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韓国歴史教育、驚愕の捏造!

Category: 韓国・朝鮮  
日韓併合の真実「韓国歴史教育、驚愕の捏造!」
日韓併合前後 朝鮮半島写真館http://photo.jijisama.org/index.html

             

韓国国定中学校国史教科書

○日帝は李完用を中心にした親日内閣に対して日帝に合併するよう条約を強要しつ
 いにわが民族の国権を強奪した。

○日帝の支配下で、わが民族はとくに経済的な収奪によってひどい苦痛を受けるようになった。
 この中でもっとも大きな被害を被ったのが土地の侵奪だった。

○日帝は韓国 の土地を略奪すると同時に、わが民族の産業活動を様々な点で制約し、
 あらゆる手段を尽くして資源を略奪 した。



民族抹殺統治

わが民族は日帝の内鮮一体、日鮮同祖論、皇国臣民化のような荒唐無稽なスローガンのもとで、わが国の言葉と歴史を学ぶことができなかった。また、皇国臣民の誓詞暗唱、宮城遥拝、神社参拝はもちろん、はなはだしくは、われわれの姓名までも日本式に変えるように強制した。、日帝はこれを拒否する人に対しては投獄、殺傷までも躊躇せず、このような政策に従わない宗教系統の学校は閉鎖された。

(国定韓国高等学校歴史教科書より)


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


【日清戦争】

下関条約締結の結果、「戦勝国」日本は、清朝から、

1、清朝の朝鮮に対する「宗主権」放棄
 (朝鮮独立の承認)

2、遼東半島・台湾・澎湖諸島の割譲
3、庫平銀(賠償金)、2億両(テール 約3億円)の支払
4、新通商条約の締結と最恵国待遇条款
5、沙市・重慶・蘇州・杭州の開市・開港
6、条約履行の担保として山東半島の威海衛の一時占領





キムワンソプ(金完燮)はこう言っている
『親日派のための弁明』

・現代韓国人が知らない日本統治以前の奴隷社会

 死亡当時、すべての朝鮮人にとって呪いの対象だった閔妃が、今になって自主独立の殉教者として
華麗に復活した現象は、韓国人が直面しているアイデンティティーの混乱を端的に示すものだ。

 韓国人が朝鮮王朝を慕い、日本の統治を受けず朝鮮王朝が継続したなら、もっと今日の暮らしが
良くなっていると考えるのは、当時の朝鮮の実態についてきちんと分かっていないためだ。

 特に子供と青少年は、きれいな道ときれいな家、整った身なり、上品な言葉遣いのテレビの
歴史ドラマを観ながら、朝鮮もそれなりに立派な社会で、外勢の侵略がなかったならば、静かで
平和な国家を保てたろうと錯覚する。

 しかし日本が来る前の朝鮮は、あまりに未開で悲惨だったという事実を知らねばならない。



                 Seoulの韓国人

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朝食後に農作業が始まるが、どんな仕事でも正午には終わり、再開は決まって翌朝である。
昼食を済ませると、男達は昼寝をするか、あるいは街頭に繰り出し、長いキセルをくわえながら
互いの間で、あるいは通行人と話を交わしつつ夕食まで時間を過ごす。
ガリーナ・ダヴィドヴナ チャガイ 『朝鮮旅行記』

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当時日本が彼らのために用意した教科書 ハングルですね

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姓名の変更も強制してはいない

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1942年(昭和17年)3月の御幸森国民学校の卒業アルバム
この頃の日本では貧しさ故に食えぬ者が居た
学校にも通えず卒業アルバムも無い日本人はたくさん居た




 

1)

 先ず、併合は韓国側の請願によって合法的に進められた。
 また、原因は朝鮮王 朝に国家を運営する能力が無く、日本との信頼関係を裏切り、国際的な信用を無くしたあげくの併合であった事実を忘れてはならない。
 国を治める力が無く、陰謀と裏切りと変節の果てに国を失った朝鮮王朝の自業自得である。

 

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日本は思いやりの態度で韓国に接していると思う。今度 こそ、韓国を 中国からの呪縛から解放しようとしているようだ。韓国国民に平和と 繁栄と文明開 化をもたらすことによって、力の弱い隣国韓国を安定し た独立国にしようと考えている。こうし た日本の動機は韓国知識層で ある官僚の多くが歓迎している。アメリカにも異存はないと思われる。
 1904年10月4日 ロンドンタイムズ紙


 

