
(参考→中国人の国民性 危険!支那人犯罪)


■ 平成16年度の刑法犯の外国人検挙数 ■
用件 1位    2位
窃盗 中国人 韓国・朝鮮人
殺人 韓国・ 朝鮮人 中国人
放火 韓国・ 朝鮮人 中国人
強姦 韓国・ 朝鮮人 中国人
暴行 韓国・ 朝鮮人 中国人
傷害 韓国・ 朝鮮人 中国人
脅迫 韓国・ 朝鮮人 中国人
恐喝 韓国・ 朝鮮人 中国人

(警察庁)
http://www.npa.go.jp/toukei/keiji25/H16_27.pdf

*厳密にいうなら日本国籍を取得し帰化した在日韓国・朝鮮人は、【朝鮮系日本人】であるが、帰化したからと言って韓国・朝鮮人の人間性や民族性が急に変わるとは可能性がないとはいいきれない。しかし、周囲の環境特に、家庭環境や友人知人親戚関係、思想や肉親からの影響は強く残ると思われるので、元在日韓国人・朝鮮人に関してもマスコミ報道が積極的されていないので記載することにする。これは、同じ黄色人種でも文化や歴史、思想、DNAが日本人とは異なるからである。
また、永住資格などを持つ在日外国人は韓国、朝鮮人だけでなく、中国人(支那人)、台湾人、ブラジル人などの南米系、フィリピン人などの東南アジア系などが毎年増加しており、特に中国籍をもつ在日中国人(日籍華人)いわゆる華僑は2007年の統計で606,889人(全体の28.2%)で在日韓国・朝鮮人の総数を上回る数である。現在、多くの 売国法案 で【日本人が住みにくく、外国人が住みやすい】社会になる可能性が高く、国際結婚や改正された 国籍法 などで帰化(日本国籍の取得)が容易になり、元外国人や通名使用(下記の中国人事件参照)の犯罪も増加している為、韓国朝鮮人以外の通名報道や元外国人犯罪も同様に記載する。
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マスゴミ

Category: 反日  
海外の反日マスコミと一心同体。業務提携・住所一致
日本の反日マスコミが、中国・韓国・アメリカの反日マスコミと癒着していることは
日本支社が同じ所在地になっていることからも明らかです。
いわばお仲間であり、記事の論調も驚くほど一致し、全て反日・左翼・リベラルです。
これでまともな報道が出来るわけはありません。

新聞社住所(日本支社)
朝日新聞朝日新聞東京本社 〒104-8011 東京都中央区築地5-3-2 (AFP、NYT)
東亜日報東亜日報 〒104-0045 東京都中央区築地5-3-2
ニューヨーク・タイムズニューヨークタイムズ東京支局 〒104-8011 東京都中央区築地5-3-2
毎日新聞毎日新聞東京本社〒100-8051東京都千代田区一ツ橋1-1-1
朝鮮日報朝鮮日報 〒100-0003東京都千代田区一ツ橋1-1 4F
読売新聞読売新聞東京本社〒100-8055東京都千代田区大手町1-7-1
韓国日報韓国日報〒100-0004東京都千代田区大手町1-7-1 8F
日本放送協会NHK放送センター〒150-8001 東京都渋谷区神南2-2-1
韓国放送公社韓国放送公社(KBS) 〒150-0041 東京都渋谷区神南2-2-1NHK東館710-C

※日本の大新聞で唯一日中記者交換協定を結んでいないのは産経新聞のみ。

■反日マスコミの特徴

公然と放送法違反

放送法:第三条の二 放送事業者は、国内放送の放送番組の編集に当たっては、次の各号の定めるところによらなければならない。 一、 公安及び善良な風俗を害しないこと。 二、 政治的に公平であること。 三、 報道は事実をまげないですること。 四、 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。
反日マスコミは偏向報道によって上記放送法の二・四を毎日のように違反し、時に悪質な捏造報道によって上記三を違反し続けています。
また、反日勢力による犯罪を隠蔽・助長して上記一を違反することもしばしばです。
違法行為を繰り返しているにもかかわらず、放送事業者は何一つ罰せられずに高給を得ています。
具体的な内容を以下に見てみましょう。

