今日ボクが見た風景

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サイレンススズカ

Category: 稀代の優駿たち  


後に武豊氏はこう語る

「前足の骨折は騎手が投げ出されても不思議でない状態だった

 だがサイレンススズカは自分を庇うように踏ん張ってくれた」と。



育成牧場でのエピソード。雪の季節になると、育成スタッフの言うことを聞かない馬をわざと雪の積もった深みに入れ、身動きを取れなくすることで反抗する気持ちを萎えさせる方法を取っていたが、サイレンススズカの場合は深みに入れられてもそれをものともせず進む力があったため、効果がなかったという。
当歳のころから「旋回癖」と呼ばれる馬房で長時間左回りにクルクル回り続けるクセがあり、一種の自主トレーニングになっていたとも言われる。狹い馬房の中をあまりにも速いスピードで旋回するので、見ている側が「事故が起こるのでは」と心配するほどだったが、結局最後まで何も起きなかった。止めさせようと担当厩務員が馬房に入ると途端に中止するので、自己抑制ができないほどの興奮といった原因によるものではなかったようであるが、この癖が治ることもなかった。この癖を矯正することでレースで我慢することを覚えさせられるのではないかと、馬房に畳を吊すことが試みられたが、体の柔らかいサイレンススズカは狭いスペースでも以前と同様にくるくると回り続けた。そこでさらにタイヤなど吊す物の数を増やして旋回をやめさせたところ、膨大なストレスを溜め込んでその後のレースに大きな影響を与えてしまったため、4歳の冬には元に戻された。この癖が理由なのか、左回りの東京競馬場や中京競馬場でのレースぶりは右回りのその他の競馬場のときよりも鮮やかであった。ただ、管理する厩舎のスタッフにとっては、旋回そのもので事故が起こるおそれがないとはいえ、蹄鉄が余りに早く摩耗するため、蹄を削るにも少しでも薄くすると致命的な負傷に繋がりかねず、神経をすり減らす毎日だったという。
当時の武豊展の広告は武とサイレンススズカのツーショットであった。同馬の死後、武は2007年のNumber誌にてサイレンススズカについての対談まで、サイレンススズカの名前をほとんど口に出さなかった。
武はスピードを活かすために、空気抵抗のより少ない流線型の“サイレンススズカ専用ゴーグル”を使用していた。
ハイペースで逃げ第4コーナーで一回息を入れなおして再び加速して後続馬を引き離すという、いわゆる二の脚を使うことから、武はサイレンススズカのことを逃げて差す馬と発言していた。
上記で二の脚を使うとはあるが、実際の上がり3ハロンは実はそれほど速いわけではない(現在と芝の重さの違いもあるので、現在の上がり3ハロンの平均値と単純に比べることはできないが)。サイレンススズカは3コーナーから4コーナーにかけて息を入れる(=ペースを落としラストスパートに備える)ため、イメージよりも上がり3ハロンが遅いと感じられることがある。ただ、他の馬もサイレンススズカに勝とうとするにはある程度のハイペースで道中を進まねばならず、そこで脚を使うために結局最後のスパートでは瞬発力を失っており、サイレンススズカを捉えることが出来ない。また同馬は瞬発力があるので、レース後半はある程度後続馬に合せたレースができるからでもある。なお、毎日王冠で上がり3ハロンが2番目に速かったのは、東京競馬場の直線が長いため上がり3ハロンのうちコーナーの占める割合が少ないためと、後続馬との差を考えてある程度スパートをかけたからである。
当初は毎日王冠への出走は、調整不足や直前に脚をぶつけていたこと、一時的に帯同馬がおらずパニックになったり、見合わせることも検討されていた。しかし、ここで回避して天皇賞(秋)で勝ったとしても、「エルコンドルパサーやグラスワンダーに負けると分かっていて尻尾を巻いて逃げた」と後々いわれてしまうことを考えて出走した経緯がある。
調教師の橋田と武の交流が生まれたのが同馬の香港からのレースだそうであり、以後橋田は武に対して様々な馬の騎乗依頼を出している。
西暦末尾が7の年のクラシック戦線の牡馬たちは不幸の世代になるということが、ジンクスのように語られることがあり、国内敵なしとなっていたが、最大の目標レースであった天皇賞(秋)で骨折したサイレンススズカもそのジンクスに当てはまる形となった。
サイレンススズカを生産した稲原牧場の牧場長稲原美彦はとあるインタビューで「またこの牧場からサイレンススズカのような馬を?」と聞かれた際に「あれほどのスピードを持った馬をもう一度生産するのは難しい」と答えている。
武、担当厩務員が口をそろえて「あの時(最後のレースとなった天皇賞(秋))が一番具合がよかった」と語っている。最後のレースは、スタートからハイペースだった前走(毎日王冠)とは異なり、2ハロン目から急に加速して後続を突き放すというレース内容となっている。
杉本清が、1999年宝塚記念において「私の夢は勿論、サイレンススズカです」と語り、同馬が骨折していなければまた走ってほしかった、という言葉を残している。