「十二月八日- 日本が米英に宣戦布告した1941年、昭和十六年十二月八日 大東亜戦争勃発の日(後世、太平洋戦争と呼称されている)
1910年、日本が韓国を併合したのは(韓国の)新皇帝が 「請願」したからであっ た。パールハーバー以前は、日韓関係について語る歴史家は、日本が欧米列強から 教 わった国際関係の規則を、実に細かいところまで几帳面に守っていた、といってほめるのだ。トリート教授によれば、日本は「一つ一つの手続きを外交的に正しく積み上げていた。そして、・・・宣言ではなく条約で、最終的な併合を達成したのである。」
事実、列強の帝国建設はほとんどの場合、日本の韓国併合ほど「合法的」手段を踏んでいなかった。
アメリカの鏡・日本 ー ヘレン・ミアーズ


 

朝鮮の王室と政府は腐敗堕落しきっており、、頑迷な朋党は、人民の財を略奪している.その上、人民はあまりにも愚昧である。これでは国家独立の資格はなく、 進んだ文明と経済力を持つ日本に統治させなければ、ロシアの植民地になるだろう。
伊藤博文総監の施策は、朝鮮人にとって有益で、人々は反対していない。

アメリカ人の朝鮮外交顧問  ドーハム・スティーブンソン

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2)

土地調査令

全錫淡他著、梶村秀樹他訳『朝鮮近代社会経済史』の記述によれば、日本は耕地面積のうち13万4千余町歩を国有地とし、未墾地とされた土地、90万余町歩も接収した。
当時の課税地総面積286万7千余町歩に対して考えると、耕地面積として約5%。未墾地を含めた接収分を入れると約40%の土地を収奪した計算になる。
だが、実は土地調査事業により課税地総面積は424万8千余町歩と確認された。
これは、李氏朝鮮末期の政治の混乱により正確な統計が行われていなかったことに由来する。
この計算だと未墾地を含めても26%となり、未墾地を統計に入れるのは適当でない と考えればさらに少なくなる。
さらに、日本人地主に有利だったとされるが、実際には日本人入植者の開墾により、耕地面積が1.4倍に増加したという統計もある。(東畑精一 他『朝鮮米穀経済論』( 日本学術振興会))
参考URL
http://www.jiyuu-shikan.org/frontline/sugimoto/kyoukasho.html

 

3)

朝鮮会社令
朝鮮会社令とは1910-1920にかけ て施行された、朝鮮半島における会社設立の届け出・認可制度のことである。
李氏朝鮮末期、朝鮮半島には産業と呼べるものは全く存在せず、無慈悲で無能な支配階級と搾取される貧民しかいなかった。
貧弱な商業基盤しか持たず、そもそも貨幣経済が機能していなかった。
そのような状態で資本化が 進行すればどうなるか?ということについて、19世紀の同時期に実例がある。
三国協商時のロシアに於いては資本化が他の西欧諸国よりもさらに急速に行われたために貧富の差が拡大し労働者はいっそう搾取され、後の共産革命の遠因ともなった。
日本に於いても明治時代の都市住民の貧窮についての記録は多い。
もし、朝鮮半島で無制限に資本化が行われれば、たちまち未発達な商業基盤しか持たない朝鮮産業は壊滅し、資本家と労働者の貧富の差はさらに広がったに違いない。
朝鮮会社令の目的も、経済の知識がない朝鮮人による利権目的の会社乱立など、詐欺的な行為から一般の朝鮮人を保護する目的であったとされている。

上記の通り日本による「収奪」の事実はなく、韓国歴史教育は明らかに間違った内容を教育している。


日韓併合前後 朝鮮半島写真館はコチラから


        
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鬼女アイリス・チャンのインタビュー98年12月1日(1/2)

Category: 中国  




アメリカ合衆国ニュージャージー州プリンストン生まれ。
チャンが2歳の時、一家はイリノイ州シャンペイン・アーバナに転居し同地で成長した。

ユニバーシティ・ラボラトリー・ハイスクール(en)を卒業後、
ジャーナリストを志してイリノイ大学ジャーナリズム学部に進み、
ジャーナリズムの学士号を得る。

AP通信およびシカゴ・トリビューンでの短い勤務の後、
ジョンズ・ホプキンス大学の大学院で学び、25歳のとき作家としてデビュー。


チャンは『ザ・チャイニーズ・イン・アメリカ』の販売促進活動を行うと同時に、
4作目として第二次世界大戦中のフィリピンで日本軍と戦い捕虜になった米軍兵士の
過酷な運命(バターン死の行進)に関する作品に取り組んでいた。