保守・愛国議員のイメージを落とす洗脳報道

反日マスコミは、保守議員の不祥事ばかりを取り上げ、イメージを悪くするための偏向報道を繰り返します。
国民を洗脳させて愛国議員たちを失脚されるためには、捏造報道・サブリミナル手法すらも行います。
<実例>

朝日新聞の例

2005.01.12 NHK番組改変問題を捏造。安倍晋三・中川昭一両議員の失脚を図る
2007.04.24 週刊朝日で、安倍首相が長崎市長射殺事件の射殺犯と関係があるかのように捏造
2007.09.25 「『アタシ、もうアベしちゃおうかな』という言葉があちこちで聞こえる」と捏造(アサヒる)

TBSの例

2003.11 石原都知事の日韓併合発言で捏造テロップ
2006.07 「イブニング・ファイブ」の731部隊報道に安倍氏ポスターをカットイン  (画像

「インターネット=悪」と主張し続けてきたのは実は反日マスコミ です。
例として、「情報整理バラエティー ウソバスター」というテレビ朝日の番組で、
「ネット=嘘」という印象操作のために、テレビ朝日関係者が情報源を捏造して自作自演をしたという事件があります。
テレ朝の「仕込みブログ」 1か月もウソばらまいていた! (J-CASTニュース)・ウソバスターまとめサイト
また、TBSの格闘技番組内で、桜庭和志選手を悪く言う掲示板を自作して捏造する事件もありました。
TBSまた不祥事 2ちゃん映像「捏造」 (J-CASTニュース)
皮肉なことに、マスコミがネット上でイメージ操作の捏造をしたことを、いずれもネットユーザーに暴かれてしまいました。
反日マスコミ にとっては、情報工作を暴かれてしまうインターネットは敵そのものなのです。
毎日新聞朝日新聞 などは、2ちゃんねるなどの反撃によって数々の捏造を暴かれ、
ついには経営悪化に陥っているなど、国民から見放されつつあります。


捏造したことを認めず論点をすり替える

<常套文句>
  • 「番組(報道)内容に不適切な箇所がありました。」
  • 「誤解を招く表現でした。」

国際試合に限って「日の丸の重さは?」と質問攻めをする

愛国主義者である安倍晋三氏が首相・首相候補であったころ、
印象操作や歪曲報道で貶めるような報道をしておきながら、
オリンピックなど国際試合になったとたんに「日の丸の重さは?」
と普段は無関心の「日の丸の重さ」を知りたがります。
これを小林よしのり氏は「無自覚なナショナリスト」と批判しています。
本当の意味で反日ならば、日の丸はけがらわしいとしてモザイクを
かけるところでしょう。
【北京ウォッチ】ダルビッシュ、金メダルは「僕の首にはいらない。ただ・・・」 livedoor スポーツcache


正真正銘の日本人をしっかり持ち上げない

テレビが持ち上げる人ほど出自が怪しい。今の日本って正真正銘の日本人は活躍できないようになっています。
テレビが持ち上げる人ほど出自が怪しい。今の日本って正真正銘の日本人は活躍できないようになっているかもよ。ねぇ知ってたぁ? 内)

身内や同業者の不祥事は徹底的に隠蔽する

例えば毎日新聞の変態記事問題 などは、テレビ局や新聞社はほとんど報道しません。
他業界の不祥事(ミートホープ、船場吉兆、不二家など)は徹底的に叩くにも関わらず、
マスコミの不祥事、特に反日不祥事はシカトします。
報道するのは、反日とは無関係な「あるある大事典の捏造」など、重要度の低い事件のみです。
また、報道しているように見せかけて、問題の核心は報道しないこともあります。

特に酷い反日マスコミは、朝鮮人が起こした犯罪は「通名報道」によって、
あたかも日本人による犯罪であるかのように国民を騙します。
詳しくは 本当は「日本人」の犯罪じゃない犯罪 をご覧ください。