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サイレンススズカの血統 サンデーサイレンス系
(ヘイルトゥリーズン系)/(Turn To4×5=9.38%)


*サンデーサイレンス
Sunday Silence 1990
青鹿毛 アメリカ Halo 1969
黒鹿毛 アメリカ Hail to Reason Turn To
Nothirdchance
Cosmah Cosmic Bomb
Almahmoud
Wishing Well 1975
鹿毛 アメリカ Understanding Promised Land
Pretty Ways
Mountain Flower Montparnasse
Edelweiss


*ワキア
Wakia 1987
鹿毛 アメリカ Miswaki 1978
栗毛 アメリカ Mr.Prospector Raise a Native
Gold Digger
Hopespringseternal Buckpasser
Rose Bower
Rascal Rascal 1981
黒鹿毛 アメリカ Ack Ack Battle Joined
Fast Turn
Savage Bunny Never Bend
Tudor Jet F-No.9-a




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キーストン

Category: 稀代の優駿たち  


そこには信頼関係や
愛情が存在する

掛け替えの無い絆が生まれた時
単に経済動物として扱えない人の心

その悲哀を感じると

馬を競馬を
愛さずにはいられない




6歳から種牡馬入りすることが決定していたキーストンは現役最後のレースとして大レースである有馬記念ではなく地元阪神競馬場で開かれる阪神大賞典(2007年現在の3月開催の芝3000mと異なり当時は12月開催の芝3100m)に出走し、5頭立ての少頭数ではあったが、堂々の1番人気に支持されていた。

キーストンはいつものようにスタートから快調に逃げ続けた。4コーナーを回った時点では、他馬に差を詰められたものの、まだ手応えには余裕があった。しかしながら、直線を向いて追い出しを図った一瞬、ゴール手前約300mの地点で突然キーストンは「左前第一指関節完全脱臼」を発症、前のめりにバランスを崩して、騎乗していた山本正司は落馬してその衝撃で脳震盪を起こして意識を失った。

キーストンの左前足は、かろうじて皮一枚でつながっている状態であったが、残る3本の脚で昏倒する山本の元へと近付いて行き、まるで安否を気遣うかのように鼻面を摺り寄せた。それにより意識を回復した山本は、キーストンが激痛で暴れないようにと手綱を抑えて首を抱き、近づいてきた来た馬場係員に手綱を預けたのち、再び意識を失って倒れた。

本命馬の競走中止という事態に、観客席は騒然となったが、この出来事を目にした観客達は、やがて息を呑み沈黙したという。また、関西テレビのアナウンサー・松本暢章による実況も、次第に涙声になっていった。そして、キーストンはその日のうちに、予後不良として安楽死の処置を施された。

その後山本は騎手に復帰し、数年後には騎手を引退して調教師に転身したが、それからも、山本はキーストンの事を思い出すと、涙が止まらなくなってしまうと語っている。

このエピソードは人と馬の絆の深さを象徴するものとして現在でも語り継がれている。

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キーストンの血統 (フェアウェイ系(ファラリス系)
Polymelus5×5=6.25%、Orby5×5=6.25%)


*ソロナウェー
Solonaway
1946 鹿毛 Solferino 1940
鹿毛 Fairway 1925 Phalaris
Scapa Flow
Sol Speranza 1934 Ballyferis
Sunbridge
Anyway 1935
鹿毛 Grand Glacier 1923 Grand Parade
Glaspia
The Widow Murphy 1927 Pomme-de-Terre
Waterwitch



*リツトルミツジ
Little Midge
1957 鹿毛 Migoli 1944
芦毛 Bois Roussel 1935 Vatout
Plucky Liege
Mah Iran 1939 Bahram
Mah Mahal
Valerie 1939
鹿毛 Sir Cosmo 1926 The Boss
Ayn Hali
Dereham 1931 Friar Marcus
Lysandra F-No.11-f

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