しかしながらうつ病を患い入退院を繰り返していた。
彼女はカリフォルニア州サンノゼのサニーディルで夫と2歳の息子と暮らしていたが
2004年11月9日の午前9時頃にカリフォルニア州サンタクララ郡の国道17号線、
ロスガトスの南で自動車の中で死んでいるのを発見された。

サンタクララ郡警察は状況証拠からチャンが銃で自分の頭を撃ったものと断定した。
後に3通の遺書が見つかっている。

遺書の中には、自分がCIAのような米国の政府組織からつけ狙われていて
逃げ場所がないゆえの自殺だと断定した記述もあった。

葬儀は2004年11月19日に行なわれ、親戚・知人等、600人が参列した。


チャンは生涯に3つの作品を著した。



『スレッド・オブ・ザ・シルクワーム』(1995年)
原題:『Thread of the Silkworm』

1950年代の「マッカーシズム(赤狩り)」における中国人科学者・
銭学森についてのものであった。
銭は長年アメリカ軍に協力したが、米政府に軍事機密持ち出しの嫌疑により
逮捕された後中国に強制送還された。
後にシルクワームミサイルの開発に関わり、「中国ミサイルの父」と呼ばれることとなる。



『ザ・レイプ・オブ・南京』(1997年11月)
原題:『The Rape of Nanking: The Forgotten Holocaust of World War II』

日中戦争における「南京大虐殺」について書かれたものである。
ニューヨーク・タイムズのベストセラーリストに10週間掲載された。



『ザ・チャイニーズ・イン・アメリカ』(2003年)
原題:『The Chinese in America』

アメリカにおける中国人移民の歴史について物語風に記述し、
中国系アメリカ人に対する迫害を告発している。
アメリカではニューヨーク・タイムズのベストセラーリストに数ヶ月間掲載された。
一方で、「歴史的証拠の裏付けが欠如した、
軽薄な中華思想とロマン主義に陥った駄作」と酷評するメディアもあり、
前作『ザ・レイプ・オブ・南京』ほどの評価は得られなかった。






つまり日本を叩いて有名になり
アメリカを叩いて殺された・・・と


自殺とかたづければ問題なしだもんな
そう云う国だし昔から・・・



日本もそうなって来てますね
先日自殺したジャーナリスト黒木昭雄氏・・・

岩手で起きた殺人事件で岩手県警を追い詰めた矢先・・・



岩手県警の上層部の汚染

岩手出身の実力者と言えば・・・お・・・

いや・・・まだ死にたくないw




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従軍慰安婦性奴隷

Category: 日本の病原  

















そして現在

韓国の従軍慰安婦問題に取り組む市民団体「韓国挺身隊問題対策協議会」は
補償の実施など、問題解決に向けた立法措置を求める約30万人分の署名を、
日本政府へ提出することを明らかにした。

 同協議会によると、元従軍慰安婦6人と韓国の国会議員ら約10人が訪日、
日本政府に署名を渡す予定。韓国の国会議員177人の署名も提出する。(共同)





岡崎トミ子国家公安委員長は参院内閣委員会で、
韓国人などの元外国人慰安婦について
「名誉や尊厳を回復する措置をしっかりとしていきたい。
(金銭支給も)含むものとして検討していかなければならないと思う」と述べ、
新たな個人補償を検討したい考えを示した。



アホか



捏造された「従軍慰安婦問題」、米連邦最高裁判所に上告される騒ぎに

いっそアメリカで調べてくれ。
白黒ついていいじゃん。全部、朝日新聞の嘘だとバレてオワリですよ。
調べもせずに公式謝罪した宮沢首相ははめられたっぽいが、
河野官房長官の談話は大失策、っつーか売国ものだね。


米連邦最高裁判所に上告

「米連邦控訴裁判所で損害賠償請求訴訟を棄却された韓国、中国、
台湾、フィリピン4ヶ国の日本軍慰安婦被害者たちが米連邦最高裁判所に上告した。
これら慰安婦被害者15人のために無料弁論を引き受けている弁護団は去る26日(現地時 間)
提出した訴状で、慰安婦問題は国際関係に関する政治的問題なので全面的に行政府所管であり、
司法部の判断する事ではないという理由でワシントンD.C.控訴裁判所が棄却決断を下したことは
不当だと最高裁判所でこの事件を審理するよう請願したと
「慰安婦」問題ワシントン連合代表ソ・オクチャ委員長が 30日明らかにした。