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部落解放同盟

Category: 在日・パチンコ  

部落解放同盟(ぶらくかいほうどうめい)は、部落差別の解消を目的に標榜している同和団体である。略称は「解放同盟」。関係者の間では、単に「同盟」と呼ばれることもある。また「解同」という呼称も使われることがあるが、解放同盟に好意的でない勢力が使う俗称という面が強く、解放同盟自身や、解放同盟に好意的な立場の人が用いることは滅多にない。民主党の主な支持団体の一つであり、同党に組織候補を輩出している。



1922年大正デモクラシーの空気の中で、全国水平社が結成された。戦前の運動は、1940年の大会で国歌斉唱・宮城遥拝英霊に対する黙祷で幕を下ろすまで続けられた。

戦後部落解放運動は、戦前の水平運動、融和運動双方の活動家の大同団結した部落解放全国委員会の結成によって始まった。同委員会は1955年、大衆的運動団体であることを明確にするために、部落解放同盟と改称するが、その一方、55年体制の対立構図が明確化する過程で融和運動系列の活動家が離脱、60年代後半から70年代前半にかけては日本共産党活動家が離脱、別組織を結成した。その結果、自由民主党系の全国自由同和会日本共産党系の全国部落解放運動連合会(全解連)、そして1955年結成の部落解放同盟に分かれて推進されることになる。

日本共産党は、政府の出した同和対策方針を「融和主義」であるとして否定し、その後は反差別闘争として部落解放運動を推進しようとする部落解放同盟に敵対し、分裂組織を結成した。部落問題を解決しようとする立場から部落解放同盟と対話するのではなく、「部落解放同盟の誤りを暴露する」というスタンスを取り、部落解放同盟と対立を続けている。

日本共産党との対立が爆発したのが、1974年に起きた八鹿高校事件である。兵庫県立八鹿高等学校で、部落解放同盟系の生徒が部落解放研究会を結成したのを、日本共産党系の教師が非公認としたことから、部落解放同盟が組織的に解放研の生徒の支援に乗り出し、教師を糾弾するに及んだ。当時は部落解放運動への報道はタブー視されていたことから、地元『神戸新聞』もこの事件をリアルタイムで報道しようとしなかった。日本共産党はこれらの事件を大々的に取り上げ、部落解放同盟を糾弾している。

部落解放運動の草創期には、「言った・言わない」による暴力的な吊し上げが行われることもあった。しかし、現在の確認・糾弾は、被差別者が、地域・職場・学校にいられなくなるような悪質な差別にのみ対応し、部内で育成した臨床心理士が、いつ・どのようにその差別者が差別意識を形成したのかを明らかにし、誤りを正し、差別を許さない人間に成長してもらう教育の場と位置付けられている。

日本共産党は「部落問題は既に解決している」として全解連を解散し、人権一般を扱う団体に衣替えした。部落解放同盟も部落のみならず、障害者解放など社会的少数者全般の権利を擁護するとのスタンスに変わりつつあるが、部落問題を最終的に解決するのは行政の責任だとする立場は堅持している。

部落解放同盟は、かねてから日本社会党公明党民社党社会民主連合との関係を重視してきた。現在は、民主党との関係が深いが、小森龍邦・部落解放同盟元書記長は、新社会党委員長を務めていた。

1999年4月30日、広島県教育委員会は、君が代の斉唱を推進する立場をとり、教員と対立した県立校長の自殺事件の背景に、解放同盟県連や日教組の「圧力」があったとする調査結果を発表した。

2002年に同和立法が期限切れを迎え、一部地方自治体において同和予算を見直す動きが出る。これに危機感を持った部落解放同盟は同和立法の代替法として人権擁護法案の成立を強く推進。メディアでは関係の深い朝日新聞社に強く働きかけを行っており、2005年の通常国会時は専務取締役の坂東愛彦や社会部の本田雅和などが同調し、紙面の論調に反映された。これに対して、共産党は赤旗などを通じて反対姿勢を鮮明にした。



政界との関係

初代委員長の松本治一郎や長らく書記長を務めた田中織之進日本社会党の国会議員であり、社会党との友好関係が最も深く、松本英一や、上田卓三谷畑孝などの組織内議員を擁していた。

55年体制崩壊後の政界再編の中で、軸足を新たに結成された民主党に移し、2004年に部落解放同盟中央書記長であった松岡徹が民主党公認で参院選比例代表区に立候補し、当選。民主党『次の内閣』ネクスト法務副大臣(2007年9月就任)となっており、また部落解放同盟副委員長の松本龍なども民主党に所属している。

ただし一部の地方では、自由民主党議員の支援も行っており、全国大会では、自民党、民主党の他、公明党社会民主党などの政党からも来賓の出席や祝電の披露がされている。



犯罪・不祥事

部落解放同盟は、同和行政執行に関わる不法行為に明らかになった事例だけでも多数関与している。補助金の不正受給などの犯罪行為を行っているとの指摘があったが、2006年あたりから一気にその実態が暴かれるようになっている。同和立法の期限が切れた後、以前より指摘されていた関係者の不祥事が相次いで発覚。2006年には奈良市役所および京都市役所での不祥事が発覚し、部落解放同盟が声明を発表するに至った。

著名な事件

その他

  • 2008年8月、部落解放同盟鳥取市協議会が2007年に架空の人権コンサートをでっちあげて補助金50万円を不正受給した事が明らかになり、元会計責任者は詐欺容疑で書類送検、執行部17人が総辞職する事態に発展している。
  • 2003年12月から2009年1月に渡って、部落解放同盟福岡県連合会の正式所属員である男が立花町(現・八女市)へ「部落のあなたが指導すると子どもに部落が伝わる。辞めてください」などと自らを中傷する差別的な文章40通以上を送り付け、正常な業務を妨害し続けた。判決によると、男は嘱託職員の職を継続させるため、あたかも自らが差別されているかのようにみせかけ、町に対策会議を開かせ、正常な業務を妨害した。この男は2002年から1年更新で立花町役場の嘱託職員として雇われ、2005年から人権同和教育の啓発に携わっていた]

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同和利権

Category: 在日・パチンコ  

同和利権(どうわりけん)とは、被差別部落 の環境改善対策として、巨額の予算が計上されてきた同和対策事業 に関わる活動により、同和団体 政治家 ・役人・暴力団 と結託し、公共事業 に便乗して手に入れる、巨額の利権 の総称として一部で流布されている言葉である。

本来の意味はこうした経済活動に関する詐欺 横領 などの経済犯罪 として成立する行為を指すが、広義での同和利権は、教育現場への同和教材の大量販売など、犯罪としては成立しない経済的利益に関する行動や、たとえば公務員の同和枠採用 同和加配 など、経済行為を伴わない広い意味での同和団体の権力拡大行動も含めることがある。

1980年代 から、「北九州市土地ころがし事件 」に始まり、日本同和清光会 による事件、「東京パブコ脱税事件 」、「モード・アバンセ不正融資事件」など同和団体幹部らの一連の不祥事件、同和行政に関わる事件は報道されてきたが、それらを総称する言葉はなかった。近年、宝島社 の『同和利権の真相 』シリーズを中心とした寺園敦史 一ノ宮美成 グループK21 ら若手ジャーナリストの執筆活動により、それらを一括する言葉としての「同和利権」は広く知られるところとなり、やがてハンナン 浅田満 による牛肉偽装事件 飛鳥会事件 など逮捕者を出した事件が「同和利権」を象徴するものとして語られるようになった。

政治家の資金源となっているとされることもある(部落解放同盟 は対立関係にある日本共産党 を除き、民主党 を中心に自民党 公明党 社民党 と 、自由同和会 は自民党と、全国人権連 は共産党と友好関係を持っている)。


  1. 民主党ホームページにて関係団体になっており、また2004年、部落解放同盟中央書記長であった松岡徹 が民主党から参院選に出馬し、当選。彼は民主党『次の内閣』ネクスト法務副大臣(2007年9月就任)となっている。また部落解放同盟副委員長の松本龍 なども民主党に所属。
  2. ^ 2007年3月30日京都民報「部落解放同盟(「解同」)の推薦を受ける自・公・民45候補」

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