この法律事務所は、ナチ治下で強制労役に動員されたユダヤ人たちがドイツ,スイス,
オーストリア企業らを相手にしてアメリカで申し立てた訴訟を引き受けて勝訴したし,
日本軍慰安婦問題にも「主権国家だと言っても訴追免除例外条項に当たる場合、
アメリカで訴訟対象になることができる」と言う。
「主権国家訴追免除改訂法(FSIA)」を適用することができるという立場で
強制慰安婦被害者たちのために無料弁護を引き受けている。
ワシントンD.C.控訴裁判所はしかし FSIA適用可能可否を判断する前に、
この事件は戦争中行為関連国際条約に関することなので、全面的に行政府が判断する事だと言い
司法判断対象で排除、棄却した。 
これに対して弁護団は、訴状で特に司法部がアメリカが署名した国際条約はもちろん
他の外国間条約に対しても解釈する権限があるという他の地域巡回控訴裁判所の判決を指摘、
1965年の韓日基本協定や中国と日本が行った請求関連条約を解釈することが
できないというワシントンD.C.控訴裁判所の判決に異議を申し立てた。

慰安婦被害者たちの最高裁判所上告はまず、米法廷で慰安婦被害者賠償問題を
審理することができる道を開くためのことで、最高裁判事9人のうち最小限3人の賛成で、
この事件が最高裁判所で審理することができるか注目される。
この賠償請求訴訟は 2000年9月初めて提起されて1審と控訴審でそれぞれ棄却されることで
最高裁判所審理以外にはアメリカで法的に争う機会がほとんど消えた状態だ」


軍の関与とは

「発見された文書とは昭和13年に陸軍省により、「軍慰安所従業婦等募集に関する件」であり、
その中では、民間業者が慰安婦を募集する際、1.軍部諒解の名儀を悪用、2.従軍記者、
慰問者らを介した不統制な募集、3.誘拐に類する方法を使って警察に取調べられるなどの
問題が多発しているので、業者の選定をしっかりし、地方憲兵警察と連繋を密にせよと命じている。
すなわち「関与」とは、民間の悪徳業者による「強制連行」を、
軍が警察と協カしてやめさせようとした事なのである。 
この内容を「慰安所、軍関与示す資料」、「部隊に設置指示募集含め統制・監督」と
タイトルをつけて、一面トップで報道し、さらに次のような解説を載せた。
「従軍慰安婦。1930年代、中国で日本軍兵士による強姦事件が多発したため、
反日感情を抑えるのと性病を防ぐために慰安所を設けた。
元軍人や軍医などの証言によると、開設当初から約八割は朝鮮人女性だったといわれる。
太平洋戦争に入ると、主として朝鮮人女性を挺身隊の名で強制連行した。
その人数は八万とも二十万ともいわれる」 これらをあわせ読めば、ほとんどの読者は、
「日本軍が組織的に強制連行に関与した」と思い込むであろう。
まことに巧妙なひっかけ記事である」


参考リンク:
 1. 歴史関係・従軍慰安婦
 2. 従軍慰安婦問題を仕掛けたのは日本人(朝日新聞)
 3. 「慰安婦」報道 朝日に訂正記事要求 有識者ら300人シンポ :産経新聞



某有名板よりテキトーなコピペ(ネット世論として)
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あほすぎてものがいえん


>なぜ米国?
いろんな国で騒ぎ立てるのがまず重要だからじゃね。
日本の場合も裁判で負けるとわかってながら無駄にやりつづけている。
今回棄却されてもまた新たな手を考えてくるだろうよ


実際には、軍が女の人を連れてくるといった暇なことはしてない。
(証拠もまったくない) 慰安所はただの売春宿。働いていた女性の中には日本人もいた。
現地でリクルートされた人もいた。家が貧しくて親に売られた娘も多数。
借金を返し終われば足を洗うことも可能。
戦争初期は危険地域での営業のため、稼ぎはとんでもなく良かったという証言もある。
戦争末期はわからない。
なお、働き口があると騙して連れて行ったりしたのは、民間業者 (主に朝鮮人)。
また、慰安所以外でもぐりの商売をしていた者もいた。(バレたら捕まる)
現在「私は従軍慰安婦だった」という韓国人たちの証言内容は、
証言するたびに内容が変わり、矛盾も多いため、著しく信憑性に欠ける。
また、そういった証言を繰り返す者でも、正式な裁判では無理やり連行されたと
証言したものはおらず、実際には「売られたと」証言している。


米軍による北ビルマのミチナ慰安所の慰安婦からの聞き取り報告
日本の総理大臣の月給が800円だった時代に、慰安婦の月収は1000円~2000円!
兵士(日本兵)の月給は15~25円。
当時の貨幣価値
・日本の国家年間予算 24億円
・戦艦大和 1億2000万円
・総理大臣月給 800円
・陸軍大将月給 550円
・大卒初任給 40円
・一般日本兵月給 15~25円
・慰安婦の月収 1000円~2000円(アメリカ軍の調書)
・元慰安婦、文玉珠の2年3ヶ月の郵便貯金 26145円


■毎日新聞 1992年5月22日の記事
第二次世界大戦中『従軍慰安婦』として強制連行されたミャンマー(旧ビルマ)で
預けた軍事貯金の支払いを求めていた韓国・大邸市在住の文(ムン)玉珠(オクス)さん(68)が
11日、山口県下関市の下関郵便局を訪れ、預けた貯金の原簿があったことが分かった。
 ~略~ 当時「日本人として貯金した個人のお金だから直ちに返して」と訴えている。
 ~略~ 原簿によると43年6月から45年9月まで12回の貯金の記録があり
残高は26,145円となっている。


■正論1月号の記事「小野田寛郎“私が見た従軍慰安婦の正体”」
「従軍慰安婦」なるものは存在せず、ただ戦場で「春を売る女性とそれを仕切る業者」
が軍の弱みにつけ込んで利益率のいい仕事をしていたと言うだけのことである。
こんなことで騒がれては、被害者はむしろ高い料金を払った兵士と軍の方ではないのか。


##以下はすべて、黄錦周(ファン・クムジュ)さん1人による証言です。##

(1)従軍慰安婦と戦後補償 / 著者:高木健一
「生活は貧しく、12歳の時100円で売られた。ソウルの金持ちの家で小間使い。
1938年に威鏡南道ハムン郡で女中をしていた時に、その家の娘の身代わりとなって満州に連行され慰安婦となった」

(2)国連・経済社会理事会クマラスワミ報告 / 1996年1月4日
「17歳のとき、日本人の村の指導者の妻が、未婚の朝鮮人少女全員に、日本軍の工場に働きに行くように命じました。そのとき私は労働者として徴用されたのだと思いました。」

(3)日本TV企業"TBS"「ここが変だよ日本人」というTV-Programより
「私は19歳で学校を卒業する25日前に、日本軍に引っ張り出され、仕方なく慰安所に行ったんだ!」

(4)日韓社会科教育交流団韓国を訪問 / 1997夏期
「満18歳になった時のある日、男がやって来て、村から娘を提供するように言いました。」

(5)元日本軍「慰安婦」の証言を聞く集会 / 1997年12月5日
村の班長(日本人)に「一家に一人は行かなくては」と脅かされ、1941年、韓国を離れましたが、到着した場所は、慰安所でした。

(6)黄錦周さんの証言を聞く会 / 2001.07.17 / 東京大学にて
「14歳のとき、いわゆる「少女供出」で満州に連行され、皇軍兵士のセックスの道具にされた。つらい体験だった。」

これが、従軍慰安婦となった韓国人女性である、黄錦周さん一人だけの証言。
黄錦周さんの発言の変遷


全世界に嘘を宣伝した挺身隊おばあさん、死去
「13歳のとき、インドネシアに連れて行かされ、7年間にわたって日本軍の従軍慰安婦として
生きなければならなかった「挺身隊おばあさん」チョン・ソウン氏が、
26日未明、慶尚南道鎮海(キョンサンナムド・チンヘ)の自宅で老患で亡くなった。80歳」
2004年80歳で死亡。=> 1924年産まれ。

13歳から7年間インドネシアで慰安婦 => 1937年~1942年までインドネシアで慰安活動。
日本軍がインドネシアを占領していたのは、1942年~1945年までの3年間。
つまり、このお婆さんがいた1942年以前のインドネシアは、オランダの植民地でした。
彼女の主張では、日本が支配する以前のオランダで売春行為を行い、
日本がインドネシアを占領すると、売春を止めた事になります。
それに1日平均50人・・・・週末は100人・・・って物理的に可能でしょうか?
1日100人が相手だと、呑まず食わず、寝ないで、15分で1人。
他にもたくさん矛盾する証言が残っています。


要するに、朝鮮人が売り飛ばしたり誘拐した女を、
朝鮮人が買って商売をしていたということですね。
それを無理矢理働かされている人がいないか軍が調査して助けたと。
悪いのみんな朝鮮人じゃないか! 
感謝されこそすれ、なんで賠償金って話になるんだ?
同国人の売春業者に請求しろや!


これ、アメリカで裁判が行われたら、
間違いなく敗訴すると思うんだが、なぜそれが解らないのかが解らないな。
当時の彼女たちの給与の金額を提示したら、
慰安婦は売春婦だったと判定されるだけじゃないか。
訳がわからん。


資料が丸々残ってる国で、どうしてそう言う自爆かますかなぁ・・・ >「自称」慰安婦


アメリカの法廷で、日の丸を食いちぎりながら泣き崩れ、
ついには痙攣して失神・・・・というパフォーマンスが見られるかも。
それを全世界で中継。
世界の反応 → 日本も気の毒に、あんな国に取り憑かれて・・・・。


アメリカもいい迷惑だな。


連邦裁は日本のように甘くないぞ
まぁ恥さらして正体あばかれるんだな


俺、スリランカって国に行ったことあるんだな。
そこでたまたまスリランカを旅してる在日韓国人にあった。
旅中に知り合った日本人であれ現地スリランカ人であれ日本の悪口を言いまくってんだな。
日本人ってのは昔も今も朝鮮、韓国に酷い差別をしてるってことを伝えたかったんだと思う。
でも現地スリランカ人が言ってたよ。「コリアンは血が汚い」って


朝鮮人の存在は差別撤廃の最大の障壁だな。
見る人に他人を蔑む心を抱かせてしまう。子供の教育上も良くない。




んでもって結果

【ワシントン=古森義久】 慰安婦問題といえば、最近でもなおNHKの番組や朝日新聞の報道をめぐって、論議が絶えないが、米国内でこの問題で日本を非難する勢力にとって大きな後退となる最終判決がこのほど出された。米国の司法や行政の良識を思わせる適切な判決だったのだが、ここにいたるまでの五年以上の原告側の執拗な動きからは日本側にとっての多くの教訓もうかがわれる。

 米連邦最高裁判所は第二次大戦中に日本軍の「従軍慰安婦」にさせられたと主張する中国や韓国 の女性計十五人が日本政府を相手どって米国内で起こしていた損害賠償請求などの集団訴訟に対し、二月二十一日、却下の判決を下した。この判決は米国内でのこの案件に関する司法の最終判断となった。もう慰安婦問題に関して日本側に賠償や謝罪を求める訴えは米国内では起こせないことを意味する点でその意義は大きい。

 この訴えは最初は二〇〇〇年九月に首都ワシントンの連邦地方裁判所で起こされた。米国では国際法違反に対する訴訟は地域や時代にかかわらず受けつけるシステムがある一方、外国の主権国家については「外国主権者免責法」により、その行動を米国司法機関が裁くことはできないとしている。ところが同法には外国の国家の行動でも商業活動は例外だとする規定がある。元慰安婦を支援する側は慰安婦を使った活動には商業的要素もあったとして、この例外規定の小さな穴をついて、日本政府への訴えを起こしたのだった。

 日本政府は当然ながらこの種の賠償問題はサンフランシスコ対日講和条約での国家間の合意で解決ずみだとして裁判所には訴えの却下を求めた。ワシントン連邦地裁は二〇〇一年十月、日本側の主張を認めた形で原告の訴えを却下した。原告側はすぐに上訴した。だがワシントン高裁でも二〇〇三年六月に却下され、原告側は最高裁に上告したところ、最高裁は二〇〇四年七月に高裁へと差し戻した。ちょうどこの時期に最高裁が第二次大戦中、ナチスに財産を奪われたと主張するオーストリア女性の訴えを認め、オーストリア政府に不利な判決を下したため、日本政府を訴えた慰安婦ケースも類似点ありとして再審扱いとしたのだった。

 だが、ワシントン高裁の再審理でも日本政府に有利な判断がまた出て、原告は二〇〇五年十一月にまた最高裁に再審を求めた。その結果、最高裁が最終的に決めた判断が却下だったのだ。

 六年近くもこの訴訟を一貫して、しかもきわめて粘り強く進めた組織の中核は「ワシントン慰安婦問題連合Inc」という団体だった。在米の韓国人や中国人から成り、中国政府関連機関とも連携する政治団体である。Incという語が示すように資金面では会社のような性格の組織でもあるという。

 この「ワシントン慰安婦問題連合Inc」は実は二〇〇〇年十二月に東京で開かれた「女性国際戦犯法廷」にも深くかかわっていた。この「法廷」は模擬裁判で慰安婦問題を主に扱い、日本の天皇らを被告にして、その模擬裁判を伝えたNHK番組が日本国内で大きな論議の原因となった。「慰安婦問題連合」はまた、その少し前には中国系米人ジャーナリスト、アイリス・チャン氏著の欠陥本、「レイプ・オブ・南京」の宣伝や販売を活発に支援した。

 この種の組織は日本の戦争での「侵略」や「残虐行為」を一貫して誇張して伝え、日本の賠償や謝罪の実績を認めずに非難を続ける点では間違いなく反日団体といえる。その種の団体が日本を攻撃するときによく使う手段が米国での訴訟やプロパガンダであり、その典型が今回の慰安婦問題訴訟だった。米国での日本糾弾は超大国の米国が国際世論の場に近いことや、日本側が同盟国の米国での判断やイメージを最も気にかけることを熟知したうえでの戦術だろう。日本の弱点を突くわけである。

 だから「慰安婦問題連合」は日ごろワシントン地域で慰安婦についてのセミナーや写真展示、講演会などを頻繁に開いている。最高裁の最終判決が出るつい四日前も下院議員会館で慰安婦だったという女性たちを記者会見させ、「日本は非を認めていない」と非難させた。

 だが米国の司法は最高裁での却下という結論を打ち出した。行政府のブッシュ政権も一貫して「日本の賠償は対日講和条約ですべて解決ずみ」という立場を裁判の過程でも示した。

 しかし立法府である米国議会は「慰安婦問題連合」などの果敢なロビー工作を受けて、慰安婦問題ではまだ日本を非難する決議案をたびたび出している。その種の工作の持続性、粘り強さは今回の訴訟での軌跡がよく示している。日本側も米国という舞台でのこの種の争いの重要性を十二分に意識して、果敢に反撃すべきだろう。反撃すればそれなりの成果も得られる。今回の最高裁の判決はそんな教訓を与えてくれるようである。









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先生「国家権力による保証福利厚生はがっちり掴むが、君が代とは戦う」

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国家権力による身分収入の

保障福利厚生はきっちり担保しておき
国家権力による支配に抵抗する

闘争ごっこをしているお気楽な公務員。


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小沢一郎

Category: 売国奴  

小沢一郎


 ・のどが痛いので麻生首相との党首討論を拒否


 ・体調が悪いのでインド・シン首相との会談を拒否


 ・でも上原さくらの番組には元気に出演し、
 「国民は政治の細かいことを知る必要はない。民主党を選べばいい」



 「首相になれば多少体調が悪くても欠席しないが、わたしは野党。

首相でも閣僚でもない。勘違いしないで」


 ↑の発言がAP通信で世界へ配信されるw


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■従軍慰安婦を捏造した犯人
■吉田清治について
・朝日新聞 [91.5.22] 「済州島で従軍慰安婦を木剣ふるい無理やり動員」(写真入り)。
・朝日新聞 [91.10.10] 吉田清治氏は、慰安婦には人妻が多く、しがみつく子供を引きはがして連行、
 政府は資料を隠していると語った。(井上裕雅編集委員、写真入り)。
・朝日新聞夕刊「窓」欄 [92.1.23] 連行した女性は950人、「私が強制連行した朝鮮人のうち、
 男性の半分、女性の全部が死んだと思います」と吉田清治氏。
・「マスコミに吉田清治さんの名前が出れば迷惑がかかるのではないか。心配で尋ねると、
 腹がすわっているのだろう、<いえいえ、もうかまいません>と北畠清泰(朝日論説委員)の紹介記事
・吉田さんと部下、十人か十五人が朝鮮半島に出張する。総督府の五十人あるいは 人の警官と
 いっしょになって村を包囲し、女性を道路に追い出す。木剣を振るって若い女性を殴り蹴り、
 トラックに詰め込む。一つの村から三人、十人と連行して予定の百人二百人になれば下関に運ぶ。
・朝日新聞 [92.5.25] 吉田清治氏、7月、韓国に「謝罪の旅」に出るとの記事。
 男女6000人を朝鮮半島で強制連行した体験を「国会でもどこでも行って話す」つもりだが、
 いまだに実現しないと報じる。

(↓↓ますますエスカレートしていき、どうにも止まらない吉田) 
・ニューヨーク・タイムズ [92.8.8]東京支局長のインタビュー記事(写真入り)。
・毎日新聞 [92.8.13] 吉田清治氏は8月12日ソウル市内の慰霊祭で元慰安婦らに謝罪、
 また補償のため日本による「韓国新幹線計画」の費用負担を主張。
・週刊新潮 [92.11.24] 吉田清治氏は、93年春に訪米して米マスコミ、在米朝鮮人(約100万人)に
 働きかけ、国連事務総長に慰安婦問題をアピールする予定と語る。

 ↓↓↓↓↓↓ 真相がばれる

・「昭和史の謎を追う」下巻 文藝春秋 1999年 秦郁彦
1)慰安婦狩の命令は西部軍→山口県知事→下関警察署長→吉田のラインで来たとしているが、
  関係者はこのような命令系統はありえないと否定する。
  依頼だとしても、済州島をふくむ朝鮮半島は朝鮮総督府と朝鮮軍の管轄管理下にあり、
  内地から出張しての狩りこみはありえず、もし必要があれば総督府が自身の手で集めるはずと述べている。
2)第一作である『朝鮮人慰安婦と日本人』(新人物往来社 1977年出版)には、四四年四月労報が
  初めて慰安婦狩りを手がけたと記述し、第二作(1983年出版)の済州島行き(四三年五月)と矛盾する。
3)第一作に四四年二月結婚とあるが、第二作には済州島行き計画は、死んだ「家内の日記」に書いて
  あったと記述している。


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大東亜戦争を狂ったように賛美した韓国人

Category: 韓国・朝鮮  


 「祖父の代から受け継いできた黄色人種の積憤をいまこそ晴らさなければ
 ならない。一度、決戦する以上、、帝国行路のがんである敵性国家を粉砕し
 新東亜建設に邁進しなければならない。」    

      申興雨 昭和十六年十二月十日 ソウルでの決戦報告大講演会



 「米英の圧迫と屈辱から東亜民族の解放を叫ぶ決戦を開始したのである。
 いまや東亜民族は圧迫と摂取を受けて骨しか残っていないが、今やその骨
 で断固として決起し、仇敵米英を打倒しなければならない。」

                      張徳秀 普成専門学校教授



 「貧欲の牙城、白人帝国主義の張本人英米をいまこそ撃滅せずには、我等
 の子孫の発展を望むことはできない。」

                     李成煥 朝鮮農民運動の指導者


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アメリカ・ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン紙

Category: 韓国・朝鮮  

韓国は多年、その自主独立の政治ができなくて、

過去数世紀の間、支那の宗主権を承認していた。

日本がこれを、その境遇から救った後は、日露の係争 の地であった。

次いで、日本は又々、これをロシアの圧迫から脱けさせるや、

財政に行政に日本の忠言指導を受けることになり、外交の事は、

挙げてこれを 日本に委せた。

それ以来韓国は少なくとも、露、仏、英諸国が、

その付属国民 に対すると同様の恩恵に浴するにいたった。

けれども近来、韓国は徒らに名を 無実の独立国に借りて、陰謀、奸計を弄し、

隣国の激怒を招き、威圧、否戦火 を蒙った。

これが実に日清・日露の二大戦役を実現したゆえんである。
ここでこそ韓国の地位に、根本的な改革を加え、それによって禍根を除去するより以外ない。

ゆえに我々は、日本保護下における韓国に対し、

そのいわゆる 韓国の独立に永遠の離別を告ぐるものである。





                           アメリカ・ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン紙


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1904年10月4日 ロンドンタイムズ

Category: 日本国民の心得  


 1904年10月4付けロンドンタイムズ紙





極東のこの戦争(日清戦争・日露戦争)を取り巻く状況には注目すべき ことが多い。


中でもとりわけ目立つのは、ミカドの軍隊の勇気と戦いぶり である。


我々は不本意ながら、


日本のすべての人間の行動を支配し動かす精神力の存在を認めざるを得ない。


この力はいったい何なのか。


その存在 を感じると、妬ましく、落ち着かず、腹立たしくさえある。


勇気は西洋に とっても珍しいことではない。が、これは単なる勇気ではない。


その背後 にもっと違う何かがある。もし、西洋の軍隊がそれをもっていたら、


西洋 のすべての国の軍旗は絶対に汚されることはなかったであろう。


そういう 何かである。これは何か。これは何か。これは何か・・・・・





              1904年10月4日 ロンドンタイムズ


















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